僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 2

第5話 離れない(1)

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「ふんふふ~ん♪」
 今日は某人気音楽番組のスペシャルライブのため、テレビ局ではなく、大きなドーム会場に来ている。
 総勢31組が出演するこの特別生ライブ番組は、夏の終わりの一大イベントのようなもので、数年前から夏の風物詩にもなっている。俺もアイドルになる前は、よくこの特別生ライブ番組を見ていた。
 その番組に、デビューしてから半年で出られるってことは、俺達もそこそこ人気があるって証拠だよね。嬉しい。
 鼻歌交じりに司と一緒に通路を歩いていると
「悠~那っ。元気にしてた?」
「ひゃんっ!」
 不意に後ろからお尻を揉まれ、俺は変な声を上げてしまった。
「朔夜さん……。いきなり人の恋人のお尻を揉むとは何事ですか? セクハラもいいところですよ?」
 慌ててお尻を押さえて振り返った俺の隣りで、司がたいそう不満な顔をしていた。
 今のは俺が悪いんじゃないよね?
「だってさ、可愛いお尻が目の前でご機嫌そうに揺れてたから」
 司に凄まれたところで、全く反省の色がない朔夜さんだった。
 朔夜さんってまだ若いのに。時々ただのエロ親父みたいなことするよね。それも唐突に。俺と共演した時も、いきなりスカート捲ってきたし。
 夏休み最後の一大イベントに、見に来る人はもちろん、出演者のテンションも高めになるのは仕方ないけどさ。何も人のお尻揉むことはないじゃん。それも、“可愛いお尻が目の前でご機嫌そうに揺れてたから”って理由で。そういうとこ、ほんと子供っぽいよね、朔夜さん。格好いいのに。
 この特別番組は人気アイドル、人気アーティストが多数参加するから、国民的アイドルのAbyssが参加するのは当たり前だ。他にも、今月デビューしたばかりで陽平の友達がいるCROWNや、司とランキング番組で共演している橋本ありすのいるDolphin、俺のクラスメートの未来がいるCandy Lipsなんかも出演する。
 出演者にとっては丸一日掛けて行われるこのイベントは待機時間も長く、ここで新たな交流が生まれたりもするらしい。AbyssやCROWNとは交流したいけど、DolphinやCandy Lipsには会いたくない。面倒臭そうだし、見たくないものを見せられそう。
 そう言えば、司と橋本ありすが共演したドラマ――ついでに陽平も出演したドラマ――の放送ももうすぐだ。司と橋本ありすのキスシーンは見たくないけど、司の演技は楽しみにしてる。
 アイドル枠はわりと多く、あと五、六組のアイドルグループが出演するけど、俺はあんまり芸能人に詳しくないから、どんなグループなのかはよく知らない。名前は聞いたことあるし、見たこともあるけど、会ったことはないグループばっかりだし。
 確か、CROWNの他にもAbyssと同じ事務所に所属しているグループがもう一組出るんだよね。Abyssの後、CROWNより前にデビューしたグループで、そこそこ勢いに乗ってるグループ。名前は確か……。
「おはようございます。朔夜さん。こんなところで新人アイドルとお戯れですか? 余裕ですね。さすが天下のAbyss。下っ端アイドルなんて眼中にないから、ライバルにもならないってことですかね?」
「ああ……樹か。敬語はやめろって言ってるだろ? 俺とお前、同い年なんだから」
 そう。BREAKブレイクだ。Abyssの後輩ってことで、デビュー当初から注目されていたし、デビューしてからも高い人気を誇っている。AbyssやCROWNとは少しイメージが異なるグループで、アイドルなのにあまりアイドルっぽくないグループとしても有名だ。
 AbyssやCROWNが王道アイドルなら、BREAKはちょっと異色。アイドルっぽい爽やかさがなく、暗めでちょい悪って感じのイメージかな?
 そのBREAKのセンターを務める真壁樹まかべいつきさんから声を掛けられた朔夜さんは、ちょっとだけムッとした顔になった。
 あれ? Abyssは後輩想いで有名なのに。同じ事務所の後輩に声を掛けられたわりには、朔夜さんの態度ってちょっと冷たくない?
「そういうわけにはいかないですよ。なにせうちの事務所きっての稼ぎ頭、Abyssのセンターである月城朔夜さんに、馴れ馴れしい口なんて利けないですよ。朔夜さんにしてみれば、俺達も取るに足らない下っ端なんでしょうし。でも、裏切り者がいるFive S相手に、よく笑顔なんか振り撒けますね」
 うわー……感じ悪。大先輩に向かって凄い生意気な態度。これじゃ、いくら後輩想いの朔夜さんだって、冷たい態度取りたくもなるよね。俺がもし、この人の先輩だったら絶対説教する。説教するし、可愛がってもあげない。
 っていうか、裏切り者って? まさか、陽平のこと言ってるわけじゃないよね?
 でも、Five Sの中でZeusの事務所と関わりがあるのって陽平しかいないし……。
「お前、まだそんなこと言ってんの? 陽平は裏切り者じゃない。いい加減、そういうこと言うのやめろよ」
「うちからLightsに移ったのは事実でしょ? 立派な裏切り行為じゃないですか」
「だから、あれは事務所同士でのやり取りで決まったことだって言ってるだろ。陽平は確かにLightsプロモーションに移ったけど、陽平の代わりにこっちも向こうのレッスン生一人貰ってるんだ。CROWNのメンバーにはその子が入ってる。言ってみれば、トレードだよ」
「トレードねぇ……。そんな仲良しごっこしてる場合ですか? ライバル意識ってものはないんですかね。うちの事務所もLightsも」
「この話はやめよう。お前と話してもらちが明かないし、俺も気分が悪い」
「はいはい」
 ひらひらと手を振りながら、朔夜さんの隣りを通り過ぎていく樹さんに、俺はなんだか物凄く嫌な気分になった。
 俺の横を通り過ぎる際
「ガキ臭」
 と、鼻で笑われたのにはカチンときた。
 ガキ臭くて悪かったな。高校生なんだから、ガキなのは当たり前じゃん。
「ごめんね。二人とも嫌な思いさせて。同じ事務所の後輩とはいえ、あいつらの扱いには俺もちょっと困ってるんだよね」
「朔夜さんが謝ることないよ。あの人はムカつくけど」
「だよね。俺もムカつく」
 朔夜さんを責めるつもりはないけど、さっきの樹さんの態度にはふて腐れた顔にならずにはいられない俺に、朔夜さんも苦笑いになる。
 だって、仕方ないじゃん。俺が憧れてる朔夜さんに生意気な態度取るし、陽平のこと裏切り者って言った。俺のこともガキ臭いって馬鹿にしたし。なんであんなのが人気あるの? 納得がいかない。
 でも、BREAKをテレビで見た時は、そんな嫌な人達には見えなかったのに。愛想を振り撒くような人達じゃなかったけど、クールで格好いいを売りにしてるグループなんだって思ったくらいなのにさ。
 ま、さっきの態度をテレビの前で披露なんてできないだろうから、猫被ってるってことなんだろうな。俺だって、テレビの前では猫被る時もあるし。アイドルとしての振る舞いみたいなものは、一応意識するものだし。
「あれ? まだ楽屋行ってなかったの? 先行くって言ってたじゃん。って、おはようございます。朔夜さん」
「おー。おはよ、陽平。律と海も久し振り」
「お久し振りです」
 車で移動してきた俺達は、車を降りてすぐ、楽屋に向かう組とトイレに向かう組で分かれた。俺と司は前者だったわけだけど、朔夜さんや樹さんに捕まってしまったことにより、陽平達に追いつかれてしまったらしい。
(陽平があの場にいなくて良かった)
 って、心から思う。
 最近、ようやく前の事務所のことが吹っ切れたみたいなのに、裏切り者なんて言われたらまた気にしちゃうよね。
「どうしたんですか? こんなところに突っ立って」
 既に樹さんの姿はなく、通路の真ん中で固まっている俺達三人に、陽平は不思議そうに首を傾げた。
「ん? ああ。悠那のお尻が可愛いって話で盛り上がってたんだよ」
「は?」
 嘘つき。そんな話で盛り上がってないじゃん。確かにお尻は揉まれたし、可愛いお尻とも言われたけど。
「な? 司」
「え? うん。まあ……そんなところ」
 いきなり同意を求められ、司は戸惑いながらも賛同した。
 司も、さっきの樹さんとのやり取りは陽平に知られたくないって思っているんだろう。
「全く。なんの話をしてるんだか」
 俺達三人がそんな話で盛り上がったと信じた陽平は、一気に呆れた顔になる。
 俺達ってそんな話で盛り上がるように思われてるんだ。心外。俺のお尻でどう話が盛り上がるっていうんだよ。
「そう言えば、陽平。最近湊と会ってないだろ。あいつらデビューしてから忙しくしてるからさ。後で楽屋に遊びに行ったら? 今日は待機時間長いから、暇な時間も結構あるし」
「え? あ……はい。気が向いたら……」
 半ば強引に話を変えた朔夜さんだったけど、湊さんの名前を出された途端、陽平はちょっと困った顔をした。
 どうしたんだろう。陽平、湊さんと何かあったのかな? CROWNのデビュー前日に湊さんと会った時は、誕生日プレゼントに好きなブランドのアクセサリー貰って喜んでたのに。
 その後、CROWNはデビューして忙しくなったから、湊さんにも会えてないよね。もしかして陽平、湊さんに会えなかったことが寂しかったのかな? 久し振りに会う湊さんに、どういう顔していいのかわからないとか? だとしたら、陽平にも可愛いところあるじゃん。
「気が向いたらって。冷たいな、陽平は。ま、どうせ湊の方から会いに行くと思うけどな。前の俺達みたいに」
「うぅ……」
 照れ隠しなのか、陽平は本当に困った顔になって頭を抱えた。
 ちょっと会わなかっただけで、そんなに会うのが恥ずかしくなるもの? 陽平って相当な照れ屋さんなのかもしれない。
 そんなことを呑気に考えながら、俺達は朔夜さんと並んで、それぞれの楽屋に向かったのである。



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