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第四部

第35話 女神様とぼっちの対談①

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 騒がしい夕飯を終え、僕は美桜と食器の後片付け中。
 そして伊月と鈴菜さんはというと……「編集部に原稿送ってから寝ないと落ち着きませんっ!」と鈴菜さんが涙目で訴えてきたため、2人でそこまで遠くないという出版社へと赴いている。

 その間に帰ることも可能だったが、約束をしてしまった手前というのもあるし。それに想像以上に荒れた部屋を見ると、とても放っておけず、帰るという選択肢は放棄せざるを得なかった。


 そしてお察しの通り……現在、僕は女神様と2人きりである。
 だが、不思議と違和感はなかった。同居生活をしている影響だろうか。

 隣で急いで且つ丁寧に皿洗いをする美桜を、僕は渋々、観察していた。

 夕飯前のあの笑み──僕と居るときにしか見たことがない、彼女が素で笑った嘘偽りのない純粋無垢な笑顔。それを、知り合ったばかりの人物に向けていた。

 劣等感を感じたわけではないが、心境複雑な気分なのは否めない。
 こんなにも、美桜のことを“独り占め”出来ていたと思っていたなんて、我ながら厚かましい……。

 今の美桜はいつも通りの無表情。
 何を考えているのか読み取れない、そんないつもの美桜だった。

「……どうしました?」

「えっ……?」

「えっ、じゃありません。夕飯を食べているときから思っていましたが、何だか今日の湊君、少し様子が変です」

 ぺたり、と冷たくて柔らかい肌が僕のおでこに触れる。
 僕は咄嗟の反射神経に身を任せ、その場から半歩後ろへ後退した。

「な、な、なに!?」

「いえ。熱でもあるのかもと思いまして。……熱はなさそうですが」

「あ、当たり前だろ。……脅かすなって」

 ぺたり、と今度は平熱と思われる自分自身のおでこを触って体温を測った。
 が、あまり変化がなかったらしく、美桜はそう判断した。当たり前だ。そもそも熱なんてないんだから。

 心中、察しのいい奴だと思った。

 だが、僕自身でもわかるほどに今の僕は動揺している。それを日頃から僕のことに関して抜け目がない美桜が気づかないわけがないのだ。

 考えてみればわかることだった。
 しかし、僕はということを忘れてしまうほどに、ボロが出やすい状態だった。

「……やはり変ですね。熱ではないのだとすると、何か悩み事でもありますか?」

「え、いや……」

 明らかな動揺っぷりだった。
 こんなのでは、美桜でなくても見抜かれたってわけない。

「………。……確かに、悩んでることはある。でも、お前には関係ないことだから、気にするな」

 悩んでる『原因』としては、無関係とは言い難い。
 けど、僕が悩んでいる『根底』に関わってくることになれば話は別だ。

 巻き込みたくはない。こんな、幼馴染に対して嫉妬心を抱いているかもしれないなんてことを……この女神様に暴露してしまえば、いけない気がした。

 そして──そのときだった。


「──バカですね」

「えっ、なにがぁぁぁあ~~!!」

「罰です。少し痛みを味わってください」

「いひゃいいひゃい! は、はなひぃて!」

 なんと、美桜は僕の両頬を思いっきり引っ張ってきたのだ。

「……では」

「いてっ!」

 思いっきり引っ張ったと思いきや、今度は勢いよく手を離した。
 お陰で頬は筋断裂を起こしているかのような、強烈な痛みを持ったまま僕の元へ帰還する羽目になった。

 一言文句言ってやろうかな……と思った矢先、今度は美桜が僕をじーっと覗き込むようにして近づいてきた。

「こ、今度はなに……」

「……やはり変ですね」

「……えっ?」

「知ってますか? 湊君って、意外と顔に出やすいタイプなんです。お弁当の件でもそうだったんですが。何か思い悩んでいたり、言いたいことがあったりするときは“そうしたい”と顔に書いてあるんです」

「なっ────!?」

「前に、嘘も仮面もない湊君がいいと言いましたが、間違いじゃありません。それは、私も一緒だからです。あれですね。性格が似ているのは、幼馴染という関係にまで発展した影響なんでしょうか……?」

 幼馴染の関係性にまで自問し始めちゃったよおい。

「……そんなに、わかりやすいのか?」

「はい。尤も、表情ではという点だけですが。これも前に言いましたが、私は湊君だからわかるんです。他の人相手だったら、気づきもしませんよ」

「……寧ろ、気づいても気づかぬフリをしてそうだよな」

「よくわかってますね」

 幼馴染だからな。そして、あっさりと“僕以外興味ない”って認めるのやめようか。仮にも一般人でありたいと思うならな。

「それじゃあ、湊君に1つ質問があります。──仮にもと言うなら、私も1つ言うことがあります。それを踏まえて答えてください」

 すっと、何もかもを見抜いているかのような透き通った瞳。
 その目には今……何が映って見えるのだろうか。
 目の矛先は僕に向いているけれど、その深淵は、一体どこを向いているのか。

「まず、私が家出した原因ですが──その件に、

「……えっ?」

 いきなりのカミングアウトに言葉を見失いかける。
 構わず、美桜は続けた。

「正式に言えば無関係ではないんですが、家出をしたという、1つの観点から答えるのであれば湊君は無関係です」

「……それはつまり、間接的には関わってるってことか?」

「そうなりますね。まぁ、半分以上は私の独断と暴走なので。初めてしました、なんて」

「け、喧嘩……?」

「はい。喧嘩です。……尤も、友達同士でするような、端的としたものではありませんが」

「……美桜?」

 この話に、一体何の結び付きがあるのだろうか。

 と、そんなことを考えているうちに、食器は全て片付け終わり、美桜はソファーの上へとゆっくり腰を落とした。

「……私にだって、言えないことの1つや2つはあります。人間ですから当たり前です。前にも言いましたね、こんなこと。ですので訊きます。湊君が溜め込んでいるものは、そんなに言い出しにくいものなのですか?」

「…………そ、れは」

 僕は言葉が喉元に引っかかる感覚を覚えた。

 排出しようとしていない。口許から出ようともがいてもいない。──そのことから、僕自身は如何にを表に出すことを躊躇っているのかがわかる。
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