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エピローグ

01

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 長野少年鑑別所。
 誠は、逮捕されたラリサの面会に訪れていた。七美、倉木、ヴァシリ、ニコライ、そして速水と沖田も一緒だ。
「来てくれてありがとう」
 ラリサはにっこり微笑む。
 意外に元気そうだ。あの事件が起きる前の、優しく穏やかな彼女に戻っていた。
「ニュースがある。いい方と悪い方、どっちから聞きたい?」
 誠は真面目な顔で問う。
「じゃあ……いい方から……」
「沖田警視」
 ラリサの返答を受けた誠は、沖田に話を向ける。
「銃刀法に関しては、事情が事情だけに執行猶予がついた」
「パパーシャ……よかった……」
 沖田の言葉を受けたラリサが、花が開くような笑顔になる。
「で……六年前の戦争犯罪に関して……、お父さんとブラウバウムさん、相馬さんは不起訴処分だそうだ。エバンゲルブルグの爆撃はラバンスキーの独断と認定された。捕虜殺害に関しても、殺人罪とは認められないと」
 沖田が冷静に報告する。
「刑法論に、積極的加害意思という言葉がある。正当防衛の状況をことさらに利用して、犯行に及ぶことだ。相馬さんとブラウバウムさんに事情聴取しても……敵兵が銃を持っていたことは事実だという。お父さんに積極的加害意思があったとまでは認定されない。それが検察の判断だ」
 速水が補足する。
「ハラショー……よかった……」
 ラリサが涙を流す。
 大事な家族が、戦争という地獄の中で起こしたことで裁かれる。それに耐えられなかったのだ。
「では沖田さん。バッドニュースの方を」
 誠が渋面で促す。
「うむ……エバンゲルブルグの虐殺の件だが……。被疑者死亡のまま送検。それで終わりだ。それに……キーロア軍と政府の民事責任を問うことも難しいらしい……」
 沖田も渋面で語る。
 刑法では、個人がしたことはあくまで個人が責任を問われる。
 だが、民事ではその雇い主に責任が問われることもある。キーロア政府と軍に、公式な謝罪と損害賠償を請求することは可能なはずだが……。
「オーナーの取った録音が有力な証拠になるはずだったんだが……。ラバンスキーと山瀬ば死んでは、証拠として採用されない。裏が取れないからね」
 速水が腕組みしながら付け加える。
「私が……あの二人を殺したばかりに……。真実は永遠に闇の中ってわけですか……」
 ラリサは眼を伏せて、大粒の涙を流す。
 復讐だけではなにも救われなかった。六年前の真実が白日の下にさらされない限り、悲しみは癒やされない。
 その機会を、彼女は自分の手で葬ってしまったのだ。
 その場にいる全員が、語る言葉を持たなかった。
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