はるになったら、

エミリ

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第九話

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第九話

 謎の宣言をした後、春と千羽は最後の文化祭を謳歌すべく、校庭に並んだ露店巡りをしていた。

『男子バスケ部による、男()焼き! 高身長イケメンマッチョがあなたの胃袋にスリーポイントシュート!』
『文芸部草食男子が作る、アスパラベーコン巻き。食べ歩きしやすいよう、串焼きスタイルにしました』
『文化系教科担当教師が五教科担当教員に宣戦布告!~我々は息抜きではない~ 去年のリベンジに燃える文化カレー』
『自称モテない男子必見&大歓迎! 女子テニス部員が送る、最近話題のデートコースメニュー! おすすめはもちろんタピオカ♪』

 個性豊かな看板と宣伝文句が立ち並び、校庭は普段とは一線を画す賑わいを見せていた。
「やべー、アスパラベーコンをカレーにつけて食べるとうめぇ」
 カレーとアスパラベーコン串で両手がふさがった春は、スプーンが持てず、串をカレーに浸して食べていた。
「ハル、そんなに急いで食べるとむせるぞ」
 そう言う千羽も、右手には男焼き、左手にはタピオカミルクティーを持っている。
「高校の文化祭のクオリティじゃないな、これ」
 二人分の両手を埋め尽くした食材の数々を見て、千羽が感心したようにため息をついた。

 ひとしきり食事を済ませると、二人は校舎に戻ることにした。春も、飛び出してきたままでは後味が悪い。
「まあ、少しくらい寄り道しても……いいよな?」
 例の悪戯っぽい笑みと共に指をさす千羽。その先には、『恐怖の館~恐怖の輩にも注意! ただのお化け屋敷と思っていると、後悔しますよ~』の看板が。
「えー──……」
 春は、気が乗らなかった。


「……はは、ハル叫びすぎ」
 演劇部の更衣室に戻ってきた二人。腹を抱えて笑う千羽に、春は言い返す喉がなかった。
「……」
 高校の文化祭のお化け屋敷なんて……と高を括った春を待っていたのは、一つの大きなスクリーンと、たくさん並んだ椅子。まるで映画館だった。
 ある程度座席が埋まると教室のドアは閉まり、いかにも素人が作りました、という画質の荒い映像が流れ始めた。
 その「いかにも素人が作りました」感が、ノンフィクション感を煽っており、余計に怖かった。内容は、夜の学校に潜入して七不思議の撮影に挑むというもの。映像のメインに写っているのは、演劇部の元部長。脇役でテレビドラマにも出演したことがあると言う彼女の演技力も相まって、よりリアルな仕上がりになっていた。
 映像自体は十分程度のものだったが、春は叫びすぎて声がガラガラになった。
「……千羽さんは、怖くなかったの」
 まだ喉が痛い。掠れた声で春は尋ねた。
「ああ。あのクラス、演劇部に所属する生徒が多いんだろ?演劇部ってステージもあって文化祭当日は忙しいからな。人手がかからない上映方式は頭いいと思うよ」
「そーゆーことじゃなくて……! もう、おれ、美術室に入れない」
「ふっ、ガチガチのフィクションだろあれ」
 小馬鹿にしたように笑う千羽。
 大声を出すと喉が本格的に潰れそうだったので、春は話題を変えることにした。
「……千羽さんって、結構この学校にくわしいよな」
 今日ずっと気になっていたことを聞く。
 演劇部の部室まで迷わず来れたり、更衣室の存在を知っていたり、何気にこの学校の裏口まで熟知している。
「あれ、言ってなかったっけ。俺、若手の頃にここの演劇部のコーチやってたんだよ。裏方の」
「……はぃ?」
 初耳だった。
「この学校、うちの店から近いだろ?見習いやってた時、店が休みの日とかに通ってたんだ。今思えば、いい経験させてもらったよ」
「へえー。千羽さんにも見習いの時期とかあったんだ」
「そりゃあるだろ。いきなり全部できたら怖いわ」
「……じゃあ、千羽さんも進路に悩んでた時期とかあったのかな」
 春の声は次第に掠れた部分が多くなっていき、最後のセリフはほとんど千羽の耳に届かなかった。


 その後「執事&メイド喫茶」に戻って来た春に待っていたのは、毬子店長のきつーいお仕置き……ではなく。
「あぁらあ! シンデレラのお帰りよぉん!」
 今までどこで何をしていたのやら。ブライアンは、春が言葉を発する前にきつく抱きしめた。そして小声で付け加える。「デートは楽しかったかしら?」
 反論したくても、身動き一つ取れない。やっと解放された時には、息と精神を整えるのに必死で反論どころではなかった。
「……ん?」
 春はそこで、ある変化に気づいた。
 飛び出す前、教室の外にはそれなりに行列ができていたはずだが、今は一人も並んでいない。
 文化祭二日目も終盤、ステージ発表もそろそろ最後の組が出番を終える頃だ。出店しているクラスは最後の追い込みとばかりに、集客に精を出していた。
 そんな中、春たちのクラスは、行列もなければ客の呼び込みもしていない。
 頭をひねる春の隣に、毬子店長がやって来る。
「並んでた客に整理券渡して、完全予約制にしたの。並んでる時間勿体が無いし、余計な騒ぎ起こさずに済むでしょ」
「うふふ。毬子って、ビジネスの才能があるわね」
 確かに、ブライアンや千羽のような最強に目立つ人物がいても、大した騒ぎにはなっていない。ブライアンは心底感心しているようだった。
「マリコ、ごめん……おれ」
「ああ、気にしないで。営業には全く問題ないから。むしろハルと千羽さんのおかげで、さっきよりも客の回転がよくなって売り上げものびてるし」
 そうは言うものの、毬子は手にした伝票の束から目を離さない。
「だからって、休憩二時間はとりすぎだよ」
 急いで接客に戻ろうとした春の肩を、暁人がたたいた。その手にはメモ用紙と財布が。
「はい、これ。材料足りなくなったんだ。予算はこの中に入ってるから、近くの店に買い出し行ってきて」
「……はい」
 春に断る言い訳はなかった。


 結局春たちのクラスは、出店した全クラス中一番の売り上げ成績だった。
 そして春たちは、ステージ発表の観客投票でも二位に大差をつけて一位になり、最後の文化祭で有終の美を飾ることができたのだった。
 後夜祭も終わり、春は千羽と一緒に家路についていた。
「全部、千羽さんたちのおかげだよ」
「全部じゃない。ほんの少し手伝っただけだ」
「そのほんの少しがエグいんだって」
 春は苦笑した。
 ブライアンとは、校門で分かれていた。なぜか毬子と意気投合し、その後二人は一緒に帰ったようだ。
「店、寄ってくか?」
 二人はミリオンの前を通りかかったが、春は千羽の提案に首を振る。
「今日はさすがに疲れたー。来週とかダメ? 代休開けの水曜」
「いいよ。都合悪くなったらメール入れとく」
 春は店の前で立ち止まった。
「今日はほんとにありがとう……ございました」
「俺も、楽しかったよ。久しぶりに有意義な休日だった」
「全然休んでないじゃん」
 春は、次の千羽の言葉を待たずに走り出した。千羽は春を家まで送るつもりだったのかもしれない。あのまま歩き出したら、きっとついてきただろう。不器用なりに、千羽に気を遣ったつもりだった。


「ハル……」
 走り去る春の後ろ姿が、次第に小さくなっていく。千羽は、その背中が見えなくなるまでその場を動かなかった。
 春が何を考えているのか、実のところ千羽には手に取るようにわかっていた。
「……俺に気、遣ってんじゃねえよ」
 手のひらに言い知れぬ違和感が浮かびあがり、拳をきつく握りしめる。この違和感は、次に春が店に来るまで拭えないこともよくわかっていた。
「……俺は、ハルの師匠せんせいにはなれそうもないですよ……『師匠せんせい』」
 違和感の正体が、走り去る春を追いかけて捕まえなかったことに対する後悔なのだと、千羽は翌週気づくことになる。
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