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01 破裂した風船
反攻作戦
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04
2020年10月28日
「それで、彼女の統合運用の献策は採用されたと」
マットはメモを取りながら質問していく。
「ああ。
現在でこそ、陸海空軍の統合運用なんてものは常識になっている。
だが、その発案者は俺の相棒だったのさ」
そんな偉業をなしとげた人物が相棒であったのは、ジョージにとっても密かな自慢であるらしい。
だがちょっと待てよ、とマットは思う。
「しかし、私が取材した限りでは、“龍巣の雷神”が発案者だったという資料は見当たりませんでした」
「それはそうだろう。
アキツィア自衛軍が統合運用を実戦で行い、見事成功させたのはいい。
だが、それが一人の傭兵パイロットの発案だったとは、公式には言えなかったんだろう。
それこそ、正規軍の軍人たちにとっては面子が丸つぶれになる話だ」
マットは愕然としていた。
そんなに素晴らしいアイディアを出し、実戦で成功させて貢献したにもかかわらず、正当に評価されない。
“龍巣の雷神”が傭兵であった。ただそれだけの理由で。
「まあ、彼女が変わっていたってこともあるがね。
ふつう貴族のお嬢さんていうのは、プライドと虚栄心の塊みたいなのが相場だ。
だが、俺の相棒は、自らのアイディアや功績を自慢することもひけらかすこともしなかった」
「純粋で、愛国心と使命感に溢れる人物だったんですかね?」
マットには、“雷神”の価値観がどうにもわからなかった。
そこまで欲のない謙虚な人間とはどんな人物なのか?
「それも違うと思う。
開戦前、大学の単位取得の一環で軍に送られてきた彼女の教官が俺だった。
その時のあいつは、典型的な貴族のお嬢さんだった。
出自と訓練成績を鼻にかけて、横暴の限りを尽くす。
そんな人物だった」
「なにが彼女を変えたんでしょう?」
マットはますますわからなかった。
ジョージの話が本当なら、彼女は数年の間に豹変したことになる。
「さあ、俺にもわからない。
ただ、それ以前は怖れられてはいても好かれることがなかった彼女の株は、どんどん上がっていった。それは確かだ。
傭兵か正規軍か、空自か陸自か海自か。
そんな区別など関係ない。
多くの人間が、あいつを認め、畏敬の念を抱くようになっていった」
ジョージは持っていたアサルトライフルを肩にもたれさせながらそう言う。
かつての教官としては、教え子の栄達は嬉しかった。顔にそう書いてあった。
「それで、デウス軍への反攻作戦でも、“雷神”は活躍したんですね?」
「ああ。デウス軍が拠点を構えるジビア丘陵地帯。
そこを攻撃し、戦線を押し戻す。それが任務だった。
今度はこちらも大兵力。アキツィア三軍の合同作戦の始まりだった」
マットは、まるで大人に本を読んでもらっている子供のように高揚していた。
当時の様子を、当事者から直接聞くことができる。
ジャーナリスト冥利に尽きる話だったのだ。
2018年7月10日
アキツィア共和国南部、アキツィア自衛軍野外陣営。
まだ日が昇り始めた早朝。
エスメロード・“ニアラス”・ライトナー一等空尉は、現場指揮官会議に参加していた。
議長は、ミサイル護衛艦“タンホイザー”艦長、バーナード・カークランド二等海佐。
若干27歳で艦長を拝命した、エリート成年貴族。
だが、彼を知る者なら、その地位は実力に裏打ちされた物であることはわかっている。
「海自としては懸念事項がひとつ。
我々がジビア丘陵に攻撃をかけたとして、デウス本土から空軍の援軍が出て来ないかということだ」
慎重居士のバーナードは、敵の増援を怖れていた。
「そこは心配ないかと。
ご存じの通り、ユニティアとイスパノの戦線で両国が反攻作戦に出ています。
アキツィア戦線はどちらかといえば第二戦線です。
かつかつなのに応援をよこす余裕はないでしょう」
陸自混成部隊の指揮官であるケン・クーリッジ一尉が、自信ありげに言う。
軍で情報戦を担当しているのは主に陸軍だ。
本日の未明から、ユニティア連邦とイスパノ王国が、侵攻するデウスに対して反攻作戦を開始した。
ユニティア、イスパノでの激しい反攻作戦には、さしものデウス国防軍も苦戦しているという情報が入っている。
アキツィアが反攻作戦を行うなら、デウス軍に余裕のない今というわけだ。
バーナードは考える表情になる。
万一敵の援軍が駆けつけた場合の味方の損耗を気にしているのだ。
痺れを切らしたエスメロードは挙手をし、口を開く。
「不安であれば、早期警戒管制機にデウス方面を見はらせましょう。
無線に加えてデータリンクで情報を常に共有するのです。
対応するのは、危険とわかってからでも遅くはない」
列席者全員がなるほど、という顔になる。
軍の統合運用という発想がないこちらの世界では、データリンクは軽視されてきた。
味方を誤射しないための保険程度に思われていたのだ。
(なんと不合理な)
21世紀の日本と、日本が存在する世界を知るエスメロードにとっては、この程度の戦術は初歩だった。
が、列席者たちには思いもよらないアイディアであったらしい。
「ただし、あらかじめ優先順位を決めておきましょう。
作戦目的はあくまで敵の地上部隊の殲滅です。
わが空自も露払いはしますが、敵航空隊は追い払うに留めましょう。
地上部隊を失えば、デウスはアキツィア南部を実効支配できなくなります」
エスメロードの提案で、敵航空隊の迎撃はどうしても味方が危険な時に限ることとされる。
(今は敵の地上部隊をなんとしても叩くとき)
そこはエスメロードにとって譲れなかった。
占領地の維持は、結局は地上部隊、わけても歩兵の仕事だ。
航空機がいくらいようが、無限に飛び続けることはできない。
字義通り、地に足のついた戦力が必要なのだ。
逆に言えば、今デウス軍地上部隊を殲滅すれば、戦線を速やかにアキツィア北部まで押し戻すことが可能のはずだった。
アキツィア標準時間06:00時。
ジビア丘陵に陣取るデウス軍に対し、反攻作戦が開始される。
航空隊の爆撃と対地ミサイルを露払いとして、地上部隊の侵攻が開始される。
海上からは、ミサイル護衛艦“タンホイザー“を旗艦とする護衛隊が、主砲と対地モードに設定したハープーン対艦ミサイルで支援を行う。
『ニアラス、予定通りだな。海自のやつら、いい腕をしてる』
「ええ、デウス軍は全くの受け身だ。こちらも押し込むぞ!
アキツィア全部隊聞け!我々は守るべき国民を置いて撤退した。
これが名誉挽回の最後のチャンスだ!
突貫!」
エスメロードの激励が、オープン回線で全部隊に伝わる。
仲間たちが奮い立つのが感じられた。
どう言い訳しようと、彼女の言う通りなのだ。
「タリホー!攻撃開始」
アキツィア空軍第5航空師団第11飛行隊、通称“フレイヤ”隊の2機は、エアカバーに出張ってきたデウス空軍を迎え撃つ先鋒を務める。
それに続いて、他の航空隊も攻撃を開始する。
(機体にもだいぶ馴れてきた)
エスメロードは思う。
F-5Eの旧式のアナログな計器や、油圧式の操縦系統も、馴れれば悪くない。
むしろ、自分の操作がダイレクトに操縦に反映される分、扱いやすくさえ思える。
「FOX2!」
相変わらず動きが素人くさいデウス軍のMig-21やF-4Eに向けて、HUDの照準を合わせてミサイルを放つ。
敵機が次々と火の玉となって落ちていく。
(新鋭機と熟練パイロットがユニティア戦線に取られてるといっても、これはひどい)
旧式の機体とはいえ、乗るパイロットの腕によっては新鋭機に劣らない活躍が可能なはずだ。
前世の日本で、F-4ファントムシリーズが40年以上も現役として君臨し続けたのを思い出す。
それを考えると、今自分が渡り合っているパイロットはあまりにひどい。
(ゲームバランスなんてことはないよね?)
一瞬本気でそんなことを思うが、この世界はゲームではなく紛れもなく現実だ。
『気をつけろ、レーダー照射!』
上空のAWACSからの連絡の前に、エスメロードはF-5Eを翻して敵のレーダーから逃れていた。
『地上にも対空ミサイル』
ミサイルアラートが鳴り響き、機体を旋回しながら急降下させることでやり過ごす。
「ちっ!
タンホイザー聞こえるか?敵の対空ミサイル部隊をつぶしてくれ!
位置はAWACSが送る」
『タンホイザー了解。砲撃を開始する』
いつも慎重だが、作戦が始まれば迷わないのがバーナードだ。
すぐに洋上からの艦砲射撃が開始され、対空ミサイル陣地に断続的に爆発が起きる。
射撃はかなり正確だった。遠目からも、対空ミサイルが壊滅しているのがわかる。
「こちらフレイヤ1。
タンホイザー、支援感謝す。
そのまま砲撃を続行されたし」
邪魔者はいなくなった。
これで空自の航空隊は、敵戦闘機に専念できる。
「遅い!」
急旋回をかけて、急降下して逃げるタイミングが二手も三手も遅い敵のF-4Eの後ろにつける。
対Gスーツが身体に食い込むが、この程度の加速などエスメロードには物の数ではない。
目標をHUDのセンターに入れ、AIM-9を放つとすぐに旋回する。
撃ちっぱなしミサイルだ。当たるまでひとつの目標を相手にしている必要はない。
HUDに“撃墜”の表示が浮かぶ。
『ニアラス後ろだ、2機ついて来る!』
ジョージの警告と、レーダーが後方のF-4E2機を捉えたのはほぼ同時だった。
「ちっ!これしきのこと!」
機体を横転させて山間に向けて加速させる。
加速力でF-5Eに劣るF-4Eは引き離されていく。
『任せろ!』
敵の後ろに回り込んだジョージのF-15Jが狙いを定め、2機を同時に撃ち落とす。
「アールヴすまない。助かった!」
『地上に降りたらデートしてもらうぜ!』
冗談か本気かわからない答えを返しながら、ジョージはF-15JをF-5Eの右斜め後ろにつける。
『ガンの射程内』
AWACSからの通信で、エスメロードはいつの間にか機銃の間合いまで敵と接近していた事に気づく。
(ミサイルはもう間に合わない)
素早く判断したエスメロードは、F-4Eに向けてすれ違いざまに機銃のトリガーを引く。
曳光弾を含んだ20ミリの火線がF-4Eに降り注ぐ。
一瞬前まで航空機の形をしていた物が、燃えさかる鉄の塊となって後方に流れ去る。
『敵航空隊6割を喪失。残りは遁走する。
デウス軍地上部隊も6割以上を喪失。北へ向けて潰走する。
作戦成功だ。よくやってくれた』
AWACSが作戦成功を宣言する。
エスメロードはエアマスクを外して大きく息を吐く。
さすがに長時間の空中戦は身体と肺に来る。
コックピットの中の空気ではあるが、エスメロードは深呼吸して味わった。
ついでにバイザーを上げて外を見る。
ここ数日どんよりとしていた空が晴れ上がっている。
「いい天気だ」
そんなつぶやきが漏れていた。
『ニアラス、帰るとしよう。そろそろ燃料が心配だ』
「了解、ミッションコンプリート。RTB!」
任務を終えたフレイヤ隊は、フューリー基地に進路を取る。
『デートの約束、お忘れなく』
「はいはい、あなたのおごりだからね」
二人ともそんな軽口を叩く余裕がある。
大空で死闘を演じた後とは思えないほどだ。
2018年7月中旬。
アキツィア南部に侵攻していたデウス軍は大打撃を受け、北に向けて撤退せざるを得なくなる。
アキツィアの反攻の狼煙があがるのだった。
2020年10月28日
「それで、彼女の統合運用の献策は採用されたと」
マットはメモを取りながら質問していく。
「ああ。
現在でこそ、陸海空軍の統合運用なんてものは常識になっている。
だが、その発案者は俺の相棒だったのさ」
そんな偉業をなしとげた人物が相棒であったのは、ジョージにとっても密かな自慢であるらしい。
だがちょっと待てよ、とマットは思う。
「しかし、私が取材した限りでは、“龍巣の雷神”が発案者だったという資料は見当たりませんでした」
「それはそうだろう。
アキツィア自衛軍が統合運用を実戦で行い、見事成功させたのはいい。
だが、それが一人の傭兵パイロットの発案だったとは、公式には言えなかったんだろう。
それこそ、正規軍の軍人たちにとっては面子が丸つぶれになる話だ」
マットは愕然としていた。
そんなに素晴らしいアイディアを出し、実戦で成功させて貢献したにもかかわらず、正当に評価されない。
“龍巣の雷神”が傭兵であった。ただそれだけの理由で。
「まあ、彼女が変わっていたってこともあるがね。
ふつう貴族のお嬢さんていうのは、プライドと虚栄心の塊みたいなのが相場だ。
だが、俺の相棒は、自らのアイディアや功績を自慢することもひけらかすこともしなかった」
「純粋で、愛国心と使命感に溢れる人物だったんですかね?」
マットには、“雷神”の価値観がどうにもわからなかった。
そこまで欲のない謙虚な人間とはどんな人物なのか?
「それも違うと思う。
開戦前、大学の単位取得の一環で軍に送られてきた彼女の教官が俺だった。
その時のあいつは、典型的な貴族のお嬢さんだった。
出自と訓練成績を鼻にかけて、横暴の限りを尽くす。
そんな人物だった」
「なにが彼女を変えたんでしょう?」
マットはますますわからなかった。
ジョージの話が本当なら、彼女は数年の間に豹変したことになる。
「さあ、俺にもわからない。
ただ、それ以前は怖れられてはいても好かれることがなかった彼女の株は、どんどん上がっていった。それは確かだ。
傭兵か正規軍か、空自か陸自か海自か。
そんな区別など関係ない。
多くの人間が、あいつを認め、畏敬の念を抱くようになっていった」
ジョージは持っていたアサルトライフルを肩にもたれさせながらそう言う。
かつての教官としては、教え子の栄達は嬉しかった。顔にそう書いてあった。
「それで、デウス軍への反攻作戦でも、“雷神”は活躍したんですね?」
「ああ。デウス軍が拠点を構えるジビア丘陵地帯。
そこを攻撃し、戦線を押し戻す。それが任務だった。
今度はこちらも大兵力。アキツィア三軍の合同作戦の始まりだった」
マットは、まるで大人に本を読んでもらっている子供のように高揚していた。
当時の様子を、当事者から直接聞くことができる。
ジャーナリスト冥利に尽きる話だったのだ。
2018年7月10日
アキツィア共和国南部、アキツィア自衛軍野外陣営。
まだ日が昇り始めた早朝。
エスメロード・“ニアラス”・ライトナー一等空尉は、現場指揮官会議に参加していた。
議長は、ミサイル護衛艦“タンホイザー”艦長、バーナード・カークランド二等海佐。
若干27歳で艦長を拝命した、エリート成年貴族。
だが、彼を知る者なら、その地位は実力に裏打ちされた物であることはわかっている。
「海自としては懸念事項がひとつ。
我々がジビア丘陵に攻撃をかけたとして、デウス本土から空軍の援軍が出て来ないかということだ」
慎重居士のバーナードは、敵の増援を怖れていた。
「そこは心配ないかと。
ご存じの通り、ユニティアとイスパノの戦線で両国が反攻作戦に出ています。
アキツィア戦線はどちらかといえば第二戦線です。
かつかつなのに応援をよこす余裕はないでしょう」
陸自混成部隊の指揮官であるケン・クーリッジ一尉が、自信ありげに言う。
軍で情報戦を担当しているのは主に陸軍だ。
本日の未明から、ユニティア連邦とイスパノ王国が、侵攻するデウスに対して反攻作戦を開始した。
ユニティア、イスパノでの激しい反攻作戦には、さしものデウス国防軍も苦戦しているという情報が入っている。
アキツィアが反攻作戦を行うなら、デウス軍に余裕のない今というわけだ。
バーナードは考える表情になる。
万一敵の援軍が駆けつけた場合の味方の損耗を気にしているのだ。
痺れを切らしたエスメロードは挙手をし、口を開く。
「不安であれば、早期警戒管制機にデウス方面を見はらせましょう。
無線に加えてデータリンクで情報を常に共有するのです。
対応するのは、危険とわかってからでも遅くはない」
列席者全員がなるほど、という顔になる。
軍の統合運用という発想がないこちらの世界では、データリンクは軽視されてきた。
味方を誤射しないための保険程度に思われていたのだ。
(なんと不合理な)
21世紀の日本と、日本が存在する世界を知るエスメロードにとっては、この程度の戦術は初歩だった。
が、列席者たちには思いもよらないアイディアであったらしい。
「ただし、あらかじめ優先順位を決めておきましょう。
作戦目的はあくまで敵の地上部隊の殲滅です。
わが空自も露払いはしますが、敵航空隊は追い払うに留めましょう。
地上部隊を失えば、デウスはアキツィア南部を実効支配できなくなります」
エスメロードの提案で、敵航空隊の迎撃はどうしても味方が危険な時に限ることとされる。
(今は敵の地上部隊をなんとしても叩くとき)
そこはエスメロードにとって譲れなかった。
占領地の維持は、結局は地上部隊、わけても歩兵の仕事だ。
航空機がいくらいようが、無限に飛び続けることはできない。
字義通り、地に足のついた戦力が必要なのだ。
逆に言えば、今デウス軍地上部隊を殲滅すれば、戦線を速やかにアキツィア北部まで押し戻すことが可能のはずだった。
アキツィア標準時間06:00時。
ジビア丘陵に陣取るデウス軍に対し、反攻作戦が開始される。
航空隊の爆撃と対地ミサイルを露払いとして、地上部隊の侵攻が開始される。
海上からは、ミサイル護衛艦“タンホイザー“を旗艦とする護衛隊が、主砲と対地モードに設定したハープーン対艦ミサイルで支援を行う。
『ニアラス、予定通りだな。海自のやつら、いい腕をしてる』
「ええ、デウス軍は全くの受け身だ。こちらも押し込むぞ!
アキツィア全部隊聞け!我々は守るべき国民を置いて撤退した。
これが名誉挽回の最後のチャンスだ!
突貫!」
エスメロードの激励が、オープン回線で全部隊に伝わる。
仲間たちが奮い立つのが感じられた。
どう言い訳しようと、彼女の言う通りなのだ。
「タリホー!攻撃開始」
アキツィア空軍第5航空師団第11飛行隊、通称“フレイヤ”隊の2機は、エアカバーに出張ってきたデウス空軍を迎え撃つ先鋒を務める。
それに続いて、他の航空隊も攻撃を開始する。
(機体にもだいぶ馴れてきた)
エスメロードは思う。
F-5Eの旧式のアナログな計器や、油圧式の操縦系統も、馴れれば悪くない。
むしろ、自分の操作がダイレクトに操縦に反映される分、扱いやすくさえ思える。
「FOX2!」
相変わらず動きが素人くさいデウス軍のMig-21やF-4Eに向けて、HUDの照準を合わせてミサイルを放つ。
敵機が次々と火の玉となって落ちていく。
(新鋭機と熟練パイロットがユニティア戦線に取られてるといっても、これはひどい)
旧式の機体とはいえ、乗るパイロットの腕によっては新鋭機に劣らない活躍が可能なはずだ。
前世の日本で、F-4ファントムシリーズが40年以上も現役として君臨し続けたのを思い出す。
それを考えると、今自分が渡り合っているパイロットはあまりにひどい。
(ゲームバランスなんてことはないよね?)
一瞬本気でそんなことを思うが、この世界はゲームではなく紛れもなく現実だ。
『気をつけろ、レーダー照射!』
上空のAWACSからの連絡の前に、エスメロードはF-5Eを翻して敵のレーダーから逃れていた。
『地上にも対空ミサイル』
ミサイルアラートが鳴り響き、機体を旋回しながら急降下させることでやり過ごす。
「ちっ!
タンホイザー聞こえるか?敵の対空ミサイル部隊をつぶしてくれ!
位置はAWACSが送る」
『タンホイザー了解。砲撃を開始する』
いつも慎重だが、作戦が始まれば迷わないのがバーナードだ。
すぐに洋上からの艦砲射撃が開始され、対空ミサイル陣地に断続的に爆発が起きる。
射撃はかなり正確だった。遠目からも、対空ミサイルが壊滅しているのがわかる。
「こちらフレイヤ1。
タンホイザー、支援感謝す。
そのまま砲撃を続行されたし」
邪魔者はいなくなった。
これで空自の航空隊は、敵戦闘機に専念できる。
「遅い!」
急旋回をかけて、急降下して逃げるタイミングが二手も三手も遅い敵のF-4Eの後ろにつける。
対Gスーツが身体に食い込むが、この程度の加速などエスメロードには物の数ではない。
目標をHUDのセンターに入れ、AIM-9を放つとすぐに旋回する。
撃ちっぱなしミサイルだ。当たるまでひとつの目標を相手にしている必要はない。
HUDに“撃墜”の表示が浮かぶ。
『ニアラス後ろだ、2機ついて来る!』
ジョージの警告と、レーダーが後方のF-4E2機を捉えたのはほぼ同時だった。
「ちっ!これしきのこと!」
機体を横転させて山間に向けて加速させる。
加速力でF-5Eに劣るF-4Eは引き離されていく。
『任せろ!』
敵の後ろに回り込んだジョージのF-15Jが狙いを定め、2機を同時に撃ち落とす。
「アールヴすまない。助かった!」
『地上に降りたらデートしてもらうぜ!』
冗談か本気かわからない答えを返しながら、ジョージはF-15JをF-5Eの右斜め後ろにつける。
『ガンの射程内』
AWACSからの通信で、エスメロードはいつの間にか機銃の間合いまで敵と接近していた事に気づく。
(ミサイルはもう間に合わない)
素早く判断したエスメロードは、F-4Eに向けてすれ違いざまに機銃のトリガーを引く。
曳光弾を含んだ20ミリの火線がF-4Eに降り注ぐ。
一瞬前まで航空機の形をしていた物が、燃えさかる鉄の塊となって後方に流れ去る。
『敵航空隊6割を喪失。残りは遁走する。
デウス軍地上部隊も6割以上を喪失。北へ向けて潰走する。
作戦成功だ。よくやってくれた』
AWACSが作戦成功を宣言する。
エスメロードはエアマスクを外して大きく息を吐く。
さすがに長時間の空中戦は身体と肺に来る。
コックピットの中の空気ではあるが、エスメロードは深呼吸して味わった。
ついでにバイザーを上げて外を見る。
ここ数日どんよりとしていた空が晴れ上がっている。
「いい天気だ」
そんなつぶやきが漏れていた。
『ニアラス、帰るとしよう。そろそろ燃料が心配だ』
「了解、ミッションコンプリート。RTB!」
任務を終えたフレイヤ隊は、フューリー基地に進路を取る。
『デートの約束、お忘れなく』
「はいはい、あなたのおごりだからね」
二人ともそんな軽口を叩く余裕がある。
大空で死闘を演じた後とは思えないほどだ。
2018年7月中旬。
アキツィア南部に侵攻していたデウス軍は大打撃を受け、北に向けて撤退せざるを得なくなる。
アキツィアの反攻の狼煙があがるのだった。
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しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
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