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第七章 点から線へ

第十四話

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 「わざわざいつも出向いて頂いて申し訳ないです」
 そう言いながら樹が屋代達を出迎える。舞果はいつも通り淡々と紅茶を淹れる準備をしていた。四人が席に着くと真琴は今日会った人形盗難被害者の女性が、星与と接点があった事を姉弟に話す。納得した様子の樹達は、
 「そうでしたか。だからあんなに作風が」
 「母さん、そんな交流もしていたのね。でもその子が事件に使われたのがとても悲しいわ」
 今度は屋代が持ってきた資料をテーブルの上で二人に差し出す。
 「これが山納家心中放火事件の資料だ」
 差し出された資料に姉弟は目を通す。二人が資料を読み終えるころ、真琴が声を掛ける。
 「私も以前、その資料閲覧したことがあるのですが、何か引っかかりませんか?調査の度合いが淡泊というか、ある程度の所で打ち切られているような。特に動機の調査に関しては、ほとんどされていない印象があります」
 姉弟は資料を見返しながら考え込む。
 「確かにそうですね。僕らの見た記憶と、ある程度合致する内容ではありますが、違和感は残ります」
 「何か警察組織内部で妙な気遣いのようなものがあったような印象ね」
 先ほどから黙っていた屋代が口を開く。
 「その通りかもしれんな。当時、山納はずさんな職場を変えようと努力していた。チームの連中からは信頼を寄せられ、人望も厚かった。その矢先にこの心中事件が起こった訳だ。関わった連中は、そんな山納の過去やプライベートを引っ掻き回すような事には気が引けたんだろう。忖度ってやつかもな」
 真琴は屋代に、
 「だから状況証拠だけで心中事件として扱われたんですか?」
 「ああ、昔の職場なんてそんなもんだ。まともになったのはつい最近だなぁ。俺は正直この事件、何か確証がある訳ではないが、単なる心中ではないと思ってる」
 舞果は資料のファイルを閉じると前を向く。
 「人形自身が見ていた記憶では、母は必死に、私たちをあの現場から救い出そうとしていたわ。今の話を聞く限りでは、まだまだ調査に見落としがあるということなのね」
 考え込んでいた樹は突然声を上げる。
 「そうだ!姉さん、あの記憶の中の母さんの手をよく思い出して」
 「手?」
 「僕らを助ける前に、兄さんと父さんを殺していたとすれば、返り血が付いてるはずだよね?」
 「そういえば、頭に当てられた両手には血の一滴も付いてなかったわね」
 「母さん達は何もしてない・・・。やっぱりあの人形に入っていた僕らの記憶に、何か異変があったのかもしれない」
 考え込む二人に屋代は、
 「君らの兄、長男の彰についてだが。調べた結果、やはり何も無かった。家庭や学校でのトラブルの報告も、補導歴も無しだ。両親も人から恨みを買うような人物ではなかった。君らの言う、その人形が見た記憶とやらが本当なら、第三者が介入した可能性があると見るのが普通だろうな」
 舞果がポツリと呟く。
 「この子達には手を出さないで。母さんは最後にそう叫んでいたの」
 悲し気な表情を見せる舞果を見て、真琴は屋代に話す。
 「それが本当なら、他に誰か居たってことですよね?この事件も人形殺人の調査と並行して洗い直しませんか?」
 「そうだな。あまり力になれなくてすまない」
 舞果は小さく首を横に振ると俯いたまま話す。
 「いえ、私達は兄さんを心のどこかで疑ってたところがあったの。それが少し晴れただけでも・・・・」
 「そうか。そうだ樹、そろそろ今日見た証拠品の人形の件、どうだったか聞いてもいいか?」
 屋代にそう聞かれた樹は手帳を胸ポケットから取り出し、目を通しながら語りだす。
 「あの人形には二つ記憶が入っていました」
 「それでその記憶の内容と言うのは?」
 「では重要そうな方から。仮面で顔を隠した男が鏡に向かって話している光景です。俺の真似をしたことは許せない、そしてこれ以上俺の事に深入りするな。そう言っていました」
 「メッセージか。まるで記憶を見れる人間が他にいるのを分かってるような行動だな」
 「犯人は今までの犯行に使った人形の記憶は持ち去っていました。捜査関係者に犯人が居るとすれば、今まで通り記憶を持ち去っていたでしょう。やはりメッセージ・・・、そう受け取るのが自然かもしれません」
 真琴はそれを聞いて姉弟を心配する。
 「犯人が樹さん達の存在や能力に気づいているって事はないですか?」
 「どうでしょう。僕らは人形作りで知られる事はあっても、表立って事件の捜査とかしてませんしね。それに能力の事、知ってるのはお二人だけですし」
 屋代は腕を組みもう一つの記憶の内容も尋ねた。
 「二つ目はどこかの廃墟でした。おそらく病院です。手術台?いや分娩台かな」
 その言葉で真琴は今日聞いたばかりの話に結びつく。
 「それなら今日、例の手作り人形の持ち主さんに話を聞きに行ったとき、気になる事を聞きました。その方と星与さんが、当時通院してた産婦人科は、お二人が退院して間もなく閉院。元々病院の評判も良くなかったのもあったらしいのですが、何でも決め手は医院長の一人息子の素行の悪さが原因だったようです」
 真琴は手帳を取り出し目を通しながら、
 「過去に窃盗と傷害、幼児へのわいせつ行為未遂も。そして、病院経営にとどめを刺したのはこれです。自由に院内に出入りできる立場を使って、病院内で患者を盗撮していたのが明るみになったことです」
 腕を組みなおした屋代が頷く。
 「その後の人間性が悪化すれば殺人もやりかねないな。話を聞きに行く価値はありそうだ。日笠、病院経営をしていた家族の現在はどうなっている?」
 「院長であった父親、葛丘洋くずおかひろし氏は閉院から一年後、廃病院となった建物内で自殺しているのが見つかっています。母親は健在ですが、息子とは別居。その問題の息子、亮太りょうた氏は釈放後、街外れのアパートに一人で住んでいるようです」
 「出所後は何もやらかしてないのか?」
 「女児への付きまとい容疑が数件、いずれもそれ以上の被害が無かったため、起訴などはされていません」
 何か思い立ったように屋代は姉弟に尋ねる。
 「なあ、樹達は人形に記憶を移すとき、対象者の記憶を見れるんだよな?」
 「思い描いてもらえればはっきりと見れますが、それ以外はぼんやりですね」
 「そうね。他人の頭の中身をインスタントにまるっと見られるような、便利な代物じゃないのよこれは」
 それを聞いた真琴は少し赤面しながら慌てて尋ねる。
 「た、樹さん?あの時、私の恥ずかしい記憶とか覗かれたりしてませんよね!?」
 「トラウマに関わる記憶しか誓って見てませんから安心してください」
 逸れかけた話を戻す屋代は、
 「いやそのなんだ、その院長の息子とやらの記憶を覗けたら便利だなと思ってよ」
 顔色を窺うような樹に舞果は、
 「もうここまで足を突っ込んだ以上、やるって言うんでしょう?こうなったら私も付き合うわよ・・・・」
 「屋代さん、尋問中その記憶に集中してるときに頭を覗けば、特定の記憶が見れるかもしれません」
 「本当か?試してみる価値はありそうだな」
 屋代の反応とは裏腹に真琴は厳しい表情を浮かべた。
 「樹さんと舞果さんは民間人なんですよ?本当に付き合わせる気ですか?こんな非公式な捜査で、何かトラブルがあったらどーするんですか!?」
 「安全は俺たちで確保する。二人の能力の確証を得るいい機会だろう?」
 「まだそんな事言って・・・。お二人は本当にいいんですか?」
 姉弟は軽く笑みを浮かべて頷く。
 「僕たちと同じ力を持っているかもしれない犯人を野放しにしておくわけにもいきませんし」
 「何より人形が絡んでいる以上、私達の家で起きた事にも何か繋がりがあるかもしれないもの」

 自身の能力にどこか恐れを感じていた舞果も、過去の秘密を知るため、そして樹の正義感に影響を受け、事件へ向き合う気持ちに変化が生じつつあった。

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