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第六章 私でなく貴殿方が

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 その日、王国王宮は忙しかった。
「酒と料理足りてるな!?」「このワインなんだ?聞いてないぞ」「注文した花届きました」「おいおい、間に合わないから注文取り消したはずだぞ!」「列席者への引き出物はどうなってる!?」「今数を数えてます!」
 誰も彼もが忙しく動き回り、怒鳴り声が飛び交う。
「僕も手伝った方がいいかな?」
「だめでございます。本日の主役が雑務など。お茶を飲みながらお待ちください」
 控え室で待つ里実は外の喧噪が気になって仕方がない。だが、つけられた妙齢の美女のメイドが座っていろと注意する。
「里実様。お待たせ致しました。おいでください」
 ようやく準備が終わったようで静かになる。ほどなく、王宮の近衛のひとりが里実を迎えに来る。
(ついにこの時が来たか……)
 感慨深いと同時に不安でもあった。王国の礼装をしてマントを羽織った姿が変ではないか気になって仕方ないが、もう後には退けない。
 名誉である一方、応分に責任も負う立場となるのだ。意気軒昂とはなかなか行かない。近衛について、赤い絨毯の上を進む。巨大な観音開きの扉の前にたどり着く。若い近衛ふたりが扉を開く。
「サトミ・イマイ殿ご入場です!拍手でお迎えください!」
 スポークスマン役の言葉に応じて、謁見の間に満場の拍手が溢れる。慣例に従い手を振ったり脇を見たりはしない。奥の玉座に座る国王から目線を逸らさず、前へ進む。王が玉座から立ち上がり両手を広げる。それを合図に階段を上り、すぐ御前まで近づいてかしずく。
「本日はかような名誉を賜り。大変にありがとうございます」
「うむ。面を上げよ。近う!」
 専用の礼装に身を包んだ国王が、大きな声で呼びかける。里実は応じて近寄る。近衛のひとりが、国王に豪奢なこしらえのサーベルを手渡す。
「国王、ドミトリーの名において、サトミ・イマイを貴族に叙するものである!」
「はっ!拝命致します!」
 水平に掲げられたサーベルを、お辞儀をしつつ両手で慎重に受け取る。いわゆる賜刀だ。名誉の証である刀を与えよう。今後も励むように。そういうメッセージだ。
(ついに貴族様か……)
 里実本人にはまだ実感がなかった。
 王子アレクサンドルと昵懇になり、彼の人脈と資金力でいくつかの発明を世に送り出した。そのあたりから叙爵を受けないかという打診は来ていた。あれこれ理由を付けて断ってきたが、今度こそ拒めない事情ができてしまったのだ。
(さて、転ばないように注意して……)
 賜刀は、然るべきタイミングまで目線の下に降ろしてはいけないとされる。一礼し、きびすを返して階段を降りる。転ばないように、目線だけ降ろして足下を確認しながら。階段を降りきると、再び王に向き合い一礼する。近衛ふたりが進み出てくる。ひとりが里実の腰に既に帯びている刀を外す。もうひとりが賜刀を受け取り、ベルトを取り付けて貴族の証として腰に帯びさせる。
「紳士淑女の皆さん!新たに貴族となられた里実様に盛大なる拍手をお送りください!」
 スポークスマンのよく通る声を合図に、謁見の間を再び拍手が満たした。今度は王に目線を集中しなければいけないことはない。両手を広げ、列席者に笑顔を向ける。
……………………………………………………
 諸々の手続きや儀式は終わり、祝賀会に入る。
「おめでとう。いよいよそなたも貴族の仲間入りだ」
 アレクサンドルが笑顔で祝ってくれる。白主体の礼装がよく似合っている。マタニティ仕様の。そう、彼のお腹には里実の子どもがいるのだ。
「少し決断が遅かったな。おかげで、我々はこんなお腹になってしまった」
「本当ですね。叙爵となれば準備に根回しに時間もかかる。もう1月も早く受けていたらねえ」
「後10日も経ってたら、列席できなかったぜ。切迫流産が心配になるしな」
 リシャール、エドワード、ミカエルが口を揃えて言う。彼らも同様に、お腹が大きくなっている。
「先延ばしにしたのは悪かったと思ってるよ……」
 里実には言い訳の言葉もない。爵位を受ける決断がついたのは、4人がほぼ同時に雄妊娠したからだ。第一王子、公爵、豪商、地下組合の元締め。これほどの大物たちに子どもを産ませたのが、裏街の男妾ではかっこうがつかない。
『今の里実様のお立場は役不足もいいところです』『実力には名誉が伴うべきなのよ?』『我が夫に相応しい地位を得られませ』『ほら、こうなったら前進あるのみ!』
 特に、彼らの嫁たちが納得しなかった。エステレーラ、ローラ、エリザベス、カトリーン。結局彼女らに拉致同然に馬車に押し込まれ、宮内省に連行。爵位を受けるとともに、男妾館には暇をもらうことを約束させられてしまったのだった。
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