部屋を出る春

生永祥

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部屋を出る春

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図書室の本棚通り過ぎ去りし影に追い付き部屋を出る春

甘栗が弾けるような恋だから爪は立てずに実を口にする

CDの銀盤映る海の色 あおあおあおあおあお瑠璃あおでした

傘を手にメリー・ポピンズ真似てみる くるくる回る二人は踊る

キーキーと悲鳴をあげる自転車と親友になる初恋の夏

ひと夏の恋にみんなが掛けるから教室の摂氏38℃

ハチマキに赤い糸で刺繍をし小指の腹で彼の名なぞる

学ランの袖に初めて触れたは眠れず指が震えほうける

コスモスを千切って指をふと止めて花粉の付いたスカート払う

果てしなく続く茜の空の下 君に焦がれてまた待ちぼうけ

すすき野を飛び交うつがいの鳩に似た二人がよいね そうなりたいね

二個同じラベルの缶から漂いし知らない国のココアの香り

鉛筆で左手三回つついては「嫌い」「好きよ」の二律背反

白き湯気立つ缶コーヒー頬に付けはしゃぐ二月の紺碧こんぺきの空

透明な窓のガラスを白く染め二人近づく魔法唱える

ジーンズでワンサイズ下狙う時する目だね。うん、ライバルだしね。

今はもう顔も分からぬひとをまだ敵対視する ミニーのように

木漏れ日の色した日々にキスをして未来の二人はきっとハグする

私だけ呼んでいた名を他のが囁くだけで逃げ出したくなる

ヒーローは間違いでなく君なのに二次元推しの言葉響かず?

しぼんでく風船のよう項垂うなだれし彼に渡せず握るハンカチ

夕凪を蹴散らすように駆けていた自転車二台 今は止まって

ペアショット待ち受けにして離れてる時間を埋めるお守りにする

本でしか聴いてなかった潮騒を聞いて見送るレトロ門司港

ポケットにしまったままのチョコ どろりどろりどろりととろける本音

バラードのように綺麗な恋ならば良かった……なぁんて、ついひとりごと

泣く場所が風呂場になった夜だから排水口に幼さ流す

傘の柄がポキンと折れて今はまだ直しもせずに雨風凌ぐ

「食感がイマイチだから嫌い」だと呟く彼によく似たトマト

何となく五月病になる時はトクンと跳ねる血管を見る

火傷した彼のふやけた指を舐めまるで二人のようだと思う

プロポーズ受けるだなんて急すぎてカレーの味も分からなくなる

家族とか友達だとか知人とかそんなしがらみ超えたい恋です

ジージーと蛍光灯が鳴る夜は電話を掛ける手が止まらない

着信が鳴らぬ電話と普段なら気にも留めない赤いささくれ

青痣あおあざがうっすらうっすら消えていく まるで二人の関係のよう

時が経ち熟れて朽ちてくオレンジのような言葉は吐き出さないで

朝食のメニューは無関心なのに別れ話は敏感な彼

想い出は二人が見てた幻ね 約束は二人が言った戯れ言ね

「さよなら」を手紙で告げた真夜中にパキンと折れた親指の爪

もう恋はしないと決めた日にそっと優しく肩に落つ蝉時雨

アルバムは水曜・燃えるゴミの日で鍵は火曜の不燃ゴミの日

メーカーも名前も知らぬ香水に紛れて香る女の匂い

利き腕で一番好きなぬいぐるみ殴り理解す失いし恋

花魁の誓いに似せて小指ではなく髪を切る深夜二時半

黒髪をしゅに染め化粧する朝はアイライナーが上へと跳ねる

彼が乗る車で聞いたCDはTSUTAYAで現価百円也

男ならとっくの昔に捨てたのに未だに飲んでいるピル一錠

雪の日に産まれ決まりし名前だと呟く君を想う一月

二年前彼が似合うと言っていたコートを脱いで部屋を出る春

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