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第八部

第66話「幼馴染は、互いに恥ずかしい想いをするらしい」

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『嫉妬は愛情の裏返し』──何て言葉をよく耳にしていた。

 恋愛映画であろうと、ラブコメアニメであろうと、その感情を目にする機会は多い。だが、そんな感情は自分とは無縁な言葉だと思ってきた。……

 僕が渚のことを恋愛対象としていたのだと自覚したのはつい数日前のこと。対して、渚は一体何年ぐらい前から僕のことをそういう目で見ていたのだろう。
 渚ならともかく、僕にその心が芽生えるのは幾分先の話か、もしくはそうならないと思っていたから。

 ……けれど、実際は違っていた。
 日数、年数なんてものは関係ない。好きになってしまった時点でもうアウト。好きなのだと自覚した時点で……嫉妬するなんて、誰にでも出来ることなのだと知ってしまった。

 現に、渚に言い寄っていた奴らに、僕は深く嫉妬した。
 それはきっと──僕が彼女のことを、好きなのだと自覚してしまったから。


 ✻


「はい、お茶」

「……ありがとう」

 あれから数十分、渚に言い寄ってきた人達は全員解散し、僕と渚は最寄り駅の東口にある広場のベンチに腰掛けていた。
 自販機で買ってきた飲み物を飲みながら、ゆっくりと息を整える。

 ……それにしても、よく台本無しにあんな啖呵きった行動が出来たなと、自分で自分が信じられないでいた。

 先程まで言い寄ってきていた人達は、僕の突然の乱入により「いや、やっぱり彼氏いたんじゃん!」「てか、めっちゃイケメン!!」と、声を荒げ、中には僕に一声かけてきた人もいた。……ああいう大衆を相手にするのって、本当に疲れるんだな。

 今までそういうのに無縁な人生を歩んできたもんだから、今かなり動揺している。
 そう考えると、やはり渚とスゴいと思わされる。
 あんなに言い寄ってくる人達を、いつも学校では“学園一の美少女”の名に恥じないよう配慮し、対応しているのだ。そんなの……僕には、未来永劫不可能だ。

 ──だが、僕の落ち度でもある。

 わざわざ『待ち合わせ』になどせず、隣の家なのだから一緒にくればよかったのだ。
 そうすれば、あんな大衆に襲われることも、対応に疲弊することも無かったのだ……。

 幼馴染を続けている時間が長い分、どうしても抜け落ちてしまうのだ。お互いに距離が近いっていうのもあるけど、周りの評価ってやつが……。休日である分、その辺が抜け落ちてしまっていた。

「……何か、ごめんね?」

「えっ……何が?」

 僕が『何のことだ』と言い返すと、ペットボトルを握り締めながら、渚はこう言った。

「……私のせいで、出掛ける時間短くしちゃって」

「……そんなことかよ」

「そ、そんなことじゃないよ! ……晴斗から誘ってくれることなんて、滅多にないから。昨日もあんまり寝れてなくて……。私にとっては、それだけ大事なことなの!」

 頬を熟したての林檎のように染め上げながら、渚はぷいっと拗ねたように顔を背けた。
 ……本当、こういうところはズルいと思う。

 幼馴染として関わってきたときからそうだ。学力、スポーツ、家事全般。何を取ってもそのほとんどが僕の勝ち越しで終わっていた。

 ──でも、こんな風に照れながら可愛いことを言われることに関しては……勝てる気がしない。

「……別に、急いでないからいいよ。それより、お前は平気なのか?」

「……正直、結構驚いてる。今までだって、色んな人に『好き』的なアピールされてきたけど、まさか女性にまで言い寄られる日が来ようとは思わなかった……」

「……同感です」

 どんよりとしたオーラを醸し出す渚に僕は同情する他なかった。

 異性に限らず、同性にまで好かれるのはこいつの利点とすべきところだ。
 だが、今回の場合だと少し言い方が変わってくる。あの人達はまるで、モデルを探す女性マネージャーさんみたいに渚へと迫っていた。

 県内のしがない都市地、埼玉県。都内約一時間の距離に住む僕達だが、実際のところそんな大都市に進出してみようという度胸はどこにもない。あそこは異世界だ。そう思うようにして、もう何年だろうか。

 けれど、やっぱり男女構わず好かれるというのは、こいつの魅力が他の人にも伝わってしまうからなのだろう。そこはもう、塞ぎようも無い事実だ。東京なんて大都会に顔を出せば、すぐにスカウトの声かかりそうだし。

 元々の容姿絡みっていうのもあるんだろうが、それを除いたとしても渚は優しい性格だ。おまけに世話焼きだし、面倒見も良い。天は二物を与えないというが、絶対百物ぐらい与えられてるだろ、こいつ。

 ……んん? 待てよ?

 確か僕の実の兄で変態の異名を持つ恭介兄さんへの扱いは僕より雑なんだよな。それに、前々から喧嘩っ早いし。原因はおそらく僕関連だってのは知ってたけど……まさか、それ絡み。だったのか……?

「………………」

 僕はチラリ、と彼女の方へと視線を動かした。
 血縁である兄とガチバトルを繰り広げていたその要因が今、この瞬間、初めて痛感し少しいたたまれない気分に襲われた。

「……そういえば、だけどさ。いつもと、雰囲気違うね」

 と、僕がそんな心理状態におちいっていたという事実を知らない渚が僕の格好を見ながらそう呟いた。やっぱり変だったか? 如何にも馬子まごにも衣裳いしょう……って感じだし。

「……いや。た、偶にはな。偶には」

 またもや謎の焦燥感に苛まれ、僕は渚から視線を逸らしてしまう。

 そんな僕を“じーっと”見透かしているような目で睨み続ける彼女の瞳の奥には、いつもとは違った真剣さが見て取れた。

「な、何だよ……。んなにジロジロ見てきて……」

「……男性用のアイドル衣装みたいだなぁと」

「衣装って言うな!」

 それは禁句だ! と叫び、そのまま頭を抱えて蹲る僕を横目に「ふーーん」と簡素な返事をした渚。……後で絶対、透に1発ゲンコツを入れてやる必要がありそうだ。

 すると、僕の反応を見た後、渚はペットボトルを両手で持ちそれを持ち直しながら訊ねてきた。

「……もしかして、この間言ってた『男同士にしか出来ない用事』って、それのこと?」

「違う。断じて! 違う。これは……お前と会う前にあいつに呼び出されて、それで無理矢理着させられたんだよ。意味深なことばっか言ってたが……」

「…………………………意味深」

 僕の言葉を受けて渚はボソッと一言溢す。

 何かとてつもない勘違いをしていそうな予感がするんだが、僕とあいつで変な風に想像してたりとか、してないよね? してないよね!?

 ……疑いはするものの、訊くのが非常に怖いので訊かないことにした。

 それから数分間、お互いの間に沈黙が生まれるが、特別居心地が悪いわけじゃなく、先日のような重圧感に押し潰されそうな感覚も無かった。

「……悪かったな」

「えっ?」

「……待ち合わせのこと。隣なんだし、一緒に家から直接行ってれば、お前があんな目に遭うリスクも最小限に出来てたはずなのにさ」

 僕は言いたかったことを欠かさず言葉にして渚に伝えた。

 デートと云えば『待ち合わせ』なんて……そんな古典的概念に囚われていたせいで、渚を大変な目に遭わせてしまった。──僕のせいだ。
 幼馴染で、しかも家が隣なのだから一緒に行けばよかったのに──。

「本当……ごめ──」

「──どうして謝るの?」

 そんな僕の後悔と反省を尽く打ち消していくようにして、渚は僕の言葉を遮った。

 どうして謝るのか。……何度も僕の口から言わせたがるほど、こいつはドSじゃないし、かと言って性格が悪くもない。

 誰にでも笑顔は平等で。けれどその顔の裏は僕にしか見せない。
 ──そんな一途な奴だ。

「確かにナンパ風なことには出くわしたけど、あんなのが晴斗のせいなんて私1ミクロンも思ってないよ? 事前に回避出来なかった私にも落ち度はあるからね。それに、元はと言えば私があんな目立つ場所に居たからであって、晴斗のせいじゃない」

「で、でも……約束場所、駅前にしようって言ったのは僕だ」

「もぉ! どうして晴斗は、そうやってすぐにネガティブな方向に曲がるのかなぁ! 私は平気なの! へ・い・き! はいっ! 何も反論が無ければこの話は終了!」

「渚……」

「それに──あのとき、大衆だったのに構わず助けに来てくれて……その、嬉しかったんだから、ね?」

「~~~~~~っ!!」

 ……あぁもう! どうしてこいつは、人の自制心を試すようなことを無意識に言ってくるのかなぁ……っ!!

 そんな気が無かった過去の僕でさえも、今の台詞は確実に落ちていた。そんな謎の自信がある。──お前にとってはただの『幼馴染』なのかもしれないけど、僕だって一応『男』なんだからな? ……少しは警戒しろよ、バカ。

 僕はそんな気持ちを晴らすために、軽く彼女の背中を小突いた。

「痛いよ! ちょっと! 今の少し本気だったでしょ?」

「変なこと言う方が悪い」

 間違いない正論である。異論は一切受け付けません。

「変な晴斗。……あ、そういえば、その服選んだのって藤崎君なんだよね?」

「ん? まぁ、そうだな。一応払ってくれたし」

「そっかぁ~。普段は晴斗を独り占めされて妬くことが多いっていうのに、今回ばかりは感謝しなくちゃいけないなんてね……──」

「独り占めって……。それに、あいつには佐倉さんっていう立派なカノジョがいるんだし、お前が心配するようなことって何も無いと思うんだが」

 第一、男同士だし。そういうのが世の中で流行ってるとはいえ、僕とあいつが……って考えると、少し吐き気を模様するんだが……?

「そ、そうだけど……。その……あんまりくっ付きすぎると、変なこと考えちゃうから」

「変なこと?」

「えっ、えっと……。は、晴斗が、う、う……、で。ふ、藤崎君が、……なのかなぁー、とか……──」

「あいつと僕で変なこと妄想すんなっ!!」

 お互いに受けた言葉と発した言葉により大ダメージを受け、顔から耳朶みみたぶまで真っ赤に染まってしまった。

 一般小説って、そんな官能部分とかほとんど出てこないはずなんですけどね。特に、渚が読むのは純粋なミステリーもの。……君は一体、どこからそういう情報を手に入れてくるんですかね。僕、すっごい不思議……。

 まぁ漫画とかも読むって言ってたし、大幅その辺りなんだろうな。こいつの部屋にある本棚に、それっぽいの結構入ってた気がするし。

 ……にしたって、仮にも自分が「好きです」と告白した相手とその友達でそんな被害妄想立てますかね、普通。
 こいつの脳内を、1回だけ本気で覗きたいと心配になってしまった僕であった。
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