僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Final Season

    トップアイドルの恋愛事情(7)

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 振った人間と振られた人間の二人っきりの車内は、多少気まずかったり、ちょっとくらいはギクシャクした感じになるのかと心配したけれど……。
 元々俺に対してあまり気を遣っている感じがない朔夜さんとでは、全然そんな感じにはならなかった。
 振った直後の相手にこういう話はどうかと思ったけれど、気になるし、この際だからと思って
「朔夜さんって、今はもう本当に葵さんのことはなんとも思ってないの?」
 と聞いてみた。
 少しは嫌な顔をされるだろうと思ったけれど、意外にも朔夜さんは平気な顔で、俺からの質問に快く答えてくれた。
「うーん……そりゃまあ、今でも葵のことは可愛いとは思うけどさ。俺としては葵と琉依の関係を知った時は相当にショックだったし、俺が彼女を作ってる間も、葵は葵でかなりあちこちで遊んでたからな。俺のことは本当にそういう対象として見てないんだ、って思い知らされて、葵のことは諦めることができたって感じなんだよね。だから、今はもう葵に対して特別な感情っていうものはないかな」
 だそうだ。それは残念。
 でもまあ、朔夜さんがそうなってしまうのも無理からぬ話ではある。
 何も知らなかった時の俺は、葵さんと朔夜さんのことを“結構お似合いなんじゃないか”って思ったりもしたけれど、昨日の話を聞いた後じゃ……ね。俺がどんなに二人をお似合いだと思ったところで、そこが恋人同士になることはないのかな? って思っちゃうよね。
 それでも、今度は葵さんの方から朔夜さんにアタックをしてみれば……と思わなくもないけれど、昨日の葵さんの様子からして、葵さんにその気があるようにはあまり見えなかったし、今の朔夜さんの話を聞いちゃったら、葵さんからアタックされたところで、朔夜さんが葵さんに靡くかどうかもわからない。
(やっぱり、葵さんと琉依さんが……ってところが良くないよね……)
 葵さんのセフレ相手がAbyss外の人間だったなら、朔夜さんもそこまでショックは大きくなかったかもしれないのに。
 自分を振った相手のセフレ相手が、自分もよく知っている同じグループ内のメンバーっていうのはさ。後々まで尾を引く衝撃とショックでしかないよね。
「それに、葵のことを知れば知るほど、俺にはちょっと手に負えないっていうか、付き合うのは無理そうだなって思うようになったしね。世間では“天使”とか言われてるけど、実際の葵は天使の姿をした淫魔って感じなんだもん。物凄く肉食だし、貞操観念や節操なんかも全然。付き合う相手としては疲れちゃいそうな感じなんだよね」
「あ……葵さんってそんななの?」
 あの優しくて穏やかな葵さんが……と、俺が心から思えていたのは昨日までの話。昨日の葵さんと琉依さんの話を聞いてしまった後では、そういう一面もあるんだろうな、って感じだったりもする。
 でも、俺の目には恋愛経験豊富に見える朔夜さんにまで、そう言わせちゃう葵さんって……。
 葵さんの本性は、きっと俺の想像を遥かに超えているんだろうな。
「そりゃもう。葵に比べたら悠那のエッチ好きなんて可愛いものだよ。多分、葵は生粋のビッチなんじゃないかな。最近になってようやくおとなしくなったって感じだけど、それまではもう……本当に凄かったんだから」
「へー……」
 何がどう凄かったのかは、あえて聞かないこととする。大体予想はついちゃうし。
 っていうか、そんな葵さんと俺を比べないで欲しい。俺は確かにエッチ好きかもしれないけれど、ビッチってわけじゃないんだから。
「はい。到着~。って言っても、門の前までで申し訳ないんだけど」
「せっかくだからうちでお茶くらい飲んで行けばいいのに。ゲートの鍵なら俺が開けるよ?」
 俺の家……と言うか、Lightsプロモーション事務所の敷地前で車を停めた朔夜さんに、俺はうちに寄って行くように促してみた。
 だって、送ってもらうだけ送ってもらっておいて、「はい、さようなら」ってなんか悪いじゃん。自販機だったとはいえ、アイスココアだってご馳走になっちゃってるし。
「え? でも、悠那が俺を連れて帰ってきたら、司が嫌な顔するんじゃないの?」
「平気だよ。確かに、最初はちょっと嫌な顔をするかもだけど、司も朔夜さんと直接会って話をした方が、結果的には安心するし、すっきりすると思うから」
「そういうもの?」
「うん」
 別に朔夜さんを無理矢理引き止めようとして、口から出任せを言っているわけではない。
 今日の話はもちろん後で全部司の報告するつもりではあるけれど――あまり言いたくはないけど、朔夜さんにキスされたことも、ちゃんと司に報告するつもりだ――、俺から話を聞いた司は、朔夜さんから直接話を聞きたいところも出てくるかもしれないし、朔夜さんに直接言いたいことも出てくるかもしれない。
 もちろん、司と朔夜さんが絶対に直接会って話をしないといけないわけじゃないけれど、司は俺のことになると心配性になるし、ちょっとしたことも気になっちゃうみたいだからさ。
 だったら、このまま俺が朔夜さんを一緒に連れて帰って、司と直接話をさせるのもありかな? って。
「それに、今日の夕飯は陽平が作ってると思うから、朔夜さんさえ良かったら、是非食べて行って欲しいくらい。陽平の作る料理って凄く美味しいんだよ」
「おっと……そうくるか。それは魅力的なお誘いだね。まさか陽平の手料理で誘惑してくるとは思わなかった」
「ふふふ♡」
「じゃあ、ちょっとだけお邪魔しようかな。久し振りにFive Sの子達にも会いたいし」
「そうしてそうして~♡」
 陽平の手料理を餌に朔夜さんを釣ることに成功した俺は、ここに引っ越して来てから初めて自分の持っているカードキーでゲートを開け、朔夜さんの運転する車を敷地内へと招き入れた。
 きっと俺の帰りを首を長くして待っているであろう司がいる家に、俺が朔夜さんを連れて帰って来たのは、テレビ局で司と別れてから、ちょうど二時間が経とうという頃だった。
「っていうかさぁ……悠那達って凄いところに住んでるよね」
 俺が開けたゲートを車で通過し、敷地内に住むタレント専用の駐車場に車を停めた朔夜さんは、俺達Five Sが共同生活を送る家の前に立つなり、感心半分、呆れ半分といった感じで、目の前の立派な一軒家を見上げた。
 まあ……それが普通の反応だよね。うちの事務所ってば、本当にタレントに甘々っていうか、厚待遇が凄いから。
 タレント寮なら完備している事務所はあっても、タレントのために家一軒立てる事務所なんてそうないよね。しかも、それが事務所と同じ敷地内に建っているんだから、大手アイドル事務所Zeusに所属する朔夜さんでも、さすがに脱帽って感じだろうな。
「ほんと、ここまでしてもらっちゃったら俺達も恐れ多いっていうか、事務所には本当に頭が上がらないって感じなんだけどね」
 陽平から聞いた話だと、Zeusにもタレント寮はあるらしい。でも、そこは本当に“ザ・寮”って感じらしくて、ご飯は食堂で食べることになっているし、お風呂やトイレは共同だそうだ。
「さ、入って入って」
「お邪魔します」
 玄関の鍵を開け、朔夜さんを連れて家の中に入った俺は
「あーっ! もう馬鹿っ! 余計なことすんなっ!」
 ドアを開けたと同時に、怒った陽平の声が聞こえてきたことにびっくりしてしまった。
 何々? 何事? 陽平を怒らせるってことは、司か海が何か余計なことでもしたのかな?
 と思ったら
「もうあっち行ってろよ。さっきから邪魔しかしねーんだから。司。湊そっちに連れてって」
「はーい」
 湊さんだった。どうやら今日は湊さんがうちに遊びに来ているらしい。
「あれ? 湊が来てるんだ。ってことは、AとBは上手くいったってこと?」
「へ? あ……えっと……あはははは……」
 そう言えば俺、以前なかなかくっつかない陽平と湊さんのことで、朔夜さんに相談を持ち掛けたことがあったよね。
 その際、陽平と湊さんのことをAとBとして相談したことを、朔夜さんはちゃんと憶えていたみたい。
 そして、俺が曖昧にしたままだったAとBのことも、朔夜さんには陽平と湊さんのことだとバレていた。
「お願い、朔夜さん。俺が陽平と湊さんのことで朔夜さんに相談したことがあるって話、絶対に本人達には言わないで。じゃないと俺、陽平に殺され……はしないけど、お尻百叩きの刑にされちゃう」
「何それ。悠那ってば陽平からそんなお仕置きとかされてるの?」
「た……たまに?」
「それは羨ましいな。悠那のお尻って司や俺以外の人間も普通に触ってるんだ」
 え。反応するのそこ? 確かに触られてるっちゃ触られてるのかもしれないけど、陽平の場合は結構マジなお仕置きだから、下心なしで容赦なく俺のお尻を叩いてきて痛いだけなんだけどな。
 と、俺は反論したくもなったけれど、俺が朔夜さんに陽平と湊さんのことを相談したことで、陽平と湊さんの関係が朔夜さんにバレていることだけは絶対に陽平に知られるわけにはいかないから、ここはあえて反論をしなかった。
「た……ただいまぁ~……」
 本来なら、俺が玄関のドアを開ける音にいち早く気付いた司が、俺を玄関までお出迎えに来てくれるんだけど、今日は湊さんが来ていることで家の中は騒がしかった。
 俺が朔夜さんを連れてリビングに顔を出すと
「おー、おかえ……り⁈ はぁ⁈ おまっ……なんで朔夜さんとか連れて来てんの⁈」
 最初に俺と朔夜さんの姿が目に入った陽平が、びっくりして取り乱してしまった。
「え⁈ 朔夜さんっ⁈」
 陽平が口にした“朔夜さん”という言葉に、律と海、それに湊さんまでがギョッとして取り乱す。
 なんかごめん。そりゃそうなっちゃうよね。俺がいきなり朔夜さんなんかを連れて帰って来たら、みんなびっくりしちゃうよね。
 唯一、取り乱すまではしていない司も、取り乱していないだけで、びっくりしているのは変わらないみたいだし。
「お前なぁっ! 朔夜さんほどの上客を連れて帰ってくるなら、事前に連絡とかしろよっ!」
「ごめんね」
「ったくもーっ!」
 なんか俺が怒られているっぽい感じではあるものの、月城朔夜という大物VIP客に、うちのメンバーは速攻朔夜さんをおもてなしする準備に取り掛かるのであった。
 そういうところが可愛いうちのメンバーである。
「なんかいきなりお邪魔してごめんね。悪いな~とは思ったんだけど、悠那に誘惑されちゃって」
 急に慌ただしくなる家の中に、朔夜さんはちょっと苦笑いだったけれど、朔夜さん自身はそんなに悪いと思っていなさそうだし、いつも通りの朔夜さんって感じだった。
 俺に誘惑されたとか……そういう誤解を生むような言い方はしないで欲しいのに。あえてそういう発言をしてくるあたりが朔夜さんらしい。
「……………………」
 朔夜さんの発言を受け、司と陽平の二人から同時に物言いたげな目で見られた俺は
「朔夜さん、何飲む? 車だからお茶かジュースしか出せないけど」
 とりあえず、今は二人からの視線を無視して、朔夜さんに飲み物を出してあげることにした。
 二人……特に司には後でちゃんと説明するからいいんだもん。
「ねえ。悠那ってなんで朔夜さんにタメ口なの?」
 普段、陽平の口から俺達の話を聞くこともあるだろう湊さんは、目の前で俺が朔夜さんにタメ口を利いている姿に疑問を感じたらしく、陽平にこっそり尋ねていたりする。
 陽平から話は聞いていても、湊さんが俺と朔夜さんが一緒にいるところを見る機会なんてほとんどないもんね。俺が朔夜さんにタメ口を利いている姿を見るのは初めてなのかもしれない。
 湊さんからの質問にちゃんと答えるつもりがないらしい陽平は
「知るか。悠那は先輩に敬語が使えないからだよ」
 俺のモラルが疑われるような返事を返していた。
 失礼しちゃうな。俺だって敬語くらい使えるのに。





 最近はなかなかメンバー全員揃って夕飯を食べる機会も少なくなってきつつあるけれど、今日はメンバーが全員揃っているうえ、湊さんや朔夜さんまでいるから、我が家の夕食はとても賑やかで楽しかった。
「ん~。美味しいなぁ~。さすが悠那が勧めてくるだけのことはある。悠那に誘惑されといて良かった」
「は? え? 何? 悠那、お前、俺の手料理で朔夜さんを釣ろうとしたの?」
「うん。そうだよ」
「~……」
「でもさ、朔夜さんも料理は上手だよね? 俺、前に朔夜さんが作ってくれた料理を食べたことがあるけど、凄く美味しかったもん」
「俺は得意料理がいくつかあるだけで、料理そのものが上手ってわけでもないんだよ」
「そうなの? でも、得意料理があって、その得意料理が美味しいならいいじゃん」
「ちょっと待って。なんで悠那は朔夜さんの手料理とか食べてるの?」
「さあ? それは僕達も初耳です」
「え?」
 ただまあ、律と海は俺と朔夜さんの間に起こったことの細かいところ全部までは知らないし、湊さんになると全く知らないと言っても過言ではないみたいだから、既に俺と朔夜さんの関係は全員が知っているものだとして話してしまうと、その都度三人から突っ込みがきた。
 そんな俺と朔夜さんの様子を、司と陽平が毎回呆れた顔で見て来たりもする。
「ご馳走様。本当に美味しかったよ、陽平」
「そう言ってもらえてホッとしてますよ」
 夕飯の席では何も当たり障りのない楽しい話ばかりをしていたわけじゃなくて、せっかくアイドルとしての大先輩、Abyssの月城朔夜がいるのだからと、仕事の話をしたり、朔夜さんからアイドルとしてのアドバイスをもらったりもした。
 当たり障りのない話をする時の朔夜さんは、ちょこちょこ笑い話を交えて気さくな感じで喋っていたけれど、仕事の話をする時は真面目だった。
 そういうところは普通に格好いい。格好いいと思ってしまう。なんてったって俺は朔夜さんファンだから。
「ねえ、司と朔夜さん。ちょっと部屋でお話しよ」
 夕飯が済むと、俺はタイミングを見計らって司と朔夜さんにそう声を掛けた。
「ん。いいよ」
 多分、司はずっとその機会を待っていただろうし
「わかった。いいよ」
 朔夜さんもその流れは予想していただろうから、二人とも俺の誘いにはすぐに乗ってくれた。
 唯一、未だに何も知らない湊さんだけが
「ねえねえ、あの三人で話って何? まさか3P?」
 とか馬鹿なことを言っているけれど、俺達が部屋で大事な話をしている間に、陽平から俺達の話でも聞いておけばいい。
 案の定、そんな馬鹿なことを口走る湊さんには
「アホか。んなわけねーだろ」
 陽平から頭に一発グーパンチを喰らわされていた。
 もっとも、そうやって湊さんの頭を一発殴っておきながらも、陽平は
「多分」
 なんて付け加えていたけれど。
 多分、ってなんだよ。そんな“多分”はないから。
「おー……広い部屋だね。で、あの大きいベッドで司と悠那は毎晩エッチしてるんだ」
「そういうエッチなコメントはお控えくださいっ!」
 でもって、俺と司の部屋に初めて入った朔夜さんの感想は、「3P?」とか言ってる湊さんと大して差がないものだったりする。
 全く……どいつもこいつも……である。
 司と朔夜さんの二人を連れて部屋にやって来たのはいいけれど、一緒に飲み物を持ってこなかったことに気が付いた俺が
「しまった。お茶持って来るの忘れちゃった」
 と、再び部屋を出て行こうとした時だ。
 部屋のドアが外からノックされ、ちょうどドアの前に立っていた俺がドアを開けると、三人分の飲み物とお菓子を乗せたトレーを持った律が立っていた。
「陽平さんが持って行ってやれって」
「わぁ♡ ありがとう。今ちょうど飲み物を取りに行こうと思ってたんだ」
 さすがFive Sのお母さん。陽平の気遣いには本当に感謝しちゃうよね。
「全く。悠那さんはそそっかしいんですから」
「ごめんね」
 律からトレーを受け取った俺は
「くれぐれも変なことしちゃダメですよ」
「う……うん……」
 何故か律にまで疑いの目を向けられてしまい、戸惑いながらも頷いてみせた。
 みんなどうしてそこを疑うの? いくら俺と司が普段からみんなの前で見境なくイチャついてるからって、朔夜さんがいるのにそういうことにはならないよ。
 既に決着がついているとはいえ、司にとって朔夜さんは未だに恋敵みたいなものだし。俺と司と朔夜さんの三人で……なんて、司も絶対に思わない。そこは律や海が相手の時とは違うよ。
 まあ、俺と司、自分と海の四人でエッチなことをしたことがある律からしてみれば、俺と司の見境の無さを疑いたくなる気持ちもわからないではないんだけどさ。
「陽平経由で律がお茶とお菓子持って来てくれた~」
 律からトレーを受け取った俺は、司と朔夜さんが向かい合って座るテーブルに戻って来るなり、二人の前にそれぞれ飲み物と、二人の間にお菓子の乗ったお皿を置いた。
 そして、俺は自分の飲み物を手に持ったまま、司の隣りにちょこんと腰を下ろした。
「で、結局朔夜さんは悠那とどんな話をしたんですか?」
 おそらく、俺が朔夜さんに連れて行かれた直後からずっと気になっていたであろうことを、司は俺が腰をおろすなり朔夜さんに尋ねた。
 できる限り落ち着いた様子を取り繕っている司だけど、滲み出るそわそわ感が可愛い。
『もーっ! 一体なんの心配をしてるの?』
 って、抱き締めてあげたくなっちゃう。
「ん? ああ、そりゃまあ司としては気になるよな。俺と悠那の間でどんな会話が交わされたのかって」
「当然ですよ」
「ちょっと悠那に告白を……ね」
「こっ……告白⁈」
 今日の俺と朔夜さんの間で起こった出来事、交わされた会話の全ては司の耳に入ることを知っているからか、朔夜さんにそこを隠すつもりはなかった。
 一方、全てを教えてもらえるとわかっていても、いきなり朔夜さんから「悠那に告白を」なんて言われてしまった司は、驚きのあまり、思わず立ち上がってしまいそうな勢いである。
 正直、俺も朔夜さんの“大事な話”が告白だとは思わなかったから、それを知った時の驚きは、今の司と同じようなものだったんだけどね。
「そっ……それで悠那はっ⁈」
「おいおい。そんなに取り乱すことか? 心配しなくても、もちろんしっかり振られたってば」
「はぁぁぁ~……」
 ちょっとちょっと。本当に物凄い取り乱しようだし、俺が朔夜さんを振ったって知った途端、物凄く安心するじゃん。司にとって朔夜さんってそこまで不安を煽ってくるような存在なの?
「なんか司……俺のこと信用してない?」
「そっ……そんなことはないけど、朔夜さん相手だとどうしても心配になっちゃうんだよ」
「むぅ……」
「そんな顔しないで。悠那のことは本当に信じてるから。でもほら、朔夜さんって悠那の憧れの人だし、俺も自分が朔夜さんに敵うとは思っていないところがあるから……」
「全くもう……。俺は司だけだって言ってるのに……」
 司のことになるとすぐにヤキモチを焼く自分のことは棚に上げ、膨れっ面になる俺の頭を司の大きな手が宥めるように撫でてくる。
 本当にもう……。俺にこれだけ愛されておいて、未だに朔夜さん相手だと自信を喪失しちゃうんだから。
 でも、俺が大の朔夜さんファンであることは、司も俺と付き合う前から知っているわけだから、朔夜さんが相手になると司の心がざわついちゃうのも仕方がないのかな。
 いくら恋愛感情を抱いていない相手だとわかっていても、俺が司とありすちゃんに二人っきりになって欲しくないと思う気持ちと一緒だよね。
 司は過去にありすちゃんのことを振っているし、司がありすちゃんのことをなんとも思っていないこともわかってはいる。だから、司とありすちゃんが二人っきりになるのを嫌がる理由は、司のことを信じていないから……というわけではない。
 そこは司を信じてる、信じていない、の問題じゃなくて、司に対して下心を持っているありすちゃんを、司と二人っきりにしたくないだけだ。
 言い換えるなら、信じていないのは司じゃなくてありすちゃんの方である。
 誰だって自分の恋人に下心を持った相手と、自分の恋人を二人っきりにはさせたくないと思う気持ちはある。むしろ、そういう気持ちになる方が当然だもんね。
 ついでに言ってしまえば、朔夜さんにしてもありすちゃんにしても、狙った相手に恋人がいても、その恋人の目がないと何をしてくるかわからないところがあるから、そりゃ俺も司も心配になっちゃうし、警戒もするって話だよ。
 もっとも、意中の相手から恋愛感情を抱かれていないうえ、振られてまでいる人間からしてみれば、司の言い分は
「悠那に振られた俺から言わせてもらえば、司の言い分はただの嫌味にしか聞こえないんだけどな」
 ってことになってしまうみたいだけれど。
「俺にそんなつもりは1ミリもありませんけどね」
 もちろん、そんなつもりは毛頭ない司は、朔夜さんからの非難をきっぱりと否定するわけだけど。
「それにしても、どうして今になって朔夜さんは悠那に告白なんてしようと思ったんですか。確かに、朔夜さんが悠那に告白するつもりだったのなら、悠那と二人っきりじゃないとできない大事な話だったんでしょうけど」
 その通り。俺も朔夜さんの目的が俺への告白だと知って、初めて二人っきりにならなくちゃいけない理由がわかった。
「ん? それはまあ……」
 俺に告白した事実を隠さなかった朔夜さんは、俺に告白しようと思った理由も当然司に話してくれた。
 朔夜さんの話を黙って聞く司は、葵さんや琉依さんに聞いた話が原因になっていることには驚いていたけれど、朔夜さんが俺への気持ちにけじめをつけるつもりもあったと知るなり、安心したというよりは、感動しているような顔でもあった。
 多分、俺と自分のためを思って身を引いてくれた朔夜さんに、感謝感激ってところなのだろう。
「――というわけだから、これからはあんまり俺のことで目くじら立てて怒るなよ。これでも俺、司と悠那の幸せを祈ってあげる側の人間になったんだからさ」
「わ……わかりました。努力はしてみます」
「まあ、もう癖になってるところがあるから、悠那のお尻は揉むかもしれないけど。そこはコミュニケーションの一つだとして大目に見てね」
「いや。それは困ります」
 俺への気持ちにけじめをつけた朔夜さんは、もう俺に変なことをしてこないと思っていたのに。
 相変わらず俺のお尻は揉むつもりでいる事実に震える。
 それについては、司も真顔になって拒否の姿勢を見せた。
 せっかく朔夜さんが俺の気持ちにけじめをつけてくれても、朔夜さんと会うたびに、今までと同じようにお尻を揉み倒されていたんじゃ、一体何が変わったのかわからなくなりそうだよ。
 はっきり言って、俺と司が今のところ朔夜さんに悩まされている被害と言ったら、朔夜さんが執拗に俺のお尻を揉み倒してくることくらいなのに。
「ケチだな。悠那のことは諦めるって言ってるんだから、お尻揉むくらいいいじゃんか」
「ダメです。悠那のことを諦めてくれるなら、悠那のお尻も諦めてください」
「俺の唯一の楽しみなのに」
「他にもっと健全な楽しみを見つけてください。っていうか、それが唯一の楽しみってどうなんですか? 本当に悠那を諦めるつもりがあります?」
 朔夜さんにとって、俺のお尻を揉むことは唯一の楽しみらしい。
 日本を代表するトップアイドルの唯一の楽しみが、後輩アイドルのお尻を揉むことって……。
 ファンが知ったら
『アイドルって一般的な人生の楽しみ方がわからなくなるくらい大変な仕事なのかな?』
 って誤解されちゃいそう。
「あるよ。そこは信じてくれても良くない? そのために振られるとわかってる悠那にわざわざ告白して、ちゃんとけじめをつけたんだから」
「そ……そうですね。失礼しました」
 うーん……。朔夜さんが嘘を吐いているとは思えないけど、振られた相手のお尻を揉みたがる心理とは……。
 考えられる可能性として、朔夜さんは物凄いお尻フェチ、お尻大好き人間で、好き勝手揉み放題にできる俺のお尻を手放したくないとか……それくらいしか思いつかないかな。
 いくら天下のAbyss月城朔夜でも、誰彼構わず欲望のままに人のお尻を揉みまくっていたら捕まっちゃうだろうし。
(だったら、さっさと彼女でも作ればいいのに……)
 俺への気持ちにけじめをつけたのであれば、そのついでというか、勢いで彼女を作っちゃえばいいんだ。朔夜さんなら相手は引く手あまただろうし。朔夜さんさえその気になれば、新しい恋なんて秒で始められそうだよね。
 朔夜さんに恋人ができれば、さすがにもう俺のお尻なんて揉んでこなくなると思うのに。
「そうだよ。俺、悠那に振られた後、ちゃんと司と悠那が幸せになれるおまじないまでしてあげたんだから」
「え? なんですか? おまじないって」
「それは悠那が説明してくれるよ。な? 悠那」
「どうしてそこは俺に言わせようとするの⁈」
 自分が振ったばかりの相手に対し、“さっさと彼女でも作ればいいのに”なんて、無神経なことを考えてしまったからばちが当たったらしい。
 自分からその話題を口にしておきながら、一番司に報告しづらいところを俺に言わせようとしてくるなんて……。
 そりゃ確かに朔夜さんは
『これ、ちゃんと司に報告しろよ』
 って俺に言ったけどさ。
 そこまで自分で言ったんなら、その“おまじない”とやらの説明も自分でして欲しいものである。
「悠那。おまじないってなんのこと? 一体どういうおまじないをかけてもらったの?」
「え? えっと……そっ……それは……」
 明らかに言いたくなさそうな態度を取る俺に、司は不自然なくらいのいい笑顔で聞いてくるから、俺は司に対する罪悪感で胸が痛くなりそうだった。
 とは言え、ここで変に隠そうとしたら、逆に俺が朔夜さんにされた不意打ちのキスを意識しているようになっちゃうよね。
(どうせ言うなら思いきってスパッと言っちゃおっ! 下手に口籠ると余計に言いにくくなっちゃうしっ!)
 そう腹を括った俺は、俺に向かって愛想のいい笑顔を向けている司に釣られ、にこっと笑顔になって見せると
「あのね、俺と司が幸せになれるようにって、俺、朔夜さんにキスされちゃった」
 なんなら語尾に「えへっ♡」とでも付けるような、やや可愛い子ぶりっこしたノリで、朔夜さんの“おまじない”とやらについて司に説明してあげた。
 俺としては、朔夜さんにされたキスなんて全然なんとも思ってないよ、と最大限司にアピールしたつもりだったけれど、俺の言葉を受けた司は
「……………………」
 眉毛一つピクリとも動かさないいい笑顔のまま、その場で石化した。
 やっぱり、おまじないの内容が内容なだけに、いくら可愛い子ぶりっこしてもダメだった……かな。


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