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第十話 『Answer』
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しおりを挟む(身体が物凄く重い……)
一時間目じゃないだけマシだけど、今日は二時間目が体育の授業で、昨日の疲れがまだ抜けきっていない俺としては、非常に辛い一日の始まりという感じだった。
しかも、よりによってというか、今日に限って授業の内容は何故か持久走。一体何の嫌がらせかと思ってしまう。
準備体操をした後、男女一斉に三十分間校庭を走ることになったんだけど、元々持久走そのものが苦手な俺はコンディションの悪さも相俟って、一周目から大幅に周囲の人間から遅れ始めた。
最早、走っているのか歩いているのかわからないほどの鈍足である。
自分でも
(遅過ぎる……)
と思ったくらいだから、当然生徒の様子を厳しい目で見ている先生からも
「こらーっ! 七緒っ! もっと真面目に走れーっ!」
と檄を飛ばされる羽目になってしまったんだけど、俺だって好きでこんな鈍足を披露しているわけではなかった。
(くそ……雪音め……)
俺がこんな事になっているのは、言うまでもなく雪音のせいだ。
昨日、頼斗が帰った後に俺に声を掛けて来た雪音は、俺から自分の好きなところを聞き出そうとうきうきだった。
最初はただただ困るばかりだった俺も、雪音と話しているうちに口が軽くなっていき、雪音との会話はどんどん弾んでいった。
雪音と出逢ったばかりの頃、お互いがお互いをどう思っていたのかも話せたし、それ自体はとても良かったと思うんだけど――。
(雪音が俺に自分の好きな顔を聞いてきたことが良くなかったよね……)
期待に満ちた雪音の顔が
『深雪は僕のどういう顔が好き?』
って聞いてきたことで、それまでの空気が一気に変わったというか。ただ呑気にお喋りしているだけでは済まない空気になってしまった。
雪音の容姿の良さは全面的に認めている俺だから、雪音の顔を褒めようと思えばいくらでも褒められる。
だけど、元々顔の作りそのものがいい雪音相手に、どの表情が一番好きかを選ぶのは逆に難しかったりもした。
それでも、雪音は俺から自分の好きな顔を聞きたがるし、俺も答えなくちゃいけない空気に呑まれ、どうにかこうにか答えてみてあげたんだけど……。
その結果、「どんな雪音の顔も好き」みたいな感じになっちゃって、それに気が付いた雪音に
『それって全部じゃん。何だ。深雪って僕の顔がめちゃくちゃ好きじゃん』
なんて、調子に乗った発言をされたものだから
『でっ……でもっ! 一番好きな雪音の顔はシてる時の顔かもっ!』
慌てた俺が更に余計なことを言ってしまい、雪音を完全に調子に乗らせてしまった。
(何故咄嗟に出た言葉がそれだったのか……)
言った直後には自分の口と耳を疑った。
でも、それが事実であるという結論に行き着いただけだった。
雪音だけじゃない。頼斗にも同じことが言えるんだけど、俺は俺とセックスしている時の二人の顔に、一番胸がときめいてしまう。
多分、その時にしか見られない表情で、俺にしか見せない表情でもあるから、俺の胸がどうしようもなくときめいてしまうんだと思う。
セックスしてる時は俺の感情も昂ぶっているから、二人の表情に「愛してるよ」っていっぱい言ってもらえている気分になったりもして、それが嬉しかったりもするんだよね。
でも、「どういう顔が好き?」と聞かれて、「シてる時の顔が好き」なんて答えが返ってきたら、「じゃあシよう」ってなるよね。
今週はまだ始まったばかりで、雪音や頼斗との週一のセックスもまだだったし。
迂闊な自分の発言が雪音を誘ったみたいになってしまった俺は、そのまま雪音の部屋のベッドでセックスすることになってしまい、今日はこんな有り様なのである。
自業自得ではあるんだけれど、雪音にはもう少し手加減というものをしてもらいたいものである。
(頼斗には俺の身体を気遣えって言った癖に……)
やっぱり雪音も人のことは言えないじゃん、と思う。
「おい、深雪。一周遅れになってるけど大丈夫か?」
「へ? あ……うん……」
俺がちんたら走っているせいで、先頭集団を走っていた頼斗に追いつかれてしまったらしい。
スタートする前からお疲れモードだった俺は、準備体操が終わった時には既に汗が滲んでいて、校庭を一周もしていないうちに汗だくになり、息もかなり乱れていた。
対する頼斗は、この季節でも校庭を一周したくらいじゃまだ汗はかかないみたいだし、息も全然上がっていなかった。
俺の歩調に合わせて俺の隣りに並ぶと、走りながら俺の顔を覗き込んでくる余裕まであった。
「顔色悪いぞ。具合悪いの? 汗もすげーし」
「ぅえ⁉ いや……そういうわけじゃ……」
えー⁉ 俺、どんな顔で走ってるの? 確かに体調がいいとは言えないけれど、どこか具合が悪いわけじゃないし。ただ単に疲れているだけなんだけど。
「お? 何々? みゆっちゃん調子悪いの?」
「顔真っ青じゃん。休んだ方がいいんじゃない?」
「え……え?」
俺の隣りで頼斗が極端なスピードダウンをしてしまったから、少し遅れて頼斗に追いついてきた伊藤や桐原にまで心配される羽目になってしまった。
自分がそんなに具合が悪そうに見えているとは思わなかったんだけど、突然足を止めた頼斗に手を掴まれ
「保健室行くぞ」
と言われてしまったら
「う……うん……」
それに従うしかない気がした。
内心
(何も保健室に行くほどじゃ……)
と思ったんだけど、疲れた身体に鞭打って走ったせいか、足を止めた時は少しだけ目眩を覚えた。
きっと寝不足も祟っているんだと思う。
昨日、俺が自分の部屋のベッドに潜り込んだのは午前一時を少し過ぎたところで、今朝は六時に目を覚ました俺は五時間しか寝ていない。
五時間の睡眠なら充分って気もするけれど、体力の回復が追い付いていない時の五時間睡眠は、俺にとって完全な睡眠不足になったりもする。
「深雪を保健室に連れて行ってきます」
俺の手を引いて持久走の列から離れた頼斗は、何事かと俺達の様子を見ていた先生にそう告げると、俺の手を引いたまま校舎に向かって歩き始めた。
少し前に俺に喝を入れていた先生は、俺が体調不良だと知ったらさぞかし決まりが悪いことだろう。
この場合、先生は全然悪くない、って気もするけれど。
「ご……ごめんね、頼斗……」
何も俺を保健室に連れて行く役目を頼斗が引き受けなくても良さそうなものだと思ったけれど、俺を保健室に連れて行くと決めたのは頼斗だし。他の生徒の足を止めて授業を中断するよりも、最初から俺を保健室に連れて行くつもりの頼斗に任せた方がスムーズだよね。
だけど、具合が悪そうな俺を本気で心配してくれたからこその頼斗の行動に、俺はどうしても申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
これが本当に〈風邪気味で熱っぽい〉とかなら、俺も素直に甘えられるんだけど……。
実際の原因は昨日雪音としたセックスだもんね。そんな俺の面倒を頼斗に見させるのはさすがに申し訳ないと思っちゃうよ。
でも
「気にすんな。どうせ雪音のせいだってことはわかってる」
「う……」
頼斗には俺の体調不良の原因がバレてしまっているようで、申し訳なさそうな顔をしている俺の頭をぽんぽんと撫でてきた。
(理由がわかっているのに、俺のこと心配してくれるんだ……)
普通なら、自分の好きな相手が自分以外の人間とセックスしてヘロヘロになっている姿を見たら、「知るか」ってなるところだと思うのに。頼斗は俺が雪音とのセックスで疲れていることを知っていながらも、俺に救いの手を差し伸べてくれたわけだ。
(ほんと……優し過ぎるんだよね、頼斗は……)
頼斗が優しいことを知っていても、こんな時まで俺に無条件で優しくしてくれる頼斗には感謝しかないし、胸きゅんせずにもいられない。
「頼斗……」
「うん?」
俺は俺の手を握る頼斗の手をぎゅっと握り返すと
「ありがと」
頼斗のことが好きだな、って思いながら、頼斗にお礼を言った。
「……おう」
俺からの「ありがとう」に一瞬目を丸くしてみせた頼斗は、照れ臭そうに短い返事を返してくると、俺の手を更に強い力で握ってきた。
そして
「後で雪音に説教しといてやるよ。お前こそほどほどにしろってな」
そう言った。
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