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04 龍の巣

エリアD9T

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01

 2018年8月23日

 デウス軍絶対防衛圏、エリアD9T通称“龍巣”。
 デウス、アキツィア、ヴェステンレマ、そしてユニティアなどが国境を接する。
 地下資源が豊富であり、その利権を巡って国境紛争が繰り返され、何度も国境線が引き直されてきた。
 地形が複雑である上に天候が不安定で、航空機には難所だ。
 雲の中を飛んでいると雷が横から断続的に閃くことから、着いたあだ名が誰が呼んだか“龍巣”。
 加えて、国境を接する国家によるECMやジャミングによって、レーダーや電子機器への妨害が常に行われている。
 さらに言えば、幾度となく繰り返されてきた戦いの中で放置された各国の兵器の残骸による電波干渉が激しい。
 そこでは、出自も学歴も、訓練成績も階級も意味を持たない。
 ただ実力のみが生死を分ける場所。
 
 その日“龍巣”に新たな残骸がいくつも加わることとなる。
 デウス軍を国境線付近まで押し戻した連合軍は、たたみかけるべく“龍巣”に向けて進軍を開始したのだ。
 当然、そこを絶対防衛圏と定めるデウス軍の抵抗は激しい。
 制空権を奪い合って、激しい空戦が展開されていたのだ。
 敵も味方も花火のように簡単に爆発四散していく。
 ここでは交戦規則はただひとつ。生きて戻れ。

 その“龍巣”の上空を、交戦空域に向かって飛ぶ2つの部隊があった。
 1つは、F-15J2機で構成される部隊だ。
 1機は主翼と尾翼の翼端を鮮やかな青に塗装している。
 もう1機は、主翼と尾翼のつけ根に赤いラインを引いている。
 前者がソトアオであるなら、後者はウチアカというところか。
 もう一つの部隊は、青の迷彩が映えるF-2計3機で構成されていた。
 アキツィア自衛空軍第5航空師団所属。
 第11飛行隊(フレイヤ隊)および第8飛行隊(ブリュンヒルデ隊)だった。
 「こちらフレイヤ1。まもなくエリアD9Tに侵入する。
 少しばかり遅かったようだな」
 『こちらAWACS。
 味方の損耗率はすでに40%に達している。
 ここをデウスに渡すわけにはいかん。
 撤退は許可できない。交戦せよ』
 E-767から入る通信に、「無責任なことを」とエスメロードは舌打ちする。
 デウス軍絶対防衛圏の名は伊達や酔狂でついているわけではない。
 ここD9Tは利権などの問題は脇に置いても、デウス国防軍、特に空軍のパイロットたちにとってはプライドそのものだ。
 当然敵も本気になり、苛烈な攻撃がしかけられてくる。
 味方の損耗率がこれまでよりやたら高いのがその証左。
 だが、軍人でありパイロットである身には、命令を拒否する権限はない。
 「フレイヤ1コピー。これより敵航空勢力の排除を開始する。
 ブリュンヒルデ隊、聞こえたな。
 作戦開始だ!」
 『こちらブリュンヒルデ隊。コピー。
 フレイヤ隊先行せよ。援護する』
 ブリュンヒルデ隊1番機。ガートルード・“ヘルキャット”・ベイツ二等空尉。
 177センチの鍛えられた身体とその豪快な飛び方から“アキツィアのアマゾネス”の異名を取る女傑。
 今回はさしものフレイヤ隊も単独では危険と判断され、ブリュンヒルデ隊との合同作戦が言い渡された。
 「了解、アールヴ行くぞ」
 『アールヴコピー。花火の中に突撃だ!』
 対となるような鮮やかなカラーリングの2機のF-15Jは、アフターバーナーを吹かして乱戦の空に突き進んでいく。
 「FOX-2!」
 『FOX-2!』
 2機が同時に放った99式空対空誘導弾は、白煙を引いてデウス軍のMig-21の部隊に襲いかかる。
 『あんな遠くから撃ってくるだと?』
 『やつら“龍巣”を知らないのか?なに…ばかな…!』
 2発の99式はいずれも初弾命中だった。
 この“龍巣”では、長距離ミサイルはまず当たらないと油断したMig-21の部隊はひとたまりもなかった。
 99式は高性能のアクティブレーダーを装備することに加え、補助的にカメラによる光学画像誘導を採用している。
 このため、フレアによる欺罔やECMによる妨害にめっぽう強いのだ。
 『FOX-2』
 『目標ロック!FOX-2!』
 フレイヤ隊を回避しようとするMig-21は、後方で援護に着いているF-3が受け持つ。
 回避しようとする先に99式が飛来し、なすすべもなく撃墜されていく。
 「遅い!」
 敵ミサイルをあっさりと回避したエスメロードは、至近距離から04式空対空誘導弾をたたき込む。
 怪物じみた機動性の04式は、旧式のMig-21が回避できるものではない。
 計8機のMig-21の部隊は、手も足も出ないまま壊滅していた。
 『ニアラス、新しい機体の調子はいいようだな?』
 「ああ、加速力がすさまじいし、なによりこれだけ兵装を積んでも機動性が落ちないのが素晴らしいね」
 ジョージの言葉に、エスメロードは上機嫌で応える。
 報酬が目標額に達したので、Mig-29から念願だったF-15Jに乗り換えたのだ。
 強力な双発のエンジンに加え、余裕のある機体設計は、ミサイルを積めるだけ積んでも高い機動性を約束する。
 加えて、燃料タンクも大きいため帰りの燃料を気にせず空戦を行えるのが素晴らしい。
 なにより、撃墜スコアが一定以上のパイロットは機体をパーソナルカラーに塗装することが許される(視認性が上がってしまうのは自己責任)。
 ソトアオに塗装したF-15Jに乗るのが、密かな夢だったのだ。
 エスメロードは新しい機体に、そしてそのポテンシャルを引き出せている自分の技量に満足していた。
 『ブリュンヒルデ3よりフレイヤ1。
 さすがです。
 だが、今日の撃墜スコアトップは俺がもらうっすよ』
 そんなとき、ブリュンヒルデ隊3番機、リチャード・シャルダン三等空尉、TACネーム“キッド”が無線で呼びかけてくる。
 エスメロードよりひとつ下の20歳。
 傭兵養成学校を優秀な成績で卒業して、20歳にしてパイロットを任された。
 すでにこの戦争で実戦経験も積んでいるが、TACネームの通りいささか青臭く血気にはやるところがある。
 「こちらフレイヤ1。
 お馬鹿さん。ここをどこだと思っている?
 まず生き残れるかどうかを心配しろ」
 エスメロードは辛辣な答えを返す。
 見栄や野心を一概に否定する気はないが、つまらないことにこだわっていたらたちまち神に召されるのがこの“龍巣”の空だ。
 『へいへい。大丈夫ですよ。見ていて下さい』
 リチャードはなおも自信ありげに言う。
 (感情に従って動くのを間違っているとは思わないし、憧れてくれるのは嬉しいが…)
 そんなことをエスメロードは思う。
 豊かな感情は大いにけっこうとは思うが、それが寿命を縮めることは承服できない。
 リチャードが戦場の残酷さと危険さを早々に学ぶことを祈るしかなかった。
 
 『こちらAWACS。
 北西より新たな敵航空隊の接近を確認。
 反射波照合。FA-18Cの部隊と思われる。数は6。
 フレイヤ隊、ブリュンヒルデ隊、交戦せよ!』
 「フレイヤ1コピー」
 『ブリュンヒルデ1コピー』
 新たな敵影発見の報に、フレイヤ隊とブリュンヒルデ隊は旋回して北西を目指す。
 「デウス軍も本気になったらしいな」
 『ああ。だが問題は、乗り手が機体の性能を活かせるかどうかだ』
 エスメロードもジョージも、緊張こそすれ心配はしていなかった。
 今までのMig-21やF-4、ミラージュⅢといった旧式機ではなく、第4世代ジェット戦闘機を送り込んできたことが、デウス軍の本気度を示している。
 だが、どんな機体も乗り手の腕が伴わなければ腐るだけだ。
 「パワーマキシマム!オールウェポンズフリー!
 コンバットマニューバゴウゴウゴウッ!」
 エスメロードの号令とともに、フレイヤ隊およびブリュンヒルデ隊はアフターバーナーを吹かして突撃するのだった。
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