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第1章 胎動

3話 (挿絵あり)

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 少女達が窓の隙間から目にしたのは、染める前の絹糸の様な髪と、白い輪郭を纏った小柄な女性が突如空から舞い降りる姿だった。
 死笛蜘蛛も何かを感じ取ったのか身構え、頭から生えた輪っか状の器官を紫色に光らせる。すると辺りにブーンと低く鈍い音が響き、周りの鉄柱やシャッターが僅かに放電をし始めた。
 だがその女性の、目にも止まらぬ空中での抜刀の直後、死笛蜘蛛の頭上器官と足関節に三本の眩い線が走った。強烈な斬撃を浴びたのか、巨体は姿勢を崩す。
 彼女はそれを蹴り、横に飛ぶと転がりながら着地の衝撃を相殺する。そして、切断した足が地面に倒れきるのも待たず、一瞬で距離を詰めると、異形の胴体と呼ぶべき部位へ超高速の連撃を浴びせた。
 背を向け立ち去りながら刃に付いた血を振り払うと、死笛蜘蛛は血しぶきを高く跳ね上げてあっけなく崩れ落ちた。

 「こいつじゃない」
 白き女剣士は息も乱さずにそう呟くと、刀を鞘に納め、誰かに通信をする。
 「こちら第三小隊長、豊受とようけメイア。逃走個体討伐完了。大御神様はまだこちらでは確認できていないがそちらは?・・・そうか、目視できる限り生徒達も無事なようだ」
 その様子を見ていたイナホは、二階から階段を転がるほどの勢いで駆け下り、メイアの元へと駆けて行った。
 

 本隊と合流すべくメイアが身を翻したところに、イナホが正面から抱き着いた。
 「・・・・母さんっ」
 イナホは少し気恥ずかしそうに、目線を落としながらメイアから顔を離すと、口を尖らせ小さな子供のように涙ぐんでいる。
 それほど背が高くないイナホと並んでも、小柄な体型が際立つメイア。その見た目も異様に若く、母と呼ばれるには違和感すら覚える程であった。
 メイアはイナホを見ると、その可愛らしいシルエットに反した不愛想な顔をしかめて、
 「思春期になってもまだそんな顔できるんだな、お前はまったく・・・」
 ぶっきらぼうにそう言い放ったメイアだったが、目線をいくらか横に逸らし、少しバツが悪そうにしていた。
 その視界の端に映る、少し機嫌の悪そうなイナホの顔。メイアは誤魔化すように、イナホの頭に軽く手をやり、ふわふわしたその髪を撫でながら、不器用にはにかんで見せた。
 「久しぶりだな・・・、イナホ」
 「むぅ、久しぶりじゃないよっ!もう!最後に会ってから五年も帰ってこないで!近くまで来てたなら連絡くらいしてよ!爺ちゃん婆ちゃんだって怒るのも当然だよ!」
 「はぁ、せっかくの再会にそうツンツンすんなよ。護衛任務は極秘なんだから仕方ないだろ?・・・・悪かったって!ほんと」
 謝罪を済ますと軽くそっぽを向きながら、続けて攻め寄ろうとするイナホの広めなおでこを、人差し指で押し返す。

 後を追ってきた友人が周囲を警戒しながら声をかける。
 「おーい、イナホ!急に飛び出して行ったりして、まだ危ないんじゃ・・・?ってその人知り合い?」
 「うん、私の母さん」
 おでこを摩りながら友人の方を振り返る。
 「えぇ!?さっきのあんなに強い人が?あれ?お母さんだよね?てか、若っ。てか、めちゃめちゃ可愛い!近くで見たらお人形さんみたい!」
 「他人ひとの親を勝手に愛でるなよぅ・・・」

 呆れ顔のメイアは頭を掻きながら、目の前にいる二人の手や腕の傷に目をやる。
 「お前達怪我してるじゃないか。診てやるからこっち来い」
 そう言って医療班の元へ向かおうとすると、どこから現れたのか崇高な雰囲気溢れる女性が三人に歩み寄ってきた。



 それに気づいたメイアがハッとした表情で声を上げる。
 「大御神様!?今までどちらに?」
 さっきまでと違う母の口調と態度に、どこかむず痒そうな顔をしたイナホ。その頭をメイアは少し乱暴に手でグイっと下げると、
 「ほら、愛数宿大御神あすやどりのおおかみ様の御前だぞ。ちゃんとしないか!」
と、二人に視線を送る。
 イナホと女子生徒の二人はきょとんとしながら、愛数宿と呼ばれた女性の顔を束の間見ると、慌てた様子で頭を下げた。
 「え?嘘?本物!?私、荒星あらぼし くぬぎっていいましゅ・・・、ぶぇっ、噛んだ」
 「は、母が大変お世話になっております!豊受イナホです!」
 空回る少女二人に対し愛数宿は柔和な笑みを浮かべ、ゆったりとした口調で三人に向き合う。
 「ふふ、子供が無用な気を回すものではありませんよ。それに、せっかくの親子の再会を邪魔しては無粋かと思いましたので、少々身を隠しておりました。素敵な場面でしたが、醜悪なものを背にしていたのがきずでしたね・・・」
と、全員が切り刻まれた死笛蜘蛛の屍骸に目をやる。
 栩は今更ながらそれに驚き、イナホを盾にするように悲鳴を上げた。それを安心させるかの様に、愛数宿は再び声をかける。
 「さて、その傷は私が癒しましょう。今しがた他の子供達も診て回ってきたところです」
  少女達に彼女が片手をかざすと、見る見るうちに腕の傷が閉じていく。その温かさに表情が綻ぶイナホは、
 「わぁ、ありがとうございます。大御神様を実際見るの初めてで、その・・・」
と、話をしたそうな様子を見せたが、愛数宿は優しい笑みの中に謝罪を込めた。
 「メイアの娘ともあれば、少しお話でもしたいとこではありますが・・・・。そろそろ戻らねば護衛の任に就く皆に迷惑が掛かってしまいますね」
 そう言って愛数宿は軽く一礼すると、こちらに背を向けメイアと共に去ろうとした。しかし少しのところで立ち止まり、校庭に生えた木を見上げる。
 「あの親鳥は巣作りが上手だったのですね。先ほどの衝撃にも落ちず、雛鳥は無事なようです。・・・・この街にも、壁が必要なのかもしれません。隊の者に犠牲が出てしまった事は非常に残念です。この秋津国の自然を司る力を以ってしても、死と新しき脅威は私のことわりの外・・・・」
 物憂げな表情を浮かべる愛数宿と共に、まだ怯えている鳥たちをイナホ達も眺めた。その時メイアがイナホへ向き直る。
 「言い忘れた。今年の夏はちゃんと帰るからな」
 それだけ言うと、護衛本隊と合流すべく去って行くメイアと秋津国の最高神、愛数宿。その背を見送るイナホの顔には嬉しさと少しの寂しさ、そして確信を得た懸念があった。
 
 
 数時間後、秋津国中央会議場の正面玄関。正装した大人たちが出迎えているのは、物々しく護衛に囲まれた愛数宿であった。待っていたその中の一人が歩み出て深々と礼をする。
 「愛数宿大御神様、ご無事で何よりです。事態を聞き、一同肝を冷やしておりました。開会を遅らせる段取りもしておりますが、少しお休みになられますか?」
 「お気遣いとても感謝致します、都知事殿。ですが無用です。都市部での黒き異形の被害が現実となった今、急ぎまつりごとを動かさねばなりません。時間通り、開会を」
 都知事が頷くと、ぞろぞろと入場が始まる。

 中央会議が開催され様々な議題が進んでいる。議題が移り、別の議員が壇上に上がった。
 「次は特別指定危険生物クバンダからの首都防衛計画ですが、先ほどの愛数宿様一行の車列襲撃の件もあり、防壁建設、そして治安管理局でもクバンダ対応部隊設立と、その都市部配備の前倒しを提案したい」
 早速、いくつかの意見が飛び交う。
 「首都集中型の防衛となれば辺境地域の安全はどうなる?」
 「インフラの再整備の財源はどうするんだ!」
 「愛数宿大御神様のご意見もお伺いしたい」
 「そうだ!愛数宿様のお考えを!」
 議員たちの視線が愛数宿に集まる。

 会議場の一角に居た愛数宿は、しばし目を閉じた後、立ち上がって述べ始めた。
 「意見の前に少々。私は秋津国の最高神ではありますが、人の子に寄り添うと決めてから、あくまでこの場には一議員として赴いております。くれぐれも私だけの声が、大きな影響力を持たぬよう、努々お忘れなきよう」
と、弱腰議員達に釘を刺した上で続けた。
 「クバンダなる脅威を、改めてこの肌身で感じ、これ以上の被害を増やさぬよう、防壁建設は早急にすべきだと痛感いたしました。先ほどは幸いにも、近衛特務隊が同行していたことにより、大型のクバンダも討つこと敵いましたが・・・・。迅速な防衛計画改変には賛成です。辺境地域も同様に進める必要があります。財源は徹底した無駄の見直し、これは手始めに、大社おおやしろに関わるものから始めてもらいます。ただし、福祉財源は現状を維持できるようお願いします。補填部分には、一時的な増税もやむを得ないでしょう」
 その後も様々な議題は続き、秋津国はその姿を少しづつ変えようとしていた。

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