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錬金術の是非

欲をかいた代価

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02

 数ヶ月後。
 王国の隣国、ジルコン伯国。
 「よし、準備は完了だ」
 ケリーが、強力な魔法を用いる準備の最終確認を終える。
 王国にいたころに比べ、短かった髪は伸び、髭も生えてすっかり容貌が変わっている。
 「なあ魔道士ケリー。本当に大量の黄金が容易に手に入るのだな?」
 伯国の財務官僚であるイオンが問う。
 ケリーは嘆息する。
 (全くくどい。同じ質問を何度すれば気が済む?)
 「小規模な実験は全て成功しています。ご覧になったでしょう?」
 「しかし、手に入った黄金はとても元手に見合うものではなかった。
 魔法の触媒も、魔道士の手間賃もただではない。
 一度に大量の黄金が手に入らなければ赤字になってしまうのだ。
 この点は同意するね?」
 (小物が)
 そう吐き捨てたくなるのを、ケリーは呑み込む。
 イオンの助力のお陰で、錬金術を続けることができたのは事実だ。
 スポンサーを怒らせて金づるを失うこともない。
 「同意します。
 ですが、今までの実験は、魔法の効果を確かめる小規模なものでした。
 規模が大きくなれば、充分投資した分に見合うものが手に入りますとも」
 ケリーはその点に関しては太鼓判を押していた。
 (そのために祖国も仕事も捨てたのだからな)
 そんなことを思う。
 祖国である王国では、彼の献策した錬金術はどれだけ上申しても許可が下りなかった。
 副次的に毒物を生む可能性があるとか、黄金が産出しすぎるとインフレの可能性があるとかが理由だった。
 (そんなことがなんだ!)
 卑金属を貴金属に変える。
 そんな誰も成し遂げられなかった偉業が可能だというのに、なぜそんな理由で躊躇しなければならない。
 例え危険でも、責任は自分がとるとも言った。
 だが、誰もケリーの考えを理解してはくれなかった。
 ケリーはそれまでの研究成果を持ち出し、王国の地下資源局を退職。
 伯国に亡命したのだ。
 伯国は、鉱山資源こそ豊かだが、産出するのは卑金属ばかり。
 おまけに金属の精錬の分野も遅れているため、非常に貧しかった。
 卑金属を魔法によって貴金属に変えるという、ケリーの錬金術に興味を示したのだ。
 (まあ、実演してその気にさせるのは大変だったが)
 ケリーはそれまでの苦労を思い出して苦笑する。
 まともな神経の持ち主であれば、卑金属を貴金属に変える方法があるなど額面通りに受け取ることはない。
 まず第一に詐欺を疑うことだろう。
 だが、ケリーは伯国の政治家や官僚たちの目の前で、錬金術を実践して見せた。
 卑金属が見事に貴金属に変わる姿に、列席者たちは目を輝かせた。
 「これで貧しい暮らしともおさらばだ」「大国になるのも夢じゃない」「伯国は黄金郷となるのだ」
 伯国の政治家や官僚たちの信頼を取り付けたケリーは、研究を重ねた。
 「その成果が今現れるのだ」
 伯国の山岳地帯、ちょうど盆地の中心が彼の晴れ舞台。
 用意されたのは大量の水銀だった。
 これに強力な魔法をぶつけて金に変えようというわけだ。
 (何度も実験した。規模が大きくなるだけで、本質は変わらない。問題ない)
 ケリーは舞い上がりそうになるのを抑えて、呪文の詠唱を始める。
 伯国の魔道士たちがそれを補助。魔法を強力なものへと昇華させていく。
 「来たれ!偉大なる力よ!」
 ケリーの号令とともに閃光が閃き、天から光の柱が降臨する。
 周りがホワイトアウトして何も見えない。
 だが、ケリーは手応えを感じた。
 (これは成功している)
 小躍りしたい気分で、ケリーは閃光が止むのを待った。

 数十分後。
 「やった…やったぞーーーーーーっ!黄金だーーーーっ!」
 ケリーは、大声で快哉を叫んだ。
 先ほどまで水銀が入っていた無数の容器に輝く黄金が満たされている姿に。
 列席している伯国の要人たちからも、割れんばかりの歓声が上がる。
 (やった!俺はやったんだ!)
 これで自分が正しく、王国の財務省や女王イレーヌが誤っていたことが証明された。
 「おい、どうした?」
 後ろで聞こえた不安そうな声に振り返ると、魔道士の一人が地面に倒れているのが目に入る。
 仲間の魔道士が助け起こそうとするが、糸の切れた人形のように起き上がれない。
 「く…苦しい…げほ…」
 倒れた魔道士の口から血が吐き出される。
 「これは…一体…」
 ケリーには状況がわからなかった。
 なにが起きたというのか。
 「おい、しっかりしろ!」
 「苦しい…!医者を…医者を呼んでくれ…」
 「目が見えない…なにが起きているんだ…!」
 気がつけば、列席している要人たちも次々と地面に倒れ伏していく。
 「うう…?」
 それを気にする暇もなく、ケリー自身も突然のめまいと窒息感に倒れ伏していた。
 (こんなばかな…俺は…俺は勝利者なんだ…!
 これからなんだ。俺が…この錬金術で…栄達…するの…は…)
 激しい苦痛とともに薄れ行く意識のなか、ケリーは自分が勝利者なのだという考えにしがみつき続けた。
 必要性でしかものを考えられず、許容性を顧みない。
 できるかどうかしか見えず、やるべきかどうかが見えていなかった。
 ケリーのそんな価値観が生んだ悲劇だった。
 
 「やはりこうなってしまいましたか…」
 はるか彼方の王国、王宮では、イレーヌがそうつぶやいていた。
 アレクサンダーが千里眼の魔法によって水晶玉に映し出している、伯国の惨劇を見ながら。
 「陛下…いやイレーヌ、これはどうなっているんだ?」
 アレクサンダーが困惑気味にイレーヌに問う。
 魔法を用いた錬金術は毒物を生み出してしまう危険を、理論としては知っていた。
 だが、実際に多数の人間が血を吐きながら倒れていく場面を見て、恐怖せずにはいられなかたのだ。
 「簡単に説明すると、あれは強力な魔法によって物質の中から中性子をはじき出す方法だったわけ」
 イレーヌは椅子に腰掛け、大きくなったお腹をさすりながらレモン水を口に含む。
 妊娠すると酸っぱいものが欲しくなるが、塩分が過剰にならないように注意が必要だ。
 「魔法によって80の水銀が79の金に変化したってことね」
 「良くわからないが、それでなんでみんな死んでしまうんだい?」
 イレーヌの見解は、前世でかじった21世紀の日本の科学を下敷きとしたものだ。
 それを知らないアレクサンダーにはちんぷんかんぷんだった。
 なまじエルフとして長い時間を生きているだけに、それまで学んだことで説明がつかないものには弱い。
 「はじき出された中性子は消失するわけじゃない。
 では問題。その行き先はどこだと思う?」
 「周りにある物質か…」
 聡明なアレクサンダーは、今度は理解できた。
 水銀からはじき出された中性子が、他の物質に入り込み変化させる。
 その結果、怖ろしい毒物を生み出してしまったとしても不思議はない。
 「わたくしは、この事態をもっとも怖れていたのよ」
 レモン水を飲み干したイレーヌは嘆息する。
 (おそらく問題は、水銀の安定に用いていたビスマス。
 それが、最悪の毒物、ポロニウムに変化してしまった)
 魔法で遠くから見ているだけなので確かめようがないし、危なくて実地まで調査にいくわけにもいかない。
 推測だが、イレーヌは確信していた。
 ポロニウムは、かのキュリー夫妻が発見した物質で、夫妻の偉業のひとつとされる。
 だが、地球上のいかなる物質より毒性の強いもののひとつでもあった。
 マリー・キュリーの死因は、ポロニウムによる被爆とされる。
 近年欧州で発生した暗殺と思しい不審死も、ポロニウムによる毒殺と推定されている。
 (そして、ポロニウムは意外なところから精製されてしまう)
 それは、ビスマスだった。
 ビスマスが放射線を浴びつつけると、中性子を吸収してポロニウムに変化してしまう。
 旧ソ連のアルファ級原子力潜水艦は、原子炉をコンパクトに抑えるために、鉛やビスマスの合金を冷却に用いる構造を採用した。
 それがまずかった。
 冷却に用いられるビスマスが、原子炉から中性子を吸収してポロニウムに変化。
 冷却パイプを交換していた作業員が被爆する事態が起きている。
 (それとそっくり同じ事が、伯国で起きた)
 イレーヌは、錬金術に列席していた者たちが、やがて全員倒れ伏して動かなくなるのを眺めていた。
 その場から離れようとするものも、ポロニウムの毒性には抗えない。
 何歩も歩かないうちに動けなくなり、死を待つのみになる。
 「イレーヌ、なんとか助けられないのか?」
 「無理です。助けようとあそこに行けば、同じように毒物の餌食になるだけ。
 運良く生き延びても、苦しみながら死ぬことになる。
 そして、その子孫は、苦しみながら生きる」
 イレーヌの言葉に、アレクサンダーは顔面蒼白だった。
 理屈と現実は全く違う。
 危険だとは認識していても、こうなるとは思わなかったのだ。
 「私のせいだ…。
 ケリーの好きにさせておくべきじゃなかった。
 張り倒してでも彼を錬金術から遠ざけるべきだった…」
 いつも泰然自若としているアレクサンダーが、珍しく取り乱し、涙を流していた。
 「アレクサンダー。
 あなたのせいじゃない。
 人は結局想像力では災いを防げないのよ。自分で感じたことのない痛みを想像できるほど、人間は利口じゃない。
 実際に痛い目に遭わなければ…」
 冷静に振る舞っているイレーヌだが、被爆する列席者の中にまだ子供といえる若者が混じっているのを見て、涙が溢れるのを止められなかった。
 「前向きに考えましょう。アレクサンダー。
 これはいい教訓よ。
 錬金術は危険だとわたくしたちはこの目で確かめた。
 多くの人のため。そして、この子のために、わたくしたちは慎重であり続けねばならない」
 そう言ってイレーヌはお腹を撫でる。
 時折動くようになったわが子を感じて、錬金術に対する恐怖がこみ上げてくる。
 (この子にあんな怖ろしい死に方をさせるわけにはいかない)
 母として女王として、そう思うのだった。
 「承知しました。彼らの犠牲を無駄にはしない。 
 錬金術には法律で強固な制限をかけることとします」
 まだ顔面蒼白のアレクサンダーに、イレーヌは「よしなに」と応じる。
 
 欲をかいた代価を自らの命で払うことになった者たち。
 彼らは、死を持って錬金術の危険性を立証する。
 それは、結果として多くの人間を救うこととなった。
 彼らが黄泉路でそれを喜んでいるかどうかはわからなかったが。
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