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第三章 6年前の戦争

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 そのときだった。
「失礼します。警部、警視、よろしいでしょうか?」
 若い警察官が声をかけてくる。部外者の誠に聞かせる話でもない。顔を近づけて耳打ちする。
「そんな馬鹿な……」
「しかし、検視官は断定しています。どういうことでしょうか……」
 伝えに来た警察官も困惑している。
「高森君、君が夕べラリサさんとロッジに行った時間、間違いないか?」
 速水がこちらに向き直る。
「俺とラリサと……オーナーと相馬さんとブラウバウムさんが、示し合わせて嘘をついてるのでない限りは……」
 曖昧に答える。あの時、自分は時間をしっかりと確認していない。相馬とブラウバウムの証言と照らし合わせ、おおよそ十時ごろと推測されるだけだ。
「どうしたんです……?」
 誠が問う。沖田と速水は顔を見合わせて、慎重に口を開く。
「二人の死亡推定時刻だが……。昨夜の九時四十五分から十時四十五分の間らしいんだ……。おかしいだろう……?」
(なんだって……?)
 速水の言葉に、誠の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。検死が正しいとすると、二人が死んだのは綾音が隣にいる間だ。
「部屋はきれいに片付けられていた……。つまり宴会の後始末はちゃんとされたことになる。相馬さんとブラウバウムさんが嘘をついていない限り、お二人は十時三十分にはロッジを後にしている。そして、綾音さんがラリサに呼び出されて出たのが十一時ごろ……」
 沖田が手帳に、ざっと時系列を書き混んでいく。
「二人を送り出した後口論になり、撃ち合った……?」
 速水が、一応誰も確認できていない十時三十分を指さす。
「ちょっと待ってください。綾音さんが出かける五分が誤差だったとしましょう。でも、さすがに拳銃ぶっ放して気づかなかったってことありますかね……?」
 誠の言葉に、速水と沖田がそういえばと顔を見合わせる。隣の部屋にはおらず、ラリサのロッジへの途中だったとしてもだ。銃声をまるで聞いていないのは確かにおかしい。
「あるいは……綾音さんが嘘をついている可能性もゼロじゃない」
 速水が視点を変える。
「彼女が犯人だとでも? 現役バリバリの軍人で男ふたり、どうやって殺したって言うんだ?」
 沖田が肩をすくめる。
「それと、もう一つおかしなところが」
 若い警察官がタブレット端末を見せる。
「ラバンスキーの遺体に睡眠薬の反応があった……?」
 沖田が目を疑う。ラバンスキーは眠らされてから殺された可能性が出てきた。
「血中の酸素濃度は?」
「平常だそうです」
(酸素濃度……?)
 聞き慣れない言葉に、誠は興味を引かれる。
「あの、酸素濃度でなにがわかるんです?」
「人は恐怖や興奮で呼吸が荒くなる。血中の酸素濃度が上がるんだ。つまりラバンスキーは、死ぬ寸前まで平静だったことになる」
 速水は言っていておかしいことに、自分で気づいたらしい。
「これから銃で殺し合いしようって人間が、睡眠薬を飲んでた。しかも落ち着いていた……?」
 そう言った誠に、沖田と速水も渋面になる。どう考えてもおかしい。
「あるいは、最初に殺意を抱いたのは山瀬の側で、睡眠薬を飲まされたことに気づいたラバンスキーと撃ち合いになった……」
 速水がまた視点を変える。
「だとしたら、眠気に襲われてからサプレッサーをつけたことになりませんか?」
 誠が相手をする。
「そりゃ難しいだろうな……。睡眠薬の量にも寄るが、効いてきたころには身体に力が入らないだろうし……」
 沖田がバッサリと切り捨てる。
 話はそれ以上先に進まず、沈黙が流れる。
「他になにかおかしいことはないんですか?」
 誠は取りあえず話を変える。
「うむ……。実は、私はオーナーがどこかに行くところを見ている。時間は十時四十分くらいだったか……。方角は……確かブラウバウムさんたちのロッジの方だった」
「それについては、オーナーはなんて……?」
「アルコールが入りすぎたんで、酔い覚ましの散歩だと……」
 速水の表情は、倉木の言葉を全く信じていないものだった。
(宴会がお開きになって自室に戻った後で、また外に出た……? どうして……?)
 倉木の行動はいかにも怪しい。だが妙だった。彼が犯人なら、簡単に見つかるように外出するものだろうか? 誰にも見つからずに移動するルートなら、いくらでもある。
「とにかく、銃の分析を急いでください。お願いします」
「わかった。どうやら、第三者による殺人の線が強まったしな」
「しかし、ホームズ君とこれからも情報共有するおつもりですか、警視?」
 沖田と速水の反応は正反対だ。だが、事件解決と真相究明に関しては意見の相違はない。取りあえずその場は解散となった。
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