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第八話 『勉強会と恋愛相談』
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しおりを挟む言い忘れていたけれど、今日は金曜日である。
土日の休みを挟んで、月曜日からテストが始まる俺と頼斗にとって、この週末は大変貴重なのである。
だから、この週末はうちに泊まって俺と一緒に勉強をすることにした頼斗。当然〈エッチな事は無し〉という約束になっているわけだけど……。
「今日はいつもより更に賑やかね」
「いやぁ~、雪音にこんな可愛い幼馴染みがいるとは思わなかったよ。最初に見た時は、雪音が彼女を連れて来たのかと思ってびっくりしたじゃないか」
「でしょ? 私も初めて伊織君を見た時は、てっきり女の子かと思っちゃったのよ」
何故伊織君までうちで夕飯を? 何? 今日は伊織君もうちに泊まるつもりなの?
「可愛いなんて褒められると照れちゃう~♡」
「伊織。母さん達の前でカマトトぶるのはやめてよね。自分が可愛いって言われることはわかってるでしょ?」
「もう♡ 雪ちゃんは辛辣だね♡」
「そうかそうか。伊織君はみんなから可愛いって言われるのか~」
「そうなんですよね♡ えへへ♡」
何だこれ。俺は何を見せられているという。これでいいのか? 我が家の食卓。
残念ながら娘に恵まれなかった七緒家では、たとえ男でも、見た目は女の子にも見える伊織君のような可愛い子ちゃんが歓迎されるものなの?
「頼斗もうちにはしょっちゅう遊びに来ているから、伊織君もいつでも好きな時にうちに遊びにおいで」
「はぁ~い♡」
「ぅえっ⁉」
「どうした? 深雪。何か問題でもあるのか?」
「い……いや……ううん、別に……。何でもない……」
あー……父さんったらもう……。余計な事言わないでよね。
そりゃさ、自分の幼馴染みは好きなだけ家に招き入れている俺だから、「伊織君はダメ!」なんて言わないけどさ。
でも
「ふふふ♡ こうして出逢ったのも何かの縁♡ これからもよろしくね♡ 雪ちゃんのお兄さんと頼斗さん♡」
「~……うん。よろしく……」
俺はどうもこの子がちょっと苦手だったりもする。
夕飯が終わった後は自室に戻り、頼斗と一緒に一時間ばかし黙々と勉強をした。
この週末はテスト勉強に明け暮れるつもりではいるけれど、今日は学校もあったし。明日、明後日が詰め込み時って感じだから、今日は早めに勉強を切り上げて寝ることにした。
先に俺がお風呂に入ることになったんだけど、雪音や伊織君の後にお風呂に入った俺が二階に上がって来たところで、お客さん用の布団を抱えた雪音と遭遇した。
てっきり伊織君のために布団を持って来てあげているのかと思ったら
「はい、これ。頼斗の布団」
雪音が抱えていたのは伊織君のための布団ではなく、頼斗のための布団だった。
「あ……ありがと……」
何で雪音がわざわざ頼斗の布団まで? と思ったけれど
「こうして僕が布団を持って来てあげないと、どさくさに紛れて一緒のベッドで寝そうだもんね」
と言われた。
つまり、雪音は俺と頼斗を同じベッドで寝させないために、わざわざ頼斗の布団まで持ってきてくれたわけだ。
そんな心配をしなくても、一緒のベッドでなんか寝ないもん。今回はエッチな事はしないって約束なんだから。
俺より先にお風呂に入った雪音は、まだ髪の毛をちゃんと乾かしていなくて、瑞々しいお風呂上がりの雪音の姿に思わずドキッとしてしまった。
でも、それを雪音に悟られたくない俺は、自分の気持ちを誤魔化すように
「雪音こそ、伊織君と一緒に寝ないの?」
と意地悪を言ったら、雪音にぎゅっと鼻を摘ままれた。
そして
「だから、そういうのじゃないって言ってるでしょ? 深雪とベッドを共にするなら大歓迎だよ」
と言って、俺の鼻から指を離すと同時にキスをされた。
俺と一緒に住んでいる雪音は、普段から父さんや宏美さんの目が無いところでは当たり前のように俺にキスをしてくる。
でもって、俺もその環境に慣れつつあるからヤバいと思う。
もちろん
「もうっ!」
くらいは言うけれど、それも最早お決まりというか。反射的に言っているだけで、実際に怒っているわけではなかったりする。
俺の反応を見て笑う雪音に
「今日はおとなしく寝ることをお薦めするよ。もし、隣りの部屋から深雪のエッチな声が聞こえてきたら、伊織と一緒に覗きに行くからね」
って言われた時は、ちょっとだけ本気でムッとしたけれど。
だから、今回はそういう事は無しなんだってば。
「何だ。布団持って来てくれたの? 言えば自分で取りに行ったのに」
雪音から布団を受け取った俺が、布団を抱えたまま部屋に戻って来ると、俺の部屋でのんびり寛いでいた頼斗にそう言われたけれど
「っていうか、一緒のベッドで寝ればいいじゃん。布団持って上がってくるのだって大変なのに」
とも言われた。
「ダメだよ。今回はエッチなのは無しなんだから」
ベッドの下に布団を下ろしながら返す俺に、頼斗はやや不服そうな顔だった。
いやいや。何で不服そうな顔とかするの? 約束したよね? テスト週間に入った時から、「テストが終わるまでエッチ禁止」って。まさか、その約束を破るつもりでいるの?
「別にエロい事しなくても構わないけどさ。一緒に寝るくらいいいじゃん。どうせお前、雪音と一緒に寝ることだってあるんだろ?」
「う……」
出た。頼斗のヤキモチからの拗ねモード。実際にそういう日もあるっちゃあるから、それを言われると俺も弱いよね。
「やっぱ好きな奴と一緒に住んでるってズルいよな。俺はお前をちゃんと家に帰してやらなきゃいけないから、お前と一緒に寝る機会なんてなかなか無いってのに」
「わっ……わかったよっ! 考えといてあげるからっ! だから早くお風呂入ってきなよっ!」
全くもう……。雪音にしても頼斗にしても、隙あらば俺を自分の思い通りにしようとしてくるんだから。
今回の週末勉強会も、最初は泊まりの予定じゃなかったのにさ。
でも
『どうせならお前んち泊ってもいい? いちいち帰るの面倒くせーし』
という頼斗の一言で、泊まり込みの勉強会になったんだよね。
(まあ、別にいいんだけど……)
今更頼斗がうちに泊まりに来ることを断る理由なんて無い。テストが終わった後は俺が頼斗の家に泊まりに行く約束をしているくらいなんだから、頼斗がうちに泊まりに来たって何の問題も無いわけだ。
ただまあ、うちは頼斗の家と違って家に一人きりってわけじゃないから、エッチな事だけはしないでね、って感じ。
父さんや宏美さんがいても、お構いなしに雪音とセックスしている俺が言えたセリフでもないけれど。
「はぁ……もう……」
俺に促され、素直にお風呂場に向かった頼斗の背中を見送った後の俺は、一人になった部屋の中で無意識のうちに溜息を零してしまっていた。
何に対する溜息なのかは自分でもよくわからない。
考えといてあげる、とは言ったものの、頼斗がお風呂に行っている間に布団は敷いておいた。
わざわざ雪音が持って来てくれたし。俺の部屋にいつ入って来るかわからない雪音が、畳まれたままの布団を見たら何を言い出すかがわからないしね。
おまけに、今日は伊織君までうちにいる。あの子に何か不味いところを見られでもしたら、どこでその話をぶち撒けられるかわかったものじゃないもん。
今日、伊織君がうちに泊まりに来る話を俺は雪音に聞かされていなかったけれど、父さんと宏美さんは知っていた。
多分、俺がこの週末に頼斗をうちに泊めることにしたものだから、雪音もそれに倣ったのだろう。
テスト直前にお泊り会なんて余裕じゃん、って思われるかもしれないけれど、俺と頼斗は二人で一緒に勉強をした方が効率が良く、捗ったりもする。雪音と伊織君もそうなのかもしれない。お風呂に入るまでは雪音と伊織君も部屋でおとなしく勉強していたみたいだし。
そんな二人はもう寝てしまったのか、一人になって静かになった俺の部屋に、雪音と伊織君の話し声は聞こえて来なかった。
まあ、早々に寝てくれた方が俺も安心っていうか、俺や頼斗が部屋で何をしているのかと、気配を窺われる心配が無くて助かるんだけど。
願わくば、頼斗がお風呂から出てくる前に、二人には夢の世界に旅立っていて欲しいものである。
「それにしても、何であの子、急にうちに来たいなんて言い出したんだろう」
元々雪音とは幼馴染み関係だし、雪音が伊織君のお父さんに空手を習っていたということは、昔住んでいた雪音の家と伊織君の家は近かったんだろう。
もしかしたら、俺や頼斗のように、二人はお互いの家にしょっちゅう行き来する仲だったのかもしれない。
雪音はいずれ俺に伊織君を紹介するつもりだったみたいだけど、今回伊織君がうちに来たがった理由って、もしかして――。
(頼斗に会いたいから……だったりして……)
と思わなくもない。
初対面でいきなり頼斗にキスしたような子だもん。伊織君にとって、頼斗の容姿がよっぽど好みだったんだと考えられる。
そうなると、俺の容姿が自分の好みのど真ん中だと言った雪音の行動パターンと同じく、伊織君もそのうち頼斗のことを「好き♡」なんて言い出しちゃうんだろうか。
「うぅ~……それは何かちょっと複雑~……」
ただでさえ、俺は自分、頼斗、雪音の三角関係で手一杯なのに。そこに伊織君まで加わって四角関係にでもなろうものなら、益々頭が混乱してパンクしちゃうよ。
と言うより何よりも、もし、伊織君が頼斗のことを好きになっちゃったら、雪音も頼斗に伊織君を嗾けそうで怖い。あの子、狙った獲物は逃がしそうにないし、強引に事を進めてしまいそうなところがあるもん。
先日のグループデートで日高さんがアテにならないとわかった雪音は、自分の可愛い幼馴染みと頼斗をくっつけようとするかもしれないよね。俺の弟になった雪音なら、うちにしょっちゅう遊びに来ている頼斗と伊織君を引き合わせるのなんて簡単だし。
「あー……。こんな事なら、この前雪音と話をした時、もっと伊織君のことを聞いておけば良かった……」
最悪に終わった俺の初デートから帰って来た後、俺は雪音とかなり長い時間話をした。
翼ちゃんのことも説明してもらったし、雪音が頼斗のことをどう思っているのかも聞いた。
伊織君のことも聞いたには聞いたんだけど、伊織君に関しては雪音との関係を説明してもらうだけで、伊織君そのものについてはあまり詳しく聞かなかったんだよね。
しばらくは会うこともない相手だと油断していたから、伊織君の存在をそこまで重要視していなかったところもある。
伊織君は俺より経験が豊富で、男同士で付き合ったこともあるという話だけれど、今現在付き合っている相手だったり、好きな人はいるんだろうか。
もし、恋人や好きな人がいたとして、それでも好みのタイプが目の前に現れたら、二股三股は平気で掛けちゃうような子なんだろうか。
そういう事も聞けば良かったと、今になって若干後悔している俺がいる。
それに、何もないただの幼馴染みだと言われても、やっぱり雪音と伊織君の関係ってちょっと気になる。
だって、断りはしたものの、雪音は一度伊織君から誘いを受けているわけだよね? 伊織君の本命が実は雪音だった、という可能性だって充分にあると思う。
「やっぱりあの子、俺にとっては悩みの種なのかも……」
衝撃的な出逢い方をした時から、何となくそうなる気はしていたんだよね。
もっとも、伊織君に俺を悩ませるつもりは無さそうだし、俺が伊織君のことを良く知らないから、勝手にそう思ってしまうだけなのかもしれない。伊織君自体は至って俺に好意的な感じではあるんだけれど……。
「でもなぁ……あの子には悪気や悪意が無いってだけで、お騒がせキャラってことには変わりなさそうだし……」
翼ちゃん、日高さんを立て続けに激怒させ、俺や頼斗まで面倒事に巻き込んでくれた伊織君だ。この先も決して油断はできないって感じだ。
「はぁ……」
またしても溜息が出た。
最近の俺、一人になるといつもこんな感じだ。一人になるとあれこれ思い悩む時間がすっかり増えちゃったんだよね。
だからこそ、今回のテスト勉強は頼斗と一緒にした方がいいところもある。
「なぁ~に溜息とか吐いてんの?」
「ふわぁっ⁉」
いつの間にか、頼斗のために敷いてあげた布団の上で体育座りをし、ドアに背を向けて思い耽っていた俺は、お風呂から出て来た頼斗にいきなり後ろから包み込むように抱き締められて、心臓が止まりそうなくらいにびっくりした。
あれこれ考えているうちに、あっという間に二十分以上が過ぎていたようである。
人間って一度思考の世界に入り込むと、いつの間にか時間を忘れていたりするよね。
「もーっ! びっくりさせないでよっ!」
「こっちはびっくりさせたつもりは無いんだけどな。部屋に戻って来たら、お前が布団の上にちょこーんと座って溜息なんか吐いてるから、こりゃ抱き締めてやらねーと、って思っただけだし」
「先に声を掛けてからにしてよねっ!」
びっくりさせられた腹いせなのか、盛大に文句を言う俺が頼斗を振り返ると
「なっ……⁉」
お風呂上がりの頼斗は髪もまだ濡れていたし、何より上半身裸だった。
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