上 下
26 / 34
第3章:厳島決戦編

5話

しおりを挟む


 「はっきり言おう、迷っておる!」

 いよいよ始まった家族会議。
 元就の第一声は、思ったより正直でした。

 「安芸国人の指揮権をやるといった約束を反故にされた以上、今から陶に謝りに行くのは愚策じゃ。しかし今の我らでは、普通に戦えば大内の全軍には勝てぬ」

 「仮に謝りに行くとしても、吉見攻めの陣に馳せ参じ、武功をあげるのが最低条件。もし吉見が降伏すれば、我らは弁解の機すら失うことになります。つまり、」

 いずれにしても時間がない──。
 元就も隆景も一晩話し通し、顔には疲労の色が滲んでおります。

 「そこで、皆の率直な意見を聞かせてほしい。さ、思うままに申してみよ」

 ……と、言われても。
 元就と隆景に結論が出せなかったものを、そう易々と論じられるはずがありません。いつもは積極的な元春も言葉に詰まっています。そんな中、

 「……失礼ながら、」

 と、先陣を切ったのはあやちゃんです。さすが。

 「私の生家・内藤家ですが、父が亡くなって以降、家中は分裂状態にあります。陶のやり方に賛成のもの、反対のものがそれぞれ徒党を組み、一触即発の状態が続いておるそうです」

 「だから何じゃ」

 「大内の中にも、陶のやり方に不満を持つものは多い。しかも吉見との戦の後となれば、全軍とぶつかる可能性は低いと存じます。ですから、私は『陶と戦うべき』と」

 断言したあやちゃん。さすがは出来るオンナ、肝が座っております。
 そして1人目が出てくると、次男坊と言うのは調子がいいものです。

 「私も陶と戦うべきと存じます! 約束を反故にした相手に頭を垂れるなど武士の名折れ、ここは正々堂々迎え撃つべきにございます!」

 「意外だな。お主は陶の肩を持つと思うておったが」

 「確かに、陶様は武士として尊敬しております。だからこそ立派に戦うことで恩を返したいのです」

 二人の意見に、元就と隆景は目をあわせ頷きます。
 ここで隆元が「戦うべきだ」と言えば、議論はすぐにまとまったことでしょう。
 しかし、そうしないのが毛利隆元という男です。

 「私にはわかりませんね」

 と、他人事のように言い放ってしまいました。
 おいおい、自分の気持ちに素直になりすぎだろ……とあやちゃんが慌てふためきます。

 「兄上! 兄上には自分の意見というものがないのですか!」

 「意見はあるよ。そもそもだいたい私は大寧寺の一件だって反対だったんだ。それを皆、私の意見など無視して、陶に荷担したではないか」

 「それは時勢というものが」

 「そうだ、私は時勢が読めん。だからわからんと言った。それの何が悪いというのだ。時勢も読めんくせに皆を振り回す殿様よりよほどマシではないか」

 「隆元、その辺りにいたせ。お前は昔からそういう屁理屈をこねるところが」

 「だいたい父上も父上ですよ。『普通に戦えば勝てん』だなんて、だったら普通じゃない戦い方を考えればよいだけではないですか!」

 その瞬間、
 元就がドン!と床を叩きました。

 皆が口をつぐみ、部屋は一気に静寂に包まれます。
 隆元は、自分に向けて飛んでくるであろう罵声に、体を硬直させて身構えました。

 ……が、元就は眼を閉じたまま、何も発しません。
 床をとん、とん、とん……と一定のリズムで叩きながら、やがて、

 「………それもそうか」

 と呟きました。

 「……少しばかり家が大きくなって、気が小さくなっていたかも知れん。寡兵よく大軍を破るのが毛利の戦、それを忘れておった」

 「ということは父上、」

 「うむ、"殿"が仰せの通り、陶と戦うことと致す!」

 その言葉に、場が沸き立ちます。
 隆元は胸をなでおろすばかりで、あやちゃんの優しい眼差しに気付いておりません。もう。
 元春も「っしゃあ!」と声をあげ、気合十分です。

 で、唯一浮かない顔なのが、頭のいい三男坊です。

 「お待ち下さい! 陶に負ければ我らは根絶やしにされるのですよ! 父上にどんな策があるか知りませんが、」

 「策などこれから考えればよい。なーに、そんな戦は数え切れぬほどこなしてきた。得意中の得意よ」

 「し、しかし、」

 「隆景、世の中すべてを見通せるなどと思うな。わからぬ時は肚を括るしかない。兄を見よ、実に鮮やかな肚の括りようではないか」

 「昔からわからぬことが多いもので、変に慣れてしまいました」

 カッカッカ、と笑う元就。
 一方、隆景は屈辱です。兄を見習え、なんて生まれて初めて言われたのですから。

 「……わかりました、私も肚を括りましょう。ただし条件がございます」

 「何じゃ」

 「陶を破る策は私に考えさせてください」

 じゃないと、僕のプライドが許しません。
 と、声にはしないものの、誰が見ても顔に書いてあります。
 それを頼もしく感じたか、はたまた可愛く感じたか、元就はその申し出をオーケーします。

 「では隆元、その間にお主は文を用意いたせ。陶への絶縁状と、」

 「国人たちへの意思表明と臣従依頼ですね。すべて作成しておきます。つきましては父上の判をお借りしても」

 「よいよい、勝手に使って勝手に戻しておけ。元春、お主は」

 と呼ぼうと思ったら、元春は部屋にはいませんでした。
 すでに庭に飛び出し、真剣で素振りをしています。
 その様子に、全員が笑みをこぼします。

 「……では皆、よろしく頼む」

 「ははっ!」

 息子たちが立ち去ると、元就は縁側に座り、息をつきました。
 少し前まで自分がすべてやっていたのに、気付けば息子たちが肩代わりしてくれるようになっている──それは嬉しくもあり、寂しくもあります。

 「……これでよかったかのう、妙玖」

 どうせ、ご自分で決めるくせに。
 そんな空耳が聞こえて、元就は小さく微笑みました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

答えは聞こえない

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
明治初期、旧幕臣小栗家の家臣の妻であった女性のお話。短編。完結済。

天下布武~必勝!桶狭間

斑鳩陽菜
歴史・時代
 永禄三年五月――、駿河国および遠江国を領する今川義元との緊張が続く尾張国。ついに尾張まで攻め上ってきたという報せに、若き織田信長は出陣する。世にいう桶狭間の戦いである。その軍勢の中に、信長と乳兄弟である重臣・池田恒興もいた。必勝祈願のために、熱田神宮参詣する織田軍。これは、若き織田信長が池田恒興と歩む、桶狭間の戦いに至るストーリーである

私は張飛の嫁ですわ!

家紋武範
歴史・時代
 中国は後漢末期から三国時代。中原を暴れまわった英傑、張飛が主役!  その妻である夏侯三娘が語る、力と力のぶつかり合い! 巡らされる策謀! 妖怪退治や、劉備三兄弟の恋愛ストーリー!  蜀漢側がメインとなった、女性目線の三国志のはじまり、はじまり~! ※表紙は秋の桜子さんからいただきました!

天下人織田信忠

ピコサイクス
歴史・時代
1582年に起きた本能寺の変で織田信忠は妙覚寺にいた。史実では、本能寺での出来事を聞いた信忠は二条新御所に移動し明智勢を迎え撃ち自害した。しかし、この世界線では二条新御所ではなく安土に逃げ再起をはかることとなった。

時ノ糸~絆~

汐野悠翔
歴史・時代
「俺はお前に見合う男になって必ず帰ってくる。それまで待っていてくれ」 身分という壁に阻まれながらも自らその壁を越えようと抗う。 たとえ一緒にいられる“時間”を犠牲にしたとしても―― 「いつまでも傍で、従者として貴方を見守っていく事を約束します」 ただ傍にいられる事を願う。たとえそれが“気持ち”を犠牲にする事になるとしても―― 時は今から1000年前の平安時代。 ある貴族の姫に恋をした二人の義兄弟がいた。 姫を思う気持ちは同じ。 ただ、愛し方が違うだけ。 ただ、それだけだったのに…… 「どうして……どうしてお主達が争わねばならぬのだ?」 最初はただ純粋に、守りたいものの為、己が信じ選んだ道を真っ直ぐに進んでいた3人だったが、彼等に定められた運命の糸は複雑に絡み合い、いつしか抗えない歴史の渦へと飲み込まれて行く事に。 互いの信じた道の先に待ち受けるのは――? これは後に「平将門の乱」と呼ばれる歴史的事件を題材に、その裏に隠された男女3人の恋と友情、そして絆を描く物語。

処理中です...