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番外編 ~Go Home~
如月悠那の五日間(3)
しおりを挟む「ごめんね、司。お兄ちゃんが嫌なことばっかり言って」
「いいよ。なんとなく想像はついてたし。俺も結構失礼なこと言ったから」
「そう? 全然失礼なこと言ったようには思わなかったよ?」
お兄ちゃんにキレた後の俺は、司の手を取り、自分の部屋へと司を連れ込んだ。
これ以上、司とお兄ちゃんを一緒の空間にいさせちゃいけないって思ったし、みんなの前で大声上げて怒鳴ってしまったことが気まずいし恥ずかしくて、ちょっと逃げたい気分になっちゃったし。
「でも、想像以上に激しい人なんだね。あれじゃ悠那がのんびりできないのもわかる気がする」
「前はあそこまで酷くなかったと思うんだけど……。離れて暮らしたのが良くなかったみたい」
「気持ちはわからなくもないよ。俺だって、今悠那と離れて暮らせって言われたら、ああなっちゃいそう」
「俺も司と離れて暮らすとか絶対無理」
俺の部屋に案内された司は、まだ少し怒りが収まらない俺を宥めながら、初めて入る俺の部屋を一通り見渡した。
「悠那の部屋って可愛いね。壁紙もカーテンも可愛いし、ぬいぐるみとかあるし。女の子の部屋みたい」
「俺がそうしたわけじゃないんだけど。気付いたらこうなってた。ぬいぐるみは俺のだけど」
「でも、イメージ通りって感じ。悠那っぽい部屋だと思うよ」
「実家にいる時はもう少し散らかってたんだけどね。そこはお母さんがちゃんと掃除してくれてるみたい」
司と二人っきりでいると、ちょっとずつ気持ちも落ち着いてきて、俺は誰もいないのをいいことに、司にぎゅぅっと抱き付いた。
俺が司に抱き付くと、司の手もすぐに俺を抱き返してきてくれるから、俺は益々落ち着くし、癒されるのだった。
「それはそうと、家族の前であんなこと言って大丈夫なの?」
「え? あんなことって?」
「司は俺の大事な人って」
「あ……」
カッとなって口から出た勢い任せのセリフは、今思うとちょっと……いや、かなりヤバかったのでは?
司が俺の大事な人っていうのは事実だけど、“俺の大事な人”って言い方は……。そこは、“俺と同じグループの大事なメンバー”とか、“俺の大事なルームメイト”とか、もっと他の言い方をすれば良かった。
“俺の大事な人”って言い方だと、どうしても恋愛的な意味で大事って取られちゃいそうだよね。
「どうしよう。俺が司と付き合ってるってことがバレちゃったかな?」
「どうだろう? どちらかと言えば、悠那が怒鳴ったことに驚いてるように見えたから、悠那の発言自体に驚いているようには見えなかったけど」
「ならいいんだけど……」
「いくらなんでも男同士で付き合ってるなんてすぐには思わないんじゃない? バレたらバレたでまた考えればいいよ。どうせいつかは言うんだから」
「うん」
俺の不注意な発言にも司は怒るでもなく、呆れるでもなく、あくまでも平然とした感じだった。
司がこうして落ち着いていてくれると、俺もなんだか安心する。
「司」
「うん?」
「ちゅーして」
「うん」
もうすっかり落ち着いた俺は、今度は司とイチャイチャしたくて堪らなくなった。
だって、いつもなら毎日イチャイチャしてるのに、二日間も司に会えなかったうえ、会えても心置きなくイチャつくこともできないんだもん。こうして二人っきりになった時はイチャイチャしたい。
それに、俺の家族の前で堂々としていた司は格好良かったし。その姿を見た時から、ずっとちゅーしたいなって思ってたんだよね。
俺からのキスのおねだりに、司はすぐに応えてくれて、俺を抱き締めたまま、俺の唇に優しいキスを落としてくれた。
「ん……」
司の唇が触れた瞬間、身体の中から満たされていく感じが全身に広がって、俺ってほんとに司が好きなんだなぁ……って実感する。
「悠那の部屋でちゅーしてるなんて不思議な気分だね」
「うん。でも、昨日は司の部屋でもしたよ?」
「そうだね」
舌を絡ませるキスではなく、触れるだけのキスを何回もしてくれる司に、俺の気持ちはどんどん昂ってしまいそう。
もっと感じちゃうキスをして欲しいと思うんだけど、そんなことされたら、キスだけじゃ済まなくなってしまうから辛い。
「ぁ、ん……司……」
「ん? エッチしたくなっちゃう?」
「うん」
「かわい」
俺が司の胸をちょっとだけ押し返し、恥ずかしそうに頷くと、司はふにゃっとした可愛い顔で笑って、最後にチュッってキスしてから、俺の唇を名残惜しそうに解放してくれた。
うぅ……五日間も司に会えないのは耐えられないけど、会ったら会ったでエッチできないもどかしさにも耐えられない。こんなことなら、お互いの家に遊びに行くより、外で会った方が良かったかもしれない。そしたら、ホテルとかに行ってエッチすることもできたんじゃないかって思う。
もちろん、司と一緒にいられること自体は凄く幸せ。会えないよりは断然会えた方がいい。でも、司が大好きな俺は、司といると、司の愛をいっぱい感じたいってなっちゃうんだよね。
ただ一緒にいるだけでも、充分に愛は感じるけど。
「悠那。ちょっといい?」
「え……うん」
部屋のドアがノックされ、外から聞こえてきたお母さんの声に、俺は慌てて司から離れると、別に乱れているわけでもない身形を整えた。
大丈夫だよね? 別にどこも変じゃないよね? 俺、司とキスしてただけだし。
「あら? もう機嫌は直ったの?」
ノックから数秒後。部屋のドアを開けたお母さんは、俺の機嫌がもうすっかり直っていることにちょっと驚いた。
「うん」
俺がコクンと頷くと、お母さんはホッとしたような顔になる。
俺が機嫌を損ねると、なかなか機嫌を直してくれないのを知っているお母さんは、俺が部屋で司の手を焼かせているんじゃないかと心配したのかもしれない。それで、こうして様子を見に来たのかも。
そういえば、俺の機嫌もわりとすぐ直るようになったよね。最近では、機嫌を損ねること自体が少なくなったと思うけど、たまに機嫌を損ねても、前みたいにいつまでもずっと拗ねてるってことはなくなった。司がすぐ俺を宥めてくれるからだ。
思えば、司はいつも俺のことを宥めてくれてたよね。俺が拗ねたりふて腐れたりしても、面倒臭がったりせず、俺の機嫌を根気よく直してくれた。司と付き合う前は、俺が機嫌を損ねて、司の手をしょっちゅう焼かせていたものだ。
「司は俺の機嫌を直す天才だから」
「そうなの? ってことは、そうなるまで、司君には随分と手を焼かせたってことなのかしら?」
「うん」
「まあ、困った子ね」
俺が今まで散々司の手を焼かせてきたことを、悪びれもせずに認めると、お母さんはちょっとだけ困った顔になって笑った。
そして
「ほんと、悠那は司君に甘えてばっかりみたいね。迷惑じゃないかしら?」
今度は少し心配そうな顔になり、司に向かってそう聞いた。
「いえ。迷惑だなんて思ってないですよ。最初はちょっと大変だとも思いましたけど、今は逆に悠那の世話を焼くのが好きっていうか……。楽しいです」
さっきまでほんわかとした顔で俺とイチャイチャしていた司は、お母さんの前だと多少は改まった顔になり、少しだけ微笑む程度の顔でそう返してくれた。
ほんとは素の司も見て欲しいんだけどな。司のぽやっとした感じ、凄く可愛いんだから。
「そう言ってもらえると助かるわ」
司からの返事に安心したお母さんは、今度は俺を見て
「悠那に怒鳴られて、お兄ちゃんが物凄く落ち込んじゃったわ。今お父さんが慰めてるんだけど、ちょっと……」
と言ってきた。
はあ……どうしてそんなことになるの。もういい歳なんだから、弟に怒鳴られたくらいでマジ凹みして親に面倒かけないでよ。そもそも、どう考えても自分が悪いのに。
お母さんが俺の部屋に来たのは、機嫌を損ねた俺の相手をする司が心配なのと、俺に怒鳴られて落ち込んだお兄ちゃんの機嫌を直してくれるよう、頼みにきたのもあったらしい。
「悠那。せっかく帰って来てるんだから、兄ちゃんとも仲良くしてあげないと。ね?」
ここはお母さんの味方をする司に
「わかった。司がそう言うならそうする」
俺は渋々頷いた。
司も自分のせいで俺とお兄ちゃんが喧嘩したら、ちょっと嫌だよね。
俺がお兄ちゃんに腹を立てたのは、司に変のことばっかり言うからなんだけど、それで司に気を遣わせるのも申し訳ないもんね。
「会えて良かったわ。また是非遊びに来てね」
夕方になり、帰っていく司を見送る俺の両親は
「これからも悠那のことをよろしくお願いします」
最後は司に向かって深々と頭を下げたりするから、俺ってそんなに司に手を焼かせてると思われてるのかな? って、ちょっと心配になった。
確かに、司に手を焼かせてるとは思うけど、親に“面倒ばかりかける迷惑な子”と思われているのだとしたら悲しい。
「くれぐれも悠那に変なことしないようになっ! 俺はまだ、お前のことを認めたわけじゃないんだからっ!」
そして、なんとか俺と仲直りしたお兄ちゃんは――仲直りはしたけど、ちゃんと説教もした――、司のおかげで仲直りできたというのに、相変わらずの態度だった。
全く。反省の色が全然見られない。今晩また説教しなくちゃ。
「思うんだけど……悠那のお母さんは気付いてるんじゃない? 俺と悠那がそういう関係ってことに」
駅まで司を見送りに行く道で、俺と手を繋いで歩く司に言われ
「え⁈」
俺は思いっきり動揺してしまった。
気付いてるって? え? 俺、お母さんに司と付き合ってるのがバレてるってこと?
「え? え? そうなの⁈」
「いや……確信はないんだけど。でも、なんとなくそういう目で見られてるような気がしなくもないっていうか。なんか娘の彼氏を見るような目で見られてる感じがして」
「娘の彼氏って……。俺、息子なんだけど?」
「そうなんだけどね。でも、今日悠那の家族に会って思ったんだけど、悠那ってあんまり息子って感じの扱いされてなくない?」
「そんなことないと思うけど……」
ど……どうなんだろう。子供の頃からずっと今みたいな感じで育ててこられたから、息子扱いされてないとは思ったことがない。
「悠那の部屋でアルバム見せてもらったじゃん」
「うん」
「悠那って可愛い服ばっかり着せてもらってたでしょ? 小さい頃は女の子に見られてたんじゃない?」
「それはそうだけど……」
これは小さい頃関係なく、わりと最近まで、しょっちゅう女の子と間違えられていた。今でも、俺がFive Sの如月悠那だと知らない人間なら、俺を女の子と間違える人はいると思う。そういう司も、俺を初めて見た時は、完全に俺を女の子だと思っていたらしいし。
俺も司の家に遊びに行った時、司のアルバムを見せてもらったけど、俺と司の子供時代では、着ている服の感じがちょっと違うように思った。
司はいかにも男の子って格好をさせられていたけど、俺は自分で見てもどっちかわからないくらい。さすがにスカートは穿かされてなかったけど、充分女の子でも通用するような可愛い服が多かった。
俺の服の好みが、どちらかと言えば可愛い寄りになってしまうのは、子供の頃に着ていた服の影響だろうか。
ってなると、確かに俺はあまり息子扱いされていなかったと言える。
それに俺、親に怒られたことも全然ないんだよね。ちょっとした説教ならあるけど。その説教も全然怖くなくて、ただちょっとキツめに叱られてるって感じ。お兄ちゃんはしょっちゅう怒られていたにも拘わらず。
叱られるって言うより、注意に近かったかもしれない。「それはダメよ?」、「こういう時はこうしなさい?」みたいな言い方で、全然怒られてるって感じじゃなかった。
でも、それって俺が末っ子だったのと、お兄ちゃんとはちょっと歳が離れてるからなんだと思ってた。
「そりゃ、悠那が男の子だってことはわかってるんだろうけどさ。悠那の部屋が女の子の部屋みたいな色合いなのとか、両親の悠那の接し方を見ると、性別云々以前に、とにかく可愛くてしょうがないんだろうなって印象を受けたかな?」
「そうかなぁ……」
家族に甘やかされて育ってきたと思っている俺は、家族からの多大なる愛情を感じていないわけじゃない。可愛がられて育ってきたという自覚も充分にある。
「おまけに、悠那自身も女の子顔負けの可愛い顔をしてるから、もう性別なんてどっち向いててもいいと思ってるんじゃない?」
「そ……それはそれでどうなの? 息子の性別がどっち向いててもいいなんてことあるの?」
「わからない。でも、あの感じだと、俺が悠那と付き合ってるって言っても、あんまり反対されなさそうだな、とは思ったかな?」
「どうなんだろう? そうだといいんだけど」
俺の家族が俺をどういう風に思っているのかは知らないけど、もし、司の言うように、俺と司が付き合ってることにあまり反対をしないでいてくれるのであれば、それはそれで非常にありがたい話だ。
「まあ、これは俺の希望的観測でしかないから、実際はそう楽観視できるものでもないかもしれないんだけどね」
「俺と司の関係を認めてくれるのであれば、それに越したことはないんだけどね」
公にしていいのであれば公にしてしまいたい司との関係だけど、実際にはなかなか難しいものがあるよね。
でも、俺の家族が司のことを“グループのメンバー”としてではなく、“俺の恋人”として歓迎してくれるのであれば、それほど嬉しいことはないって思う。
「明日は何時頃に戻る?」
「みんな夜には戻るって言ってたから、俺もみんなに合わせるつもり。司は何時頃に帰るの?」
「あんまり遅くなっても疲れるし。戻ったら戻ったでちょっとゆっくりしたいかな。実家で早めに夕飯食べて、7時頃に戻ろうと思うよ」
「じゃあ俺も同じくらいにする」
駅の改札まで来たけど、司と離れるのが名残惜しくなってしまう俺。
どうせ明日の夜にはまた会えるっていうのに。俺ってばどんだけ司と離れたくないんだろう。
「帰ったらいっぱいシようね」
改札を通る前、俺の肩を抱き、耳元に唇を寄せて囁く司に、それだけで感じてしまいそうになる俺だった。
我慢我慢。明日までの辛抱だってば。
司と別れたあと、家までテクテク歩いて帰ってきた俺は
「ただいま~」
「おかえり、悠那。ちょっと来なさい?」
「?」
洗面台で手を洗っていると、急にお母さんに呼ばれて首を傾げた。
なんだろう? なんかこれ、俺がいけないことした時にお母さんから呼ばれる時と似ているような……。
手を洗ってリビングに行くと、そこにはお父さんの姿もあり、これはただ事ではないという予感がした。
まさか……ほんとに俺と司の関係がバレてる? 隠したつもりだけど隠しきれてなかった?
ドキドキしながら椅子に座った俺は
「悠那? 本当のところ、司君とはどういう関係なの?」
優しそうな顔のお母さんに聞かれ、完全に逃げ場を失った気がした。
どうして司がいる時に聞かなかったの? 司がいてくれれば、どうにか上手く誤魔化すこともできたのかもしれないのに。自分で言うのもなんだけど、俺って嘘がめちゃくちゃ下手なんだよね。うっかり本当のこととかすぐ言っちゃうし。
これじゃ、お兄ちゃんに説教……とか言ってる場合じゃないよ。お兄ちゃんじゃなくて、俺がまさに説教されそうになってるじゃん。
この場にお兄ちゃんの姿がないのがせめてもの救いだけど、俺は実家で過ごす最後の夜が、とんでもなく長くなりそうな予感がした。
~Fin~
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