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02
浪花節
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06
祥二はしばらく間をおく。
佐藤が考える時間を取るという意味もあったが、涙を流しそうになるのを抑えるのに苦労したのだ。
「おじ貴。ケンカ別れというのは悲しいもんです。仲直りの機会が失われてから後悔しても遅い。池田の親父さんとは、一緒にやってきた相棒だったはずです。お兄さんにしても、悪い思い出ばかりではないのでは?」
佐藤はその言葉に、あからさまに迷いを見せる。
思い出しているのだろう。
(彼らのつき合いが始まった頃、俺は生まれてないか)
自分よりずっと長く生きている彼らであればこそ、いいこともあれば悪いこともあったと思える。
「佐藤のおじ貴。恨みを忘れろとは申しません。水に流せという気もない。ただ、今は過去の確執を脇に置いて、自民党と政府に協力してつかあさい!お兄さんのため、池田の親父のため、なによりもこの国のために!」
そう言って、祥二は平伏する。
祥二は畳についた手に汗が滲むのを感じる。
別段土下座には抵抗はない。
これで説得に失敗すれば、いよいよ打つ手がないだけだ。
「やれやれ、浪花節だな」
そう言いながらも、佐藤の表情がふっと柔らなくなる。
機を逃さず、祥二は続ける。
「それがいけませんか?思い出して下さいや。僕らは、鳩山や石橋、そして岸さんの浪花節に敗北したんです。いくら理屈がこちらにあろうが、感情論だろうとなんだろうと国民を味方につけた方が勝者じゃった。
あれで僕は学習しましたよ。人は理屈では動かない、感情で動くもんじゃと」
「へっ!言いにくいことをはっきりと…。まあ、事実だが」
佐藤が天井を仰ぐ。
思い出しているのだ。吉田政権倒壊の時を。
「そうです。事実です。だからこそ、我々は再起に全力を挙げなければなりません。池田の親父さんにとっても、佐藤のおじ貴にとっても、今は重要な時です。
石橋が政権を投げ出して、次点で落選した岸さんが組閣した。野党も手強いし、お世辞にも安定した政権とは言えません。政権の運営のために、池田、佐藤両名の力がなんとしても必要なんです。
そして、その功績はいずれきっと生きるでしょう!」
そう言って、祥二はまた平伏する。
今度は、明らかに手応えを感じた。
「頭を上げてくんな。まだどうするとは答えられねえが、おめえさんの言い分は承ったからさ」
そう答えた佐藤の表情は、先ほどまでの意地になっていたものではなかった。
「山名祥二に頭を下げられて無視したとあっちゃ、いろいろとまずいしな」
珍しく愉快そうに笑いながら、佐藤はそんなことを言う。
「僕ごときは問題ではない。これからも池田の親父さんと相棒でいてやってつかあさい。それが僕の願いであり、この国にとって最善の道ですけえ」
そう言って、祥二はまた頭を下げた。
「あらかじめ言っておくことがある」
しばらく無言で窓の外を見ていた佐藤が、慎重に切り出す。
「はい」
「池田には協力していくことになるだろう。だが、池田の方針を全面的に肯定するつもりも、引き継いでいくつもりもない。そこは覚えておいてくんな」
祥二は意外な気分になる。
佐藤と池田は畑は違うが、政治路線については一致していると思っていた。
「なぜです?」
「説明しよう。池田が政権を取ったら、この国には空前の好景気と発展がもたらされるだろう。やつにはそれだけの力があるからな。だが一方で、その副作用は重篤なものになると思っている」
祥二は佐藤の言い分がよくわからなかった。
「副作用とはどういうものです?」
「要するにだ、多くの人間が大もうけして、拝金主義が蔓延するだろうってこった。祥二よ、大きな金ってのは毒を持ってるんだ。その毒に当てられたやつが暴走して、ろくでもないことをやらかすのは不可避だ。経済発展が起きれば、人より金を上に置くやつ、金のためになにをやってもいいって考えるやつが、どうしても出て来るんだ」
祥二は、佐藤の理屈をやっと理解する。
だが、納得できなかった。
自分が尊敬して止まない池田の政権で、そんなことが起きるとは。
祥二はしばらく間をおく。
佐藤が考える時間を取るという意味もあったが、涙を流しそうになるのを抑えるのに苦労したのだ。
「おじ貴。ケンカ別れというのは悲しいもんです。仲直りの機会が失われてから後悔しても遅い。池田の親父さんとは、一緒にやってきた相棒だったはずです。お兄さんにしても、悪い思い出ばかりではないのでは?」
佐藤はその言葉に、あからさまに迷いを見せる。
思い出しているのだろう。
(彼らのつき合いが始まった頃、俺は生まれてないか)
自分よりずっと長く生きている彼らであればこそ、いいこともあれば悪いこともあったと思える。
「佐藤のおじ貴。恨みを忘れろとは申しません。水に流せという気もない。ただ、今は過去の確執を脇に置いて、自民党と政府に協力してつかあさい!お兄さんのため、池田の親父のため、なによりもこの国のために!」
そう言って、祥二は平伏する。
祥二は畳についた手に汗が滲むのを感じる。
別段土下座には抵抗はない。
これで説得に失敗すれば、いよいよ打つ手がないだけだ。
「やれやれ、浪花節だな」
そう言いながらも、佐藤の表情がふっと柔らなくなる。
機を逃さず、祥二は続ける。
「それがいけませんか?思い出して下さいや。僕らは、鳩山や石橋、そして岸さんの浪花節に敗北したんです。いくら理屈がこちらにあろうが、感情論だろうとなんだろうと国民を味方につけた方が勝者じゃった。
あれで僕は学習しましたよ。人は理屈では動かない、感情で動くもんじゃと」
「へっ!言いにくいことをはっきりと…。まあ、事実だが」
佐藤が天井を仰ぐ。
思い出しているのだ。吉田政権倒壊の時を。
「そうです。事実です。だからこそ、我々は再起に全力を挙げなければなりません。池田の親父さんにとっても、佐藤のおじ貴にとっても、今は重要な時です。
石橋が政権を投げ出して、次点で落選した岸さんが組閣した。野党も手強いし、お世辞にも安定した政権とは言えません。政権の運営のために、池田、佐藤両名の力がなんとしても必要なんです。
そして、その功績はいずれきっと生きるでしょう!」
そう言って、祥二はまた平伏する。
今度は、明らかに手応えを感じた。
「頭を上げてくんな。まだどうするとは答えられねえが、おめえさんの言い分は承ったからさ」
そう答えた佐藤の表情は、先ほどまでの意地になっていたものではなかった。
「山名祥二に頭を下げられて無視したとあっちゃ、いろいろとまずいしな」
珍しく愉快そうに笑いながら、佐藤はそんなことを言う。
「僕ごときは問題ではない。これからも池田の親父さんと相棒でいてやってつかあさい。それが僕の願いであり、この国にとって最善の道ですけえ」
そう言って、祥二はまた頭を下げた。
「あらかじめ言っておくことがある」
しばらく無言で窓の外を見ていた佐藤が、慎重に切り出す。
「はい」
「池田には協力していくことになるだろう。だが、池田の方針を全面的に肯定するつもりも、引き継いでいくつもりもない。そこは覚えておいてくんな」
祥二は意外な気分になる。
佐藤と池田は畑は違うが、政治路線については一致していると思っていた。
「なぜです?」
「説明しよう。池田が政権を取ったら、この国には空前の好景気と発展がもたらされるだろう。やつにはそれだけの力があるからな。だが一方で、その副作用は重篤なものになると思っている」
祥二は佐藤の言い分がよくわからなかった。
「副作用とはどういうものです?」
「要するにだ、多くの人間が大もうけして、拝金主義が蔓延するだろうってこった。祥二よ、大きな金ってのは毒を持ってるんだ。その毒に当てられたやつが暴走して、ろくでもないことをやらかすのは不可避だ。経済発展が起きれば、人より金を上に置くやつ、金のためになにをやってもいいって考えるやつが、どうしても出て来るんだ」
祥二は、佐藤の理屈をやっと理解する。
だが、納得できなかった。
自分が尊敬して止まない池田の政権で、そんなことが起きるとは。
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