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第五部
第36話「私の友達は、どうやら強者だったらしい」
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今日この日──私達生徒には、ある1枚の用紙が渡される。
それが、記録用紙。
それを手に教室を移動し、記入してもらい、挙句には友達同士でペアを作り記録を取り合うときたものだ。
常々思うことがある。
この身体測定という日は、もう少し周りの目とかに注視するべきではないかと。
学校によってやり方は様々だとは思うけど、せめて注目される要らない保証は取り除くべきだと思うのは私だけだろうか?
自分の結果が丸わかりになってしまう上、抜群の人はまだいい、運動音痴の人にとっては処刑場と何ら変わりやしない現場となってしまう。喜んで醜態を晒すほど、人はみな変態じゃない。残酷な訓練でももう少し自重する。
……プライバシー保護とは、一体何だろうか?
私はこの行事が年を越えてやって来る度、そう思ってしまう。
「うわ~……人多いなぁ」
「仕方ないと思うよ。女子だけって言っても全学年いるんだし」
「もう少しタイミングとか考えればいいのにね。……ま、仕方ないのかもだけどさぁ」
佐倉さんがため息を吐く理由も何となくわかる。
やっとの思い……というのは言い過ぎかもしれないけれど、体育館にやって来るまでに色々と超えてきたのは事実なわけだし、それぐらいの表現は許して欲しいかな。
体育館内は人のバーゲンセール中。
人混みが苦手な晴斗が見たら一体どういう反応をするだろうか……。まぁ少なくとも、女子の群れって単語とは無縁だろうけども。
それぞれの種目に委員の人や所々に引率の先生が案内をしてくれている。
この高校の体力測定では、特に回っていく順番は無いらしく、空いているところから順々に回っていくのがベストだと思う。その辺りは中学の頃と変わらなくて安心した。
「さてっと。どこが空いてるかなぁ……」
キョロキョロと辺りを見渡す佐倉さん。
体育館の広さは今の学年全員が入っても後ろが余裕で空くほど。お金をかけてるところは、やっぱり規模が桁違いね……。
「あ! あっちの方空いてるのみっけー! 行こ、渚ちゃん!」
「ちょ、ちょっと……佐倉さん!」
空き場所を発見したらしく、子どものように私の腕を掴み連れ回していく。
晴斗とは真反対のキャラなだけに、やっぱりまだ順応しきれないかも……。けれど、あまり悪い気はしない。寧ろ主導的に動いてくれるから、私みたいな“ぼっち”には在り難い人だと思った。
……でもまさか、晴斗以外に心を許そうと思える人が、こんな短時間で出来るとは思ってもみなかった。
目標ではあったけれど、目標とは即ち──一種の希望。
叶わなければその時点で目標ではなく、単なる可能性へとランクダウンする。
つまり、私にとって『友達作り』とは一種の可能性にすぎなかった。それ以上も以下もない。あるかもしれない、出来るかもしれない。そんな“かもしれない”可能性の話。
──だから今、思った以上に痛感させられている。
自分のことだから言えるけど、案外こういう人には弱いのかもしれない。
「さてっと。どっちからやるー?」
「私はどっちでもいいけど」
佐倉さんに連れてこられたのは、長座体前屈。身体が固い人間には結構キツい種目だけど……私は、どうだろう。去年は平均ぐらいだったんだけど。
不安に浸る私とは真逆に──佐倉さんの瞳は希望に満ちていた。
まるで、目の前に広がるたった1つの種目に心を奪われているのかのように──。
「え、えぇっと……佐倉、さん?」
「え、なに!?」
『どうしてそんなにキラキラしてるの?』という、私の疑問が全て無に帰された。
無理もない。こんな……眩しい笑みを見せられたら誰だって怯んでしまう。
まるで親に好きなおもちゃを強請る子どものような、純粋無垢な笑顔。忽ち私の中からその疑問は消滅していった。
「……先にやっていいわよ」
「本当? じゃあ私先にやる!」
元々全種目を全員がやらなきゃいけないのだけど、まぁそれを言ってはおしまいだし、何より佐倉さんのやる気を消失させることだけはしてはいけない。
──やる気が失せること。
それが、体力測定において最もいけないこと。
怪我に繋がってしまう恐れもあるし、何よりいい記録が出なければ成績にも影響を及ぼし兼ねない。……って、それは私の問題ね。
とにかくこの行事は、自分の精一杯の力を発揮する場の1つ。
変に意識を逸らしてしまうことは本末転倒になってしまう。
「じゃあ、いっくねー!」
順番が回り、佐倉さんは勢いのまま壁に背中をつけ床に座り、台座に手を軽く添える。
そしてそのまま……ゆっくりと身体を倒してゆく。
佐倉さんの記録シートを片手に佐倉さんの記録を測った私は……驚愕の事実を目撃してしまった。
──段々と、佐倉さんのおでこと床がくっつきそうになっていたのだ。
……………………嘘。
あまりにも衝撃的な光景に、思わず固まってしまった。
結果──小柄な体型であるにも関わらず、脅威の60センチ越え。……見たことない。
普通この種目は、座高が高い人に有利になるはずなのに……そんな常識を、軽々と壊して見せたのだ、この天真爛漫さんは……!!
「ふぅー。意外といったかな? あれ? でも以前測ったときよりも下がったかな」
「そ……そう、なの?」
既に高校1年生女子の平均をオーバーしてると思うんだけど……。
というようなツッコミは、しない方が得策だったりするのだろうか? ……予想外にもほどがあるよ、この数字。
「うん。確か前は、あれ? いくつだったかなー? 70近かったと思うんだけど」
「……………………」
…………冗談であってほしかった。
でも、佐倉さんはこんな軽々と冗談を咬ます様な人ではないと思う。その裏付けに、このとても高1女子が叩き出すような数字じゃない数字を叩き出してるわけだし。
そこで、私は先程の会話を思い出した。
……何が『私も普通かなぁ』だよ。思いっきり『普通』の壁を飛び越えちゃってるよ!!
しかもさっき、去年より下がった的なこと言ってなかった?
これ以上の記録とか、最早オリンピックの新体操出れるレベルだよ、貴女……。
それが、記録用紙。
それを手に教室を移動し、記入してもらい、挙句には友達同士でペアを作り記録を取り合うときたものだ。
常々思うことがある。
この身体測定という日は、もう少し周りの目とかに注視するべきではないかと。
学校によってやり方は様々だとは思うけど、せめて注目される要らない保証は取り除くべきだと思うのは私だけだろうか?
自分の結果が丸わかりになってしまう上、抜群の人はまだいい、運動音痴の人にとっては処刑場と何ら変わりやしない現場となってしまう。喜んで醜態を晒すほど、人はみな変態じゃない。残酷な訓練でももう少し自重する。
……プライバシー保護とは、一体何だろうか?
私はこの行事が年を越えてやって来る度、そう思ってしまう。
「うわ~……人多いなぁ」
「仕方ないと思うよ。女子だけって言っても全学年いるんだし」
「もう少しタイミングとか考えればいいのにね。……ま、仕方ないのかもだけどさぁ」
佐倉さんがため息を吐く理由も何となくわかる。
やっとの思い……というのは言い過ぎかもしれないけれど、体育館にやって来るまでに色々と超えてきたのは事実なわけだし、それぐらいの表現は許して欲しいかな。
体育館内は人のバーゲンセール中。
人混みが苦手な晴斗が見たら一体どういう反応をするだろうか……。まぁ少なくとも、女子の群れって単語とは無縁だろうけども。
それぞれの種目に委員の人や所々に引率の先生が案内をしてくれている。
この高校の体力測定では、特に回っていく順番は無いらしく、空いているところから順々に回っていくのがベストだと思う。その辺りは中学の頃と変わらなくて安心した。
「さてっと。どこが空いてるかなぁ……」
キョロキョロと辺りを見渡す佐倉さん。
体育館の広さは今の学年全員が入っても後ろが余裕で空くほど。お金をかけてるところは、やっぱり規模が桁違いね……。
「あ! あっちの方空いてるのみっけー! 行こ、渚ちゃん!」
「ちょ、ちょっと……佐倉さん!」
空き場所を発見したらしく、子どものように私の腕を掴み連れ回していく。
晴斗とは真反対のキャラなだけに、やっぱりまだ順応しきれないかも……。けれど、あまり悪い気はしない。寧ろ主導的に動いてくれるから、私みたいな“ぼっち”には在り難い人だと思った。
……でもまさか、晴斗以外に心を許そうと思える人が、こんな短時間で出来るとは思ってもみなかった。
目標ではあったけれど、目標とは即ち──一種の希望。
叶わなければその時点で目標ではなく、単なる可能性へとランクダウンする。
つまり、私にとって『友達作り』とは一種の可能性にすぎなかった。それ以上も以下もない。あるかもしれない、出来るかもしれない。そんな“かもしれない”可能性の話。
──だから今、思った以上に痛感させられている。
自分のことだから言えるけど、案外こういう人には弱いのかもしれない。
「さてっと。どっちからやるー?」
「私はどっちでもいいけど」
佐倉さんに連れてこられたのは、長座体前屈。身体が固い人間には結構キツい種目だけど……私は、どうだろう。去年は平均ぐらいだったんだけど。
不安に浸る私とは真逆に──佐倉さんの瞳は希望に満ちていた。
まるで、目の前に広がるたった1つの種目に心を奪われているのかのように──。
「え、えぇっと……佐倉、さん?」
「え、なに!?」
『どうしてそんなにキラキラしてるの?』という、私の疑問が全て無に帰された。
無理もない。こんな……眩しい笑みを見せられたら誰だって怯んでしまう。
まるで親に好きなおもちゃを強請る子どものような、純粋無垢な笑顔。忽ち私の中からその疑問は消滅していった。
「……先にやっていいわよ」
「本当? じゃあ私先にやる!」
元々全種目を全員がやらなきゃいけないのだけど、まぁそれを言ってはおしまいだし、何より佐倉さんのやる気を消失させることだけはしてはいけない。
──やる気が失せること。
それが、体力測定において最もいけないこと。
怪我に繋がってしまう恐れもあるし、何よりいい記録が出なければ成績にも影響を及ぼし兼ねない。……って、それは私の問題ね。
とにかくこの行事は、自分の精一杯の力を発揮する場の1つ。
変に意識を逸らしてしまうことは本末転倒になってしまう。
「じゃあ、いっくねー!」
順番が回り、佐倉さんは勢いのまま壁に背中をつけ床に座り、台座に手を軽く添える。
そしてそのまま……ゆっくりと身体を倒してゆく。
佐倉さんの記録シートを片手に佐倉さんの記録を測った私は……驚愕の事実を目撃してしまった。
──段々と、佐倉さんのおでこと床がくっつきそうになっていたのだ。
……………………嘘。
あまりにも衝撃的な光景に、思わず固まってしまった。
結果──小柄な体型であるにも関わらず、脅威の60センチ越え。……見たことない。
普通この種目は、座高が高い人に有利になるはずなのに……そんな常識を、軽々と壊して見せたのだ、この天真爛漫さんは……!!
「ふぅー。意外といったかな? あれ? でも以前測ったときよりも下がったかな」
「そ……そう、なの?」
既に高校1年生女子の平均をオーバーしてると思うんだけど……。
というようなツッコミは、しない方が得策だったりするのだろうか? ……予想外にもほどがあるよ、この数字。
「うん。確か前は、あれ? いくつだったかなー? 70近かったと思うんだけど」
「……………………」
…………冗談であってほしかった。
でも、佐倉さんはこんな軽々と冗談を咬ます様な人ではないと思う。その裏付けに、このとても高1女子が叩き出すような数字じゃない数字を叩き出してるわけだし。
そこで、私は先程の会話を思い出した。
……何が『私も普通かなぁ』だよ。思いっきり『普通』の壁を飛び越えちゃってるよ!!
しかもさっき、去年より下がった的なこと言ってなかった?
これ以上の記録とか、最早オリンピックの新体操出れるレベルだよ、貴女……。
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