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第一章 不穏な客たち

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 一方こちらは女湯。
「あああーーー。気持ちいいーーー」
 七美は極楽を味わっていた。広くて景色がいい上に、湯加減が最高だ。熱すぎずぬるすぎず、実に素晴らしい。食事の支度をしている相馬を除いて、女性陣は全員大浴場に集まっている。
「いい湯加減でしょう? わたしもよく利用させて頂いてるんです」
 宿泊客の一人である綾音が、色っぽい笑顔で同意する。
「綾音さん、お肌きれいですねえ……」
 いつもは大人しい真奈が、妙に積極的だ。ずっと年上である綾音に、物怖じせずに話しかけている。
(また真奈の悪い癖が出たか……)
 七美は内心で嘆息する。後輩が暴走しないよう、監視していなければならない。
「いえいえ……。若いあなたたちに比べたらとてもとても……」
 美魔女が苦笑いになる。実際綾音の肌はきめ細かく美しい。が、手間をかけて手入れをしている賜だろう。よほど生活習慣が悪くない限りきれいなのが当たり前の十代とは、さすがに違う。
「ご謙遜を……すごくきれいですよ……。おっぱい大きいのも素敵だし……。アタシなんて小さくて……」
 真奈が自分の胸に手をやって、悲しそうになる。
「実籾さん、大きいだけがおっぱいじゃないわよ。実籾さんも、スタイルよくて素敵だとおもうけど? 形もいいしね」
 慈母観音の顔で、綾音が言う。
(まずい……いつもの流れだ……)
 七美の頭の中で、アラートがガンガン鳴り響いていた。
「ありがとうございます綾音さん……。その……おっぱい……触ってもいいですか……」
 上目遣いの小動物のような表情で、少女が美魔女に近寄る。
「ええ……? 困ったな……」
 綾音がほおを染める。胸を褒められるのはまんざらでもない。が、同性とはいえ触られるのは抵抗がある。
「ちょっとだけです。こんなに大きくて素敵なおっぱい、めったにお目にかかれませんから」
 真奈が目を輝かせて身を乗り出す。
「その……本当にちょっとだけなら……」
 美魔女はついに根負けする。恥ずかしいが、女として嬉しくもある。例え相手が同性だとしても。
「ありがとうございます! では失礼して……」
 真奈のかわいい手が、白く雄大な二つの膨らみに近づいていく。が……。
「はいストップ。いくら同性でも、それセクハラ」
 七美の手が、後輩の手首をがっちりと掴んでいた。
「そんなあ……」
 あとちょっとで天国の感触を味わえたのに。真奈が情けない顔になる。
「綾音さん、気をつけてください。今みたいにおだてておっぱいを触らせてもらうの、真奈の常套手段ですから」
 千里が、いつも通りのクールな表情で注意する。
「まあ……そうだったのね……。危ない危ない……」
 綾音が胸を手で隠す。まあ、目は笑っているが。
「うー……。こうなったらラリサのおっぱいでがまんするか……いでっ!」
 ラリサに向き直った真奈の額に、チョップが炸裂する。
「がまんするとはなによ、がまんするとは。私のが小さいってケンカ売ってるの?」
 いつもはにこやかなラリサも、さすがに怒っている。細くスタイルがいいが、胸が若干慎ましいのが彼女の悩みだ。
「では会長を……ぎゃっ!」
 千里が、マナの右手の親指を取ってひねる。
「だめに決まってるでしょ」
 クールな笑いを浮かべているが、目が笑っていない。
「七美せんぱーい……?」
 今度は真奈は七美に近寄る。
「そんな顔しても揉ませてあげないよ」
 媚びるような絵美と口調を、七美は冷たく一刀両断する。
「ならばサーリャちゃんを……って……。それはさすがに犯罪か……」
 乳揉み魔にも最低限の倫理はあるらしい。八歳の少女のぺったんこの胸に手を伸ばすことは、さすがにできなかった。
「ババ抜きじゃないんだから……」
 綾音が呆れた様子で笑う。
「どうせなら、男どもの胸でも揉んでなさい。それならセクハラにならないでしょ」
 千里が妥協案を出す。
「えー……。男の胸なんて……!」
「しっ!」
 真奈の言葉を、七美が遮る。
「どうしたんです……?」
「…………」
 綾音の問いには答えず、少女はゆっくりと湯船の外に手を伸ばす。湯桶を掴み、優雅な動作で投擲する。
「ぎゃあっ!」
 悲鳴が上がる。フリスビーのように舞った桶が、檜の壁の上から身を乗り出していた者の顔を直撃したのだ。ガッシャーーーーンッ。ものすごい音が、男湯の方から聞こえる。
「ちょっと……すごい音したけど大丈夫かしら……」
 綾音が心配そうになる。誰か大けがをしていないだろうか。
「脚立の音ですね……。わざわざ外から持ってくるとは……」
 ラリサが呆れる。
「脚立が倒れた音だったのか……。覗きもそこまでされると、少し尊敬しちゃうわ……」
 千里がクールな美貌を苦笑いにする。
(全く……風呂場に脚立持ち込むなんて変な知恵回すやつというと……)
 七美には推測がついた。この状況で覗きを可能にした犯人が。
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