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第二章 鮮血のロッジ

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「私は警察庁刑事局外事課の沖田遼警視です。今回は長野県警に出向しています」
「私は、長野県警捜査一課の速水吾郎警部です。彼の助手を務めています」
 二人は名乗りを上げる。
「捜査一課……? 殺人や強盗を捜査する部署じゃないですか? 誰がそんな大それた事をしたって言うんですか……? それに警察庁の外事課って……」
 雑学女王の七美が、余計な質問をする。
「あいにくお答えできません。さあ、早くここを出てください」
 当然のように、速水は不愉快そうになる。機密保持義務があるし、素人に詮索されたくないのだろう。
「撃ち合って死んだんですかね……? 相打ちになって……」
「上司部下だし、戦友だったって話だ。そんなことがあるか?」
 警察官二人がヒソヒソと会話する。
(あれ……? 撃ち合ったにしちゃ変じゃないか……?)
 誠は違和感を覚える。ラバンスキーと山瀬が握っている銃が、なにかおかしい。
「あの……差し出がましいですが……」
 誠は退去勧告を無視して、挙手をする。
「なんだね。後は我々警察の領分だ」
 速水は取り付く島もない。が……。
「なにか気づいたことがありますか?」
 沖田はもう少し柔軟だった。どんな些細なことでも確認しておきたい。そう考えているのだろうか。
「撃ち合って死んだなら、なんで銃声が聞こえなかったんでしょう? 隣の部屋は……綾音さんか……。壁一枚じゃ、いくらなんでも気づくでしょう?」
 そう言って壁を指さす。このロッジは二世帯構造だ。夕べ壁のすぐ向こうには、綾音がいたはずだ。
「この銃、消音器の類いがついてない。それに、つけられるようにできてますかね?」
 誠は、山瀬が握っている拳銃を指さす。自分の記憶が正しければ、サプレッサー(消音器)は銃口にネジでも切らなければ取り付けられないはずだ。
 そもそも、火薬爆発で鉛の弾を飛ばすという方法は、科学的に見れば非効率だ。爆発によるエネルギーは、ほとんどが音と光、そして熱として浪費されてしまう。弾丸を撃ち出すのに用いられるエネルギーはわずかに過ぎないのだ。故に、銃を撃てば銃声がして、砲炎が閃く。
 だが、音だけは小さくする方法がある。前後に小さな穴を開けた密閉空間をいくつかの敷居で区切る。その中に発射ガスをとじこめて、外に出さないようにする。これが、消音器の原理だ。
 映画などでは、サイレンサーと一般に呼ばれる。が、厳密には音を完全に消す物ではなく、抑える物だ。ゆえに、サプレッサーの方が正しい。
「言われてみれば……」
「見てください警視。このグロック、銃口にネジが切ってない。サプレッサーを取り付けるのは無理ですよ」
 手袋をはめた速水が、山瀬の拳銃を調べる。確かに、銃口にネジが切られていない。このまま撃ったとすれば、隣の綾音が気づかないはずがない。
「綾音さん、夕べ銃声……というか爆発音のような音は聞きませんでしたか?」
 速水がロッジを出て、綾音に尋ねる。
「特に聞いていませんが……」
 元女優の美女は困惑気味に応答する。
「夕べは、ずっと自分のロッジにいらっしゃったんですか?」
 沖田がさらに突っ込んだ質問をする。
「ええと……。ラリサさんに呼ばれて少し空けましたけど……。ピアノを聞いて欲しいと言われて」
 そう言う綾音の顔が、心なしか少し赤い。
「ラリサさん、確かですか?」
 速水がラレサに向き直る。
「はい。確かです。なんだか眠れなくて……。綾音さんに、お茶とピアノに付き合ってもらいたくて……」
 ラリサが目線を泳がせながら言う。彼女らしくない。いつもは、ちゃんと相手を見て話をする。当然のように、速水と沖田がいぶかしげに顔を見合わせる。
「またなんで? 宿泊客を自室に呼びつけるなんて、ロッジの従業員としては問題だと思いますが?」
 沖田がもっともな疑問をぶつける。
(まあそうだわな……)
 傍らで聞いている誠も、胸中で同意する。ピアノを聞いて欲しいという理由があるにしても、客を呼びつけるのは無礼だ。
「ラリサさん、本当のことを話した方がよくないかしら? このままじゃ疑われちゃうわよ……?」
「で……でも……。綾音さんの名誉のことを思ったら……」
「私は大丈夫だから。恥ずかしがってる場合じゃないわよ」
 綾音の強い言い方に、少女が観念した様子になる。
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