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一限目 二兎を追う者は一兎をも得ず
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しおりを挟む「ハッピバースデーぼ~く~♪ ハッピバースデーぼ~く~♪ ハッピバースデーディアぼ~く~♪ ハッピバースデーぼ~く~♪」
自分の誕生日に誕生日の歌を最初から最後まで自分で歌う人間を、俺は生まれて初めてこの目で見た。
物凄く滑稽で哀れなのだが、結月が歌ってくれないと、俺が一人で歌ってやらなくてはいけなくなるので、それはそれで良かったと思う。
ちなみに、俺も極めて小さな声で一緒に歌ってやった。ここで俺が歌わなければ、後で結月に「歌え」と強要されそうだし、俺一人で歌うくらいなら、結月に便乗して一緒に歌ってやるほうがマシだからな。
いつもなら俺の部屋にローテーブルなんてものは置いていないのだが、今日は結月の誕生日を祝ってやるため、隣りの姉ちゃんの部屋から拝借してきた。
この春から大学生になった俺の姉ちゃんは、大学進学と共に家を出たから部屋にはいないのだが、引っ越し先に持って行かなかったローテーブルを、弟の俺がちょっとくらい借りても文句は言わないだろう。
そのテーブルの上に置かれた丸い誕生日ケーキは、一般的なサイズよりかなり小さめではあったものの、ちゃんとした誕生日ケーキだった故に一八〇〇円もした。
丸ければいいと思い、一個三百円のモンブランを薦めてみたのだが、それは結月にあっさりと却下された。
それならば……と、見た目が豪華なプリンアラモード(一個五百円)も薦めてみたが、そちらも同じく却下された。
誕生日ケーキに一八〇〇円も払わされるとは……。これはもう、俺が結月に買ってやった誕生日プレゼントと同じくらいの額だ。
思わぬ出費。今年は結月にプレゼントを二つ買ってやったに等しい額である。
加えてジュースとお菓子代で更に千円。俺の財布の中にはもう千円札が二枚と、小銭が少々しか残っていなかった。
全くの予想外。大散財もいいところの甚だしい結果だ。
「ふぅーっ」
そんな俺に大散財をさせた結月は、すっかりご満悦な様子でケーキの上の蝋燭の火を吹き消すと
「うふふ♡ 御影と二人きりの誕生日会だなんて嬉しいな。これ、毎年恒例にしようよ」
と言ってきた。
冗談じゃない。毎年結月の誕生日のたびに、俺は月々の小遣い以上の出費をさせられるのかよ。
もっとも、予定としては来年の今頃にはアルバイトを始めているつもりなので、面倒臭い幼馴染みの誕生日を盛大に祝ってやったところで、多少は懐に余裕がある状態になっているのかもしれない。
が、その頃までには結月にある程度俺離れをさせておき、結月の誕生日にはバイトを入れてやりたいと思っている俺だった。
「そうだな。今年の俺の誕生日を結月が盛大に祝ってくれるというのであれば、考えてやらないこともない」
来年の結月の誕生日を今年と同様に祝ってやるつもりなどないが、そんなことは誕生日当日の人間に言うことではない。
なので、遠回しに遠慮したい思いを込めながら言ってやったのだが
「無問題。だって僕、毎年御影の誕生日は盛大に祝ってあげてるじゃない」
結月からは全力で突っ込みを入れたくなる返事が返ってきた。
遠慮したいと思う気持ちと一緒に、嫌味も込めたつもりだったんだけどな。結月に俺の嫌味は通じなかったらしい。
お前がいつ、俺の誕生日を盛大に祝ってくれたという。
確かに、俺の誕生日はちゃんと憶えているし、誕生日を迎えた俺を祝ってくれるつもりはあるようだが、毎年俺の誕生日を祝いたいのか、自分のしたいことをしているだけなのかがわからない結月だった。
去年の俺の誕生日には俺に徹夜を強制してきて、一晩中受験勉強に打ち込まされた。プレゼントは駅前のガチャガチャを回して出て来た謎のマスコット二百円だった。
その前は
『プレゼントは一日僕を好きにしていい権利』
と抜かし、結月の買い物に付き合わされただけだったし、その更に前の年は
『プレゼントは一晩中僕と一緒に過ごせる権利』
と言い、一晩中結月が見たい映画鑑賞に付き合わされた。
それで「毎年御影の誕生日を盛大に祝ってあげてる」だなんて、自信満々に言える結月の神経を疑う。
お前、俺の誕生日にまともなプレゼントすら渡したことがないんだぞ?
「さぁ~てさて。それじゃあ御影。僕への誕生日プレゼントを献上したまえよ。実は朝から渡したくてうずうずしてたんでしょ? さあさあ」
「……………………」
俺にプレゼントはくれないが、俺からのプレゼントは楽しみで仕方がないらしい。
俺からの誕生日プレゼントを受け取りたくて、朝からうずうずしているのは結月のほうだ。俺は事前に買っておいたプレゼントの他に、誕生日ケーキやお菓子やジュースやらを買わされて、すっかりプレゼントを渡した気分になっているくらいだ。
最早結月にプレゼントを渡す必要なんてなくて、結月のために買ったプレゼントは俺が使ってやろうかと思っているほどだ。
しかし、俺からの誕生日プレゼントを心待ちにしている結月を見ると、俺は渋々腰を上げ、机の上に置いてあったプレゼントを手に取った。
「ほらよ。誕生日おめでとう」
あまりお祝いモード全開という感じではなかったが、「おめでとう」は言ってやりながらプレゼントを結月に渡すと
「うむ」
結月は鷹揚に頷いてみせながら、俺からのプレゼントを受け取った。
ところが
「おやおや? 何やら想像していたのと形状が違う気がするなぁ?」
プレゼント用にラッピングされている袋を受け取るなり、結月は不思議そうに首を傾げたりする。
おいおい。開ける前からその反応? 一体結月は俺に何をプレゼントしてもらえると思っていたんだ。
「長細い? それでいて薄っぺらい? ああ、もしかして、そっち?」
何だかよくわからない独り言を呟きながら、袋の上から中を確かめる結月。
中身が気になるなら、さっさと袋から出せばいいのに。
「うーん……だとしても、ちょっと形が違うような……」
袋の上からしこたま中のプレゼントを弄り回した挙げ句、ようやくリボンを解いた結月は、袋の中からプレゼントを取り出すなり
「がはっ! まさかのスマホケースっ!」
盛大に肩を落としてがっかりしやがった。
この野郎。人からのプレゼントに全力でがっかりするとはどういう神経をしていやがるんだ。
「何だよ。身に着けられるものがいいって言ったじゃないか。だからスマホケースにしたんだぞ?」
言っても、友達のいない結月にはスマホなんて必要がないし、スマホは持っているものの、そのスマホを携帯していないことも多かったりはするのだが。
「馬鹿だなぁ、御影は。身に着けられるものって言ったら、アクセサリーに決まってるじゃない。催促した以上、今年こそは御影から僕への婚約指輪が贈られると思ってたのに。スマホケースだなんてがっかりだよ」
「どうして俺がお前に婚約指輪を渡さなくちゃいけないんだよ。そんな発想が俺にあると思うのか?」
百歩譲って「指輪が欲しかった」ならまだしも、俺からの誕生日プレゼントに婚約指輪を貰えると思っていた結月の脳味噌が心底心配になる。
こいつ、勉強に関しては他者を寄せ付けないほどの天才的頭脳を持っているが、勉強以外のことになると、明らかに深刻な問題を抱えているよな。
「むしろ、僕としてはスマホケースなんてものをチョイスした御影にびっくりだよ。せっかく僕がプロポーズの機会を与えてあげたのに。ネックレスならまだしも、スマホケースって」
「いらないなら返せ。俺が使う」
スマホなんて滅多に使わないし、持ち歩くことすら忘れる結月だから、スマホケースなんて必要ないか? とは思ったんだ。でも、他に結月が持ち歩きそうなものもないし、〈身に着けられるもの〉と言われても、結月にアクセサリーをプレゼントする発想は俺になかった。
だから、〈身に着けられるもの〉と言われた時、俺の中でスマホケース以外の選択肢はなかった。
結月には必要ない、と思いながらも、二三〇〇円も払ったというのに。それを「がっかり」だと言われた俺のほうががっかりである。
「いらないとは言ってない。これはこれで貰っておくから、指輪も買って」
「はあ⁉」
「ちなみにサイズは九号ね。よろしく」
「買わねーよっ!」
誕生日プレゼントに誕生日ケーキ。更にお菓子やジュースと俺に散財させた挙げ句、指輪まで強請ると言うのか。強欲が過ぎる。俺はお前の財布じゃないぞ。
「何言ってるの? 僕の期待を裏切ったんだから、御影にはその埋め合わせをする義務があるでしょ」
「誕生日プレゼントってものは気持ちなんだよ。貰えるだけありがたいと思え」
「それじゃ僕の気が収まらないよっ! 買ってくれないって言うなら、今この場で御影を殺して僕も死ぬっ!」
「どうしてそうなる。どうして誕生日プレゼントのチョイスに失敗しただけで殺されなくちゃいけないんだよ。お前のその極端でバイオレンスな思考はどうにかならないのか?」
「ならないっ!」
「はぁ……」
せっかく誕生日を祝ってやってもこれである。ほんと、結月といても喜びというものが全くないな。
普通、プレゼントにケーキ、お菓子やジュースまで買ってもらって誕生日を祝ってもらえたら、それだけで人は満足して喜ぶものだろう。
それなのに、結月ときたらどこまでも自分勝手で我儘だから疲れる。
「それほど僕は御影を愛しているんだよっ! 僕の密かな夢なんだからねっ! 高校生になったら御影が僕にプロポーズをして、僕を生涯の伴侶に選んだ証として、僕に婚約指輪をプレゼントしてくれるっていう構図がっ!」
「どういう夢を描いてやがるっ! お前は一生俺を手離さないつもりかっ!」
結月の夢なんて聞いたことがなかったが、できることなら一生聞きたくない夢だった。
先日は俺のことを奴隷呼ばわりしていたはずなのに、今日は〈生涯の伴侶〉だとか言う。〈愛している〉とか言う。
まあ、〈プロポーズ〉だの〈生涯の伴侶〉だのという言葉はただの冗談に過ぎないのだろうが――ついでに言うと〈愛している〉もだ――、今の発言で結月に俺を手離す気がないことはよくわかった。
「そうだけど? え? 御影は僕から逃れられるとでも思っているの?」
「~……」
激高したかと思いきや、急に素に戻って尋ね返してくる結月に、俺はもう頭が痛い。
(こいつ……どうしたらいいんだよ……)
ただでさえ扱いに困る結月は、年々俺の手に負えなくなってくる。俺の手には有り余る。
それでも、十六年間一緒に過ごしてきた過去があるからか、ここぞというところで情みたいなものに邪魔をされ、結月を突き放すことができない。
全く……運命というものは時に残酷だよな。俺が篠宮家に生まれてこなければ、結月が早乙女家に生まれてこなければ……はたまた、篠宮家と早乙女家がお隣り同士じゃなかったのなら、俺の毎日はこんなことにはなっていなかったというのに。
「僕は御影がいればそれで充分。御影以外はいらないくらい。それほど御影を愛している僕が、御影を手離すはずがないじゃない。僕と御影は生きるも死ぬも一緒だよ」
まるで永遠の愛を語るような口振りの結月だが、たかが十六年しか生きていない人生未熟児が、永遠の愛を語るなんざ片腹痛い。そもそも、これまでの人生でまともに好きな人間もできたことがない結月に、愛の何たるかがわかるわけがない。
結月が俺に向かって言う「愛してる」は最早口癖のようなもので、そう言うことによって、自分の横暴や我儘を帳消しにしてしまおうという魂胆があってのものだ。
それでも、今の結月の言葉に嘘がないことも知っている俺は
「ねぇーっ! 買って買って買って買って買って買って! 指輪買ってぇぇぇ~っ!」
「わかったよっ! うるさいなっ! 買ってやるから静かにしろっ! ただし、婚約指輪とかではないし、お前を黙らせるための手段としてだっ! 当然安物だけど構わないよなっ!」
この十六年間、ひたすら俺に執着し続けてきた結月に、指輪を買ってやることにした。
正確には〈諦めた〉のだ。だってこいつ、一度言い出したら基本的には何を言っても聞く耳を持たないし、俺が指輪を買ってやるまで永遠に「指輪を買え」としつこいもんな。
このまま抵抗し続けて、愛だの何だのと捲し立てられるのも聞きたくない。
「やったーっ! 御影からの婚約指輪ゲット~♡」
「だから、婚約指輪じゃないって言ってるだろ」
現在、俺の財布の中には千円札が二枚と小銭が少々。これで参考書が一冊は買えると思っていたが、その金も結月に毟り取られる羽目になるのだろう。
つくづく結月に甘い自分が嫌になる。
「そうだ。どうせならペアリングにしよう。僕、御影とのペアリングも夢だったんだよね」
「お前さぁ……どんだけ俺から毟り取るつもりなの?」
「平気平気。最近は安くて可愛いペアリングがネットで沢山売ってるもん。御影のお小遣いでも充分に買えるよ。ペアリングなんだから御影も一緒に選ぼうね」
「なんか全然テンションが上がらない展開なんだが……」
「そう? 僕は俄然テンションが爆上がりだよ♡」
そりゃそうでしょうとも。こんだけ自分の思い通りに物事が運べば、テンションが上がらないほうがおかしいよ。
【結月のテンションが上がれば上がるほど、俺のテンションは下降の一途を辿る】
これ、すなわち俺と結月の間に起こる法則、公式みたいなものである。
「そうと決まればスマホ出して。二人で一緒に指輪を選びながらケーキを食べよう」
「へいへい」
やはり自分のスマホは携帯していないらしい結月は、俺の手からスマホを奪い取り、早速ネットショッピングのページにアクセスしようとした。
その時
「あれ? メール」
タイミング悪く俺のスマホにメールが届き、俺のスマホを持っていた結月が俺宛てのメールを開いてしまった。
俺に届いたメールを、さも当然のように開く結月とは……。
「うわっ! 何? このメール。キモい」
人のメールを勝手に見た挙げ句、「キモい」と宣う結月に、俺は首を伸ばしてスマホの画面を覗き込んでみた。
メールの差出人は巧で、メールの内容はただの彼女自慢だった。
しかも、メール文の下には巧と彼女の自撮りツーショットまで添付されている。
俺はさすがに「キモい」とは思わなかったが
(相変わらず浮かれているな……)
とは思った。
実は巧と会って彼女ができた話を聞かされて以来、この手のメールが頻繁に届くようになっている。
俺に彼女の自慢をしたいって言っていたもんな。その言葉は嘘じゃなかったらしい。
「ああ、巧だよ。彼女ができたことが余程嬉しいみたいでさ。最近こういうメールをよく送ってくるんだ」
「へー。迷惑極まりない話だね」
「え? ああ……うん……」
迷惑行為をやらせたら無敵の結月が、他人の迷惑行為には厳しいあたりに困惑してしまう。
第一、俺は巧からのメールを多少は〈面倒臭い〉と思っているものの、〈迷惑〉とまでは思っていないのだが……。
「こういう奴は即着拒、ブロックに限るよ。もしくは、ハッキリ〈ウザい〉って言わなくちゃ」
「待て待てっ! 勝手に拒否設定にしようとするなっ! 〈ウザい〉って送ろうとするなっ!」
普段はほとんどスマホなんて手にすることがない癖に、俺よりスマホの扱いに手慣れている様子の結月に焦った。
一度は巧からのメールを拒否設定にしようとしたが、その前に〈ウザい〉と送ろうとする結月からスマホを取り戻し、俺は急いでメールの画面を閉じた。
たとえ結月が送ったメールでも、俺のスマホから送られたメールなら、俺が送ったことになるじゃないか。
結月の存在を知っている巧なら、事情を話せばわかってくれるだろうが、それでも、自慢の彼女の写真付きで送ったメールに〈ウザい〉と返されてしまっては、あまりいい気はしないだろう。
(巧からのメールの返事は後にしよう……)
メールの画面を閉じたついでに、俺がたまに使うネットショッピングのサイトを開く。検索バーに〈指輪〉と入れて、画面が指輪の写真でいっぱいになったのを確認してから、再び結月の手にスマホを握らせた。
結月は俺のことになるとしつこいが、俺以外の人間には興味がない。巧から送られてきたメールなんて、俺が別の話題を振ってやれば、あっという間に忘却の彼方だろう。
案の定
「わぁ♡ いっぱいあるね。あ、でも、ちゃんとペアリングで検索してくれなくちゃダメじゃない」
スマホに映し出された数々の指輪にテンションを上げた結月は、もうそれに夢中だった。
単純なのか複雑なのかよくわからない奴である。
「ねえねえ、これがいい。これ可愛い」
「ん? 馬鹿たれ。0が一つ多い」
「むぅ……いいと思ったのに……」
「あのなぁ、結月。俺はしがない高校生なんだよ。そのへんを考慮してくれ」
「わかったわかった。御影が指輪を買ってくれるだけでも嬉しいから、安くて可愛いの探すね」
「そうして」
ほんと、なんで俺が結月に指輪を買ってやらなくちゃいけないんだ。しかも、俺とのペアリングって何。何で幼馴染みでペアリングなんか買わなきゃいけないんだよ。
まあ、買っても俺は絶対に着けないけどな。
「ふ♡ ふ♡ ふ~♡」
謎の鼻歌を歌いながら、俺のスマホで指輪を吟味する結月は本当に嬉しそうで楽しそうだから、俺は何だか複雑な気分になってしまう。
俺の扱いは大概にして酷くて雑な結月だが、こいつって本当に俺のことが好きではあるんだよな。
多分、俺以外に仲良くしてる人間がいないからだとは思うけど、まるで彼女さながらに俺に執着している結月を見ていると、俺が結月を見捨てるに見捨てられない理由もわかる気がする。
だってこいつ、俺に見捨てられたら本当に一人ぼっちになっちゃうし。ただでさえ崩壊気味な精神を完全に崩壊させてしまいそうだ。
そう思うと、俺も結月を見捨てるに見捨てられなくなっちゃうよな。
「うーん……これなんかいいかも。御影はどう思う?」
「俺はアクセサリーに興味がないからな。結月が気に入ったのにすればいいじゃん」
「それじゃダメだよ。一緒に選んでくれなきゃ嫌」
「って言われてもなぁ……」
高校生になったのだから、多少はお洒落にも気を遣うべきだとは思うのだが、俺は元々服装に拘りがないし、アクセサリーなんて自分にはまだ早いと思っている。一緒に指輪を選べと言われても、何がどう違うのかすらもよくわからなかった。
「全く同じデザインも捨てがたいけど、同じデザインの色違いも、カップルっぽくていいよね。御影はどんな指輪が僕の指に似合うと思う?」
「うーん……わからん」
「ちゃんと考えてよねっ! ほらっ! この指に似合う指輪だよっ!」
俺に向かって左手の薬指を突き出してくる結月に
(俺に指輪を買ってもらうとなると、こいつも人並みに悩んだりもするんだな……)
と思った。
全くの予定外だし、どうして俺が結月に指輪を買ってやらなきゃいけないんだ? という疑問はまだあるものの、こういう時だけ珍しくまともに見える結月に、俺は新たな結月の一面を見た気がした。
結局、二時間にも亘って指輪選びに没頭した結月は、最終的に二個で一八六〇円という、大変リーズナブル(?)なペアリングで手を打つことにしてくれた。
指輪を選んでいる間に、買ってきたケーキやお菓子、ジュースは全て腹の中に収まり、その日の夕飯はちっとも箸が進まなかったが、どうにか無事に終わってくれた結月の誕生日に、俺はホッと安堵の溜息を零しながら、深い眠りに就くことができたのであった。
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