上 下
1 / 4

1

しおりを挟む
今鼻がムズムズするのが花粉症なのか、粘膜が乾いただけなのかは分からないが、花粉症でないことを願う。
春は嫌いだ。




昼休み、桜の花びらが舞い込む2階渡り廊下。

先輩は、近年稀に見るドヤ顔で言ってきた。
「商店街のアーケードでさ、地面に硬い物落とすと銃声みたいに聞こえるんだぜ。おすすめはむき出しの水筒。」
くそどうでもいい。
「落としたあとに『ジョン...お前だったのか....!!クハッ....(吐血)』って言うまでがセットだぞ。(吐血)もちゃんと声に出せよ。」
実践しようとは毛ほども思わないので、親切なアドバイスは聞き流した。

本来なら、僕はさっきの先輩の「商店街のアーケ」辺りで図書室に直行しているところだ。
しかし、今日―いや、今月はそうもいかない。
教室で安静にしていて欲しいと心の底から思うのだが、この人にそんな事を言ったって聞かない。むしろ煽りのごとく校舎内を徘徊するだろう。


ある日、「勉強もスポーツも万能なイケメン(本人談)」な先輩は、体育の授業でバスケを楽しんでいた。
この際なので、先輩は卓球部の補欠だという事はおいておく。なんなら学校前のバス停にでも野ざらしにしておく。
先輩は、女子が観戦していたのでテンションが上がったらしい。
ここで僕は察した。
「バスケは俺の十八番だぞ。なんてったってスラムダ〇ク全巻家にあるからな。安西先生のモノマネしてやろうか?えーごほん、(割愛)」な先輩と、男女共同の体育の授業、この二つが同時に体育館に存在していたらどうなるか。

先輩は調子に乗って、ダンクシュートをキメた。
わきあがる女子の方々。
着地する先輩。
ネットをくぐって床に落ちるボール。
先輩は、手のひらを吹き飛ばす勢いで手を振る。もちろん女子の方々にだ。
狙い済ましたかのように先輩の足元に転がるボール。
歩き続ける先輩。

先輩の右足首は、鼻の向いている方向、z軸に関してマイナス90度に回転した。ぐぎゃあ(全治4週間)。ボール、ナイs...ンン!!


それが1週間前。
そんなわけで、今ジョニーごっこについて熱く語っている先輩の右足には、立派なギプスがついている。
松葉杖は持っているらしいが、僕は何故か人間松葉杖になっている。
大丈夫だろうとは思うのだが、「お前がいないと俺は校内階段チーズ転がし祭りを開催する。」と真顔で訳が分からないことを言われ、連行された。
僕はタコさんウインナーを口に入れた。表面が冷めた脂でヌメヌメしていた。
2階渡り廊下はコの字の開いているところを上に向けたような形の橋を校舎の中館と本館を繋いでいて、窓も何もないが、完全に野ざらしの3階渡り廊下と違って雨風はだいたい凌げる。3階渡り廊下が屋根がわりになっているからだ。
しかし、それでも限界があって、申し訳程度に置かれた木のベンチはもはや何年ものなのかも分からないほど汚れている。なんなら苔とか生え始めている。自然に還りかけている。
だから、座るなら適度に吹き込んだ雨で洗い流された地面の方が幾らか精神的に楽だ。
そんなわけで、僕らは腐りかけた桜の花びらがちらほらこびりついているコンクリートの地面にあぐらをかき、弁当を広げていた。
他にも数グループが同じように弁当を広げている。この時期は丁度ここから我が校のばがでかい満開の桜の木が見え、日焼けの心配もなく花見ができるので女子の皆様に地味に人気なのだ。
―もっとも、僕らは桜の木には背を向けているが。

早く本の続きが読みたい。折角小遣いをはたいて買ったのに、先輩の妨害のせいで10ページも読めていない。帰りたい。

「なんで僕なんですか?」
「え?」
「他に友達でもなんでもいるでしょ。」
先輩はサンドウィッチを齧り、マイペースにしばらくモグモグしてから言った。
「一番友達がいなさそうだったからに決まってるだろ。」
ふっ、とわざとらしく笑った口の端から千切りキャベツが落ちた。
「喧嘩売ってるんですか?」
「腹パン50円、ギプス悪臭攻撃100円。」
絶対に受けたくない。
生暖かい風が、僕の弁当のご飯に薄桃色の花びらをトッピングした。
「桜の花びらって食べれるのかな。」
先輩がそれをじっと見ていた。
「塩漬けとかなら食べられるらしいですね。」
「塩漬けか。持って帰ろうかな花びら。」
「やめた方がいいですよ。」





こんな先輩だが―いや、こんな先輩だからこそ―先輩が1人でいる所は見たことがない。全校生徒、下手すりゃ先生までもと友達なのかと疑うほど、見る度に違う友達に囲まれている。

そんな人を見ていると、僕はいつも謎の罪悪感を覚える。

―僕だって、高校デビューを試みたことはある。
とりあえず僕は、入学式の時に隣の席の人に話しかけて友達を作る努力をしようとした。
意を決して右に90度上半身を回転させた。
「あ、はじめまして、僕...俺、アッ」
隣の席は、ゴリゴリのヤンキーだった。あんなピンク色はペンケースの中でしか見たことが無かった。
僕は速やかにマイナス90度回転に移行した。

やっぱり高校デビューは無理だった。僕は今までと同様、休み時間は寝たフリをするか、図書室に行くか、そして高校になってから解禁された新ステージ、便所(シトラスの香り付き)の3択で過ごした。
そのせいでこの先輩に「トイレの芳香剤(サワデー)ソムリエ」と呼ばれる始末である。僕は今でも隙あらばこの先輩の―わざとなのかオシャレのつもりなのか分からないが―跳ねている前髪を根こそぎ引きちぎる機会を狙っている。


羨ましくないと言えば嘘になる。
間違っても昼休みにトイレの窓から校庭を眺めて、芳香剤のシトラスの香りを嗅いでいるはずではなかった。
僕だって、友達でも...あわよくば彼女でも持って、THE☆青春してみたかったのだ。
そんないたいけな少年の願いを、神様はフル無視しやがりなさった。
初詣くらいは行ってやって申しあげたが、願いを叶えてくれる気配は全くない。5円じゃ不満だってか?

他でもない、罪悪感だ。
「高校生」という期間限定のこの時期を、こんな風に過ごしていることへの罪悪感だ。
ごめんな、僕の青春。...夢を膨らませていた中学生の僕。お前高校生になっても芋してるぞ。
なんなら、入学式の日に見知らぬ人に「...がんばれよ。」って肩叩かれるぞ。





「あ!あとな、俺とお前は似てるからさ。」
先輩が、思い出したようにぽんと手を打つ。
「は?」
部活の練習だってすぐにふざけ始めて真面目にしない。
僕の教室の向かい側から科学実験室が覗き見られるのだが、そこでは先輩が白衣を発火させている所しか見たことがない。何をどうすれば、1年に数回しか使わない白衣があんなに黒くなるのだろうと常々思う。
勿論、僕がほぼ毎日出入りしている図書室なんか、先輩は一度も足を踏み入れたことは無いだろう。
それにトイレの使い方だって用を足すくらいしか知らないに決まっている。
「何がですか。」
先輩はニヤニヤしながら、しかし何も答えない。くそ、本当に前髪むしってやろうか。
僕がじろっと睨んでいると、チャイムが鳴った。先輩はこれ幸いと立ち上がり、
「そんじゃな!!」
ものすごいスピードで校舎の中に消えていった。やっぱり人間松葉杖必要ないじゃないか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき
青春
国内一のエリート高校、桜統学園。その中でもトップクラスと呼ばれる『Bクラス』に、この春から転入した『ヒナ』。見た目も心も高2男子? 『おれは、この学園で青春する!』 新しい環境に飛び込んだヒナを待ち受けていたのは、天才教師と問題だらけのクラスメイトたち。 騒いだり、涙したり。それぞれの弱さや小さな秘密も抱えて。 桜統学園で繰り広げられる、青い高校生たちのお話。 《青春ボカロカップ参加》🌸 各チャプタータイトルはボカロ(※)曲をオマージュしております。 ボカロワードも詰め込みつつ、のちにバンドやアカペラなど、音楽のある作品にしていきます。 青い彼らと一緒に、青春をうたっていただけたら幸いです。 ※『VOCALOID』および『ボカロ』はヤマハ株式会社の登録商標ですが、本作では「合成音声を用いた楽曲群」との広義で遣わせていただきます。

『女になる』

新帯 繭
青春
わたしはLGBTQ+の女子……と名乗りたいけれど、わたしは周囲から見れば「男子」。生きていくためには「男」にならないといけない。……親の望む「ぼく」にならなくてはならない。だけど、本当にそれでいいのだろうか?いつか過ちとなるまでの物語。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

処理中です...