木漏れ日とダンスを

三輪

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「ごめんね、''森''さん。...兄さんなら友達が多いから、''森''さんの願いを叶えられるかもしれないと思ったんだ。だけど僕の考えが甘かったよ。」
「チチチ、やなやつ!」
『ありがとう...ヨルク。』
毟られた植物の跡、怯えた動物達。ヨルクは申し訳なさそうに辺りを見回した。
『あのね、ヨルクがくれた種から芽が出たんだ。つぼみもついたよ。』
ヨルクは悪くない。
''森''は、ヨルクには笑っていて欲しかった。しかめっ面は似合わない。
「本当?」
ヨルクが顔を上げた。
『そこの丘に植えたんだ。』
種からは芽が出て、あっという間にウサギの背を超えた。見る度に背が高くなり、昨日は飛んでいた小鳥がぶつかってしまった。
太陽に向かって真っ直ぐ茎を伸ばしているその植物は、どこかヨルクに似ていた。
「もうすぐ花が咲くね!」
丘の上でヨルクが呼びかけている。いつもよりぎこちないけれど、素敵な笑顔だった。




それからも、暫くヨルクは来なかった。種は、綺麗な花をつけた。ヨルクの顔より大きい、黄色い花。
太陽を眩しそうに見上げている。''森''も、花と同じように、太陽を見上げた。''森''の葉は鮮やかな緑色になっていく。
でもらじおはザーと鳴きもしなくなってきた。お腹が空いたのかと木の実を勧めてみたが、「す...すす...」と言ったきりだ。木の実は嫌いらしい。日にあたり、雨風に晒されて、銀色の檻は白くなってしまった。
「チチチ、綺麗だね。あの花、なんて名前かな。」
『分からん。でも綺麗。』
大きな入道雲が、街の向こうで大きくなっていた。




ザッ...ザッ...

「チチチ!''森''さん!」
''森''はたっぷり茂った緑の葉を揺らした。
「やあ、''森''さん。...久しぶり。」
ヨルクだ。白いシャツを腕まくりして、額に浮かんだ汗を拭った。
『ふん...仕事は捗ってるのか。』
ヨルクのために大きな日陰を作る。森の奥から冷えた風を送った。
「うん!もうすぐ完成するよ。」
ヨルクはお礼を言って、木陰に入ろうとした―

「...!」
町に近い方から、大きな―何かが弾けるような音がした。
『...なんだ?祭りでもやってるのか?なあヨルク...』
''森''はヨルクを見下ろした。ヨルクは、丁度地面に顔を埋めるところであった。
『ヨルク!?』
鮮やかな黄緑色の草の上に、真っ赤な液体が広がる。
森の緑の中で嫌によく目立つ。
「う...」
ヨルクは脚の付け根に手を当て、顔を顰める。指の間から絶え間なく血が流れていた。
「チチチ!!誰か来る!!」
小鳥が怯えたように''森''の腕に隠れる。
草花を乱暴に踏みつけ、数人のヒトが近づいてきている。
''森''は血を流すヨルクを匿うように腕を広げた。
「やっべぇ、熊かと思ったら人だったわ。」
ヨルクの傍に、男達の一人がしゃがみこんだ。焦げ臭い匂いが届いてくる。
背には長い猟銃を背負っていた。
脂汗を滲ませるヨルクの頬を軽く叩く。
―こいつらが。
「あれ?こいつギーナの弟じゃね?」
「本当だ」
「まあいいだろ。」
―こいつらが!!
「それより早く薬草取って帰ろうぜ。この土地だって売りさばけば俺たちは億万長者だ。」
「ギーナには感謝してもしきれねえな!」
―こいつらがヨルクを!!!
「うわあああ!?」
男達は、突然の地震に地面に座り込んだ。
男達の周りの木々が唸るように揺れる。
「やべえよ...早いとこ薬草取って帰ろうぜ。」
男が''森''に目をつけた。
「おい、この木ってあれじゃね?」
「あぁ、俺も小さい頃聞いた事がある...''森''だろ?」
''森''は身構えた。
「枝でも折って持って帰ろうぜ!そうすりゃ俺達は勇者...」
男が節ぶくれの手を伸ばす。
しかし、その男は次の足を踏み出すことができなかった。
「...やめ...ろ....」
ヨルクが、地面を這って男の足を掴んでいた。その後ろには血の道ができている。
男は躊躇うことなくヨルクの頭を蹴り飛ばす。ヨルクは小さく呻き声をあげて動かなくなった。
「んだようるせえな!お前は引っ込んでろ!後で病院にでもなんでも...」

ゴキッ―

「ぎゃあああ!!」
男の足が、不吉な音を立てる。
地面から伸びたツルが、しっかり男の足に絡みついていた。
その中の足は不自然な方向に曲がっている。
「足が!!」
「なんだ!?あれ突然伸びて...」
そう怯える別の男の腕に、鋭く尖った木の枝が突き刺さる。
「ロン!?」
もう1人の男の背後には、ものすごいスピードで成長していく木の枝が迫る。
『....よくも...!!』
「なんだ?声が...うわああああ!!!」
男達はツルに抱えられて宙ぶらりんになっている。
『私はお前らを...お前らを!!』
近くで雷が鳴った。
いつの間にか、森を大きな入道雲が覆っていた。
バケツをひっくり返した、という比喩では間に合わないほどの大雨が降り出す。
「逃げろ!!」
そう叫んだ男の腕が折れる。
''森''はヨルクを見下ろした。呼吸が浅い。
町まで響いた轟音は雷か、それとも''森''の叫びか―



森の地面が残らずびしょ濡れになった頃、男達は服も武器も投げ捨て、顔一面を恐怖で染め上げて町へ走って行った。
『許さない...逃げられるとでも...』
''森''は再び手を伸ばす。
しかし、その手に弱々しくすがりつくものがあった。
「...て...」
''森''は我に返る。
「やめてくれ...」
ヨルクは泣いていた。
なぜ泣く?あいつらはヨルクを...
''森''は動きを止め、ヨルクを見下ろした。
「やめて...くれよ....」
その懇願するような瞳に、''森''は手を下ろした。
森の美しい木々は、残らず血に染まっていた。
「お願いだ...!」
丘の上の黄色い花は、地面にぐったり倒れ、見るも無惨な光景だ。

''森''の操っていたツルが枯れていく。血に染ったもの全てが、雨に流されていく。

「ごめん...ごめんね.....」
ヨルクは、そう言ったきり喋らなくなった。
「チチ....チ......''森''さん...」
羽に傷を負った小鳥が、よたよたと歩いてくる。
「まだ間に合うよ...ヨルクを、病院に...」
『だけどそんなことしたらこの木が枯れてしまう!』
小鳥がヨルクの傍にとまった。
「ヨルクを助けられるのは森さんしかいないよ。」
森の動物達がいつの間にか集まって来ていた。
みんな、ヨルクのことを見つめていた。
ヨルクの笑顔がよぎる。
また種を分けて欲しい。また歌を教えてほしい。―また笑ってほしい。
''森''は、小さく頷き、住み着いていた木から出ていく。
''森''を失った大木は、空の方から炭のように黒くなっていく。
『みんな...ごめん。』
''森''は悲しげに笑った。

―この世のものとは思えないほど美しく―





町の小さな病院に、見知らぬ2人が訪ねてきた。
1人は、小さな少女。
1人は、大怪我を負った青年。
「どうしたんじゃ!?」
医者は、すぐさま青年を受け取ってベッドに寝かせた。
少女は泣きじゃくって答えない。その美しい緑色の髪を雨に濡らし、緑色の瞳はずっと青年を見つめていた。
「『おいしゃさん』、ヨルクを助けて...」
少女が絞り出すような声で言った。
「あ、あぁ...!」
医者が青年の怪我を診る。何か撃たれた跡があった。
「今すぐ手術を始める!...お嬢ちゃん、外で待っていてくれるかい?」
医者は中腰になって少女に言った。
しかし、少女は首を横に振った。
「ヨルクに伝えて...もう来ないでって...ごめんねって...」
そう言って、少女は病院を飛び出していった。

雨は降り続けた。いつまでも、いつまでも―
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