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第八部

第69話「幼馴染の態度に、私は動揺を隠せない」

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 ◆一之瀬 渚◆

 ……死ぬかと思った。不意打ちにも程があった。

 何しろ、いつもは周りの目を気にしつつも自分は透明人間でこの場には存在しておりませんという空気を出していたあの晴斗が……、


 ──……今日のお前、可愛すぎ


 可愛いのはあなたです────っっ!!

 あんな口説き方、一体どこで覚えてきたのか。最早殺しに来てたっ! あのまま昇天しそうだったんだからっ!
 ……油断も隙も無いとはまさにこのこと。
 ああいう余計な知識を取り込んでくる場所と言えば彼の場合、ライトノベルのみ。数冊だけだけど、私が読んだラブコメ作品の中にもいくつかそういうシーンがあった。

 無自覚から自覚ある落とし方まで。
 まるで恋愛マスターかのように決め込む主人公達。だが、それはあくまで創作の中の世界だからこそ可能な技で、三次元に在り得た話とは言い難かった。……だから言えていた。

 最高にカッコよかった、と。そしてお疲れ様、と。何があったかは敢えて言わないでおくけれど。

 非常に在り得ない光景だった。
 陰キャで、他人を褒めることに不器用な晴斗が……私の服装を褒めてくれたのだ。嬉しくないわけがない。まるで──本当にデートしているような気分にされる。

 そんな、突然すぎた不意打ちによって心が昇天しかけていた私は、館内をゆっくりと見ながら徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。

 けれど、晴斗の顔を直視出来ないでいた。館内に入って約30分。その間、会話はするものの顔を向けられず水槽の方へと視線を向けていた。反射によって晴斗の顔が水槽に映るが、そんなことでさえも心臓の鼓動が鳴ってしまう。

 ……せっかくの2人きりのお出掛けなのに、まったく顔を見れないのは不服だった。
 あぁもう! 晴斗があんな口説き文句を言ってくるから悪いのよっ! ……いや、嬉しくないとは一言も思わないけれど。

 そんな気持ちが行ったり来たりを繰り返していると、前方を歩く晴斗の足が止まった。

「悪い。ちょっと手洗い行ってくるな」

「えっ……あ、うん。行ってらっしゃい」

 晴斗は私に断りを入れて席を外す。なので私は、近くにあった椅子に腰かけることにした。

 …………どうしよう。
 どうすれば、今までと同じようにして晴斗と話すことが出来るんだろうか。ここに来る前なんか、本当にどうやって話してたんだろうか。

「はぁ……」

 ため息を吐くと、私はスマホを取り出してメッセージを開く。

 そこには、昨日の晴斗との最後のやり取りが記録されていた。……晴斗、どうしていきなり『私と出掛けたい』なんて言い出したんだろう。
 やはり、昨日の公園での喧嘩を気にしてくれたのだろうか。喧嘩と呼ぶには大雑把おおざっぱかもしれないが私にとってはそれが相応しい出来事だった。

 私がそう思ったように、晴斗も少なからず悪いことをしたと思ったのか。
 だからといって、彼がそれについて弁解してくれるのかと聞かれれば微妙なところ。

 今のところそれらしい素振りも無い。ただ普通にお出掛けをしているだけ。……おかしいところがあるとすれば、晴斗の態度だろうか。

 いつもみたいに皮肉入りのツッコミも、私からの軽めのスキンシップを躱すこともしない。それだけじゃない。駅前のことと言い、水族館に入る前のことと言い。今日の晴斗は、いつもの数倍変だと思う。

 こう言っては何だと思うけれど。……調子が狂うのだ。
 どのような経緯があったにせよ、今日この場に誘ってくれたのは変わらない。普段引き籠もりの彼が外に誘ってくれた。……それだけで、とても嬉しく思える。

 ……とりあえず、今はこんな余計な思考は全部取っ払うこととしよう。
 今は彼とこの有意義な時間を如何にして楽しむか。──それだけでいい。うん、そうしよう! はいっ! ネガティブ思考終了ーー!!

 こうでもしなければ、せっかくの晴斗との初水族館が『永遠の思い出』にならなくなってしまう。……あ、別に、エロ的なアレじゃない! そういう意味じゃない!

「ふぅ~……。よし、少しは落ち着いたかな」

 そう、せっかくの晴斗との貴重なお出掛けタイム。それなのにいつまでも晴斗の顔を見れないままでは相手にも失礼だし。

 先程までの恥ずかしさを放置し、私は見渡せなかった水族館内を、晴斗がいない今の内に見渡しておく。

 座っている私の前を人が次々と通り過ぎていく。家族連れや、恋人同士、そして寂しく1人で来てしまった人など。スゴい数の人だった。
 そんな人達を傍観していると、……どうしてか途端に

 私の隣に……いつもいるはずの場所に、彼がいない。
 たったそれだけのことに、どうしてここまで寂しさが伸し上がってくるのだろうか。

 さっきの恋人同士の触れ合いを見たからか。もしくは、家族連れでの愉快なやり取りを見てしまったからだろうか。……どっちも、全然してないな。
 昔だったら、小さい頃だったら、当たり前のようにしていたはずなのに。どうして月日が流れるにつれ、当たり前では無くなっていくのだろう。

「……いつまで待たせるのよ。バカ……」

 無意識の内に、私はそうして不満をこぼしてしまっていた。

 普段であれば誰にも見せない、弱い部分。見られるわけにいかないと、常に誰かを警戒して疑って──それが、いつの間にかになっていた。

 弱い、私は弱い。幼馴染でも構わない。彼が隣にいるという安心感だけでもいいから。たったそれだけで──それだけの事実で私は弱くなれる、下等かとう生物なのだから。

 容姿端麗? 才色兼備? そんなの、他人がごく一部しか見ない私の『強がっている部分』でしかない。他人が都合よく私を飾りたいがために付けた印だ。私自身で欲したことなど、1度もない。

 けれど……そうだね。
 そんな目立つ肩書きの1つや2つで、あなたが側に居てくれるのなら喜んで貰うのに。

 受け入れてしまったら……彼はどんどん、私から離れていってしまうから。
 でももし、今の彼の態度の変化がそれに現れているのだとすれば──。

 そんな、もしもの可能性を信じてしまう。
 彼の態度の変化は明らか。けどそれが、果たして恋愛感情故のものなのかわからない。

 もしもの可能性があるのだとすればそれを信じたいけれど……一度は振られてしまった身。晴斗の無頓着だった心が変わっているのか、それを知るのが今更になって怖いと感じてしまった。

 ……ずっと、知りたかったはずなのに。
 私はどうして……こんなにも弱い人間なのだろう。
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