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04 龍の巣

インタヴュー イノケンタス

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07

 2020年7月21日。
 デウス公国北部の都市、イノケンタス。
 2018年の講和交渉中にこの町で大規模なガス爆発が起き、1000人以上の死者が出た。
 テロの可能性も疑われたが、結局事故として処理される。
 だが、マット・オブライアンには確信があった。
 ガス爆発というのは誰かが書いたカバーストーリー。
 真実は隠されたのだと。
 取材相手との約束まで時間があるので、マットは古風な町並みを撮影していく。
 (大災害にあったなんていうのが嘘に思えてくるが…)
 市街地の建物の多くが倒壊や破損の憂き目に遭ったが、膨大な予算がかけられて復元されたらしい。
 その予算は、外国による国債の引き受けという形になった。
 恐らくは、衛星の落下という真実の痕跡を消すために。
 マットは、今日の取材の内容をあらためて検討し始めた。
 
 マットは取材先であるノルト銀行本店に足を踏み入れていた。
 約束であることを受け付けに告げると、すぐにオフィスのひとつに通された。
 そこには、がっしりとした体型の高貴な感じさえする男が待っていた。
 勧められた椅子に腰掛けたマットは、カメラとレコーダーを起動する。
 「エドゥアルト・レーム。
 元デウス国防空軍第6航空師団第19航空隊、通称“サフィール隊”1番機。
 愛機と、その力強いマニューバから“翼獅子”の異名をとったエースパイロット。
 デウス戦争では主に迎撃任務で戦果をあげる。
 戦後は軍を退役。
 銀行の社外取締役を務める」
 マットはレコーダーを机の上に置き、メモを取る準備をする。
 レームはゆっくりと話し始める。
 「当時は、いよいよ“龍巣”からの撤退が不可避になっていた。
 私の任務は、友軍の撤退支援。
 連合軍に存在をけどられないよう、毎回出撃する飛行場を変えていた。そうしなければ出撃したとたん先手を打たれる。
 当時はそれほど切迫していたんだ」
 レームはそう言ってサイドボードの上を見る。
 そこに飾られた写真には、飛行服を着た男たちに混じってレームの姿もある。
 おそらく彼の軍時代の仲間たちなのだろう。
 それが証拠に、後ろに移っているのは彼の愛機だったグリペンだ。
 「“雷神”はどんな印象でしたか?」
 「いい腕をしていた。機転も利いていたね。
 戦闘機とミサイルのことを知り尽くしているというのかな。
 だが、やや執念深さに欠けていた印象もあったね。
 臨機応変さと表裏一体のぶれ、とでもいうのかな。
 優秀ではあるが、戦い方がまだ未完成であったようだった」
 レームの話を、マットはメモに書き込んでいく。
 “雷神”は若い女であったと聞く。未熟な部分があるのはむしろ自然に思えた。
 「例えば。
 私の戦い方の根本は意志力にある。
 武門の家柄であるレーム家の習わしだ。
 目的を達成するために一命をかけること。
 いかなる状況でも自暴自棄にならぬこと。
 難事を成し遂げるために知恵を絞ること。
 だが意志力とは蛮勇や根性論とは違うのだよ。
 誰しも魔法使いではないから、不可能という条理をねじ曲げることはできない。
 そこを取り違えることは、戦場では命取りになる。
 彼女が生きて終戦を迎えられたとしたら、自身の戦い方を確立できたということだろう。
 そして、それだけの意志力を持っていたのだと思うね」
 「意志力ですか。
 ノルト銀行のことを少し調べさせてもらいました。
 珍しいことに、カードローンにもそれなりの審査を設けている。
 他の銀行のように気楽に借りられるシステムになっていない一方で、ベンチャーキャピタルの役目を果たしているとか。
 それも、あなたの方針なのでは?」
 レームは我が意を得たりとばかりににやりとする。
 「鋭いね。
 カードローンのずさんさが社会問題になっていることはご存じだね?
 ろくな審査もしないまま融資して、多くの場合焦げ付かせてしまう。
 そして支払い不能となったら、民間の金融業者やサービサーに債権譲渡して帳尻を合わせる。
 とてもじゃないが金貸しのやり方じゃないさ。
 最初から焦げ付くとわかっている融資をしておいて、回収の段階になったら他人に丸投げしてしまうんだから」
 レームの言葉に、マットは背筋が冷える。
 債権譲渡して帳尻を合わせるとは言うが、その債権譲渡の代価はちゃんと払われているのか?
 帳簿上債権譲渡したことにして、損失を隠しているのだとしたら?
 例え債務者が破産したとしても、債権譲渡した形になっていればそれは金融業者の損失であり、帳簿上は銀行の損失ではないことになる。
 だが、実際には?
 自分の預金している銀行は大丈夫か?
 そんなことを思ってしまう。
 「それを変えるために、あなたの意志力が必要とされたと?」
 「ああ、少なくとも私はそのつもりで社外取締役を引き受けた。
 空軍で主計士官をしていた経験が買われたこともある。
 たしかに、貸金業法の改正で、金利で食っていくのは難しい情勢だ。
 だが、だからといって金貸しの本分を投げ捨てていいとは思えない。
 回収可能な相手かよく吟味してから貸し付ける。
 そして、貸し付けたからには最後まで回収する。そのために知恵も絞る。
 そんな当たり前のことが、今の銀行にはまともにできないんだからね。
 一方で、有望な個人事業主やベンチャー企業には投資してみる価値はある。
 激務だが、やりがいはある。
 カードローンの問題点を徹底的に調べた。
 融資担当者とは直接言葉を交わすようにしているよ。
 なにが問題か指摘した上で、解決策を見つけられるように。
 少なくとも、精神論根性論を怒鳴り散らしているだけの給料泥棒にはなりたくないからね」
 武門の家柄に恥じない言葉だ。とマットは思う。
 レームの家はデウス公爵家に連なる家で、軍事貴族であったという。
 本当に強い者は、真の強さを知っているのだ。
 ブラックバイトやスポーツチームでのパワハラを取材した時のことを思い出す。
 馬鹿のひとつ覚えのように“根性が足りない”“言い訳するな”とわめき散らす者たち。
 そういう者たちを見るたびにマットは思ったものだ。「根性論と心中したいならおひとりで勝手にどうぞ。他人を巻き込まないで下さい」と。
 本当は人の上に立つべきでないものが不相応な地位に立つから、薄っぺらな根性論に頼るしかなくなる。
 彼らにレームのような崇高な理念が10分の1でもあればと思う。

 「レームさん。
 もう一つお聞きしたいことが。
 ここ、イノケンタスで起きた災害のことです。
 表面上、大規模なガス爆発ということになっていますが、実際には衛星が落下したのではないですか?」
 笑みを浮かべていたレームの表情が、その言葉に真剣なものになる。
 「やはり君は知っていたか。
 二年前のことを調べていると聞いて、恐らくはと思ったが…。
 あの日、私はまだ首都の軍病院に入院していた。
 テレビで故郷であるこの町にガス爆発が起きたというニュースが流れたんだが、どうもおかしかった。
 大事故だというのに、報道の規模が妙に小さく限定的だったんだ。
 現地の映像もほとんど映らない。
 不審に思って軍内部のコネを使って調べて見た。
 そして、真相は衛星の落下だと知った。
 これはどういうことかと思ったよ」
 マットはレームの言葉に応じて、慎重に切り出す。
 「“自由と正義の翼”のことはご存じでしょうか?
 調べて見ましたが、公式な記録には何一つ残っていません。
 裏を返せば、“自由と正義の翼”の存在は、いかなる手段をもってしても隠蔽されなければならなかった。
 そう考えると、二つの衛星の落下が徹底して伏せられたことも説明がつきます」
 レームは顎に拳を当てて考える顔になる。
 話していいものか迷っているようだった。つまり、それほど危険な話ということだ。
 「オブライアン君。
 これは私なりに調べたことだ。
 あの戦争は、表向きデウスの蛮行が傷を拡げたことになっている。
 2万の人命を奪った核爆発、軍の過激分子によるクーデター。
 全てはデウスという国家の不徳というのが一般的な認識だ。
 だが、実際には裏で暗躍し、そうするように誘導していた者がいた。
 それが“自由と正義の翼”と呼ばれる組織だ」
 「はい、ゲオルグ・フラー氏から頂いた資料にも、同じことが書かれていました。
 しかし、具体的にどのように暗躍し、核爆発やクーデターという大それたことを誘発できたのかまでは知ることができませんでした」
 マットの言葉に、レームは一度コーヒーで口を濡らし考える。そして慎重に話し始める。
 「ふむ。
 フラーはクーデターが起きたとき、首都で情報活動に当たっていた。
 その彼をして、“自由と正義の翼”の行動の詳細までは掴めなかったか。
 うーむ…。
 オブライアン君。君はまだしばらくこの国にいるのかね?」
 「はい。
 まだ取材するところはたくさんありますので」
 マットのその言葉に、レームはなにかを決意した表情になる。
 「そうか。
 フェリクス・ベルクマン元中佐をご存じかな?」
 「あ、はい。
 彼もデウス空軍の元エースです。学会からお帰りになったら取材をさせて頂く予定です」
 フェリクス・ベルクマン元中佐はかつてのデウス軍のエースのひとりで、デウス戦争でも高齢ながら前戦に立った。
 現在は大学教授をしている。
 「彼は戦中、パイロットと暗号解読の二足のわらじを履いていた。
 当時のデウス軍は彼の暗号解読能力なしには機能しなかったと言ってもいい。
 となればだ、“自由と正義の翼”が絡む任務にも関わっていた可能性が高い。
 私から彼に頼んでおく。
 彼が知る限りのことを君に話すようにね」
 「本当ですか?
 ありがとうございます。
 実は、“自由と正義の翼”のことは、どう調べたものか途方に暮れていたところでして」
 マットが礼を述べると、レームはにこやかになる。
 まるで、なくしたものを取り戻したかのように。
 「礼には及ばない。
 当時私は悔しかった。故郷であるこの町で起こったことが、ねじ曲げられて伝えられたことがね。
 私は当初、君の取材をユニティア政府のプロパガンダの一環と誤解していた。
 だが、君は危険を冒して“自由と正義の翼”のことまで調査しようとしている。
 願わくば、歪められた歴史の真実が多くの人に正しく伝えられることを願っている」
 マットとレームは握手を交わし、その日の取材は終了となる。
 マットは、掴むことができなかった糸口をつかめたことに、大いに希望を持っていた。

 エドゥアルト・レーム。
 意志力を重んじ、真の強さとはなにかを知る男。
 彼は活躍の場所を戦場の空から金融業界に移した。
 そして、今も誇りと英知を武器に戦い続けている。
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