幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

第四部

第27話 ぼっちは女神様の頭を撫でる

「本日の体育では、湊君大活躍でしたね。珍しく」

　忘れようとしていた本日最大の悪夢──１時限目の体育での出来事を、純粋な感想を言ってきたのであろう女神様の手によって掘り返された。せっかく支柱深く埋めたというのに、発掘するでない。

「……見てたのかよ」

「丁度試合がなかったときだったので。それに、活躍する以前として、湊君がコートに立っていたことに驚きました」

　そこなのか……。目を仰天した状態のため、そこらしい。

「男子の試合より、目の前で繰り広げられていた同性の試合には興味なかったのか？」

「見たところでだったので」

　ズカズカ言うなこの人……。

　昔から人と関わることに対して微妙な距離感ではあったが、年齢を増すごとにその壁は高くなっている気がする。
　本人なりに頑張ってはいるんだろうけど、僕から見たら距離感は寧ろ離れているようにさえ思える。

「そういう美桜は、どうだったんだ？」

「どうとは？」

「バレーボールだよ。試合には出てたみたいだけど……」

「み、見てくれていたんですか！？」

　美桜は急に態度がよそよそしくなった。
　何か見てはならないものを目撃してしまったのだろうか。
　とはいえ、美桜が出ていた試合全てを見てたわけじゃないし、画策したところで答えを導き出すのは不可能だ。

「いや、全部は見られなかった。あまりお前ばっかり見てると、女子からの威圧というか、『変態』の目で見られてたかもしれないからな……」

「そんなことはないと思いますが」

「絶対そうだ。間違いない」

「……そうですか。でしたら仕方ありませんね」

　美桜は不満気なため息を吐つく。

「──ですが！　こ、今度の体育では、その……見ていて、くれませんか？」

　不満気な顔をしたかと思えば、その次の瞬間には、少し火照ほてったような顔を曝け出す。

　春休みも終わり、家よりも学校での生活の方が過ごす時間が増えた分、学校で見る“誰にでも平等”な『女神様』──真城美桜を、最近はよく見ていた。

　だからこそだろうか。
　こうして、何故か僕に対してだけは、女神様ではない、ただの女子高生としての甘え方をしてくる美桜に、まだ僕の方に違和感がある。
　これはこれで可愛いんだけどもね。いいんだけども……。

　僕にもいつか──また『女神様』としての態度で接せられる日が来てしまうのかと考えると、何故だかスゴい物苦しさを感じる。

　無愛想で、とても距離感を感じるあの塩対応。
　それでも女神様と讃えられるのは、彼女の美貌さ故か。それとも、彼女の秀才さ故か。
　まぁ僕からしたら、頭は良くても一般知識は落第点な気がするが。

「……いいけど、次の体育って女子は『外』とか言ってなかったか？」

「──あっ」

　忘れていたとそう顔に書いてあるほどにわかりやすい表情をしている。
　いくら周りに『友達』と呼べる『友達』がいなかったとしても、授業１つでここまでショックを受けれるものなんだろうか。

　美桜は鞄をぎゅっと握り込むと、はぁ…と小さくため息を吐いた。

「……どうすれば『性』というのは変えられるのでしょうか」

「世界の理ことわりにケチを入れるな」

「入れたくもなります。それか、学校側に文句を言いたいです」

「それもやめとけ！」

　こういうときの美桜はいつもよりわがままだ。
　まるで赤子が母親にミルクを強請ねだるように、ぷぅーっと可愛らしく頬を膨らませている。

　断れば今にも道端でゴロゴロと駄々を捏ねてしまいそうな。……貴重な姿ではあるが、未だに対処法はわかっていない。
　なのでこういうとき、僕は小さい頃の記憶を頼りに行動に出る。

「……よしよし」

「……バカにしてるんですか？」

「なんだ？　嫌だったか、頭撫でられるの」

「……嫌、ではありませんが」

「じゃあなんだ？」

「……いえ。何だか縋すがるみたいなので言いません」

「手遅れな気もするけどな」

「……意地悪」

　僕は自分より背の低い美桜の頭を優しく撫でる。

　昔、よく姉さんにもこうしてもらっていた。泣いたとき、悔しかったとき、嬉しかったとき。そして──とても苦しい思いをしたときにも。
　そんな淡い思い出を頼りに、僕は未だに機嫌が直らない美桜の頭を撫で続ける。

　……それにしても、ふわふわだ。
　同居しているとはいえ、男と同じシャンプーを使わせるわけにもいかず、週末に美桜に自分自身のモノを買いに行かせた。
　さすがに彼氏でもない僕が幼馴染のシャンプーを買いに行けるほど、勇敢でも愚かでもない。

　だがこうして頭を撫でているとわかる。
　こいつって、結構いいの使っているんだと。
　わかったところで悪用とか絶対しないが、少しほっとした。

　どういう理由があったのか、僕は未だに本人の口から聞いていない。──けれど、いくら居候という形でも、不自由はさせたくない。

　美桜だってもう高校生だ。
　小さい子どものように、ひと時の感情に任せて僕のところに来たのではないと思っている。

　そして何より──こんな平凡な僕を頼ってくれたことが、美桜が家出してきた理由どうこうよりも嬉しく思えて仕方ない。