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第九章 魂と願い

第十七話

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 翌日、姉弟は池橋のいる介護施設へと向かった。部屋に入ると、そこには以前より痩せた池橋が弱々しくベッドに横たわっていた。その脇には見舞いに来ていた栗原も居た。
 姉弟は二人に挨拶をすると池橋の容体を察して、具合を尋ねる事無く、小さな声で話す池橋の思い出話に耳を傾けた。
 「あの時、舞果さんがしてくれたおまじない、不思議だったわ。ほんとう、あれからは心が穏やかに過ごせたの」
 薄い皮膚の下で弱々しい脈を打つ、骨の浮き出た池橋の手を舞果は握りながら相槌を静かに打つ。池橋は思い出したように、
 「そうだ、お人形。お人形には人の思いが宿るって言うでしょう?身寄りも居ないし、私が死んだら、ここの人も処分に困ると思うの。あの子達、あなた達の所へ里帰りさせてもらえないかしら?」
 「ええ、私たちで良ければ喜んで」
 「良かった、ありがとう。二人の顔も見れて良かったわ。栗原さんも、最期まで良いお友達でいてくれてありがとう」

 栗原は優しく笑みを浮かべて頷いた。すると心電図モニターの音の間隔が次第に長くなっていく。樹はナースコールのボタンを押し、医療スタッフを呼んだ。その間、池橋は天井を見つめてかすれる声で囁く。
 「舞果さん、もう少しだけ手を握っていてもらってもいいかしら・・・・」
 その言葉を最後に、暫くした後、池橋は長い長い眠りに就いた。


 姉弟は言葉少なに二体の人形を手に、介護施設を後にする。工房へ戻ってくるとそれらをカウンターの上に置き、舞果はまだ悲しそうな声で呟く。
 「逆なのね」
 「え?」
 「私の手の中で命が消えていく感覚。人形に記憶を与える時の感覚とは逆、そんな感じがしたわ・・・・」
 「姉さん大丈夫かい?」
 「ええ、大丈夫よ。それに池橋のおば様は、最期は幸せだったと思うから・・・・。さて、私達は私達のすべき事をするわよ」
 「そういえばこの人形の記憶、前と変わりないかな?」
 樹は池橋から託された人形の頭に触れると記憶を読み取る。
 「変わらないか・・・・」

 そんなとき店の扉が開く。やって来たのは大きな包みを持った真琴だった。
 「こんにちは!今大丈夫でした?」
 「はい。どうしたんですか?その荷物」
と、樹がそれを気にする。
 「この前、舞果さんの日傘壊しちゃったじゃないですか?その代わりと言っては何ですが、お二人が生き人形の実験に使うかなと思って」
 その包みを開けると、中から安価な人形が何体も出てくる。
 「親戚や知り合いに、要らなくなった人形がないか尋ねたら結構集まったんですよ。使えそうですか?」
 「ええ、ありがたいです!店の商品使う訳にもいかないので」
 舞果も先ほどまでの悲し気な表情を拭って、
 「今から始めるつもりだったのよ。ありがとう、真琴さん」
 「いえいえ。今日は非番なので、お邪魔じゃなければ私も実験手伝ってもいいですか?」
 「ええ、お願いするわ」

 樹はカウンターの内側から一冊のノートと虫かご、そして紐を持ってくるとテーブルの上に置いた。
 「では真琴さん、人形を何体か柱に繋いでおいてもらっていいですか?僕は虫を捕ってきます」
 「はい、それより虫って?」
 「生き人形って、記憶の提供者以外の生命に反応して動くみたいなんですよ。ある程度の事はそのノートにまとめてあるんで、見てもらって構いません」

 そう言って樹は虫かごを持って庭へと出ていく。真琴と舞果は人形を縛る作業に取り掛かり、五体ほど柱へ繋いだ。窓から見える樹は虫捕りに苦戦している。暫くかかりそうなので真琴はノートに目を通す事にした。


 改めて僕らの能力についてまとめておこうと思う。
 まずは人形への記憶の移動。人から人形へ記憶を移す能力。誰の記憶でも人形に移せるようだが、人形から人へ戻すのは、記憶の提供元になっている人間に限られる。よって、誰かの記憶を別な人間に移植したりは出来ない。また、僕らは記憶を移す際と、人形に入っている記憶は手をかざしたり触れたりすれば閲覧再生ができる。
 長い年月人形に記憶を入れておくと、記憶が一部変質する事もあるようだ。だが、内容が変わってしまう程の変化は今のところない。自分たちが行った限りでは。

 生き人形について。
 ずっと母さんから、一体の人形に二つ以上の記憶を入れてはいけないと言われていた意味が分かった。意志を持たずに動き出すからだ。
 その行動は攻撃的で、初めに僕の記憶を二つ使った時は、姉さんの後ろにいた蜘蛛を人形が殺した。だが、記憶を入れた僕の事は無視して動いていた事から、記憶の提供者は襲わない?その後、人形を拘束した状態で、今度は姉さんが記憶を二つ入れたところ、やはり暴れる仕草を見せた。稼働時間は一分から二分といったところ。
 屋代さん達に見せた時は、屋代さんか真琴さんのどちらかに向かっている様に見えた。この時も一分程で停止した。
 生き人形から記憶を戻す事自体は特に問題は無いようだが、通常と異なる点がある。人形の見ていた光景が付随してくる点だ。人形自身の記憶と呼べばいいのだろうか。
 生き人形になった人形は、自ら動く際に無理な力が加わるためか、随所に独特の摩耗跡が見られるのが特徴のようだ。今のところ、操作や命令といった事は僕たちには出来ない。


 ノートに書かれたレポートを見終わる頃、虫かごにクワガタを捕まえて戻ってきた樹を、舞果が少し冷たい目で迎える。
 「庭の木にこんなのいたよ」
 「樹、あんた途中から虫捕り楽しんでなかった?今からやる事分かってるのかしら」
 虫かご越しに樹は平謝りをすると、その中でクワガタが鋏を動かしていた。


 「今日はまず、僕と姉さんの両方の記憶を一つづつ入れてみよう」
 虫かごを人形が届かない距離に置くと、二人は一体の人形に記憶を注ぐ。ピクピクと動き出した人形は立ち上がると、真琴の方を向く。
 「あれ?なんか私に向かって来てませんか・・・?」
 繋がれた紐以上の距離は進めないものの、確かに生き人形は真琴に向かっていた。そして時間が経つと、ピタリと止まりその場に転がった。
 人形を検分する樹の後ろで真琴が提案する。
 「虫より人間を優先して襲うのでしょうか?もう一度同じ状況で確認しませんか?」

 姉弟はもう一度同じく生き人形を生成するが、やはり生き人形は真琴に向かう。その様子を見て舞果は考え込む。
 「虫にも五分の魂っていうけれど、魂の大きさで判別しているのかしら」
 真琴は次の提案をする。
 「あの、さっきノートを読んでいて気になった事があったんです。今度は私の記憶と、舞果さんの記憶で試してもらえませんか?」
 納得したように頷く舞果は真琴を傍へ呼ぶ。
 「真琴さん、今日の朝食とか、どうでもいい記憶を使うから安心して」
 「はい。あの、私の考えでは、この状況だと次の生き人形は樹さんに向かうはずなんです」
 結果が分かりやすいように樹は虫かごを自分から遠ざけた。

 舞果が真琴の記憶を人形に注ぎ、念のため離れるよう言ってから生き人形を生成する。さっきと同じく、少し不気味な仕草で立ち上がった人形は、樹と向かい合った様に見えた。だが向きを変えると、今度は虫かごに向かい進みだした。

 樹は困惑した表情を見せる。
 「どういう事なんだ?やっぱりランダムに襲っていたのか?」
 その様子を見た舞果は口元を手で隠す。
 「くふっ、樹、あんた虫以下だったのね。そんな弟を持って姉さんは残念よ」
 「そんな事言ったら姉さんだって、あの時は蜘蛛に負けてたんじゃないの?だいたい双子なんだし、そんな優劣あってたまるか!」
 その言葉に真琴は閃く。
 「そうですよ。双子だからじゃないですか?生き人形は、お二人を一つの魂として認識しているのではないですか?」

 樹と真琴の組み合わせパターンも試したところ、真琴の推測は正しかったようだ。その後も実験を重ね、三つ以上の記憶を入れると、生き人形の力や稼働時間が増幅される新たな発見もあったが、舞果達はため息をつく。
 「しかし、肝心の生き人形の制御に関する手掛かりが得られないわね・・・・」
 「僕らに才能がないだけかもよ?」
 そんな事を言う樹に真琴は、
 「私からしたらお二人は才能の塊ですよ。足りていないとすれば他の何かなはずです」
と言って目を閉じ考え込むと、ブツブツ呟いている。
 「犯人は操作が出来て、お二人のお母さんは命令か・・・。んー」
 目を開くと姉弟を見る。
 「共通するのは願望、じゃないですか?犯人は誰かを殺したいという強い欲望。お二人のお母さんは、我が子を救いたいという一心で人形に願った」

 真琴の考えを聞いて、姉弟は目を合わせた。
 「僕らの願いか・・・・」
 「真実を知りたい」
 「そうだね、真実を」

 姉弟はまだ余っていた人形で試す事にした。今度は生き人形を生成する際に、強く二人で願った。自分たちに降りかかった苦難と向き合い、幼い日の真実に辿り着きたいと。
 そして人形は動き出す。三人がその動向を注意深く見守っていると、樹は声を上げた。
 「これは・・・・、真琴さんにも虫にも向かっていない!一体どこを目指しているんだ!」

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