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07 復讐の翼
北海に消ゆ
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07
2018年12月30日
北海、デウス公国北端より200キロの海域
『我々は“自由と正義の翼”!
我々の手の中には、現在の歪んだ世界秩序をリセットする力がある。
欺瞞に満ちた各国の歴史は閉じる。
破壊によって一度初期化された世界から、新たな歴史が始まるだろう。
世界は変わる』
2つの衛星の落下と、電波ジャックによって流されたヘンリー・ニコルソンの演説によって、ようやく“自由と正義の翼”の驚異に気づいた連合軍は、討伐作戦を実行することになる。
破壊されたはずのレーザー衛星“レーヴァテイン”が、再起動して軌道修正されたことが確認できたのだ。
“レーヴァテイン”は先だって落下した2つの衛星と同じように、“自由と正義の翼”のコントロール下にあり、連合軍やデウス軍のコマンドを受け付けない。
「“レーヴァテイン”に装備された原子炉は、暴走させて臨界に達すればそのまま原爆として使えます。
4つの原子炉を分離させて、任意の場所に落下させることも可能です」
デウス国防宇宙軍に問い合わせたところ、ニコルソンの演説ははったりではないことが判明したのだった。
ミサイル護衛艦“タンホイザー”CIC
「ハープーン攻撃始め!
併せて対空警戒も怠るな」
艦長であるバーナード・カークランド二等海佐はマイクに向かって命じる。
的との距離は150キロ。
ハープーン艦対艦ミサイルの射程ぎりぎりだ。
命中弾は期しがたい。
(だが、取りあえずはそれでいい)
重要なのは、敵機動部隊の防空の要であるミサイル駆逐艦のレーダーを飽和させてしまうこと。
同時追跡可能目標6とは言っても、相互にデータリンクを用いて連携すればその防空能力は侮れない。
だが、こちらの方が数が多い以上、敵の能力の限界は必ず訪れる。
『敵艦対艦ミサイル接近!数18!』
「迎撃!」
バーナードの言葉に応じて、砲雷長がスタンバイしていたスタンダード艦対空ミサイルのトリガーを引く。
VLSから爆炎が上がり、ミサイルが飛翔していく。
「持ちこたえろ!敵は必ず息切れする!」
バーナードはCICのクルーたちを激励する。
“自由と正義の翼”を苦労もなく屈服させる方法はない。
ただひたすら、敵が息切れを起こすまで叩き続けるほかはないのだ。
「アキツィア空軍航空隊、エアカバーに入ります!」
「よし!攻撃続行。これでやつらを飽和させられる!」
(頼んだぞエスメロード)
矢継ぎ早に命令を下しながら、バーナードは胸中につぶやいていた。
『こちらSSM攻撃隊。敵機動部隊をレーダーで確認した。攻撃に移る』
連合軍は、まず北海に展開する空母機動部隊に狙いを定めた。
空母“ファフニール”を中心とする“自由と正義の翼”の機動部隊が壊滅すれば、ハーケン半島に立てこもる敵部隊を完全に包囲することができる。
逆に言えば、機動部隊が健在な限り半島に総攻撃をかけることは不可能なのだ。
空母艦載機に横やりを入れられる可能性が高いからだ。
『フレイヤ隊、先行してくれ!
敵空母より艦載機が上がっている!』
「こちらフレイヤ1、コピー。エアカバーに入る」
エスメロードは無線に応じて、レーダーに映る機影をロックオンする。
今回のフレイヤ隊の仕事は、敵艦載機の殲滅だった。
『敵機よりミサイル!』
「回避!」
AWACSからの警告通り、FA-18Eで構成される敵部隊からAMRAAMが飛来する。
エスメロードとリチャードは、F-15JSとF-35AJを翻して回避する。
「FOX-2!」
『FOX-2』
そのまま返す刀で99式空対空誘導弾を発射し、敵機を撃墜していく。
「まだ来るぞ!」
『やつらも必死だ!』
敵部隊は味方が落とされるのも構わず、対空ミサイルを撃ち続ける。
“ファフニール”の艦載機は、対空ミサイルのみを積めるだけ積んでいる。
こちらの艦隊は水上艦に任せる形とし、航空隊のみを狙って来ている。
対艦ミサイルを積んだ部隊を落とさせるわけにはいかない。
『注意、敵にロックされている!』
「この程度!」
空戦は乱戦の様相を呈し始める。
だが、FA-18Eの部隊は、機体の性能でもパイロットの練度でも、フレイヤ隊の敵ではなかった。
暴れ回るF-15JSとF-35AJに全くついて行けず、一方的に落とされていく。
『闇雲に撃ったって当たるかよ!』
そのステルス性能を活かして敵機を翻弄しながら、リチャードはまた1機のFA-18Eを撃墜していた。
FA-18Eは優秀は機体ではあるが、ステルス性能と加速力に優れるF-15JSとF-35AJには分が悪いのだ。
距離を詰めることなく、まともに照準もできていないまま放たれたミサイルは、ことごとく外れた。
「飽和攻撃を行うには数が足りないな…」
それがエスメロードの感想だった。
そもそも空母は、搭載する機体を全機発進させることは不可能だ。
1回で着艦させられる機体は1機だけだから、どうしても上げられる数には制約がつきまとう。
無理に多数を発艦させようものなら、着艦まで燃料が持たなかった艦載機が海にどぼんだ。
『空母一艦では手が足りなかったな。
地上基地と連携してればもっと楽だったろうに』
リチャードが最後の敵機を撃墜しながら相手をする。
彼の言うとおり、空母をもっとハーケン半島に近い位置に置けば、短期的な攻撃力はさらに上がったはずだった。
ハーケン半島に立てこもる“自由と正義の翼”の航空部隊はまだ残っている。
さらに言えば、艦載機のうち着艦が不可能なものは飛行場に下ろすことも可能だ。
(だが、“自由と正義の翼”は連合軍に対して十字砲火を浴びせられる布陣にこだわった。
それが仇になったな)
エスメロードは思う。
数では勝るが寄り合い所帯である連合軍に対し、守勢より攻勢に出た戦術は間違っていない。
だが、それは空母機動部隊が孤立してしまうリスクを伴うことでもあった。
『ニアラス、“ファフニール”が沈みます!』
「ああ。さすがにあれだけの猛攻には耐えられなかったか」
興奮気味のリチャードの言葉通り、眼下に小さく見えるスキージャンプ甲板を備えた空母の艦舷に火の手が上がる。
倍の数の連合軍相手に良く戦ったと言えたが、航空隊に加え、水上艦や潜水艦までがよってたかって魚雷やミサイルを浴びせてくるのだ。
満載排水量7万トンの船体はついに膝を屈し、派手に爆発しながら傾いて行く。
(これでやつらは半島にこもってつぶされるのを待つだけだ)
エスメロードはほくそ笑む。
衛星のコントロールはいぜんとして奪われたままだが、半島に総攻撃がかけられれば持ちこたえることは不可能だ。
搭載する原子炉が臨界に達する前に、半島に立てこもる部隊を壊滅させることは十分可能だった。
だが、そう思ったときだった。
『こちらAWACS。南西より新たな機影が接近。
デウス軍のIFFを発しているが、敵機と思われる。フレイヤ隊交戦せよ』
「こちらでも確認した。レーダー反応からしてステルス機か。
フレイヤ隊、交戦する」
エスメロードはそう応じて、南西に機首を向けた。
『8隊2か。人使いの荒いことで』
「それだけ信頼されてるってことさ」
不利な状況で交戦することをぼやくリチャードに、エスメロードは気休めを返してやる。
実際、エスメロードもリチャードも、数の不利をあまり心配してはいなかった。
機体の性能と、自分たちの練度を持ってすれば充分さばける相手なのだ。
『“ファフニール”の轟沈を確認。
くそ!間に合わなかったか』
デウス国防空軍第4航空師団第7航空隊、通称“ディアマント隊”1番機であるアウグスト・バロムスキー中佐、TACネーム“イリューション”(幻影)が毒づく。
てっきり二面作戦を行ってくると思っていた連合軍が、こちらの空母機動部隊に攻撃を集中させ始めた。
慌ててハーケン半島から飛び立って援護に向かったものの、遅きに失したのだ。
『隊長、引き返しますか?』
『いや、敵航空隊はミサイルの残弾が少ないはずだ。
変な形のF-15はおそらく“雷神”だろう。やつだけでも落とす!』
『ラジャー』
8機のステルスマルチロール機、J-20で構成される部隊は、アフターバーナーを吹かして接敵して行った。
『ちっ、J-20か!』
「ミサイルアラート」
フレイヤ隊が先んじてはなった99式は回避され、空戦は接近戦にもつれ込んでいた。
『歪んだ秩序の召使いめ。北の空に散るがいい!』
敵1番機が呪詛の言葉を放ちながらミサイルを撃ってくる。
「ドッグファイトは避けろ!一撃離脱」
『キッド、コピー』
エスメロードは数の不利を補うために、高速一撃離脱を取ることにした。
J-20は機動性もステルス性能もなかなかのものだが、加速力と上昇性能に難があるようだ。
(機体の重さにエンジン出力が追いついていないな)
エスメロードは思う。
おそらくペイロードやマルチロール性を重視した機体が、大きく重くなりすぎているのだろう。
戦闘機を設計する際について回るジレンマだ。
ただ速く機動性に優れていればいいなら徹底して軽量化、小型化すればいい。だが、それでは航続距離や兵装の搭載量は当然犠牲になる。
機体を大きくすれば兵装や燃料の搭載量は増えるが、当然のように重くなる。
「FOX-2!」
上昇性能でこちらについてこれないJ-20の1機にを、ひねり込みからオフボアサイト射撃で撃墜、そのまま加速する。
(敵はHMDを装備していない。正面以外への攻撃は不可能か)
自分と同じ要領で併走するJ-20を真横に放った04式で撃墜したリチャードを見て、エスメロードは確信する。
戦闘機のオフボアサイト射撃能力を持たせるかは、実は難しい問題でもある。
基本的にミサイルは正面に向けて放たないと大きく命中精度が落ちる。
加えて、正面に捉えないまま敵を撃墜するのは、かなりの技量を要求されるのだ。
その辺りの煩雑さを嫌い、あえて付与しないという選択肢もあり得るのだ
(だが、それが致命傷になったな)
さらに2機のJ-20を同時にロックオンして撃墜、回避行動に入ったエスメロードは思う。
J-20は、とくに上昇性能でこちらについてこられない。
一撃離脱を繰り返すフレイヤ隊を、正面に捉えない限りロックオンできないというのは致命的なハンデとなった。
『くそ!逃がすか!』
『よせ、無理に追うな!』
暴れ回るF-15JSとF-35AJに、J-20は次々と落とされていく。
やがて、残っているのは1番機だけとなった。
「ロックオン!FOX-2」
『まがい物の英雄め…!』
F-15JSについに後ろを取られた1番機は、毒を吐きながら回避しようとする。
だが、赤外線に対するステルス性能が乏しい欠点を、もろに突かれてしまう。
IR探知能力に優れる04式がJ-20のエンジンに食らいつき、火の玉に変えた。
『こちらAWACS。周囲に敵影なし。フレイヤ隊、良くやってくれた』
「フレイヤ隊、ミッションコンプリート。RTB」
エスメロードはF-15JSを自動操縦として、フューリー空軍基地に進路を取った。
この日、“自由と正義の翼”隷下の空母機動部隊は連合軍の猛攻の前に壊滅することとなる。
後顧の憂いはなくなり、いよいよ本命であるハーケン半島への総攻撃が開始されるのだった。
2018年12月30日
北海、デウス公国北端より200キロの海域
『我々は“自由と正義の翼”!
我々の手の中には、現在の歪んだ世界秩序をリセットする力がある。
欺瞞に満ちた各国の歴史は閉じる。
破壊によって一度初期化された世界から、新たな歴史が始まるだろう。
世界は変わる』
2つの衛星の落下と、電波ジャックによって流されたヘンリー・ニコルソンの演説によって、ようやく“自由と正義の翼”の驚異に気づいた連合軍は、討伐作戦を実行することになる。
破壊されたはずのレーザー衛星“レーヴァテイン”が、再起動して軌道修正されたことが確認できたのだ。
“レーヴァテイン”は先だって落下した2つの衛星と同じように、“自由と正義の翼”のコントロール下にあり、連合軍やデウス軍のコマンドを受け付けない。
「“レーヴァテイン”に装備された原子炉は、暴走させて臨界に達すればそのまま原爆として使えます。
4つの原子炉を分離させて、任意の場所に落下させることも可能です」
デウス国防宇宙軍に問い合わせたところ、ニコルソンの演説ははったりではないことが判明したのだった。
ミサイル護衛艦“タンホイザー”CIC
「ハープーン攻撃始め!
併せて対空警戒も怠るな」
艦長であるバーナード・カークランド二等海佐はマイクに向かって命じる。
的との距離は150キロ。
ハープーン艦対艦ミサイルの射程ぎりぎりだ。
命中弾は期しがたい。
(だが、取りあえずはそれでいい)
重要なのは、敵機動部隊の防空の要であるミサイル駆逐艦のレーダーを飽和させてしまうこと。
同時追跡可能目標6とは言っても、相互にデータリンクを用いて連携すればその防空能力は侮れない。
だが、こちらの方が数が多い以上、敵の能力の限界は必ず訪れる。
『敵艦対艦ミサイル接近!数18!』
「迎撃!」
バーナードの言葉に応じて、砲雷長がスタンバイしていたスタンダード艦対空ミサイルのトリガーを引く。
VLSから爆炎が上がり、ミサイルが飛翔していく。
「持ちこたえろ!敵は必ず息切れする!」
バーナードはCICのクルーたちを激励する。
“自由と正義の翼”を苦労もなく屈服させる方法はない。
ただひたすら、敵が息切れを起こすまで叩き続けるほかはないのだ。
「アキツィア空軍航空隊、エアカバーに入ります!」
「よし!攻撃続行。これでやつらを飽和させられる!」
(頼んだぞエスメロード)
矢継ぎ早に命令を下しながら、バーナードは胸中につぶやいていた。
『こちらSSM攻撃隊。敵機動部隊をレーダーで確認した。攻撃に移る』
連合軍は、まず北海に展開する空母機動部隊に狙いを定めた。
空母“ファフニール”を中心とする“自由と正義の翼”の機動部隊が壊滅すれば、ハーケン半島に立てこもる敵部隊を完全に包囲することができる。
逆に言えば、機動部隊が健在な限り半島に総攻撃をかけることは不可能なのだ。
空母艦載機に横やりを入れられる可能性が高いからだ。
『フレイヤ隊、先行してくれ!
敵空母より艦載機が上がっている!』
「こちらフレイヤ1、コピー。エアカバーに入る」
エスメロードは無線に応じて、レーダーに映る機影をロックオンする。
今回のフレイヤ隊の仕事は、敵艦載機の殲滅だった。
『敵機よりミサイル!』
「回避!」
AWACSからの警告通り、FA-18Eで構成される敵部隊からAMRAAMが飛来する。
エスメロードとリチャードは、F-15JSとF-35AJを翻して回避する。
「FOX-2!」
『FOX-2』
そのまま返す刀で99式空対空誘導弾を発射し、敵機を撃墜していく。
「まだ来るぞ!」
『やつらも必死だ!』
敵部隊は味方が落とされるのも構わず、対空ミサイルを撃ち続ける。
“ファフニール”の艦載機は、対空ミサイルのみを積めるだけ積んでいる。
こちらの艦隊は水上艦に任せる形とし、航空隊のみを狙って来ている。
対艦ミサイルを積んだ部隊を落とさせるわけにはいかない。
『注意、敵にロックされている!』
「この程度!」
空戦は乱戦の様相を呈し始める。
だが、FA-18Eの部隊は、機体の性能でもパイロットの練度でも、フレイヤ隊の敵ではなかった。
暴れ回るF-15JSとF-35AJに全くついて行けず、一方的に落とされていく。
『闇雲に撃ったって当たるかよ!』
そのステルス性能を活かして敵機を翻弄しながら、リチャードはまた1機のFA-18Eを撃墜していた。
FA-18Eは優秀は機体ではあるが、ステルス性能と加速力に優れるF-15JSとF-35AJには分が悪いのだ。
距離を詰めることなく、まともに照準もできていないまま放たれたミサイルは、ことごとく外れた。
「飽和攻撃を行うには数が足りないな…」
それがエスメロードの感想だった。
そもそも空母は、搭載する機体を全機発進させることは不可能だ。
1回で着艦させられる機体は1機だけだから、どうしても上げられる数には制約がつきまとう。
無理に多数を発艦させようものなら、着艦まで燃料が持たなかった艦載機が海にどぼんだ。
『空母一艦では手が足りなかったな。
地上基地と連携してればもっと楽だったろうに』
リチャードが最後の敵機を撃墜しながら相手をする。
彼の言うとおり、空母をもっとハーケン半島に近い位置に置けば、短期的な攻撃力はさらに上がったはずだった。
ハーケン半島に立てこもる“自由と正義の翼”の航空部隊はまだ残っている。
さらに言えば、艦載機のうち着艦が不可能なものは飛行場に下ろすことも可能だ。
(だが、“自由と正義の翼”は連合軍に対して十字砲火を浴びせられる布陣にこだわった。
それが仇になったな)
エスメロードは思う。
数では勝るが寄り合い所帯である連合軍に対し、守勢より攻勢に出た戦術は間違っていない。
だが、それは空母機動部隊が孤立してしまうリスクを伴うことでもあった。
『ニアラス、“ファフニール”が沈みます!』
「ああ。さすがにあれだけの猛攻には耐えられなかったか」
興奮気味のリチャードの言葉通り、眼下に小さく見えるスキージャンプ甲板を備えた空母の艦舷に火の手が上がる。
倍の数の連合軍相手に良く戦ったと言えたが、航空隊に加え、水上艦や潜水艦までがよってたかって魚雷やミサイルを浴びせてくるのだ。
満載排水量7万トンの船体はついに膝を屈し、派手に爆発しながら傾いて行く。
(これでやつらは半島にこもってつぶされるのを待つだけだ)
エスメロードはほくそ笑む。
衛星のコントロールはいぜんとして奪われたままだが、半島に総攻撃がかけられれば持ちこたえることは不可能だ。
搭載する原子炉が臨界に達する前に、半島に立てこもる部隊を壊滅させることは十分可能だった。
だが、そう思ったときだった。
『こちらAWACS。南西より新たな機影が接近。
デウス軍のIFFを発しているが、敵機と思われる。フレイヤ隊交戦せよ』
「こちらでも確認した。レーダー反応からしてステルス機か。
フレイヤ隊、交戦する」
エスメロードはそう応じて、南西に機首を向けた。
『8隊2か。人使いの荒いことで』
「それだけ信頼されてるってことさ」
不利な状況で交戦することをぼやくリチャードに、エスメロードは気休めを返してやる。
実際、エスメロードもリチャードも、数の不利をあまり心配してはいなかった。
機体の性能と、自分たちの練度を持ってすれば充分さばける相手なのだ。
『“ファフニール”の轟沈を確認。
くそ!間に合わなかったか』
デウス国防空軍第4航空師団第7航空隊、通称“ディアマント隊”1番機であるアウグスト・バロムスキー中佐、TACネーム“イリューション”(幻影)が毒づく。
てっきり二面作戦を行ってくると思っていた連合軍が、こちらの空母機動部隊に攻撃を集中させ始めた。
慌ててハーケン半島から飛び立って援護に向かったものの、遅きに失したのだ。
『隊長、引き返しますか?』
『いや、敵航空隊はミサイルの残弾が少ないはずだ。
変な形のF-15はおそらく“雷神”だろう。やつだけでも落とす!』
『ラジャー』
8機のステルスマルチロール機、J-20で構成される部隊は、アフターバーナーを吹かして接敵して行った。
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フレイヤ隊が先んじてはなった99式は回避され、空戦は接近戦にもつれ込んでいた。
『歪んだ秩序の召使いめ。北の空に散るがいい!』
敵1番機が呪詛の言葉を放ちながらミサイルを撃ってくる。
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『キッド、コピー』
エスメロードは数の不利を補うために、高速一撃離脱を取ることにした。
J-20は機動性もステルス性能もなかなかのものだが、加速力と上昇性能に難があるようだ。
(機体の重さにエンジン出力が追いついていないな)
エスメロードは思う。
おそらくペイロードやマルチロール性を重視した機体が、大きく重くなりすぎているのだろう。
戦闘機を設計する際について回るジレンマだ。
ただ速く機動性に優れていればいいなら徹底して軽量化、小型化すればいい。だが、それでは航続距離や兵装の搭載量は当然犠牲になる。
機体を大きくすれば兵装や燃料の搭載量は増えるが、当然のように重くなる。
「FOX-2!」
上昇性能でこちらについてこれないJ-20の1機にを、ひねり込みからオフボアサイト射撃で撃墜、そのまま加速する。
(敵はHMDを装備していない。正面以外への攻撃は不可能か)
自分と同じ要領で併走するJ-20を真横に放った04式で撃墜したリチャードを見て、エスメロードは確信する。
戦闘機のオフボアサイト射撃能力を持たせるかは、実は難しい問題でもある。
基本的にミサイルは正面に向けて放たないと大きく命中精度が落ちる。
加えて、正面に捉えないまま敵を撃墜するのは、かなりの技量を要求されるのだ。
その辺りの煩雑さを嫌い、あえて付与しないという選択肢もあり得るのだ
(だが、それが致命傷になったな)
さらに2機のJ-20を同時にロックオンして撃墜、回避行動に入ったエスメロードは思う。
J-20は、とくに上昇性能でこちらについてこられない。
一撃離脱を繰り返すフレイヤ隊を、正面に捉えない限りロックオンできないというのは致命的なハンデとなった。
『くそ!逃がすか!』
『よせ、無理に追うな!』
暴れ回るF-15JSとF-35AJに、J-20は次々と落とされていく。
やがて、残っているのは1番機だけとなった。
「ロックオン!FOX-2」
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だが、赤外線に対するステルス性能が乏しい欠点を、もろに突かれてしまう。
IR探知能力に優れる04式がJ-20のエンジンに食らいつき、火の玉に変えた。
『こちらAWACS。周囲に敵影なし。フレイヤ隊、良くやってくれた』
「フレイヤ隊、ミッションコンプリート。RTB」
エスメロードはF-15JSを自動操縦として、フューリー空軍基地に進路を取った。
この日、“自由と正義の翼”隷下の空母機動部隊は連合軍の猛攻の前に壊滅することとなる。
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⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
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