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第六章 救われぬ心

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「待って下さい……。仮に盗聴していたのが私だとしても……。彼らをどうやって殺すんです? 考えてもみてください。私は直前にラバンスキーと山瀬と銃を向け合ってるんだ。迎え入れてもらうことからして、不可能でしょう?」
 当然の問題を、倉木が指摘する。
「実は……解剖の結果、微量ですがラバンスキーの鼻腔と気管から睡眠薬の成分が検出されました。なんらかの方法で睡眠薬を気化させて、吸い込ませたものと思われます」
 速水が、タブレット端末を操作しながら応答する。
「なら、銃声の問題はどうです? 山瀬体位の持っていたグロックにはサプレッサーがついていなかった。隣にいた綾音さんに聞かれずに、どうやって大佐を射殺できたんです? しかも二発も」
 速水が強い口調で反論する。
「それについては……これを見てもらうのが一番早いでしょうね」
 誠がノートパソコンを開き、有料コンテンツを選択する。
 画面にスティーブン・セガールが映る。
「あああ……! そうかこうやったのか!」
 相馬が大きな声をあげる。
 セガール演じる主人公が、コーラのペットボトルの中身を床にこぼして空にする。
 ボトルの口にビニールテープを巻き付ける。それhを45オートマチックの銃口に貼り付けて固定する。
 これで、即席のサプレッサーの完成だ。
「県警本部で実験してみました。結果、六十ホーンまで音を抑えることができました。ちなみに、ロッジの壁は七十ホーンまでなら通さない」
 速水が端末で記録映像を見せる。
 映画と同じように、グロックの銃口にペットボトルを固定して射撃する光景が映っている。
「もちろん、この即席サプレッサーは一発で外れて役に立たなくなる。しかしそれは、ペットボトルを複数用意すれば解決です」
 沖田が突っ込んだ説明をする。
「あのボヤ騒ぎの時見つかった焼けたペットボトルがその証左さ。ちょうど三つあった。恐らく、一発はラバンスキーを射殺した時。もう一発は確実に殺すため。最後の一発は……」
 誠が天井を仰ぎながら推理する。
「大尉の手に……硝煙反応をつけるためか……」
 ブラウバウムがはっとする。
「そういうこと。刑事ものでもよくある。山瀬さんの手から硝煙反応が出ないと、彼が撃ったのでないことがバレてしまう」
 少年が不敵な笑みで応える。
「そして、ペットボトルはバーナーで原型を留めないまでに焼いてしまう。そうでないと、底に穴が開いていることでトリックがわかってしまいますから」
 沖田が腕組みをしながら順を追う。
「あ、そうか。あのボヤ騒ぎは、それをカモフラージュするために……」
 千里がはたと膝を叩く。
「そういうこと。ウォッカはあらかじめこぼされていた。おそらくタバコをタイマー代わりにして、犯人はアリバイを手に入れつつ偽装工作を実行したんです。火が出た時、全員が事件現場に集まっていたから」
 速水がタバコを取り出しながら言う。
「ついでにオーナー。グロックとLCPの指紋の付き方がどう見てもおかしかった。グリップとトリガー、それにスライドの一部からしか検出されないんです。おかしいと思いませんか? 彼らは銃の手入れをどうやってしたんでしょう? それに、弾込めも」
 沖田が、マガジンに弾を込めるまねをする。指紋をつけずにどうやったのか、と言うニュアンスを込めて。
「第三者がまっさらな銃で二人を殺し、指紋をつけた……。しかし……中途半端になってしまった。そうおっしゃりたいわけですか……」
 倉木が、不安げに応じる。
「犯人はミスをしたんじゃなく、念入りに偽装したくてもできなかったんです。特に山瀬さんは、五発も食らって手まで血だらけだった。その状態で銃身やマガジンに指紋をつけようとすると……どうなります……?」
 誠が頭をかきながらほのめかす。
「あ、そうか……。銃の内側に血だらけの指紋がついちまう……。かえっておかしいですよね」
 篤志が誠の言わんとするところに気づく。
 血がついた手で、フィールドストリッピングをしたり弾込めをしたりするわけがない。
「さてオーナー。念入りに指紋を拭き取ったようですが……。拭き残しがありましたよ。銃本体ではなく、弾に」
 速水が、とどめとばかりに告げる。
「そうですか……。指紋まで残っていたとあっては……もう言い逃れはできませんね」
 倉木が力なく笑う。
「おっしゃる通りです。私が……あの二人を殺しました」
 四十三歳のダンディな容貌が、真剣な表情になった。
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