はるになったら、

エミリ

文字の大きさ
上 下
13 / 30

第十三話 side HARU

しおりを挟む
「ハル~、みんなでカラオケ行くけど、来ねえ?」
 奇しくもクリスマスイブに行われた、二学期の終業式。この後特に予定のないメンバーは、なんとなく教室の一箇所に集まっていた。
「わりー! パス!」
 春はその輪に加わることなく、引出しやロッカーの中身を急いで片付けながら返事をする。
「最近付き合い悪いぞー。クリスマスぼっちを避ける会会員番号六番くん」
「悪いけどおれ、その会抜けるわ。じゃ!」
 クリスマスぼっちを避ける会──略してぼっち会メンバーたちに勝ち誇ったようなドヤ顔を投げて、春は颯爽と走り去った。
 担任教師の「こらー! 廊下を走るな─!」の声を遠くに聞きながら、ぼっち会メンバーは唖然としながら顔を見合わせる。
「……あいつ、彼女いたっけ」
「さあ……夏に別れてなかったか?」
「くそーハルのくせにぃ」


 昇降口を出ると、春は思わず身震いした。
 夜には雪が降るらしい。じっとしていると寒気に肌を刺されているようだったので、春はその場で細かく足踏みをしながらスマートフォンを操作した。
 やっと、この日が来た。
 期間にすればひと月余りだが、一年以上待ったような気もする。はやる気持ちと相俟って、寒さにかじかんで指が震えた。
「……で、待ってます──と。よし!」
 苦労しながら文字を打ちメールを送信し終えると、スマートフォンと手をポケットに突っ込む。
「へへへ……あ、いかんいかん。マリコのこと笑えないぞ今のおれ。でも……へへへへっ」
 寒さに体が震えているのか、または喜びに心が踊っているのか。細かい足踏みがスキップに変わり、春は鼻歌を歌いながら学校をあとにした。


 ──約一ヶ月前。
「なあ。暁人ってさ、千羽さんと……前から知り合い?」
 春の唐突な質問に暁人は一瞬目を丸くしたが、その意図をすぐさま汲み取って答えた。
「知り合いだよ」
「……なんで?」
 すると、春から意図した通りの反応が返ってくる。
 暁人は椅子を回転させて座り直し、春の机に両肘をついた。
「まあ、親の関係でちょっと」
「なんっ……っと、それは後々聞きただすとして……」
「後々問いただすとして? 何?」
 春の反応が面白くなって、暁人は口の端が緩む。そこへ、思いもよらない質問が被せられた。
「……あの人が絶対行かなそうなところって、どこだと思う?」
「……え」
 暁人は再び目を丸くした。

 順序を追って聞くに、どうやら春はアルバイトをしたいらしい。それも、千羽が絶対行かなそうなところで。
「コンビニって、よく行くだろ? 行かないにしても、通りかかると中見えるだろ? それ考えるとファミレスもあぶないよなあ……他にこの辺りで高校生がバイトできるとこってどこだ……?」
「この辺じゃなきゃいけないの? もうちょっと離れたとことかは?」
「だって遠くだと通うのめんどいし、働ける時間も短くなるじゃん。それに、千羽さんって車移動の人だろ? 近くも遠くも変わんないって」
 暁人は面白がって聞いていたが、春は本気だった。ついには無料の求人雑誌を広げて独り言を展開し始める。
「……あー、高校生不可……だよなー、お? こっちは……だめだぁ時給が安い……お? ……おぉ、おおぉ」
 仕方がない、と暁人も頭を少しひねってみる。答えは簡単に出た。
「図書館」
「は?」
「ハル、前保育園でバイトしてたろ? 本の読み聞かせ、だっけ。ああいうの図書館でもやってるんだよ」
「いやそうだけど……」
「この近くの図書館って、親が帰り遅い小学生とか預かる学童みたいな施設がくっついてるよね。そこで、高校生が小学生に勉強教えたり本の読み聞かせしたりしてるよ」
「図書館かぁ」
 確かに、忙しい千羽は図書館には行かなそうだ。本を読んでいるところも見たことがない。
「よし、帰りに図書館寄ってみる!」


 あの日から一ヶ月。
 図書館は、受験シーズンで高校生がほとんど来られなくなったとかで人手を欠いており、春は歓迎された。
 やんちゃな小学生たちの相手は体力的にも精神的にも堪えたが、春は自らに厳しい制約を課し、馬車馬のように働いた。居残りや補習で放課後に時間を取られるのも恐れ、朝や寝る前、休み時間などアルバイト以外の時間は勉強に費やした。
 急に人が変わった春を面白がったり心配したりするクラスメイトはいたものの、暁人や毬子は特に勉強の面でよく世話を焼いてくれた。アルバイトをする理由も聞かずに。
「──暁人と毬子には、あとでお礼ちゃんとしないとな。あ、それから……」
 春は、スマートフォンの通知画面を見る。メールの受信通知はない。
「……それから千羽さんにも、ちゃんと謝らないと」
 単純に時間がなかったせいもあるが、気を削がれないためにと一方的に連絡を絶ったことを詫びないといけない。
「やっぱり、怒ってるかなあ……」
 春はメールの画面を更新し新着メールがないことを確認すると、、千羽にメールを送った。

『お久しぶりです。今まで連絡もせずごめんなさい。渡したいものがあるので、千羽さんのマンションの前で待ってます』

 ちょっとポケットから手を出しただけで、春の指は氷のように冷たくなった。それでもメール画面を更新する手は止められない。
 連絡手段を既読通知が出るトークアプリにしておけばよかったなどと思っていると、空からちらほらと雪が降ってくる。
「クリスマスだからなあ。忙しいかなあ」
 春は、駐車場入り口が見える位置から、屋根のあるエントランス横の植え込みへ移動した。
 その間、ひと月の間放置した髪に雪がくっつく。
 春は、伸びた前髪についた雪を払おうと手を伸ばした。だが、一瞬ツヤを帯びたように煌めく髪に、触れるのをためらってしまう。
 雪のついた髪はそのままにして、春はマフラーに顔を半分埋めた。メールの画面を頻繁に見つつ、春はしばらくその場に留まり続けたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平熱が低すぎて、風邪をひいても信じてもらえない男の子の話

こじらせた処女
BL
平熱が35℃前半だから、風邪を引いても37℃を超えなくていつも、サボりだと言われて心が折れてしまう話

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

処理中です...