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第十話 『Answer』
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しおりを挟むと、言うわけで――。
「は? 俺がお前のどこを好きかって?」
「うん」
自分の気持ちに答えを出すためには、まず相手の気持ちを知ることにしてみた。
よくよく考えたら俺、雪音や頼斗の二人から俺のどういうところがどんな風に好きなのかを聞いたことがない。
もちろん、恥ずかしいから聞こうとしなかったのもあるけれど、聞いちゃいけないって気がしちゃって。
でも、自分の気持ちと向き合うためには、相手の気持ちを知ることも必要かなって……。
だから、今日も頼斗をうちに連れて帰って来た俺は、まだ雪音が帰って来ていないのをいいことに、早速頼斗に俺の好きなところを聞いてみたんだけれど――。
「んなもん、全部に決まってんだろ」
頼斗からは〈どこがどう好き〉ではなく、〈全部〉って答えが返ってきた。
(それじゃ答えになってないよっ!)
と思う反面、迷わずそう言ってくる頼斗が嬉しくもあった。
もちろん、物凄く恥ずかしい気持ちにもなるんだけれど。
「も……もっと具体的に言って欲しかったりもするんだけど……」
既に恥ずかしさで顔は真っ赤になっているものの、恥ずかしさに耐えながら頼斗を追求してみると、頼斗も若干照れ臭そうに鼻の頭を掻きながら
「具体的にって言われてもなぁ……」
やや困り顔だった。
でも、俺からの要望には応えてくれるつもりがあるようで、しばらく頭の中で自分の考えを整理した後で
「まず顔が好みだし、仕草や喋り方も可愛い。性格はちょっと甘えたところがあったりするけど、そこがまた俺の庇護欲を掻き立てるっつーか……とにかく可愛い。たまにめちゃくちゃ大胆な行動に出たり、やたらと潔いところもあるけど、基本的には控えめでおとなしい性格だから、一緒にいるとすげー落ち着くし癒される。まあ、一緒にいて落ち着くのは、ガキの頃から一緒ってのもあるんだろうけどな」
自分の言葉を頭の中で確認しているかのように、ゆっくりとした口調で俺の好きなところについて話してくれた。
「後はまあ……俺に懐いてるっていうか、俺のことが大好きなところが一番可愛いな。俺がお前のことを好きになった理由も、それが一番だったと思うし」
「え⁉」
頼斗に「俺のどこが好き?」って質問をして、「俺のことが大好きなところ」って返事が返ってくるとは思わなかった。
「もちろん、お前に俺への恋愛感情が無いことはわかってるんだけどさ。元々顔が好みで性格も可愛いと思ってる相手だ。そんな奴に〈頼斗、頼斗〉って甘えてこられたらなぁ……。そりゃ好きになっちまうだろ。クソ可愛いんだから。お前の全部が可愛く思えるってものだ」
「あぅー……」
何かめちゃくちゃ恥ずかしいことを言われている気分。
確かに、俺は何かと俺のことを気に掛けてくれる頼斗のことが大好きだけど、俺ってそんなに頼斗に甘えているんだろうか。
(あんまり自覚は無いんだけど……)
でも、そうだよね。昔から俺は何かあるとすぐに頼斗に頼っちゃうし、俺が困った時は頼斗が何とかしてくれるって思っちゃうもん。
元々人付き合いにはあまり積極的じゃなかった俺は、引っ越した直後に通い始めた小学校では知っている顔なんて一つも無くて、入学式の日から不安で仕方がなかった。
でも、そんな俺に頼斗は入学式の日から声を掛けてきてくれたし、その後も何かと俺を気を掛けてくれた。俺はあっという間に頼斗に懐いてしまったところはある。
そんな頼斗に俺が更に依存するようになったのは、やっぱり母さんが死んでからだ。
あの時、俺の傍にずっと頼斗がついていてくれたから、俺は何とか悲しみを乗り越えることができたし、あのまま引き籠りにならずに済んだ。
俺が今学校で会話を交わすようになっている伊藤達だって、頼斗のおかげで仲良くなれたって感じだもんね。
中学に入学した頃の俺は、まだ少し引き籠り精神を引き摺っていて、かなり人見知りが酷かったから。
頼斗が積極的に俺を他の人間に関わらせようとしたことで、俺は少しずつ友達の輪が広がっていった。
頼斗の気遣いは嬉しかったけど、正直、こんな手の掛かる俺のことなんて、頼斗は面倒臭いと思っているんじゃ……と思っていた。
でも、そういう俺の甘えたところが、頼斗に俺を好きになる理由を与えていたとは思わなかったな。
「って、こんな感じの答えでいいか?」
「う……うん。教えてくれてありがと……」
自分から聞いておいて何だけど、お互いにただ恥ずかしい思いをしただけのようにも思えた。
でもまあ、おかげで自分の中で頼斗がどんなに大事な存在かを改めて認識できたし、聞いてみて損は無かったと思う。
頼斗の気持ちは素直に嬉しいと思えたし。
「んじゃ、次はお前な」
「へ?」
六月に入ると気温と一緒に湿度も上がってきたように思えて、学校から帰って来た俺が真っ先にすることは、空調の除湿ボタンを押すことだった。
空調が作動し始めて十分は経過しているから、室内は快適な温度と湿度になっているけれど、今した頼斗との会話が原因で、顔だけはやたらと熱かった。
そこへ、頼斗から「次はお前な」と言われたのである。俺の心臓が驚きで跳ね上がってしまうのは無理もないと思う。
「へ? じゃねーよ。人に聞いたら自分も答えるのが筋だろ」
「答えるって……何を?」
しらばっくれてみたものの嫌な予感がした。この流れで頼斗から問われることと言えば、もしかしなくても……。
「惚けんな。お前が俺のどこを好きなのかってことに決まってんだろ」
だよね。
あまり後先考えずに話を振ってしまった俺だけど、ちょっと考えてみれば、こういう展開になるのは当然だった。
「えっと……その……」
ここで俺が〈答えない〉という選択は許されない……よね。
頼斗だって恥ずかしいと思いながら俺の質問に答えてくれたわけだから、今度は俺が頼斗の質問に答えてあげなくちゃ。
「えっと……うぅ……」
でも、一体何をどう言えばいいんだろう。
頼斗のどこが好きなのか。俺はその答えをちゃんと持っているんだけれど、いざ口にしようとすると頭の中が一気にパニックになってしまって、なかなか思うように口が動いてくれなかった。
だけど
「そんな難しく考えることねーよ。別に恋愛的な意味での好きなところを聞いてるわけじゃねーし。お前が俺の好きなところを普通に教えてくれればいいんだよ」
俺の緊張を解すように言ってくれる頼斗のおかげで、混乱していた頭がスッと落ち着いてくれた。
頼斗が恋愛的な意味を除外してくれたことも、俺としては気持ちが楽になってありがたい。
「頼斗の好きなところは優しいところ……だよ。優しくて、頼りがいがあって、いつも俺のこと助けてくれるし、俺の支えになってくれるもん。俺にとって頼斗はいてくれなくちゃ困る存在だし、ずっと一緒にいたいと思える人間……だよ」
頼斗の言葉に勇気を貰って口にした俺の言葉は、恋愛感情を抜きにした頼斗の好きなところだった。
だけど、それはつまり、人として好きな頼斗のところであって、恋愛感情を抜きにしているだけに、絶対に変わることがない頼斗の好きなところだった。
もちろん、恋愛感情を抜きにしたところで、相手の好きなところを直接本人に伝えるのは物凄く恥ずかしかった。
(俺、こんな恥ずかしい事を頼斗に言わせたのか……)
とも思ったし。
実は今日、雪音にも後で同じ質問をしてやろうと思っていた俺だけど、雪音にも同じ質問を返されたら敵わない。そう思ったから、雪音に俺のどこが好きなのかを聞くのはやめることにした。
雪音の場合
『深雪は僕のどこが好き?』
なんて聞かれても、俺はその答えを持ち合わせていない気がするし。
「他には?」
「え⁉ 他⁉」
これまで散々俺を助けてくれた頼斗だ。俺が頼斗の好きなところと言ったら、今言ったことで全部って気がするんだけど、頼斗はそれ以外の好きなところまで聞いてくるから、俺はめちゃくちゃ焦ってしまった。
「え……えっと……格好いい?」
「何でそこは疑問形なんだよ」
「だ……だって、外見の良さって好きなところに入るのかな? って思うし……」
「俺はお前の顔もしっかり好きなところに入れただろ」
「そ……そうだけど……」
正直、俺は頼斗の外見というものをあまり意識したことが無いから、頼斗の外見が好きなところに入るのかどうかが微妙だった。
もちろん、頼斗のことを格好いいと思う気持ちはあるんだけれど、子供の頃からずっと一緒にいる頼斗だからなぁ……。頼斗をイケメンだと思う気持ちがあっても、今更って感じがしちゃうんだよね。
「あ……あと、最近ちょっと体格が良くなってきたよね。ひょっとして、身体を鍛えたりとかしてるの? 腹筋とか割れてるし。胸板も厚くなってきて男らしいよ」
自分の発言が適切ではなかったと思い、それ以外の頼斗の魅力を語ろうとした俺だったんだけど、それはもう好きなところではなく、ただの日常会話でしかなかった。
でも、頼斗の体格が良くなってきたのは事実で、身体つきの逞しさで言うなら、雪音よりも頼斗の方が男らしい身体つきになってきている。
(高校生と中学生の差なのかな?)
そのへんはよくわからないけど、頼斗は身長で雪音に負けていることが少し悔しいみたい。だから、身長では雪音に負けていても、身体つきは頼斗の方が男らしいよってこと教えてあげようと思ったんだけど――。
「それ、俺の好きなところじゃなくね?」
今は頼斗の好きなところを言ってあげる場面だから、頼斗からは鋭い突っ込みが入ってしまった。
「そっ……そんな事ないよっ! エッチしてる時は結構ドキッとするんだよっ! 頼斗の身体つきが逞しくなればなるほど、格好いいなって見惚れちゃうんだからっ!」
頼斗の突っ込みに対して咄嗟にそう返してしまった俺は、内心「何言ってるの⁉」と思った。
今のは完全に恋愛的目線というか、恋愛対象として相手を見た時の好きなところだよね。
セックスしてる時の頼斗の魅力というか、性的な対象として見た時の俺の好みになっていたと思う。
「へー。深雪は俺の身体が男らしくなった方が俺に惚れてくれるんだ。いい参考になった」
「い……今のは思わずって言うか、勢い余って口から出ちゃった言葉だから、あんまり真に受けないで欲しいっていうか……」
「だから余計に信憑性があるだろ。咄嗟に人の口から出る言葉は大体本音や本心だからな」
「うぅ……」
ごもっともなご意見である。自分でも今の今までそんな自覚は無かったけれど、俺はどうやら逞しい身体つきの相手にドキッとしてしまうらしい。
まあ、普通に格好いいもんね。自分の身体つきが貧弱なせいか、男らしい体格の人間を格好いいと思ってしまうところが俺にはあるし。
「でも、そっか。深雪は俺の外見というより、内面が好きってことなんだな。ま、ぶっちゃけその方が俺は嬉しいけどな」
「そりゃまあ……。頼斗には色々世話になってるし、散々手を焼かせてもいるから……。見た目の良さより人柄の良さで好きになっちゃうよ」
「だったら、俺の外見はあんまり好みじゃなかったりする?」
「ううん。そんな事ないよ。だって俺、頼斗のことは普通に格好いいと思うもん」
「なら良かった」
「ん……」
これは俺が頼斗からの質問に答えてあげたお礼なのだろうか。
俺が外見的にも内面的にも頼斗のことを好ましく思っていることがわかると、頼斗はホッとした顔になって、俺にキスをしてきた。
軽く唇に触れるだけのキスだったけれど、お互いにお互いの好きなところを言い合った後にするキスだから、軽いキスでも充分に甘く感じられた。
「何をやっているのかは知らないけどさ。よくもまあ、僕が帰って来ることがわかっている家の中でイチャイチャできるものだよね」
「っ⁉」
一瞬――よりは少しだけ長いキスを頼斗と交わした俺は、頼斗の唇と自分の唇が離れるのと同時に、すぐ後ろから聞こえてきた雪音の声に飛び上がりそうなくらい驚いた。
一体いつ帰って来たっていうの? 全く物音がしなかったんだけど。
「お、お、お、お、おかえり、雪音……」
めちゃくちゃ動揺しながら雪音を迎える俺の正面で
「何で物音一つ立てずに帰って来るんだよ。忍者かよ」
決まり悪そうな顔の頼斗が不満そうに呟いていた。
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