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番外編 ~Go Home~
番外編 橘海の五日間(1)
しおりを挟む「お兄ちゃんだ~っ! お帰りお帰り~っ!」
僕が久し振りに実家の玄関を潜ると、三つ年下の妹、橘華が物凄い勢いで僕に抱き付いてきた。
そして、その直後には
「お帰り~。待ってたよ。海が帰ってくるの」
華のすぐ後ろから顔を覗かせた姉、橘月乃に笑顔で迎えられた。
僕達三人は非常に仲がいい姉弟妹だった。
「二人とも久し振り。会いたかったよ」
僕は華の頭を撫でながら、月姉ちゃんに嬉しそうな笑顔を見せた。
姉弟妹の中で自分だけが男であることに、僕はなんの不満も抱いていない。僕達三人の中に、性別の違いは一切関係ないのである。
「これでようやく家族全員揃ったね! 嬉しい~っ!」
僕が実家を離れた翌年には、月姉ちゃんも実家を出ることになってしまったから、一人残された華は寂しく思っているのだろう。話によれば、月姉ちゃんがしょっちゅう実家に足を運んでくれているようだけど。
「月姉ちゃんはいつ帰って来たの?」
大晦日になってようやく帰って来た僕と違って、月姉ちゃんはそれ以前から帰省しているようだった。とても実家を離れて暮らしているとは思えないくらい、実家生活に慣れ親しんでいる様子の月姉ちゃんは、着ている服も実家に住んでいる頃のままだった。
「クリスマス終わったら速攻帰って来たよ。ほんとはクリスマスも実家で過ごしたかったんだけど、バイト先がケーキ屋さんだから。クリスマスだけは休まないで欲しいって言われてさ」
「あはは。そりゃそうなるだろうね。月姉ちゃんバイト始めたんだ」
「まあね。でもま、わりと緩~い感じでやってるよ? 土日もちょいちょい休んで実家に帰ってるしね」
「ふーん」
「言うほど忙しいお店でもないんだよ。クリスマス以外は」
「やっぱりクリスマスは特別なんだ」
「だって、みんなクリスマスには食べるでしょ? ケーキ。忙しくないお店だけど、味は結構いいんだよ。常連さんも多いし」
「そうなんだ」
月姉ちゃんの話を聞きながら、三人一緒になってリビングに入ると
「お帰り、海。元気そうで安心したわ」
「相変わらず仲がいいな。お前らは。三人揃うと賑やか過ぎてうるさいくらいだ」
リビングのソファーで寛いでいるお父さんとお母さんに再会した。
「ただいま。みんな変わりなくて安心したよ」
僕はソファーの脇に鞄を置くと、とりあえずソファーに腰掛け、家族との団欒を楽しむことにした。
「ねえ、りっちゃんも一緒に帰って来たんでしょ? 元気?」
「ん? うん。律も元気だよ」
「会いた~い」
「明日来るよ。新年の挨拶しに行くって言ってたから」
「やった~っ! りっちゃんに会うのも久し振り~っ!」
「海はこのあと遊びに行くんでしょ? りっちゃんのとこ」
「そのつもり」
僕が幼稚園の頃から付き合っている律の存在は、我が家の中では最早僕の日常には当たり前の存在で、僕のいるところには律もいる、とまで思われている。
その律と僕が恋人同士であることは、家族の誰一人として疑ってはいないし、僕達が言わない限り、気付くこともないと思う。
初めて出逢った瞬間から、律に心を奪われてしまった僕は、最初から律が大好きアピールも凄かったし。時が経つにつれ、どんどん仲良く親密になっていく僕達を、ただの仲良し幼馴染み以外の目で見る人間なんていなかった。家族以外の人間も……だ。
もし、仮に僕が家族の目の前で律にキスをしたところで
『ほんと、海ってりっちゃんが大好きだよね』
の一言で済まされるレベルだと思う。
律の関係を変に疑われないことはありがたいけれど、僕的には“言いたい”って気持ちがなくもない。
だって僕、律のことを幼馴染みとして好きなわけじゃないし。律を好きであることに、後ろめたさとか全然感じてないんだもん。
そりゃまあ……もし、僕が律への想いを口にしたり、僕達の関係を正直に告白したら、周りからどういう目で見られるかがわからないわけじゃないけどさ。律を好きであることに、堂々としていたいって気持ちはあるんだよね。
「お兄ちゃんっ! アイドルの仕事ってどんな感じなの? やっぱり芸能人にいっぱい会える?」
「そうだねぇ……いっぱいかどうかわからないけど、同じ番組に出たりすると、今までテレビで見てた人達に会うこともあるよ。そう簡単に仲良くなったりはできないけど、挨拶ならするかな?」
「じゃあ、Abyssは? この前、お兄ちゃん達Abyssの番組出てたよね? 仲良くなれたりした?」
「Abyssの人達は……」
わりとミーハーである華は、アイドル情報には結構詳しい方だし、国民的アイドルであるAbyssももちろん好きである。
僕自身も憧れているAbyssの人達は、僕達と同じグループのメンバーである陽平さんの元先輩であり、悠那君と朔夜さんの件もあるから、それなりに懇意になった仲である。
悠那君と律が出たCMのせいで、琉依さんが律にキスをしたのは頂けないけど。
Abyssに出逢う前から琉依さんに憧れていた律は、琉依さんにいきなりキスされたことを怒ったりはしなかった。ただ、信じられないとばかりに放心し、しばらくの間は言葉を発することも忘れているようだった。
それが僕にはちょっと面白くないんだけど、朔夜さんと違って、琉依さんが律をどうこうしようと思っているわけではなさそうだから、そこはグッと堪えることにした。
律も
『ごめん、海。琉依さんは物凄く尊敬してるし憧れている人だから、キスされても嫌だって思わなかった。でも、僕は海以外の人とキスしたいなんて思ってないから』
と、後からちゃんとそう言ってくれたから、僕もその件に関して腹を立てるのはやめにした。
あれは律が悪いわけでもなかったし。あんな不意打ちを受けたら、律だって対応のしようがなかったと思うし。
それに、会うたびに朔夜さんからセクハラ紛いのちょっかいを受けてばっかりの悠那君に比べれば、律はまだ安全って言うか……。そこまで僕をヤキモチさせることもないわけだから。
僕達がデビューして間もなく、某音楽番組で共演したAbyssのメンバーとの交流について、陽平さんの過去を明かしながら説明してあげると、華は物凄く驚いた顔をした。
もちろん、律が琉依さんにキスされたこととか、悠那君と朔夜さんの間に起こった出来事までは暴露しなかったけど。
「凄ぉ~いっ! じゃあ、お兄ちゃん達はAbyssと仲良しなんだっ!」
「仲良しって言うと烏滸がましいんだけどね。でも、とても良くしてもらってるし、尊敬する先輩達って感じだよ」
「へー。事務所が違うのに仲良くできるなんて素敵っ!」
「うん。そうだね」
それもこれも、僕達Five Sのメンバーに、元Zeus養成所所属の陽平さんがいたからなんだろうけど、それがいい時もあれば、悪い時もある。
Abyssとの交流が始まったのはもちろんいいことだったし、僕達にとっては身に余る光栄って感じだけど、その後――。
夏の生ライブ番組に出演した僕達は、Abyssと同じ事務所所属のBREAKのメンバーに目を付けられ、そのせいで、悠那君と律が危うく襲われ掛けたという事件があった。それは、陽平さんの過去が悪い方向に作用した結果でもある。
もちろん、陽平さんには一切の非はないし、そのことで陽平さんを責める気なんて毛頭ないけれど、人の過去がどういう方面に左右するのかはわからないものだと知った事件でもあった。
あの時は、悠那君が身を挺して律を守ってくれたし、大事が起こる前に二人を助け出すことができたから良かったものの、何かが起こった後だったら……と思うと、今でも身体が震えるくらいの恐怖を感じる。
ずっと一緒にいた律を、傍にいながら守れなかったとなると、僕は自分の無力さに絶望し、生きる気力さえ失っていたかもしれない。ほんと、悠那君には感謝するし、頭が上がらない思いだ。
でも、そんなことがあったせいで、律が僕と肉体的関係を持っておいた方がいいんじゃないか……と考え始めたのはラッキーでもあったよね。そんなことでもなければ、律は一生僕とセックスしようだなんて考えなかったかもしれないし。
ところが、セックス云々の問題よりも、律が勃起も射精もしたことがない事実の方が、僕にとっては大問題でもあったんだけどね。
律のことはピュアだピュアだ、ピュア天使だと思っていたけれど、まさかそこまでピュアだとは思わなかった。僕には一切そんな話を振らないけれど、律もオナニーくらいは経験済みだと思っていたのに。
自慰行為さえも満足にできない律は可愛かったけど、性に関して無頓着過ぎる律は、“気持ちいい感覚”すらもよくわからなくて、あろうことか悠那君と触りっこなんかして……。ほんともう、何やってくれてるの? って驚愕したよ。律の開発は全部僕がしたかったのに。
いくら悠那君に一生の恩があり、頭が上がらないと言っても、さすがにあれはちょっとやり過ぎ。ま、あとで司さんにちゃんとお仕置きされてたから、もう二度とあんなことも起きないとは思うけど。
司さんのお仕置きはお仕置きで、僕達にはちょっと刺激が強すぎたりもしたけれど。
「ふーん……。芸能界も色々大変なんだね」
アイドルの仕事について色々聞きたがる華に、デビューしてからこれまでの話を、順を追って説明してあげる僕の頭の中では、これまでの記憶が走馬灯のように駆け抜けて行った。
そのどの記憶にも律がいて、僕の感情は常に律に左右されていたんだと、改めて気付かされる僕だった。
ほんと
(この一年は特に色々あった年だったなぁ……)
なんて、一年の終わりにしみじみ思う僕だった。
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