上 下
28 / 54
第四部

第26話 ぼっちの現実と理想③

しおりを挟む
 試合時間はもう10秒もない。
 ここからの形勢逆転なんて、少年漫画じゃないのだから不可能に決まっている。

 現実を見ろ。理想を見るな。

 まさにその通りだと思う。

 だから僕は動かしたくない身体からだを動かす他なかった。
 望んで1人になるのは別に構わない。慣れてるし、何より居心地がいい。

 けれど、他者によって作られる1人というのは、屈辱の何物でもない。
 クラスメイトからの罵詈雑言は避けたい──これだけが、今の僕の胸の内側を支配し、僕を動かす原動力だ。

 ……あぁぁぁあ。どうして、動いているのだろう。

 望まれる、期待を持たれてしまう。
 目立つことを避けたいのも、全ては過去の自分を繰り返さないため。同じ誤ちを、繰り返さないためだった。

 けれど僕はクラスメイトのためにも、今身体を動かしている。
 ……謎だ。理解不能だった。
 でもわかるのは、こうして動くのは……とても、久しぶりだったことだ。



「…………悪いけど、勝たせてもらうよ」



 僕は僕のことなどまるで眼中にないかのようにドリブルをしてくる相手から──主導権ボール

 随分と舐められていたらしい。まさか、透明人間扱いされる日がくるとは。
 無視はしてもいいけど、居ない人間扱いされるのは刻だなぁー。

「…………っ、あ、あれ?」

「………………」

 案の定戸惑う様子を見せる相手チームを横目に、僕は即座に相手ゴールへとドリブルしていく。

 あまり目立つのは嫌だし、すぐに味方へパスを回したいのが本音だ。
 けどどうしてか、相手チームだけでなく、あの4人も呆然とし立ち尽くしている。

 どうしてそこで放心状態になる! お前らが僕に『止めろ』と言ったのに、何でお前らが止まってるんだ!

 チラッと、相手ゴールの近くに座っていた伊月を見る。
 一瞬のことで識別能力が特別高いわけではないが、伊月の口角が少しニヤけているように見えた。……あいつ、絶対バカにしてやがるっ!

 いや……考えすぎかもしれないが。
 けれど他の奴らと同様に放心していないのは、やはりこうなることを予測していたからだろう。そうとしか考えられない。

 ──だとしたら、相当策士だぞあいつ。


 味方ゴール付近だったボールは、僕の手によってあっという間に相手ゴールの中へと入っていった。それと同時に、こちら側に得点が入る。
 更に、試合終了を知らせる笛が鳴る。

 残り試合時間僅か10秒足らず。
 そんな誰もが逆転を諦める時間の中に起こった、たった1度の奇跡。

 誰もが思ってもいなかったことだろう。──クラスでも碌に話もせず、人と触れ合うことに引っ込み気味な誰もが認めるであろう陰キャな僕が、そんな奇跡を起こしてしまった張本人なのだから。

 試合が終わったというのに、みんなその場から動こうとしない。歓声すらもない。

 けれど僕の中では『やってしまった……』という後悔だけが残る。
 おそらくみんなは違う。

 現実を後悔する僕とは逆に、起きた現実を受けきれていないのだろう。
 僕に『止めろ』と言ってきた西村も、まさか僕が本当に止め、尚且つ得点するなどという理想すら抱いていなかっただろうからな。

 ……やだな、こういう状況の後始末。

 きっとアレだ。休み時間とかになったら、何かと噂されるんだろ。だから嫌なんだよ。体育みたいに、人前に出て『目立つ』っていうことが。

 やっぱ、引き受けなきゃよかった……。
“後悔先に立たず”──まさに僕の状況を表す言葉に相応しい。

 僕は浮かないこの気持ちを胸に、先程まで座っていた位置へと戻る。
 誰もが意気消沈している最中、僕の耳に確かに届くたった1つの拍手の音。

「お疲れさん! ナイスシュー!」

 パチパチパチと、賞賛の拍手を送っているのだろうが僕からしたらただの嫌味だ。
 普通に呆れしか湧き上がってこない。

「……お前、絶対こうなるってわかってただろ」

「さぁて。何のことだかな?」

 嘘をつけ、嘘を!

「けどさ、久しぶりに見た気がしたよ。お前のプレー」

「それはそれは。よかったな」

「人をゴミみたいに見る目でそんなこと言うなよっ! 余計褒めにくいだろうが!」

「……褒めてるところなんて無かっただろ?」

「送っただろ! この見事なまでの賞賛の拍手を!」

 伊月はそう言うと、先程の賞賛の拍手とやらを再現する。
 え……それ、お前的には『人を褒めてる』つもりだったってことか? そ、それはさすがに、詠み取れねぇって。

「……それで? どうだったよ、バスケの試合は」

「……アレだな。まさか、チームメイトに頼られる? 日が来るとは思ってもみなかったな。……どうして体育の授業を本気で受けなきゃならないんだ」

「日頃サボってるツケが回ってきたんじゃないか?」

「んなバカな……いや? もしかして、本当に?」

「とうとう疑心暗鬼になり出しか……」

 僕は頭を抱えてうずくまる。
 この後からの悩みの種を増やされた気分で頭が痛い……。

「ま、あれだな。理想ばっか見てるから、現実を見れないんだよ」

「……また返された」

 今日の僕はどうやら不幸の日らしい。
 朝のモーニングコールと言い、先程の試合と言い。

 心臓に悪いものばかりの今日は、なるべく『人目を避ける』ことを目標とした。
 ……こんな目標立てたの、初めてかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!? 政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。 十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。 さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。 (───よくも、やってくれたわね?) 親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、 パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。 そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、 (邪魔よっ!) 目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。 しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────…… ★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~ 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。

屍人の王とキョンシー娘の葬送行進曲

有正三文
キャラ文芸
故郷で「禁薬」と呼ばれる水を飲んだテンは、死ぬことができぬアンデッドになってしまった。 化け物になった彼女は、1人で生きていく自信がなく、友人から話で聞いた「屍人の王」を頼ろうと国を出て彷徨い歩いた。 そしてテンはようやく屍人の王フェスターを見つけ、保護してほしいと頼み込んだ。 だが世の中そんなに上手くいくはずがなく、フェスターは彼女に「実験体としてなら置いてやる」と言われ、渋々その条件に了承した。 テンは生きる場所が欲しかっただけなのに、なぜかフェスターと共に世界をまわり、金のために危険な人間や亜人と戦うことになる。 「殺し屋病」にかかった元英雄、善人だけの世界を創ろうと信者を集めるシスター、落ち目の吸血鬼など、よくわからない強敵と戦いたくもないのにテンは戦う。 途中出会う巫女や女侍を仲間に加え、フェスターとテンはそれぞれの目的のために奮闘する。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

第三王子に転生したけど、その国は滅亡直後だった

秋空碧
ファンタジー
人格の九割は、脳によって形作られているという。だが、裏を返せば、残りの一割は肉体とは別に存在することになる この世界に輪廻転生があるとして、人が前世の記憶を持っていないのは――

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されたやり直し令嬢は立派な魔女を目指します!

古森きり
ファンタジー
幼くして隣国に嫁いだ侯爵令嬢、ディーヴィア・ルージェー。 24時間片時も一人きりにならない隣国の王家文化に疲れ果て、その挙句に「王家の財産を私情で使い果たした」と濡れ衣を賭けられ処刑されてしまった。 しかし処刑の直後、ディーヴィアにやり直す機会を与えるという魔女の声。 目を開けると隣国に嫁ぐ五年前――7歳の頃の姿に若返っていた。 あんな生活二度と嫌! 私は立派な魔女になります! カクヨム、小説家になろう、アルファポリス、ベリカフェに掲載しています。

密室殺人トリックの作り方

髙橋朔也
エッセイ・ノンフィクション
 推理小説の中には密室殺人というジャンルがある。密室殺人小説を書く上で重要なのは密室殺人のトリックを作ることだ。そこで、簡単な密室殺人トリックの作り方を推理作家の方々の作品を例にしてまとめてみた。短い文章なので、暇つぶしだと思って読んでみてください。  暗号解読小説の簡単な暗号の作り方をまとめた短編『暗号の作り方』もよかったら読んでみてください。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

処理中です...