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第二章
第8話「突然だが、オレは今ストーカー被害に遭っている」
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生徒手帳も無事手元に戻り、名も知らない彼との繋がり(落とし主と拾い主の関係)が無くなった翌週──オレは普段通りの朝を迎えていた。
あの悪夢の続きを見た翌日から、どうしてかあの夢を見る頻度が減っていた。
見知らぬ人だったとはいえ、オレが直に人肌へと触れた最後の日だった。あの温かさを思い出してからというもの、不思議と心が落ち着く。
……だからといって、オレの症状が治ったとか、そんな展開にはならなかったが。
「…………」
日差しが射し込む1人の部屋。
あれほど探していた人影も気配も、見る頻度が減ってから、追い求めることが少なくなっていった。1人が嫌いなことは、何も変わっていないのに。
それに頻度が減っただけで、全く見なくなったってわけじゃない。現に昨日、少しだけあの悪夢を見た。そしてただ繰り返すだけの悪夢に敷かれた、その続きも。
泣き叫び、人の温かさに触れながら気を失う。
……そんな無限ループを、何度も夢に見る。
「……来ないのかもな。見なくなる日なんて」
フライパンで朝ご飯を調理する中、ボソッとため息と共に零れ落ちた。
あの夢を見ることが無くなった自分を想像することが出来ない。自身を形成していたパーツと言いたくはないが、この5年間で、幾らあの日を夢に見ただろう。……そう考えたら、離れる、忘れる、見なくなるという理想の現実さえ夢に思う。
「……はぁ、やめよ」
朝っぱらからこんな考えをしていたらキリがない。
オレは何だかんだ出来上がった朝ご飯をお皿に乗せ、テーブルへと運ぶ。
大学までは電車片道2分ほど。だが、対人恐怖症を抱えるオレは、人が密集する電車になどそう気安く乗れるわけもない。乗るのは混雑が減る昼過ぎのみ。残りは全て、徒歩で通う。
そのため朝は基本早めに家を出る。
電車で2分と例えようと、必要な計算は結局のところ歩数。
大学に着くまでおよそ30分と言ったところだろうか。いや、家から駅まで、駅から大学までを入れたら実質40分はかかる。
決して楽ではないが、家を早めに出るのにも理由はある。
これは、高校の頃から続けていたことだ。通信科のある高校へと通ってはいたものの、1ヵ月に一度は学校へ登校する必要がある。だが極力関わりを避けたかったオレは、夜7時から始まる授業の約1時間前には既に登校するという手段を取った。登校した後は教室には残らず、図書室などの人が寄り付かない場所に避難していた。
そんな対応を取り続けて3年──未だに治らない恐怖症を刺激させないため、早めに学校へ登校することが習慣づいてしまったんだ。
「…………」
片づけを済ませ、家を出て鍵を閉める。
今日は午前に取った社会学の授業だけだ。必修科目が少ないからあれだが、2年生になれば必修以外にも選択科目も増え、必要単位も多くなってくる。
今のように、午前中だけや午後1単元のみ……とはいかなくなる。
電車で帰ることも次第と無くなっていきそうだな。
「……いない、よな。……よし」
オレはマンションのエントランスを抜け、周りを警戒しながら外へと足を踏み出す。
一歩間違えれば不審者扱いされそうな行動ではあるが、普段からこんなことをしているわけじゃない。寧ろオレが被害者だ。
そう。こうして早めに家を出ているのにはもう1つ理由がある。いや、増えたの間違いだ。
先程説明した通り、オレは極力関わりを避けていたい。そのため早めに学校へ登校してや、混む前に講堂へ行き、校内で静かな時を過ごしている。
それは決して間違いじゃない。
……見るべき点は通ってからじゃない。通う前に事件が起こったのだ。
「──あっ! おーい!」
「……っ、……な、んで」
オレは目の前に忽然と姿を現したその人物へとリアクションを取ってしまった。
マンションを出てから徒歩1分。先程まで気配すら無かったはずだというのに、どうしてかここ最近、気づけばこの謎の人物……仮にYとでも名乗っておこう。その謎の人物Yにここ最近、こうして毎朝出くわす羽目となってしまった。
……どうしてこうなった。
「…………」
突然だが、オレは今ストーカー被害に遭っている。年齢層はオレと同じ19歳と思われ、服装は軽装にダメージジーンズ、髪と目は特徴的な緑色、そしてオレと同じ大学出身。──こんなことを叫べば言えばいいのだろうか。そうすればストーカーを逮捕という形に追い込めるのか? いや、これじゃあ状況証拠にもならないか。どうしたらいい。どうしたらこの鬱陶しいストーカーを追い払えるんだろうか。
基本的には無視する方向で行っているが、その度に後ろで「もっしも~し! 聞こえてますか~?」「あ、わかった! 照れ屋さんなんだぁ~!」「あっはは! やっぱ面白いや!」とか、訳のわからない解釈をされ続け、背後には常に『人の声』が附いて回っている。
……早く。何とかしないと。
イヤホンは装着しているものの、これは全ての音を遮断出来るハイテクな道具ではない。
いずれは壊れ、買い直しが要求される、そんな一般的なイヤホンだ。音楽を自分1人だけの世界で聴くためのものだ。そんな便利な道具があるなら是が非でも買いたい……が、一般大学生のオレにそんなお金はどこにもない。
全ての音をシャットアウトすることはまず不可能。
それでもこれを着けるのは、自分と相手の世界を物理的に遮断するため。
これ以上……耳の中に、人の声を残したくないから。
「あ、そうだ! 自己紹介がまだだったね、僕の名前は──」
今まで遮断してきた声は、全て遠距離。
決してオレ自身に話しかけてきているわけではなかったために、気にすることはなかった。
──だが、今回は違う。
だからこそ早急に対処したい。
そう思ってはいるものの、大学に近づけば自然と離れていくためそこまで過剰というわけではないのではないかと、そう思っていたり。……っていやいやいや! 家近くまで現れてる時点で過剰だから。呑まれるなよ、オレ。
「(……それにあいつ、オレの生徒手帳を届けてくれたときからだったよな。あのときは、一刻も早くあの場から離れたくて、つい厳しく言っちゃったけど。……もしかして、何か言いたくて着いてきてるとか?)」
内心で考察は練るものの、具体的に行動へ移すかと問われればおそらくしない。
人付き合いが得意ではなかった上に、今となってはこんな恐怖症まで抱え込んでいる始末だ。そんなオレが行動へ移そうと思ってもきっと……上手くいかない。
「あ、おーい。はよーっす」
「……あれ。午前の講義休むんじゃなかったの? 思いっきり出席確認に『欠席』って書こうと思ってたのに~」
「おい、そんな楽しそうにしてんなよ! ってか、さっき誰かといなかったか?」
「えっ? あ、うん。……別に、誰でもないよ!」
「ふーん。変なの」
それにあいつも、そのうち飽きるはずだ。
生徒手帳をわざわざ日を跨いでも届けてくれるほどに、あいつはきっと、優しい人間なんだろう。薄っすらと聞こえた会話からも、その信頼性は絶大だろうし。
時折講堂の席から見えるあいつの側にはいつも、必ず誰か1人は友人がいたことを踏まえても、あのYさんはオレみたいな人間にストーカーするよりも、周りの誰かと一緒に楽しいときを過ごしていた方がいいに決まってる。
……オレには、その楽しさとやらはわからないけれど。
けど、だからこそ思う。普通があるべき人には、その普通の道を選んでほしいと。偏見はない。ただ……普通が送れないオレだから。きっとその想いが、他人より強いだけなんだ。
「……ま、いっか」
どうせすぐに飽きる。
そうすればまた静かな早朝を過ごせる。家の前まで人の気配を警戒する必要も、この謎の心臓の高ぶりさえも、きっとすぐに無くなる。
──と、そう思ってたのに……。
そう思わされていた根底は、放課後になって即座に崩されることとなった。
あの悪夢の続きを見た翌日から、どうしてかあの夢を見る頻度が減っていた。
見知らぬ人だったとはいえ、オレが直に人肌へと触れた最後の日だった。あの温かさを思い出してからというもの、不思議と心が落ち着く。
……だからといって、オレの症状が治ったとか、そんな展開にはならなかったが。
「…………」
日差しが射し込む1人の部屋。
あれほど探していた人影も気配も、見る頻度が減ってから、追い求めることが少なくなっていった。1人が嫌いなことは、何も変わっていないのに。
それに頻度が減っただけで、全く見なくなったってわけじゃない。現に昨日、少しだけあの悪夢を見た。そしてただ繰り返すだけの悪夢に敷かれた、その続きも。
泣き叫び、人の温かさに触れながら気を失う。
……そんな無限ループを、何度も夢に見る。
「……来ないのかもな。見なくなる日なんて」
フライパンで朝ご飯を調理する中、ボソッとため息と共に零れ落ちた。
あの夢を見ることが無くなった自分を想像することが出来ない。自身を形成していたパーツと言いたくはないが、この5年間で、幾らあの日を夢に見ただろう。……そう考えたら、離れる、忘れる、見なくなるという理想の現実さえ夢に思う。
「……はぁ、やめよ」
朝っぱらからこんな考えをしていたらキリがない。
オレは何だかんだ出来上がった朝ご飯をお皿に乗せ、テーブルへと運ぶ。
大学までは電車片道2分ほど。だが、対人恐怖症を抱えるオレは、人が密集する電車になどそう気安く乗れるわけもない。乗るのは混雑が減る昼過ぎのみ。残りは全て、徒歩で通う。
そのため朝は基本早めに家を出る。
電車で2分と例えようと、必要な計算は結局のところ歩数。
大学に着くまでおよそ30分と言ったところだろうか。いや、家から駅まで、駅から大学までを入れたら実質40分はかかる。
決して楽ではないが、家を早めに出るのにも理由はある。
これは、高校の頃から続けていたことだ。通信科のある高校へと通ってはいたものの、1ヵ月に一度は学校へ登校する必要がある。だが極力関わりを避けたかったオレは、夜7時から始まる授業の約1時間前には既に登校するという手段を取った。登校した後は教室には残らず、図書室などの人が寄り付かない場所に避難していた。
そんな対応を取り続けて3年──未だに治らない恐怖症を刺激させないため、早めに学校へ登校することが習慣づいてしまったんだ。
「…………」
片づけを済ませ、家を出て鍵を閉める。
今日は午前に取った社会学の授業だけだ。必修科目が少ないからあれだが、2年生になれば必修以外にも選択科目も増え、必要単位も多くなってくる。
今のように、午前中だけや午後1単元のみ……とはいかなくなる。
電車で帰ることも次第と無くなっていきそうだな。
「……いない、よな。……よし」
オレはマンションのエントランスを抜け、周りを警戒しながら外へと足を踏み出す。
一歩間違えれば不審者扱いされそうな行動ではあるが、普段からこんなことをしているわけじゃない。寧ろオレが被害者だ。
そう。こうして早めに家を出ているのにはもう1つ理由がある。いや、増えたの間違いだ。
先程説明した通り、オレは極力関わりを避けていたい。そのため早めに学校へ登校してや、混む前に講堂へ行き、校内で静かな時を過ごしている。
それは決して間違いじゃない。
……見るべき点は通ってからじゃない。通う前に事件が起こったのだ。
「──あっ! おーい!」
「……っ、……な、んで」
オレは目の前に忽然と姿を現したその人物へとリアクションを取ってしまった。
マンションを出てから徒歩1分。先程まで気配すら無かったはずだというのに、どうしてかここ最近、気づけばこの謎の人物……仮にYとでも名乗っておこう。その謎の人物Yにここ最近、こうして毎朝出くわす羽目となってしまった。
……どうしてこうなった。
「…………」
突然だが、オレは今ストーカー被害に遭っている。年齢層はオレと同じ19歳と思われ、服装は軽装にダメージジーンズ、髪と目は特徴的な緑色、そしてオレと同じ大学出身。──こんなことを叫べば言えばいいのだろうか。そうすればストーカーを逮捕という形に追い込めるのか? いや、これじゃあ状況証拠にもならないか。どうしたらいい。どうしたらこの鬱陶しいストーカーを追い払えるんだろうか。
基本的には無視する方向で行っているが、その度に後ろで「もっしも~し! 聞こえてますか~?」「あ、わかった! 照れ屋さんなんだぁ~!」「あっはは! やっぱ面白いや!」とか、訳のわからない解釈をされ続け、背後には常に『人の声』が附いて回っている。
……早く。何とかしないと。
イヤホンは装着しているものの、これは全ての音を遮断出来るハイテクな道具ではない。
いずれは壊れ、買い直しが要求される、そんな一般的なイヤホンだ。音楽を自分1人だけの世界で聴くためのものだ。そんな便利な道具があるなら是が非でも買いたい……が、一般大学生のオレにそんなお金はどこにもない。
全ての音をシャットアウトすることはまず不可能。
それでもこれを着けるのは、自分と相手の世界を物理的に遮断するため。
これ以上……耳の中に、人の声を残したくないから。
「あ、そうだ! 自己紹介がまだだったね、僕の名前は──」
今まで遮断してきた声は、全て遠距離。
決してオレ自身に話しかけてきているわけではなかったために、気にすることはなかった。
──だが、今回は違う。
だからこそ早急に対処したい。
そう思ってはいるものの、大学に近づけば自然と離れていくためそこまで過剰というわけではないのではないかと、そう思っていたり。……っていやいやいや! 家近くまで現れてる時点で過剰だから。呑まれるなよ、オレ。
「(……それにあいつ、オレの生徒手帳を届けてくれたときからだったよな。あのときは、一刻も早くあの場から離れたくて、つい厳しく言っちゃったけど。……もしかして、何か言いたくて着いてきてるとか?)」
内心で考察は練るものの、具体的に行動へ移すかと問われればおそらくしない。
人付き合いが得意ではなかった上に、今となってはこんな恐怖症まで抱え込んでいる始末だ。そんなオレが行動へ移そうと思ってもきっと……上手くいかない。
「あ、おーい。はよーっす」
「……あれ。午前の講義休むんじゃなかったの? 思いっきり出席確認に『欠席』って書こうと思ってたのに~」
「おい、そんな楽しそうにしてんなよ! ってか、さっき誰かといなかったか?」
「えっ? あ、うん。……別に、誰でもないよ!」
「ふーん。変なの」
それにあいつも、そのうち飽きるはずだ。
生徒手帳をわざわざ日を跨いでも届けてくれるほどに、あいつはきっと、優しい人間なんだろう。薄っすらと聞こえた会話からも、その信頼性は絶大だろうし。
時折講堂の席から見えるあいつの側にはいつも、必ず誰か1人は友人がいたことを踏まえても、あのYさんはオレみたいな人間にストーカーするよりも、周りの誰かと一緒に楽しいときを過ごしていた方がいいに決まってる。
……オレには、その楽しさとやらはわからないけれど。
けど、だからこそ思う。普通があるべき人には、その普通の道を選んでほしいと。偏見はない。ただ……普通が送れないオレだから。きっとその想いが、他人より強いだけなんだ。
「……ま、いっか」
どうせすぐに飽きる。
そうすればまた静かな早朝を過ごせる。家の前まで人の気配を警戒する必要も、この謎の心臓の高ぶりさえも、きっとすぐに無くなる。
──と、そう思ってたのに……。
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