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琥珀色の真実

ことの真相

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03

 数ヶ月後。
 「なにが伝統あるブランドよ。詐欺師ども!」
 イレーヌは新聞をテーブルに叩きつける。
 母親のいらだちを感じ取ったか、リュックが胸に抱いた赤ん坊が泣き出してしまう。
 イレーヌたち家族の最初の子供。長女のカレンだ。
 髪と瞳の色からしてリュックの子に間違いなく、リュックは猫かわいがりしている。
 「おいおい、ママが子供の前でいらつくなってば」
 「ああ…ごめんなさい。カレン、ママいらいらしてごめんね」
 イレーヌはカレンに笑ってみせる。
 「ま、無理もないけどね」
 テーブルの上の新聞の一面には、こう書かれていた。
 “またウィスキーの原料擬装発覚”
 
 イレーヌの意向で、約束通り軍内部から舌に覚えのある者が集められ、コンペが始まった。
 (ギルドから提出された酒は、はっきり言って怪しい)
 だが、どうも怪しいものを感じたイレーヌは、ギルドから提出されたものではなく、町の酒屋で購入された酒を対象とした。
 結果はイレーヌの予測通りになった。
 「これがブランド物?」「うまいか?」「値段に見合う味かどうか…」
 コンペを担当した将兵たちは、口を揃えてブランドもののウィスキーの味に首をかしげたのだ。
 「話が違う…。町の酒屋で買ってきた酒を対象にするなんて…」
 コンペに立ち会った貴族や商人の何人かは、どういうわけか青い顔をしていた。

 不審に思ったイレーヌは、民間の団体に利き酒を委託してみることにした。
 「あの山地のモルトがこんな味なわけがないですよ」
 「ちゃんと管理してるのかな?最高級の酒にしては…」
 酒の利きには自信を持つ者たちは、これまた首をかしげていた。
 そこで、コンペの時に提出された酒も確かめてもらう。
 「うん、これは間違いなくあそこのですね」
 「保証します。これに関しては怪しいところはない」
 彼らの話を聞いたイレーヌは、いよいよきな臭い物を感じた。

 司法省を動かして農家や精製所を監視させたところ、外部から不審な荷物が持ち込まれていたことが確認された。
 「怪しいな」
 司法官たちが捜査令状を取って施設に踏み込んだところ、その土地で取れて厳選されたモルトに、他の地方の二束三文の安物のモルトがブレンドされていたことが発覚したのだ。
 コンペでギルドの者たちが持って来た酒は、混ぜ物なしだった。町で買ったものと味が違って当然だ。
 「商標法違反、および詐欺罪で逮捕致します」
 原料擬装の根っこはかなり深いところまで張られていた。
 多くの貴族や商人、地主、そして栄光あるウィスキー職人たちまでが、芋づる式に逮捕されていったのである。

 「全くなにを考えているのか…」
 「ブランドを過信するあまり、味や質を軽視するようになった。
 消費者を甘く見たツケだな」
 こんな詐欺師たちに、伝統だ慣習だと偉そうな口を聞かれていたことに怒りが収まらないイレーヌに、リュックは子供をあやしながら答える。
 最初からこうではなかっただろう。
 汗水たらしていい酒を造り、消費者に飲んでもらおうと頑張っていた時もあったはずだ。
 それが、ブランドが確立すると調子に乗り、変に自尊心が肥大して、消費者を馬鹿にするようになった。
 その結果、目先の利益のために原料擬装などという事態が起きたのだろう。
 「まあいいじゃないか。
 今回、また君が慧眼であったことが証明されたんだ。
 相対的に“春雨”の知名度も上がった。
 酒造で豊作貧乏を防ぐ政策も、これで円滑にいくことだろう。
 夫としては嬉しい話だよ」
 イレーヌはそれでもため息をついていた。
 「喜んでばかりもいられませんわ。
 擬装は恐らくウィスキーだけではないでしょう。
 軍に卸されてる他の食品は大丈夫かしら?
 リュック、あなた、十年以上も騙され続けて来た。
 原料が擬装されたものを、おいしいおいしいと頂いていたのよ?」
 混ぜ返された言葉に、リュックが渋面になる。
 「うへ…やぶ蛇だった。
 わかった。軍に話を伝えて、納入されてる物資を調査するようにするよ。
 なにを食わされてるかわかったものじゃないのは、今回の件でわかったしね」
 リュックは眉間にしわを寄せながら、そう了解するのだった。
 
 何はともあれ、イレーヌの進める改革は、怪我の巧妙だがうまくいくことになる。
 商品の価値を決めるのはブランドではなく、それぞれの舌であるという考えが、王国に定着したからだ。
 “春雨”が一つのブランドとして市場に参入したことが引き金となり、新興のウィスキーが次々と参入することになる。
 同時に、酒造によって穀物のだぶつきを防ぐという目的も、段階的にだが達成されていくのであった。
 「食用の作物で作った酒もこれはこれで」と、消費者に受け入れられていくのであった。
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