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01 女の子は馴れない

月に一度の悪夢

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07

 (うう…お腹が痛い…)
 シャルルと並んでの登校の途中。
 ニコラは、下腹部がやすりで削られるような苦痛に耐えながら歩いていた。
 「ニコラ、大丈夫か?顔色悪いぞ」
 「うん…ちょっと女の子の日が重くて…」
 心配そうに覗き込んでくるシャルルに対して、笑顔を向ける余裕もない。
 「あんまりきついなら休んだ方がいいんじゃないか?無理しなくても」
 「ああ、大丈夫。授業受けられないほどじゃないから」
 ニコラはなんとか強がるが、実際はぜんぜん大丈夫ではなかった。
 (こんな重い痛み、女ってよく毎月がまんできるな…)
 そんなことを思ってしまう。
 女体化して初めての生理は、はっきり言って今までの人生のどんな苦痛よりも辛かった。

 「あああ…。痛い痛い…!ちょっとだめかも…」
 なんとか学園のエントランスにたどりついたところで、ニコラはついに歩けなくなってしまう。
 「ニコラ、本当に大丈夫か?」
 「ちょっとまずいかも…。保健室行くから、シャルルは教室先に行っててよ」
 下腹部を押さえながら前屈みになってしまう。
 額に汗が伝っていく。
 「馬鹿言っちゃいけないよ。ちょっとごめんよ」
 「きゃっ!」
 体がふわりと浮く感覚とともに、ニコラはシャルルに抱き上げられていた。
 いわゆるお姫様だっこをされていたのだ。
 シャルルはそのまま保健室がある方向に向けて歩き出す。
 「しゃ…シャルル…。私…重いでしょう…?」
 「心配ご無用。これでも男なんだ。全然余裕だよ」
 男が女をお姫様だっこして歩いている姿は、当然のように衆目を集めてしまう。
 「なになに?お持ち帰り?」
 「朝から見せつけてくれるねえ」
 「王子様、お姫様とどちらへ?」
 すれ違う生徒たちが顔を見合わせて好き勝手なことを言う。
 (うわあ…恥ずかしい…)
 恋愛小説やラブコメの漫画では鉄板のシチュエーションだが、実際に自分がやると非常に照れる。
 「先生、失礼します」
 ニコラをお姫様だっこしたまま保健室に駆け込んだシャルルは、大きな声で保険医のリズに呼びかける。
 「どうしたんだい?」
 「ニコラが具合が悪いみたいで。診てあげてください」
 シャルルがニコラをベッドに寝かせる。
 「生理が重くて…よろしくお願いします…」
 ニコラは顔面蒼白で言う。
 同じ女として、そして同じもとは男だった者として、リズにはニコラの苦痛がわかったらしい。
 「わかった。痛み止めの薬あげるから待ってな。
 シャルル君は、教室に行ってなさい。
 ご苦労様。よく彼女を連れてきてくれたね」
 「でも…ニコラ、大丈夫ですか?」
 シャルルは心配そうな顔で、その場を辞そうとしない。
 「申し訳ないけど、男の子がいると話しづらいこともあるんだ。
 わかるだろう?
 それに、君は授業があるだろう」
 リズがシャルルを直視しながら、穏やかだが厳しい口調で言う。
 自分がここにいてもなにもできない。
 むしろお邪魔でさえある。
 なら、教室で自分のやるべきことをすべき。
 シャルルはそれを理解したようだ。
 「わかりました。先生、よろしく。
 ニコラ、お大事に」
 「ありがとう、シャルル」
 ニコラは精一杯笑顔を作ってシャルルの言葉に応える。
 
 ニコラは痛み止めの薬を飲み、効いてくるまでの間リズの診察を受ける。
 触診や脈の測定をするリズの手が、冷たくて気持ちいい。
 「特に異常はなさそうだな。
 君は女になって日が浅いから、生理痛になれてないんだろう。
 だから、よけい痛く感じる」
 「そういうものなんですか…?」
 リズの言葉に、ニコラは弱々しく聞き返す。
 このまま、毎月生理のたびにこの苦痛を味わうことになるのではないか。
 それを想像すると怖ろしい。
 「一般に、男より女の方が苦痛に対する耐性が高いんだ。
 君も感性まで女になれば、生理痛をがまんするコツもつかめるはず。
 安心しな。私も馴れるまで苦労したよ」
 リズが、経験者を信じなさいという調子で言う。
 「わかりました」
 女体化の先輩であるリズの言葉には、不思議な説得力と安心感があった。
 下腹部の痛みが、少しやわらいだように思えた。
 
 「じゃあ、そろそろ教室に行きます」
 「大丈夫かい?無理はしないでね」
 痛み止めが効いてくると、下腹部のがまんできないほどの苦痛は去っていた。
 ニコラは制服を整えてベッドから起き上がる。
 もう1時間目は始まっている。急いだ方が良さそうだった。 
 「ああ、そうだ。
 シャルル君にはよくお礼を言っときなよ。
 お姫様だっこまでして運んでくれたんだからね」
 「はい、それはもう感謝してます。
 ちょっと恥ずかしかったけど…」
 「よろしい。感謝の気持ちは大事だ。
 本当に調子が悪いときに孤立無援だったりすると、悲劇だよ。
 生理中はいろいろ気になって1人でいたくなるかも知れないけど、周りはそれほど気にしてないからさ。
 好意に甘えることも重要さ」
 リズが大人の女の表情で言う。
 「わかりました。先生、ありがとうございました」
 ニコラはおじぎをして保健室を出る

 (好意に甘えることも重要かあ…)
 教室に向かうニコラは、リズの言葉を反芻してみる。
 生理が始まると、普段からは信じられないほど神経質になったのが感じられる。
 自分のにおいや周囲の反応にびんかんになり、つい人といることを避けたくなってしまう。
 だが、調子が悪いときに誰かそばにいてくれるとありがたいという、リズの言葉も理解できる。
 もしシャルルがいなければ、自分はエントランスでしゃがみ込んで動けなくなっていたかも知れない。
 (シャルルに感謝しないとな…)
 ニコラは、心の底からそう思った。
 気のせいか、シャルルの感触と体温がまだ残っているかのように感じられた。

 その後、リズの言うとおり、ニコラの生理痛は少しずつ落ち着いていくのだった。
 だが、ニコラはまだ知らなかった。
 この後弱り目に祟り目で、次の問題が待ち受けていることを。
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