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第四章 いくつもの謎

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「それに……まだ問題が残りませんか?」
 今まで静聴していた真奈が口を開く。
「ラバンスキーさんは百歩譲って眠らされてから射殺されたとして。山瀬さんは正面から撃たれたわけです。彼、六年前の戦争の英雄でしょう? 抵抗もせず一方的にやられるかな……?」
(確かに……)
 誠は胸中で同意する。もっともな疑問だった。
「速水警部、実験してみません? 山瀬さんになったつもりで、そこのドアから入ってきてみてください」
「ああ、わかった」
 速水が一度ドアの外に出て、ノックする。
「ラバンスキー大佐、大佐、山瀬です」
 呼びかける演技までする。さすがは現職の警察官。抜け目がない。
「いないんですか?」
 ドアを開け、慎重に入る。
「山瀬、覚悟!」
 誠が指で拳銃の形を作り、大げさに構える。
「あ……お前は!」
 速水が腰から銃を抜くまねをする。
「バンバンバン!」
「畜生……! ドン!」
 速水が崩れ落ちる。一発だけ応射ができた想定だ。
「やっぱり、一方的にやられたっていうのは無理がありますね」
 七美が疑問を深めた様子になる。
「沖田警視、山瀬さんはどのくらいの距離から撃たれたかわかっていますか?」
 誠が沖田に向き直る。
「硝煙反応からして、三メートル以上離れていたことは確実だそうだ」
 タブレットを操作しながら、沖田が答える。
「確か彼を殺した銃は、38口径の小さな弾ですよね? だから何発も撃たれていた。ごくごく至近距離なら即死させることも可能かも知れないが……。三メートル以上離れた距離から一方的に……」
 ロビーで新聞を読んでいるブラウバウムと、少し離れたダイニングで食事の支度をしている相馬を見やる。
 少なくとも、彼らくらいの戦闘力は必要になるが……。
「でも、あの二人は立場的に倉木オーナーに近い。山瀬さんにとっては敵か味方かわからない相手だと思いますが……」
 篤志が小声で言う。山瀬の立場なら信用に値する相手か、と。
「それに君たちお忘れじゃないか? 山瀬はロッジに入った時、ラバンスキーの死体を見つけたはずだ。仰天して警戒はしても、油断なんかしないと思わないか?」
 速水が、床に倒れたときのほこりを払いながら口を挟む。
「つまり……全く不意を突かれたわけではなく、応戦したくともできない状況にあった……」
 誠は眉間にしわを寄せる。どうしたらそんなことが可能になるのか。
「山瀬さんも薬を漏られていた可能性は?」
「それはない。山瀬の血中からアルコールは検出されたが、薬物の類いの反応は全くなかった」
 千里の疑問を、沖田がぴしゃりと遮る。
「それと……死体がドライアイスかなにかで細工された可能性があるそうだ。死亡推定時刻が、検査ごとに一致しない」
 速水が検死の結果を見せながら言う。確かに、検死の種類ごとにバラバラだ。
「死亡推定時刻はあてにならないか……。要するに、山瀬さんのグロックの銃声の問題を無視すれば、犯行は誰でも可能なことになる……」
 誠がロビーの中を見やる。
 できれば疑いたくはないが、いよいよこの中に犯人がいる可能性が出てきた。
「後は……携帯や固定電話の通話記録におかしなところは……?」
 誠は別の切り口を探すことにする。今はすべからくスマホで連絡し合う時代だ。なにか手がかりがあっていいはずだ。
「今のところおかしい点はないな。ラバンスキーのSMSで山瀬が呼び出されたようだが……。これも本人が送ったのか犯人がおびき出すためになりすましたのか……」
 沖田がタブレット端末を見ながら答える。昔の推理ものなら、電話でなんとか被害者をおびき出すのに犯人は四苦八苦した。
 だが、現代はメールにSMS、SNSが主流だ。文章でのやり取りが多くなった。
 見ようによっては先祖返りだ。金田一耕助の時代のトリックが、再び復権したとも言える。
「他に通話記録で怪しいところはないんですか? 例えば……961偵察隊の他の誰かが連絡を取ってたとか……」
「今のところない。通話はほぼ全部仕事がらみだった」
 速水が嘆息しながら答える。
 恐らく、彼もなにかないものかと必死で調べた。結果は坊主だったということだろう。
「ちょっと見せてもらっていいですか?」
「本当はだめだが、特別だぞ」
 沖田が釘を刺しながら、タブレット端末を手渡す。事件は五里霧中。素人である誠の知恵にでもすがりたいのだ。
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