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07 復讐の翼

再起動

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 2018年12月31日
 デウス公国北端、ハーケン半島上空

 衛星通信アンテナ破壊の任務を達成したフレイヤ隊は、基地への帰路につこうとしていた。
 だが、エスメロードはこれで終わりとはどうにも思えなかった。
 (“自由と正義の翼”に参加したジョージの情報が全くないのはどういうことだ?
 すでに戦死しているか、逃亡しているのか?)
 敵となった元相棒のことが気がかりだった。
 ハーケン半島制圧戦は激戦だった。
 離陸が間に合わず、地上撃破された航空機も多数あったと聞く。
 だが、エスメロードは元相棒がすでに死んでいることを期待しなかった。
 『これで戦争も終わる』
 一方のリチャードは、すでに勝利した気分のようだった。
 『ニアラス、ずっと言いたかったことがあるんです』
 リチャードの改まった口調に、エスメロードは嫌な予感を覚えた。
 『この戦争が終わったら、結婚して下さい!』
 (馬鹿お前それは…!)
 エスメロードは肝が冷えるのを感じた。
 『警告!所属不明機急速接近!散開!散開!』
 嫌な予感は最悪の方向に当たる。
 E-767からの警告とほぼ同時に、レーダーに今までなかった極めて微弱な反応が現れる。
 回避行動を取る暇もなく、一条の光が長大な柱のように閃く。
 それはリチャードのF-35AJの主翼を直撃していた。
 『うわああああああああっ!』
 主翼に搭載された燃料が爆弾に変わり、F-35AJが炎に包まれる。
 一瞬だが、リチャードがペイルアウトすることができたのが見えたのが、せめてもの幸いだった。
 『終わったと思ったか?残念だったな相棒!』
 無線から聞こえる声は間違いようがない。かつてのフレイヤ隊2番機、ジョージ・ケインのものだった。
 (新型か、厄介な)
 目視でわずかだが見えた。
 ステルス性能の高いシルエットを持つ機体が、ハーケン半島の空に勇躍していた。
 ご丁寧に、視認性の上昇を甘受して“深紅の飛龍”のパーソナルカラーであるウチアカに塗装されている。
 (ジョージ、私はもうお前を自分の男だとは思わない!)
 エスメロードはそう胸中につぶやいて、かつての相棒であり愛した男を撃墜する覚悟を決めた。

 ミサイル護衛艦“タンホイザー”CIC。
 「なに、確かか?」
 「はい、衛星のコントロールが回復できないそうです。
 敵がまだ衛星を掌握しているものと」
 艦長のバーナード・カークランドの言葉に、船務長が困惑しながら応じる。
 ハーケン半島の衛星通信設備は全て破壊された。
 にもかかわらず、レーザー衛星“レーヴァテイン”がこちらのコマンドを受け付けない。
 何者かがまだコントロールしているのだという。
 「まずいじゃないか」
 バーナードは眉間にしわを寄せる。
 衛星通信アンテナを全て破壊すれば終わりではない。
 “レーヴァテイン”を軌道上で自爆させて、二度と平気として使えなくしなければ驚異は去ったとは言えないのだ。
 「よし…。
 半島の地上部隊と航空隊に連絡だ。
 敵はまだなんらかの方法で“レーヴァテインを”コントロールしている。
 排除せよ、だ」
 「了解」
 バーナードの言葉に、船務長は無線のマイクを取ると回線を開く。
 (恐らく一筋縄では行かないぞ)
 バーナードはそんなことを思っていた。
 スポーツでもビジネスでも、もちろん戦争でも同じ。
 いざという時のために取ってある奥の手というのは、往々にして厄介なものなのだ。
 
 『だめだ!“レーヴァテイン”の再起動を確認!
 フレイヤ隊、交戦せよ!』
 E-767に言われるまでもなく、エスメロードは敵機のレーザー攻撃を必死で回避していた。
 『相棒、悪いが邪魔はさせねえ!』
 わざわざオープン回線で呼びかけてくるジョージ。
 光速で飛来するレーザーだが、射角はそれほど広くない。正面方向にしか撃てないのだ。
 (これなら回避できないものじゃない)
 『敵機を撃墜せよ!機体解析結果は追って知らせる』
 E-767は、敵のデータが全くない状況で交戦しろと言っている。
 死んでこいと言われたような話だが、エスメロードに選択の余地はなかった。
 (試作型のレーザー兵器。
 小型化が間に合わなかったのか?)
 遠目にだが一瞬見えた。右主翼にエンジンナセルか増槽のように外付けされている。
 左に同じように外付けされているのは、恐らくカウンターウェイトを兼ねたコンデンサーかバッテリーだろう。
 「FOX-2!」
 F-15JSのマッシブな機体を翻してレーザーを回避しながら、エスメロードは99式空対空誘導弾を発射する。
 追従性の高い99式は、相手がステルス性能に優れる機体でも危なげがない。
 『お互い、腕は衰えていないな!』
 ジョージの所属不明機はフレアを発射して回避を試みる。
 直撃こそ避けられたが、近接信管による爆発が機体を激しく揺さぶった。
 「やるじゃないか」
 エスメロードは、敵機とジョージの技量に素直に敬服していた。
 あれがなみの機体とパイロットなら直撃のはずだ。
 『第一状況分析終了。
 敵機から衛星への信号を確認!やつが“レーヴァテイン”のコントロールを握っている!』
 「コピー」
 エスメロードは短く応じる。
 現代の戦闘機は、通信能力が高いことが求められる。
 データリンクや衛星通信によって、状況を素早く認識することが勝利の鍵だからだ。
 高出力の機内アンテナと高精度のコンピューターを装備していれば、衛星のコントロールも可能になる。
 『お前の全ては俺が教えた。
 だが、俺の全てを教えたわけじゃない』
 そう言いながら、ジョージは一度距離を取ろうとする。
 「FOX-2」
 レーザーの照射を巧みに回避しつつ接近。04式を発射する。
 荷物であるレーザー照射装置をしょっている所属不明機は、回避が遅れる。
 ミサイルの近接爆発で使用不能になったレーザーとコンデンサーを、火薬爆発でパージした敵機は、桁違いに身軽になる。
 だが、敵の武装をつぶしたと喜んだのもつかの間だった。
 『悪いが、時間だ』
 ジョージの不吉な言葉とともに、コックピットに警報が鳴り響く。
 それはミサイルアラートではなく、“レーヴァテイン”の落下開始の警告だった。

 静止軌道上では、地上のアンテナからの指示が途絶えそれまで死んだように漂っていた“レーヴァテイン”が、にわかに息を吹き返していた。
 “マーリン”からの新たなコマンドを受け取り、臨界に達して核兵器と化した原子炉を地上に落下させるべく再び動き出したのだ。

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