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プロローグ

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01
 沖縄県、石城島(いしぐすくじま)。沖縄本島と宮古島の中間にある人口250人あまりの小さな島。
 20XX年夏。この場所において、陸上自衛隊と米海兵隊の合同訓練が実施されていた。某国によって石城島が軍事侵攻を受けたという想定で、離島奪還作戦の予行演習が行われていたのだ。
 作戦名は、この島の特産品にちなんで“グレープフルーツ作戦”。
 米海軍の強襲揚陸艦“ワスプ”から、陸自のCH-47J輸送ヘリが飛び立ち、海岸線に偵察部隊を展開させていく。
 海岸線の安全が確認されたら、エアクッション型揚陸艇“LCAC”の出番だ。乱暴に言ってしまえば巨大な荷台を持つホバークラフトであるところのエアクッション型揚陸艇は、50ノット以上の速度で車両や人員を運搬することができる。
 96式装輪装甲車が、90式戦車が、そして実用化されたばかりの16式機動戦闘車が次々と揚陸され、砂浜に並んでいく。その傍らでは、米軍のハンビーやLAV-25装甲車、M1A2エイブラムス戦車などの車両が揚陸されていく。
 なぜこのような混成部隊による運用がなされているのか。それは、敵対する国家のサイバー攻撃や、弾道ミサイルによる準備射撃、あるいは工作員による破壊工作などによって、自衛隊も米軍も損害を受けている。双方ともに単独では作戦行動ができない状態にあると想定してのことだ。
 元々自衛隊と米軍は共同戦線を予定した関係にある。悪く言えば米軍のお手伝いが自衛隊の立ち位置だ。米軍との合同作戦の訓練は、欠かすことのできないものと言えた。
 車両と武器、物資の揚陸は順調に進み、作戦は予定通りに遂行されるかに思えた。
 陸自と海兵隊の隊員たちも、意気軒昂ではあったものの、演習の成功を楽観して疑わなかった。この時はまだ。

02
 「だめだ!衛星通信もデジタル無線も通じない!それどころか電子機器が一斉に動かなくなってる!」
 砂浜のベースキャンプに、陸上自衛隊西部方面普通科連隊の指揮官、諏訪部哲哉二等陸尉のヤケ気味な声が響く。本来なら訓練や作戦の最中に”だめだ”とか”どうにもならん”などの言葉は禁句なのだが、今の作戦司令部の中に彼の言動を咎める者はいない。実際諏訪部の言う通りだからだ。
 車両と兵員の揚陸が完了し、敵が陣取っているという想定の島の中心部にいよいよ進撃するという段階になって、”グレープフルーツ作戦”司令部は突然未知のトラブルに見舞われた。
 突然デジタル無線や衛星通信が不通となり、電子機器全てが原因不明の機能不全に見舞われたのだ。
 当初は電波妨害やサイバー攻撃、あるいはコンピューターウィルスなどの可能性を誰もが疑った。だが、何重にも張られたプロテクトをすり抜けて全ての電子機器を無力化するなど、どれだけ腕の立つハッカーでも不可能なはずだった。
 加えて、車両の照準装置など、一切外部と接続されず、スタンドアロンとなっている電子機器までもが機能不全を起こしているというのはどう考えてもおかしかった。
 「やはり妨害電波や電磁波兵器の類かな?」
 「それはあり得ませんね。もしそうなら無線はノイズでさぞガーガーひどいことになってるはずです。
 妙なんです。無線にラジオ一つ入らない。まるで空間の中の電波そのものが何かに吸い込まれてるみたいに...」
 諏訪部の言葉に、いかにも技術屋と言う眼鏡の風体の技官が相手をする。
 いよいよ話がきな臭くなってきた。諏訪部は思う。西普連の一員として、あらゆる状況、あらゆるテロや侵略、破壊工作の可能性を想定した訓練を受けて来た。訓練はうまくこなして来たし、部隊の練度向上に貢献してきたとうぬぼれてもいる。
 だが、今の状況は今まで自分が受けて来た訓練や、教わって来た知識ではどうにもならないことだ。
 「空間の電波を全部遮断するなんてこと、可能だと思うか?」
 「不可能ですし、その必要性がありません。
 電波を完全に遮断するには、現状壁を作って電波の通り道を無くすのが唯一の方法です。
 そんな面倒なことしなくても、敵の相互連絡や索敵を妨害したいなら妨害電波を出すとかチャフを散布するとかもっと簡単な方法はいくらでもありますよ」
 そう言われては、化学には素人の諏訪部には返す言葉がなかった。
 軍事においては、いや、軍事以外のビジネスやスポーツ、日常生活においても、まずは必要性が問題となる。
 技術的にはすごいが実用品として必要性のないものは、SFの中の存在で終わるのが世の中の道理だ。藤子不二雄や手塚治虫の漫画ではポピュラーだったエアカーやテレビ電話などがこれにあたる。
 逆に言えば、ご丁寧に全ての電波が遮断され無力化されている今の状況は、人為的なテロや妨害工作の類いである可能性は低いことになる。
 では誰が何の目的で?という疑問にぶち当たるが、それに答えられるものは今のところいない。
 「“ワスプ”とどうやって連絡取ればいいんだよ!?」
 「ちくしょう!無線だけじゃなく携帯も通じねえ!」
 「通信できなけりゃ作戦そのものが不可能になるぞ!」
 いきなり目が見えず、耳も聞こえず、口もきけないも同然の状態になって、司令部はパニックに陥っている。
 ここから先、なにかさらにとんでもないことが起きるのではないか?
 架空戦記ものの小説や漫画で描かれたことが現実になる?不吉な予感を、諏訪部は抱かずにはいられなかった。

 「原因不明の電磁波が観測されている?」
 ニュートリノの観測を行っていた、とある天文学研究所の調査チームは、いまだかつてない状況に遭遇していた。
 石城島の中ほどの丘の上に観測のために貼られたテントの中は、突然の通信障害と電子機器のトラブルで大騒ぎになっていた。そこに来て、さらに不可解な現象が起きていた。
 明らかに人為的なものではなく、発信源が特定できない謎の電磁波が、何の前触れもなく観測されたのだ。
 「ひょっとしたらすごい場面に遭遇したのかも知れないけど、喜んでばかりもいられませんね」
 全く想定外の状況に、調査チームのメンバーは不安と興奮の両方を感じていた。
 チームの中で最年少、23歳の大学院生である桑島美智子もその一人だった。
 二時間ほど前から、突然無線や携帯が通じなくなり、電子機器が一斉に機能不全を起こし始めた。もしかすると科学史に名前を残せるほどの大発見が目の前にあるかも知れないと思う一方で、通信や電子機器に一斉に障害が発生するというのはただごとではない。
 「諸君、データの照合が完了した。
 やはり予想どおりだ。原因不明の電磁波はどんどん強くなっている」
 調査チームのリーダーである白髪交じりの初老の主任研究員が、印刷されたデータの束から目を上げて立ち上がり、チームを見回しながら告げる。
 「それで、このまま強くなっていったらどうなるんです?」
 「それはわからん。なんせ、この電磁波がどこからどんな原理で発信されているのか皆目見当もつかいないんだからな」
 桑島の質問に、主任研究員は諦め気味に返答する。
 桑島を始め、テントの中にいる調査チームの何人かは、映画“インディペンデンス・デイ”を想起していた。謎の天体の接近に伴って観測され始めた電波が実は地球攻撃のカウントダウンだった。カウントがゼロになった瞬間攻撃が開始されると予想した主人公たちが辛うじて逃げ延びることに成功する。そして、ホワイトハウスが異星人の宇宙船の攻撃で粉々に破壊される場面を思い出さずにはいられなかった。
 「とにかく、東京と一度連絡を取ってみんとどうにもならん。
 桑島君、麓に行って電話を借りてくれ。固定電話なら通じるかも知れん」
 「わかりました」
 麓の民家がある場所まではそれなりに距離があるし、道も平坦ではない。使いっ走りは年少者の仕事だった。
 ともあれ、桑島は内心わくわくしていた。純粋に東京と連絡を取るのが楽しみだったのだ。この島にいてはわからないことも、東京の研究所ならもっと情報をつかんでいるかもしれない。
 ニュートリノの調査においては、複数の地点から観測を行い観測結果を照合することでさらに正確な情報を知ることができる。ともあれ、まとまった設備のある天文台や、スーパーコンピューターを備えた研究施設に比べれば、離島や山間での観測はどちらかといえば脇役の類いだ。
 だが、今はこの島での調査チームに配属されて良かったと思える。今起きている通信障害や電子機器の不具合、そして謎の電磁波の正体を突き止めることができれば、一躍時の人になることも可能かも知れない。
 そんなことを思った時、ほんの10分前まで快晴と言えた天候ががらりと崩れ、空が暗くなったと思った時には大粒の雨が横殴りに叩きつけて来た。まるで台風だ。
 前言撤回。やはりこの島に来たのは貧乏くじだった。桑島は思う。この島に派遣される前の、研究所のシステマティックで快適な環境が懐かしい。そう思わずにはいられなかった。
 「すみません、固定電話をお借りできませんか?」
 「いいですよ。それにしても困っちゃったねえ。携帯が全く通じないなんて」
 土砂降りの中をずぶ濡れになりながら麓にある農家までたどり着いた桑島は、ブザーを鳴らす。幸いにして在宅だったらしく、高齢だが壮健そうな女性が出迎えてくれた。
 女性が親切にもバスタオルを勧めてくれたことに感謝して、桑島はスマホの電話帳を見ながら固定電話の番号を押していく。
 「地震だ!」
 何度目かのコールを経て、やっとつながった瞬間すさまじい揺れが襲い、沖縄独特の作りの民家が激しく震動し始めた。
 通信障害や電子機器の異常といい、正体不明の電磁波といい、やはり何かが起きている。激しい揺れで床に投げ出されそうになりながら、桑島は確信していた。

 03
 「なんですって!そんな馬鹿な!かなり揺れたんです。観測されてないなんてありえません!」
 一方、演習地の浜辺から少し離れた地点の民家で固定電話を借りた諏訪部は、受話器に向けて思わず大きな声を出していた。
 無線は相変わらず使用できず、携帯も衛星通信も普通。やむを得ず車を出して民家のある場所まで異動することにした。やっと見つけた民家で固定電話を拝借して、なんとか西部方面隊総監部と連絡がついたと喜んだのもつかの間。島周辺の雨風はひどくなる一方で状況は全く良くなっていない。
 それどころか、さらに悪くなりそうな予感を諏訪部は感じていた。総監部付き幕僚につい今し方この島を襲った地震について報告したところ、返ってきた反応は「地震?なんのことだ?」というものだった。地震情報の遅れかとも思ったが、インターネットに地震速報が流れていないのはもちろん、総監部では揺れを体感してすらいないという。
 どういうことだ?諏訪部は五里霧中の気分だった。総監部がある熊本はここから1000キロ程度。そして先ほどの揺れはおそらく震度6はあった。総監部で揺れが感じられず、地方気象台も地震を観測していないというのはどう考えてもおかしい。
 この島の周辺だけがごくごく局地的に揺れたとでもいうのか?
 「とにかく、何が起きているのか全くわかりません。演習は中止すべきと考えます」
 『わかった。無線も衛星通信も不通ではどうにもできん。そちらは天気もひどいようだしな。現場の判断で作戦中止、撤収してよし。気をつけてな』
 こんな状況では、幕僚の最後のひと言が無性に嬉しかった。この辺が部下に慕われるこつなんだろうなと思いながら、諏訪部は受話器を置いた。
 
 横殴りの雨の中、車を走らせて演習地に戻った諏訪部は、早速隊司令部に作戦中止を具申しに向かった。
 だが、司令部周辺は様子がおかしかった。土砂降りの中にもかかわらず、多数の陸自と海兵隊の隊員たちが岩場の上に立ち尽くしながら海の方を見ているのだ。
 「おい、みんなどうしたんだ?なにかあったのか?」
 「岩場に上って確かめて下さい。すぐにわかります」
 手近な陸曹を捕まえて聞いてみるが、その陸曹も怖ろしいものを見たような様子でそう返答するだけだった。
 頼むからもうこれ以上始末に負えない問題が起こるのは勘弁してくれ。滑らないように注意しながら濡れた岩場を上った諏訪部の祈りは届かなかった。
 「こんな馬鹿な…」
 そんな言葉が諏訪部の口を突いて出た。自衛隊員と海兵隊員たちが茫然自失としている理由がはっきりとわかった。
 今日の午前中、揚陸演習が開始された時は、その方向には海があるだけだった。
 だが、今自分たちの目の前、石城島から1キロも離れていないすぐ近くに巨大な島が出現していたのだ。恐らくこの石城島よりかなり大きいだろう。横殴りの雨のせいで、車の中からは見えなかったらしい。
 「あの島は一体…。いつの間に…どこから現れたんだ?」
 豪雨の中だったが、誰ともなくそんなつぶやきが聞こえる。その問いに答えられる者はいなかった。
 「うん…?」
 ふと、諏訪部は視界の隅で何かが動いた気がした。動物だろうか?
 原因不明の通信障害と電子機器のトラブル。快晴だった天候がにわかに崩れ、突然の暴風雨。
 そして、忽然と目の前に出現した巨大な島。
 あまりに不可解なことが一度に起こり過ぎて、思考が全くついていかない。
 だが、これで終わりではない。むしろ始まりだ。それも恐らくとんでもないことの。
 何か根拠があるわけではないが、諏訪部には確信があった。
 
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