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03 おどろなるもの
嫌な雨の日に
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09
どんよりと嫌な雲行きで、雨が降りしきるある日の午後。
ニコラは自室の中、ひとりで待機していた。
「サマンサ…無事でいて」
声に出しても応えるものはいない。
出て行ったきり戻らないサマンサを探しに行きたいが、霊障が発生して外出禁止令が出ていては待機するほかない。
ニコラは、サマンサが霊障に巻き込まれたことを確信していた。
それは、午前中、朝食が終わった後のことだった。
「ねえニコラ、このままなにもしないつもりなの?」
「そういうことじゃないけど…」
不満顔で聞いてくるサマンサに、ニコラは歯切れ悪く応答する。
サマンサが言っているのはシャルルのことだ。
ユリアンナに対して、シャルルとお付き合いするのは自分だ。諦めてくださいと言わなければならない。
なのに、なにもできないまま時間だけが過ぎてしまったのだ。
「明日、モンターニュ公爵家で午餐会がある。
ようするにお披露目だよ。
“私たち結婚します”って宣言する場だってこと、わかってるでしょ?」
「わかってるよ…!わかってるけど…」
ここ一番と言うところで決断力に欠ける自分が、ニコラは恨めしかった。
自分の、そしてシャルルの気持ちを信じられず、踏み出すことができない。
ニコラの煮え切らない態度に、サマンサがなにかを決意した表情になる。
「ニコラ、こういうの早い者勝ちだよね?」
「え…?」
「ちょっと行ってくるから」
そう言って、サマンサは部屋を出て行ってしまった。
(何となく察してたけど…)
ニコラは膝を抱えながら思う。
同じ女体化したもと男だ。
恋の波動は読める。
サマンサはシャルルのことが好きだが、自分に遠慮していた。
それは漠然とだがわかっていたのだ。
(私が煮え切らないばかりに…)
サマンサがシャルルへの思いや自分に対する嫉妬、そして横恋慕するやましさを悪霊につけ込まれてしまったのだとしたら…。
(考えすぎだといいけど…。でも…もしシャルルがサマンサの告白を受けてしまったら?
シャルルとサマンサがお付き合いしていることに…私は耐えられる…?)
ニコラの思考は完全に負のスパイラルに陥っていた。
全部が自分のせいに思えた。
自分が結果のことなど考えず、シャルルにお付き合いを申し込んでいたら、最初から何の問題も起きなかったのだ。
その時だった。
「ぐううううっ!」
突然、外に爆発音が走り、男の悲鳴が聞こえたのだ。
恐る恐るカーテンをめくって外をうかがう。
(サマンサ…なんてこと…!)
騒ぎの中心にいたのはサマンサだった。
自慢の長く美しい金髪は、雨に濡れてみる影もない。
その顔には何の表情も浮かべていない。
いつもの快活でにこやかな彼女とは全く違った。
(悪霊に取り込まれている…)
ニコラは確信する。
学園の司祭や近隣の教会から派遣されてきた聖職者たちは、手をつかねているらしい。
サマンサを遠巻きに包囲したまま動けずにいる。
その中には、寮母も勤めるカトリーナの姿もあった。
「!?」
サマンサはノーモーションで瞬間移動するような動きを見せる。
なにが起きたのかまったくわからなかった。
気がつけば、10メートルも先にいた司祭にひとりにサマンサが抱きついていた。
司祭は暴れるが、小柄で華奢なサマンサを引きはがすことができない。
やがて彼は体をけいれんさせながら地面に倒れ伏した。
「生気を吸われてる…?」
ニコラはなんとなく察した。
悪霊がもたらす災いにもいろいろあるが、憑依した者の体を通して生者の生気を吸い取って衰弱させるといううわさを聞いたことがある。
「なんとかしないと…」
外出禁止令などどうでもよかった。
あのままでは、いずれ自分も巻き込まれてしまう。
とにかくできることをやってみなければ。
そんな思いに駆られたニコラは、部屋を飛び出していた。
どんよりと嫌な雲行きで、雨が降りしきるある日の午後。
ニコラは自室の中、ひとりで待機していた。
「サマンサ…無事でいて」
声に出しても応えるものはいない。
出て行ったきり戻らないサマンサを探しに行きたいが、霊障が発生して外出禁止令が出ていては待機するほかない。
ニコラは、サマンサが霊障に巻き込まれたことを確信していた。
それは、午前中、朝食が終わった後のことだった。
「ねえニコラ、このままなにもしないつもりなの?」
「そういうことじゃないけど…」
不満顔で聞いてくるサマンサに、ニコラは歯切れ悪く応答する。
サマンサが言っているのはシャルルのことだ。
ユリアンナに対して、シャルルとお付き合いするのは自分だ。諦めてくださいと言わなければならない。
なのに、なにもできないまま時間だけが過ぎてしまったのだ。
「明日、モンターニュ公爵家で午餐会がある。
ようするにお披露目だよ。
“私たち結婚します”って宣言する場だってこと、わかってるでしょ?」
「わかってるよ…!わかってるけど…」
ここ一番と言うところで決断力に欠ける自分が、ニコラは恨めしかった。
自分の、そしてシャルルの気持ちを信じられず、踏み出すことができない。
ニコラの煮え切らない態度に、サマンサがなにかを決意した表情になる。
「ニコラ、こういうの早い者勝ちだよね?」
「え…?」
「ちょっと行ってくるから」
そう言って、サマンサは部屋を出て行ってしまった。
(何となく察してたけど…)
ニコラは膝を抱えながら思う。
同じ女体化したもと男だ。
恋の波動は読める。
サマンサはシャルルのことが好きだが、自分に遠慮していた。
それは漠然とだがわかっていたのだ。
(私が煮え切らないばかりに…)
サマンサがシャルルへの思いや自分に対する嫉妬、そして横恋慕するやましさを悪霊につけ込まれてしまったのだとしたら…。
(考えすぎだといいけど…。でも…もしシャルルがサマンサの告白を受けてしまったら?
シャルルとサマンサがお付き合いしていることに…私は耐えられる…?)
ニコラの思考は完全に負のスパイラルに陥っていた。
全部が自分のせいに思えた。
自分が結果のことなど考えず、シャルルにお付き合いを申し込んでいたら、最初から何の問題も起きなかったのだ。
その時だった。
「ぐううううっ!」
突然、外に爆発音が走り、男の悲鳴が聞こえたのだ。
恐る恐るカーテンをめくって外をうかがう。
(サマンサ…なんてこと…!)
騒ぎの中心にいたのはサマンサだった。
自慢の長く美しい金髪は、雨に濡れてみる影もない。
その顔には何の表情も浮かべていない。
いつもの快活でにこやかな彼女とは全く違った。
(悪霊に取り込まれている…)
ニコラは確信する。
学園の司祭や近隣の教会から派遣されてきた聖職者たちは、手をつかねているらしい。
サマンサを遠巻きに包囲したまま動けずにいる。
その中には、寮母も勤めるカトリーナの姿もあった。
「!?」
サマンサはノーモーションで瞬間移動するような動きを見せる。
なにが起きたのかまったくわからなかった。
気がつけば、10メートルも先にいた司祭にひとりにサマンサが抱きついていた。
司祭は暴れるが、小柄で華奢なサマンサを引きはがすことができない。
やがて彼は体をけいれんさせながら地面に倒れ伏した。
「生気を吸われてる…?」
ニコラはなんとなく察した。
悪霊がもたらす災いにもいろいろあるが、憑依した者の体を通して生者の生気を吸い取って衰弱させるといううわさを聞いたことがある。
「なんとかしないと…」
外出禁止令などどうでもよかった。
あのままでは、いずれ自分も巻き込まれてしまう。
とにかくできることをやってみなければ。
そんな思いに駆られたニコラは、部屋を飛び出していた。
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