僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 2

第6話 こんなはずじゃなかった(1)

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 8月末日――。
 今日はうちの高校生達にとっては夏休み最後の一日であり、同時に、俺と司が出演した二時間ドラマの放送日でもあった。
 湊と遊びに行く約束をしていた俺だけど、ドラマの放送時間までには家に帰り、みんなと一緒にドラマを見る予定だった。それなのに――。
「陽平っていつ演技の勉強したの? 普通に上手いじゃん。前に出てたドラマ見た時も思ったけど」
 なんで俺はまだ湊と一緒にいて、湊の家にお邪魔とかしているんだろう。当初はこんな予定ではなかったはずなんだけど。
「Lightsプロモーションの養成所でちょっと。司達が受けたオーディションが開催される前の話だけど」
「へー。Lightsはもともと役者メインの事務所だもんな。演技のレッスンとかもあるんだ」
「結構楽しかったから、俺もわりと真面目に受けてたんだよな」
「なるほど。それでか」
「うん」
 当初の予定とは大幅にずれてしまった予定ではあるけれど、見ようと思っていた自分の出演ドラマを、こうしてリアルタイムで見られたのは良かった。仮に見逃したとしても、ちゃんと録画はしてるんだけど。
 って言うか、なんでこいつはこんな普通なわけ? 俺、CROWNのデビューの日に湊から
『好きだよ』
 って言われたこと、ずっと気になってるんだけど。
 やっぱりあれ、特に深い意味なんかなくて、ただテンション上がって言いたくなったから言っただけなのか?
 それならそれでいいし、俺も安心するんだけど、説明くらいはしてくれてもいいじゃん。とは思ってしまう。
「ってか、みんなキスシーンでキスするじゃん。アイドルだと振りで済ませたりするんじゃないの? Lights的にオッケーなの? 陽平や司が女の子とキスするの」
「最初はNGだったんだけどな。でも、ドラマに出る以上、アイドルとか関係ないって気もするし。した方がいいって言うなら、俺はするよ。司は振りだけど」
「え? あれしてないの? してるのかと思った」
「俺も最初はしたのかと思ったんだけどな。実際はしてないらしい」
「へー……。振りにも技術っていうか、テクニックがあるんだな」
「そういうこと」
 ここで、司が橋本ありすから告白されて、その返事をこのキスシーンでして欲しいという話になっていたことは、わざわざ言うことでもないだろう。アイドルのキスシーン云々より、アイドルの恋愛沙汰の方に世間は敏感だ。結局、司に振られる形になってしまった橋本ありすのことを考えると、黙っていてあげる方がいいだろうし。
 9時から始まった二時間ドラマを見終わる頃には、当然11時近くになっていた。ドラマを見終わった後もすっかり寛ぎモードの湊に、俺はどうしていいのかわからなくなってしまう。
「俺、そろそろ帰るな」
 ほっとくといつまでも居座ってしまいそうだから言うと
「泊ってけば? もう遅いし」
 と返された。
 いやいや。そう言われましても……って話だ。
「明日早いの?」
「いや。明日から高校生組は学校だから、午前中はオフだよ。夕方からラジオの収録が入ってるけど」
「ならいいじゃん」
「……………………」
 ならいいじゃんって……。いきなりそんなこと言われても、俺、泊る準備とか何もしてきてないから困る。
「でも、明日から新学期の高校生達を見送ってやんなきゃだし」
「お前はお母さんかよ。司がいるんだから大丈夫だろ?」
「うーん……」
 大丈夫……なんだろうか。夏休みの間、仕事のない日は昼ぐらいまで寝るのが常になっている司はいまいち信用がおけない。下手すると、悠那と一緒に朝寝坊するというパターンも充分に考えられる。律と海は心配してないけど。
 司がいるから……というより、律と海がいるから大丈夫って感じだ。
 結局
「たまには外泊くらいしろよ。陽平って真面目過ぎ」
 と言われてしまい
「……わかったよ」
 俺が渋々折れることになってしまった。
 そんなに俺に泊って欲しいのか? よくわからないんだけど。
 とりあえず、無断で外泊するのはよくないから、司に電話をしてみると
《ぁんんっ!》
 いきなり悠那の甲高い声が聞こえてきてギョッとした。
《んっ……何? 陽平っ……》
《司っ……ゃだっ……電話しながら動かないでよぉ……》
 最中だった。ヤってんなら電話に出なくていいっつーの。出るなら出るで、電話してる間は悟られない努力とかしろよ。その我慢もできないわけ?
 と言うより、ドラマ見終わってからすぐヤるじゃん。どうなってんだよ。
 どうせ、司のキスシーンに拗ねた悠那を宥める流れでこうなったんだろうけどさ。
「俺、今日湊のとこに泊るから。お前、明日の朝は頼んだぞ?」
 邪魔しちゃ悪いと思い、手短に用件だけ伝えると
《わかった……ごゆっくり……っ》
《やんっ……んんっ……司ぁっ》
 息の弾んだ司の声と、抑えている気配のない悠那の喘ぎ声が聞こえてきた。
 このエロバカップルが。万年発情期か。律と海が不憫で仕方ねーよ。
「はぁ……」
 呆れた溜息と一緒に電話を切ると
「何? どうかした?」
 湊が不思議そうな顔で聞いてきた。
「いや、別に。なんでもない」
 いくら司と悠那の関係を知っている湊にも
『電話したら二人がヤってる最中だった』
 とは言えないから誤魔化した。
「あ。そういやこの前、もうすぐ誕生日だからって仁さんにお酒貰ったんだけど飲む? 陽平もう二十歳になってるし。俺ももうすぐ二十歳だし」
 言われてハッとなる。そうだ。今日で8月が終わり、明日から9月になるんだ。9月は湊の誕生月で、湊の誕生日は9月18日だった。
 後輩想いのAbyssとCROWNは、BREAKと違って良好な関係を結んでいるようである。
 ただ、デビューするとそんなに会う機会もなくなるようで――Abyssはレッスン場に頻繁に顔を出してくれるので、レッスン生の方が会える確率が高い――、誕生日プレゼントはかなり前倒しで渡しているようだ。
 俺もそろそろ湊の誕生日プレゼントを考えないと。
「ダメ。俺は良くても湊はまだ未成年なんだから。それに、どうせならお互い二十歳になってから一緒に飲む方がいいじゃん。二十歳の誕生日に初飲酒とか。思い出に残ると思うんだけど?」
 一瞬、頭が固いと思われるかとも思ったけど、俺自身、成人してからまだ一度もお酒を飲んでいなかったから、飲みたいって気分にもならなかった。
 もう二十歳になってるわけだから、堂々とお酒を飲んでもいいと思うんだけど、うちにはまだ未成年が四人もいる。俺一人でお酒を飲んでも楽しくないし、俺が飲んでるのを見て、悠那あたりが飲みたがっても困る。あいつ、そういう好奇心はわりと旺盛だから。
 せめて司が成人したら、一緒に飲むのもありだと思っている。それまでは、家の中でお酒を飲もうとは思わない俺だった。
「陽平ってほんと真面目だね。あれ? でも……ってことは、俺の誕生日を一緒に過ごしてくれるってこと?」
「え? いや……まあ……。別に一緒に過ごしてもいいけど……」
 メンバーの誕生日には、全員揃ってお祝いが基本の俺達と違って、CROWNにはそういう決まりはないらしい。
 まあ、俺達はメンバーで共同生活を送っているから、自然とそういう流れになっているだけなのかもしれない。これがもし、別々に暮らしているとかだったら、そんな決まりはできていなかったと思うし。
 でもさ、他に一緒に過ごしたい奴とかいないわけ? なんでこいつ、そういう大事な時に俺と一緒にいたがるんだよ。デビュー前日の時もそうだけど。
 そんなことを思うと同時に、湊に言われた
『好きだよ』
 って言葉をまた思い出してしまい、俺はグッとなってしまう。
 まさか、俺が好きだから――って理由なのか?
「じゃあ、お酒は二十歳になってからにする。その代わり、今日はジュースでも飲みながら語ろうよ。陽平と時間を気にせずゆっくり話せるのも久し振りだからさ」
「お……おう……」
 やっぱり帰った方が良かったか? と、今更後悔したくなる俺だった。
 が――。
「ほんと、ついにやっちゃったなって感じだったよね。BREAKの処分が年内活動休止だけっていうのも、ちょっと甘い気がするけどさ」
「仕方ないだろ。悠那がそうして欲しいって言うんだから。むしろ、司の方がそれじゃ納得できないって顔してたよ。悠那がなんとか説得してたけどな」
「あの子、見かけによらず結構芯は強いよね。律を守ったりもしたんでしょ? 見た目は律の方がしっかりしてるように見えるのに。律の方が脆いっていうか」
「律はしっかり者だけど、精神的にはまだ未熟なところがあるし。あれでも悠那の方が年上だからさ。悠那にとって律と海は可愛い存在で、守ってあげたくなるらしい」
「でも、よく許せたな。俺だったら絶対無理」
「俺も、最初に悠那がそんなことを言い出した時は、ほんとにそれでいいのか? って思ったよ。でも、悠那は夏休み中のファンイベントで、実際に応援してくれるファンの姿をじかに見てるからな。BREAKのファンを思うと、解散や解雇はして欲しくないってさ」
「いい子だなぁ……」
「悠那の意外な一面を見たって感じだった。いつも我儘ばっかでやりたい放題してるのに」
 いざ話し始めると、話は尽きることがなかった。
 数日前。BREAKの起こした事件のこともあり、会話の内容はそのことに集中しがちになってしまうけど。
 そう言えば、司と悠那の二人は今日、葵さんや朔夜さんに付き添ってもらい、BREAKの真壁樹さん宅に行くと言っていた。
 一体何しに行ったんだかは知らないけど、悠那も物好きな奴である。自分を犯しかけた人間にわざわざ会いに行くなんて。
 帰ったら司に話を聞くか。本当なら、俺も原因の一つだったらしいから、悠那達に付いていくべきだったのかもしれないけど
『陽平は湊さんと約束があるでしょ? こっちは大丈夫だから。湊さんと遊びに行ってきなよ』
 と、悠那に追い返されてしまったので、その言葉通り、こうして湊と会っているわけだ。
 だからって、気になってないわけじゃない。
「これでちょっとは性根入れ替えてくれるかな。もともと悪い人達ってわけじゃないし」
「そうなってくれるといいけど」
 ジュースとお菓子で語り続けること数時間。夜は結構更けてきた。基本的に規則正しい生活を送っている俺は、そろそろおねむの時間である。
 数分おきに欠伸をし始める俺に
「眠い? 陽平って昔から夜更かしできないもんな。風呂入ってきたら?」
 と言ってくれた。
 湊の家に泊ることを渋っていた俺だけど、一人暮らしをしている湊の家に泊るのが初めてってわけじゃない。俺も湊もZeusの養成所でレッスンを受けていた頃には一人暮らしを始めていて、お互いの家を行き来したことは何度もある。
 お互い、あの頃に住んでいた部屋からは引っ越しているけれど、二人でいる時の過ごし方は変わっていないようである。
「ん……」
「新しい下着あるから貸してやるよ。着替えは適当でいい?」
「うん。ありがと」
 しょぼしょぼしてくる目を擦りながら頷くと、湊は立ち上がり、風呂場の方へ向かった。
 もう2時過ぎじゃん。こんな時間まで起きてたのは久し振りだ。
 俺を風呂に入れる準備を整えたらしい湊は、俺のところに戻って来ると
「だいぶ眠そうだけど大丈夫? なんなら一緒にお風呂に入ってあげようか?」
 とか言ってくる。
「アホか。眠くても風呂ぐらい一人で入れるわ」
 何が悲しくて、家庭用の風呂に男二人で入らなきゃならないんだ。そこは全力で遠慮する。
 湊の言葉に素っ気無い返事を返し、風呂場に向かった俺は、湯船に浸かるのもそこそこにして、いつもの半分くらいの時間でお風呂から上がった。
 湊の用意してくれた服に着替えてリビングに戻ると
「俺も風呂入ろっと。先寝てていいよ。ベッド使っていいから」
 湊は俺と入れ替わりで風呂に向かった。
「ん」
 俺は短く返事をしながら頷くと、お言葉に甘えて、寝室――らしき部屋がある――のベッドに倒れ込むように横になった。
 横になり、大きく長い息を吐くと、猛烈な睡魔が襲ってくる。
(髪の毛乾かしてない……)
 とは思うものの、そんな気力は毛頭なく、意識はどんどん薄れていった。



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