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番外編 モノグサ男子の恋

    モノグサ男子の恋(10)

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「お兄ちゃん。その大福食べないの?」
「え?」
「さっきから大福見詰めたまま溜息吐いたり、指先で大福つついてばっかりでさ。全然食べる気配がないじゃん」
「そんなことはない。今から食べるよ」
「そう? それならいいけど」
 修学旅行から帰って来て……つまり、俺が智加のことを好きだと自覚してから早三ヶ月。
 その三ヶ月の間に合唱コンクールがあり、文化祭があり、クリスマスがあったりで、今はもう正月だった。
 冬休みに入るまでは麒麟も何かしら苛々することが多く、自分の部屋に籠りがちだったが、冬休みに入った途端、急に落ち着いてしまったようで、家族の共有スペースで過ごす時間も増えてきた。
 俺がダイニングテーブルに座り、頂き物の大福を眺めたり、突いたりして遊んでいる――わけでもないのだが――姿に、突っ込みを入れてくるほどには精神状態も安定してきた。
 いよいよ間近に迫ってきた受験本番を目前に、“今更焦っても仕方がない”と諦め、気持ちが落ち着いたのだろうか。
 それとも、受験に関係なく、今までの苛々や塞ぎ込みがちだった精神状態が、落ち着く時期に入ったのだろうか。
 そのへんの事情はよくわからないが、何にせよ、麒麟が落ち着いてくれたのであれば、一緒に住んでいる家族としては助かる。
「私も大福食べようかな」
「おお。お茶淹れてやろうか?」
「え? 珍しい。お兄ちゃんがそんなこと言ってくれるなんて。明日は雪かな?」
「俺が家族にお茶を淹れたくらいで雪なんて降るか。ああ、でも湯呑は自分で持ってこい」
「そこは取ってくれないんだ」
「急須とポットは手元にあるけど、食器棚はお前の方が近いじゃないか」
「はいはい。面倒臭がりなお兄ちゃんが、私のために急須にお湯を注いでくれるだけでもありがたいですよ」
 今年から高校生になるからだろうか。最近の麒麟の物言いは少しだけ大人びてきたようにも思う。
「あー……それにしても、灰色の受験生にはあんまりお正月気分ってものも堪能できないよね~。お年玉を貰えたからって浮かれてたらダメって気分になっちゃうし。ま、お年玉は貰えて嬉しいんだけどさ」
 とは言っても、まだまだ全然子供ではあるんだけどな。正月気分を堪能できないと言いつつ、貰ったお年玉にはしっかり喜んでいるわけだし。
「それに比べて、お兄ちゃんは今年も友達と初詣とか行って、お正月を楽しんでるよね」
「正月に初詣に行くのは普通だろ。別に正月を楽しんでいるわけじゃない」
 嘘だった。今年も去年に引き続き、新年一発目から智加と二人きりで行った初詣を、俺はめちゃくちゃ楽しんだ。
 と言うか、密かに初詣デート気分を楽しんだ。
 実際には俺と智加は付き合っているわけじゃないから、初詣デートではなく、大好きな智加とただ一緒に初詣に行っただけなんだけどな。
 心の中で勝手にデートだと思うのは俺の自由だ。人間、思うだけならいくらでも好きなことを考えていいものだし、どんな妄想に思いを馳せようが、誰にも咎められることはない。強いて言うなら、時々自分に自分で引くくらいだ。
 麒麟が持ってきた湯呑に淹れ立てのお茶を注いでやっている間に、麒麟は俺の正面に座り、箱の中の大福に手を伸ばしていた。
「お父さんとお母さんは?」
「じいちゃんとばあちゃんのとこ」
「今年もお兄ちゃんは一緒に行かなかったの?」
「俺は友達と初詣に行く約束があったし、どうせ夕方になったら向こうで一緒に夕飯になるんだから、早い時間から一緒に行くこともないだろう。正月はみんな朝から飲むし、高校生の俺がいても楽しくないからな」
「でも、あっ君とかなちゃんがいるじゃん。友達と初詣もいいけど、普段なかなか会えない従兄妹とも交流したら?」
「それも夕方からでいいだろ。あいつらはあいつらで何かと面倒臭いんだよ」
 正月、それも今日は元旦だというのに、今現在、家の中にいるのは俺と麒麟の二人だけだった。
 毎年のことではあるが、両親は今言ったように、一足先に父さんの実家に新年の挨拶に行っている。
 毎年朝一に家族で初詣に行った後、早めのお昼を食べてから、父さんと母さんは家から歩いて五分の距離にある父さんの実家に行くことにしているのである。
 いつもは麒麟もそこに混ざっているのだが、今年は受験生だからか、夕方までは家で勉強をし、夕飯からじいちゃんの家に出向くという、俺スタイルを取ることにしたようだ。
 俺も小学生まではそれに付き合っていたのだが、中学生になると“何も昼から一緒に行くことはないよな?”と思うようになり、そこからは夕方から顔を出すようになったのである。
 徒歩五分ならすぐだし。家が近いこともあって、じいちゃんとばあちゃんにはしょっちゅう会ってもいるからな。
 ちなみに、麒麟の言った“あっ君”と“かなちゃん”とは俺達兄妹にとっての従兄妹にあたる。
 高杉あつしと高杉かなえ。篤が俺の一つ上で、鼎が俺の一つ下。仲はそれなりにいい方だと思うが、年に数えるほどしか会わないから、特別に仲がいいと言うほどでもない。
 まあ、二人とも毎年俺や麒麟が通う学校の文化祭なんかには遊びに来るし、俺も麒麟に無理矢理誘われて、篤や鼎の学校の文化祭に行ったこともあるが。
 今年の文化祭では、運悪くクラスの出し物が演劇になってしまったから、絶対に見に来て欲しくなかったのに。いざ幕が上がると、麒麟、篤、鼎の三人が最前列のど真ん中に座っていたからかなり萎えた。
 だが、俺は後半にちょろっと舞台に出て、簡単なセリフを二言三言喋るだけで良かったからまだマシだった。主役になってしまった智加なんて、女装をさせられたうえ、舞台の上でいびられたり転がされたりして、半泣き状態だったからな。
 まあ、そんな智加も頗る可愛かったし、シンデレラに扮した智加の姿も――うちのクラスの出し物は、男女逆転シンデレラだった――なかなかイケていたと思う。もちろん、しっかりカメラにも収めておいた。
 どうやら俺は文化祭のたびに、新しい智加の姿を見せてもらえるらしい。去年が女装、一昨年がたぬき……。
 今年はどんな智加を見せてもらえるのかが、今から少し楽しみでもある。
 言っても、今年は俺達も三年生に進学し、受験生になってしまうわけだから、あまり文化祭に力を入れている余裕なんてものはないのかもしれないが。
 そう言えば、今年は麒麟と同様に受験生である篤だが、俺と違って大学付属の私立高校に通っているから、あまり受験生とは呼べない存在なのかもしれないな。
「お兄ちゃんってさ、本当に面倒臭がりだよね。それなのに、高校生になってから、毎年初詣に二回行ってるのがウケる」
「……………………」
 そうなのだ。うちは元旦の朝一に家族揃って初詣に行く習慣が昔からあるのだが、高校生になり、智加と一緒に初詣に行くようになってからというもの、俺は毎年元旦に二回初詣に行っている。
 もちろん、一回目と二回目で同じ神社に初詣に行っているわけではないのだが、智加と出逢う前の俺なら、そんな面倒なことは誘われても断っていただろうに。
 去年の冬休み
『俺、天馬と一緒に初詣とか行ってみたいな』
 と、控えめな感じで言われた時は、面倒臭がるどころか、二つ返事で
『いいぞ』
 と答えていた。
 今思うと、どう考えても俺はその頃から智加に惚れていたとしか思えない。相手が智加じゃなかったら「面倒臭い」と言って断っていた誘いである。
 俺と智加の間で「一緒に初詣に行こう」という話になれば、一臣と光稀も一緒に行くことになりそうなものだが、一臣は高城家の一員として年末年始は忙しい。光稀は光稀で年末から年始にかけて父親の実家に帰省をするらしいから、二人を誘って一緒に初詣……とはならないのである。
「もしかして、本当は友達とじゃなくて、彼女と行ってるの?」
「は?」
「初詣だよ。だって、面倒臭がりのお兄ちゃんが、いくら仲のいい友達だからって、行く必要のない二回目の初詣に行くなんて変だもん」
「いやいや。高校生にもなれば、人との付き合い方も多少は変わるだろ」
 妹の口から“彼女”という単語が飛び出したことに、俺は少し動揺した。
 年頃の兄として、年頃の妹とはあまりそういう話をしたくない、という気持ちもある。
「実は去年から気になってて、何度か聞こうとは思ってたんだよね。お兄ちゃん、彼女できたの? って」
「いや……どうしてそう思うんだ?」
 なんと。去年から気にされていた。妹というものは見ていないようで、ちょっとした兄の変化を見ているものらしい。
「高一の終わりくらいだよね? お兄ちゃんが友達の家に頻繁に遊びに行くようになったのって。二年になったら友達の家で夕飯をご馳走になって帰って来ることもあったし。これは、もしや彼女ができた? って私的には思ってたりするんだけど」
「彼女なんてできていない。本当に仲のいい友達と遊んでいるだけだよ」
 正確に言うと、“俺が現在片想い中の仲のいい友達”にはなるのだが。
 しかし、現段階では友達以上でも以下でもない、恋人未満どころか恋人同士になれるかどうかもわからない智加のことは“仲のいい友達”としか言いようがなかった。
 本当は“彼女”だと言ってしまいところではあるが。
「えー? なんだ。違うの? 最近は出掛けて行く時のお兄ちゃんの顔が心なしか浮かれてるようにも見えるから、絶対に彼女だと思ってたのに」
「期待に沿えなくて悪かったな」
 ふむ……。うちの妹はこれでいて、なかなか鋭い観察眼を持っているようだ。まさか出掛ける前の俺の表情までチェックされているとは思わなかった。今度から気を付けよう。
 三ヶ月後には俺と同じ高校に通うことになる予定の麒麟が、校内で俺と智加の姿を見掛けて、俺の智加に対する密かな恋心に気付いてしまうようなことはあるのだろうか……。
 おそらく大丈夫だとは思う。いくら麒麟の目に俺と智加の仲が良過ぎるように映ったとしても――実際にそう見えるのかどうかは微妙――、自分の兄が男に惚れているとは思うまい。
 麒麟の性格を考えれば
『お兄ちゃんって、なんであの人のことをあんなに可愛がってるの?』
 くらいは聞いてくるかもしれないが、そのへんはどうにか上手く誤魔化せるだろう。
 基本的に、麒麟は俺の言葉を素直に信じる単純な奴でもあるからな。
 その証拠に、今だって疑っていた期間のわりには、俺の「彼女なんてできていない」という言葉を、あっさり信じてしまっているわけだから。兄としては扱いやすくて助かる。
「残念。高校に入ったら、お兄ちゃんの彼女がどんな人なのかを見るのが楽しみだったのに」
 まだ俺と同じ高校に入学できると決まったわけでもないのに、もう合格したつもりでいる麒麟だった。
 まあ、確かに合格するんだろうとは思っているけどな。
 学校での麒麟の成績はいい方だし、夏に受けた模試の結果もA判定だったと聞く。
 うちの高校は公立のわりにはレベルが高く、このあたりでは評判もいい高校ではあるが、学校の先生からは「もっとレベルの高い高校も狙えるぞ」と言われているそうだ。
 夏に受けた模試の結果で「合格確実」と言われている麒麟が、その後も怠けることなく受験勉強を頑張っていたわけだから、麒麟が高校受験に失敗するとは思えない。
(それにしても、麒麟もいつの間にやら恋愛に興味を抱くようになっているのか……)
 今の麒麟と同じ歳の頃の俺は、恋愛というものに全く関心がなかったことを考えると、俺に比べて麒麟の方が早熟とも言える。
 しかし、一般的には女の方が男より早く大人になるという話もよく聞くから、そういうものなのかもしれないな。
 だからと言って、俺は麒麟の恋愛にまつわる話は聞きたくないけどな。
 そういう話は麒麟が結婚して、子供ができた後になってから、ようやく“してもいい”と思う話だと思っている。
 俺の淹れたお茶を一口啜り、手に持ったままだった大福の包みを開く麒麟にならい、俺もさっきからずっと目の前に置いたままだった大福の包みを開いた。
 真っ白でもっちりとした、まんまるな大福を見ていると、少し前まで一緒にいた智加のことを思い出してしまう。
 さてさて。今年は俺と智加にとって、どんな一年になるのやら……だ。



 智加のことを好きだと自覚して以来、俺は智加への想いが日増しに強くなっていく一方の日々ではあるのだが、未だに智加に「告白しよう」という結論には至っていなかった。
 正直に言うと、何度かそういう気を起こし掛けているのだが、いざ智加に自分の気持ちを打ち明けてみようとすると、振られた時のデメリットが頭をよぎり、結局は伝えず仕舞い……になってばかりだった。
 これまで人からどう思われようが全く気にしなかった俺が、智加のことになると、やたらと臆病になってしまうことが滑稽だし、情けなくもある。
 それだけ俺が智加のことを失いたくないと思っている証拠なのかもしれないが、俺が智加への想いを伝えない限り、俺と智加の関係は一生このままでもある。
 智加への気持ちを自覚したばかりの頃は、「それもアリか」という気持ちもあったけれど、自分の気持ちを自覚してから三ヶ月も過ぎると、さすがに現状に満足ばかりもしていられなくなってきた。
 俺は自分の智加への気持ちを充分過ぎるほどに自覚しているし、男として、智加に性的欲求を感じることもある。そんな俺が、智加と今まで通りの仲良し友達のままで満足できるわけがないのである。
 この三ヶ月の間、俺はもう何度智加のことを頭の中で犯したことだろう。
 日頃、智加の傍でありとあらゆる智加の表情や仕草、反応を見ている俺は、頭の中に思い浮かべる智加がやたらとリアルだったりして、そのことも俺の感情を益々昂らせているのだと思う。
(このままは辛い……)
 そう思うようになった俺は、今日、智加と一緒に行った初詣の最中に
《今年中に智加に告白しよう》
 という決意をした。
 決意して、信仰心もない癖に賽銭を投じ、神様とやらに手まで合わせてきた。ところが――。
「へー。かなちゃんって仲のいい男子に告白されたんだ。凄いじゃん」
「いやいや。ぶっちゃけた話、友達だと思ってる男子に告白されても結構困るんだよね。下手に仲がいいぶん、振り辛いところあるし」
「わかるー。こっちはただの友達として好きなだけなのに、その好意を勘違いされても困るよね」
「そうなんだよね。友達として好きってことは、逆を言ってしまえば、恋愛対象としては見ていないってことなのにさ」
「それで、結局どうしたの?」
「もちろん振ったよ。そりゃ罪悪感はあったけどさ。異性としては見られないんだもん。仕方がないよ」
「だよね。でも、そんなことがあったら、もう友達としては付き合えなくなっちゃうよね」
「そうなんだよね。そこはちょっと残念。明るくて楽しい奴だったんだけどね」
 そんな俺の決意を揺るがすような、この女子二人の会話はなんだ。何を思って、こいつらは新年早々、親族の集まる夕飯の席でそんな話を始めたんだ。
 親戚の前でも夕飯の席でもする話じゃないだろう。
「その点、天馬はいいよね。天馬は異性付き合いなんてほぼほぼしてないから、女友達から告白されることがなくてさ。ま、その代わり、顔や名前すら知らない子から告白されて、それを振らなきゃいけない面倒があったりもするみたいだけどさ」
 でもって、俺にまでそういう話を振ってくるな。たかが年に数回しか会わない従兄妹に、俺はそんな話をした記憶もないのに。
「自分のお兄ちゃんがモテるのは誇らしくもあるんだけどさ。モテ過ぎるのも困るんだよね。私、中学の時は周りの子から“あんたのお兄ちゃんって失恋製造機だよね”って言われて、なんか申し訳ない気持ちになっちゃったもん」
 まあ、俺が自分で従兄弟にそんな話をしたわけじゃないのであれば、話の出所は十中八九麒麟なのだが。
 全く……余計な話を従兄弟にするな。
「仕方ないよ。好きじゃない相手を振るのは当たり前だし、うちのお兄ちゃんに比べたら全然マシだよ。私のお兄ちゃんは天馬と逆で、告白されたらすぐ付き合っちゃうんだから。私の方は“あんたのお兄ちゃんって何人彼女いるの?”って言われてるんだから。そっちの方が断然恥ずかしいし、申し訳ない気持ちになるよ。自分のお兄ちゃんが女の敵みたいな奴なんだから」
「確かに。あっ君に比べたら、うちのお兄ちゃんの方がマシかな」
「うちのお兄ちゃんにしても、天馬にしても、昔から容姿には頗る恵まれてるからモテるもんね。性格はどっちも難ありって感じだけど」
「ほんとそれ」
 こらこら、妹達よ。兄達の前で兄達をディスるのはよせ。兄達が居たたまれない気持ちになるだろう。
 こういう話になった時、女にだらしのない篤がディスられるのは自業自得だとしても、好きでもない女子を振っただけの俺まで“性格に難あり”の評価を下されるのは理不尽だろう。
 見た目が似ているわけでもなく、性格も全くの正反対だと言っていい俺と篤が、妹達から一緒くたにされてしまうのは、どちらも“兄”であることと、それなりに異性から告白された経験があるからなのかもしれないが、妹達からの評価が常に低めであるのは、全て篤のせいだと思っている。
 直接本人から聞いた話ではないが、篤は鼎の言った通り、来るもの拒まずで誰とでも付き合ってしまう軽薄な男のようだからな。
 篤という名前を貰っている癖に軽薄とは……。名は体を表すんじゃないのかよ、と言いたい。
 篤の軽い性格のせいで俺の人間性まで疑われてしまう。その不満をぶつけるような視線を篤に向けると
「だってさ、運命の相手がどこにいるかなんてわからないじゃん。せっかく俺のことを好きだって言ってくれてるんだから、そういう子とは片っ端から付き合ってみるのもいいと思うんだよね」
 とまあ、全く悪びれる様子もなく、俺には全く理解できない発言を、俺に向かって笑顔で放ってきた。
 知るか。“片っ端から”なんて言葉を使っているあたり、軽薄さにより一層磨きが掛かっているだけに聞こえるぞ。
「っていうかさ、天馬もせっかくモテるなら、告白してきた子全員とまではいかなくても、何人かと付き合ってみればいいのに。中には可愛い子だっているでしょ?」
 そして、俺を自分と同じ道に引き摺り込もうとしてくるな。俺は篤とは違うし、今現在、ちゃんと好きな奴だっているんだからな。
「嫌だ。好きでもない奴と付き合うなんて面倒臭いだけだ」
「相変わらずだね、天馬は。その面倒臭がりな性格を直さないと、この先の人生の半分も楽しめないよ?」
「余計なお世話だ。俺は俺でそれなりに楽しい人生を送っているつもりだ。これ以上、俺の人生が楽しくならなくても構わない」
「無欲だねぇ」
「お前が欲望に忠実過ぎるだけだろ。奔放過ぎるんだよ」
「そこは否定しないけどね」
 自分が面倒臭がりであることは認めるが、そのせいで人生の半分も楽しめないとか、余計なお世話過ぎる。
 俺の面倒臭がりな性格は生まれ持っての性格だから、今更直そうとは思わない。俺の人生は俺の物だから、俺が納得していればそれでいい。
 それに、この世のあらゆることが面倒臭いと思ってしまう俺にも、面倒臭さを感じないもの――一切の面倒臭さを感じない存在というものもあるみたいだからな。
 そいつと一緒にいると、俺の日常は充分過ぎるほどに楽しくもある。
 だから、俺は今の性格のままで充分なんだ。
「しかしまあ、そこまで無欲だと宝の持ち腐れって感じでもあるよね」
「は? 何を言っているんだ。俺は宝なんて持っていないぞ」
 一体いつまでこんな話を続けるのかと、うんざりし始めていた俺は、嫌な感じのニヤつき顔で言ってくる篤に眉をひそめた。
 どうしてここで“宝の持ち腐れ”なんて言葉が出てくるんだ。
「だってほら……」
 篤は俺達のやり取りを見ている妹達の視線を気にしながら、俺の耳元に手を添えてくると
「その長身なら、天馬も立派なモノ持ってるんじゃないの? 高校生のうちに使っておかなくてもいいわけ?」
 と、俺にしか聞こえない声で囁いてきた。
「痛っ! なんで殴るの⁈」
「今のは完全にお前が悪い」
 とりあえず、篤の頭を強めにグーで殴っておいた。
 下品か。下品だし、妹や親、祖父母のいる席で言うセリフでもない。こいつ、よくもまあ身内の前でそんな発言ができるな。いくら聞こえていないからと言っても、俺なら絶対にできない発言だ。
「ちょっと、お兄ちゃん? 天馬に何言ったの?」
「あっ君。うちのお兄ちゃんにあんまり変なこと言わないでよ?」
 あまり評価は良くないが、俺の方が篤より優遇されているらしい。
 それも当然だろう。男なら誰でも持っているナニを“宝”だとか言うアホと比べたらな。俺の方がよっぽど真面目で、誠実な人間だと言える。
「変なことは言ってないよ。男同士なら極々普通の日常的な会話だよ」
「ふーん……」
 二人の妹達に疑わしい目で見られる篤は、そんな言葉で誤魔化しているが、俺の日常会話にそんな下品なやり取りはない。
 高校生にもなると、休み時間に猥談や下ネタで盛り上がっている男子もいるにはいるが、俺が日頃一緒にいるメンバーはそういう話とは一切無縁な人間ばかりだからな。
「でも、正直なところ、私も高校生になったお兄ちゃんにも、ついに彼女ができたんだ、って期待したのにさ。今日聞いたら、彼女なんかできていない、って言われてがっかりしちゃった」
「え~? 何々? 天馬ってば麒麟に彼女の存在を疑われるような行動とか取ってるの? その話、もっと詳しく聞きた~い」
 俺が篤の頭を殴ったことで、この手の話にも終止符が打たれるであろうことを期待したのに。
 またしても余計なことを言い出す麒麟に、今度こそ俺はうんざりした。
 普段会わない歳の近い従兄妹だからか、麒麟と鼎は会えば延々とお喋りをしているような仲だった。
 そして、その会話の内容のほとんどが、わりとどうでもいいことであり、余計な話ばかりのようでもある。
 お互いに兄がいるからか、兄ネタで盛り上がることも多い。兄としては非常に迷惑な話だ。
 自分の話をすればいいのに、俺の日常――俺は麒麟に自分の話をしないから、あくまでも学校での俺や、麒麟の目から見た俺の話でしかない――をぺらぺらと喋り始める麒麟と、麒麟の話を熱心に聞きながら、時々話の先を促すような相槌を打つ鼎。そんな二人を不満気な顔で見ている俺と、その俺の顔を楽しそうな顔で眺めている篤……。
 とまあ、うちの従兄妹同士は大体いつもこんな感じである。
 ここに来る前、麒麟に向かって
『あいつらはあいつらで何かと面倒臭いんだよ』
 と言ったのは、こういう俺的に好ましくない話も、こいつらはわりと好きであるところにある。
「へー。面倒臭がり屋の天馬がねぇ……。それは確かに怪しい」
「でしょ? だから、私も絶対に彼女ができたんだと思ったのに、お兄ちゃんは違うって言うんだよね」
彼女じゃないってだけで、相手は女の子……それも、天馬の好きな子なんじゃないの? そうじゃなきゃ、今までの天馬とは明らかに違うアクティブさの説明にならなくない?」
「そういうことなのかなぁ?」
 しかも、単純な麒麟と違って、従兄弟二人は俺の言葉をあまり素直に信じてくれないうえ、やや勘が鋭いところもあるから厄介だ。
 今の鼎の発言にしたって、性別の問題を除けばほぼ正解、って感じだからな。
「でもまあ、もうすぐしたら自分の目で確認できるじゃん。麒麟は天馬と同じ高校に通うんだからさ」
「うん。それもそうだよね」
「天馬の好きな子がわかったら絶対に教えてね。凄く気になるからさ」
「あ。俺も俺も。俺も天馬の好きな子とか興味ある」
 はぁ……。勝手に盛り上がってろ。俺の勘が正しければ、麒麟に俺の好きな奴は絶対にわからないから。
 しかしまあ、俺のところにしても篤のところにしても、兄妹の学歴が全く一緒になるのもどうなんだろうな。別に兄妹で同じ学校に通う必要はないと思うのに、うちの妹達は当然のように兄の通う学校に入学してくる。
 別々の学校に通っていれば、周囲の人間から兄のことでとやかく言われることもなかっただろうに。
 こっちとしても、妹達に余計なことを知られなくて済むというのにな。
「でもさ、そんなに頻繁に遊びに行く相手なら、麒麟が入学する頃にはもう付き合ってるかもしれないよ? 案外、今日行った初詣で、彼女の隣りで密かに願掛けなんかしてたのかも。彼女と上手くいきますように……って」
「まさか。お兄ちゃんに信仰心なんてないもん。たとえ好きな人と上手くいきたくても、神様にお願いして、どうこうしてもらおうなんて思わないよ」
「それもそっか」
 …………いや、そのまさかだったりもするのだが。
 しかし、そうやって柄にもなく神頼みまでした俺の願いや、智加に告白しようと決意した俺の気持ちを、どうでもいい会話で台無しにしてくれたのがお前らでもあるんだけどな。
『こっちはただの友達として好きなだけなのに、その好意を勘違いされても困るよね』
 この言葉が思いの外にダメージが強かった。それはもう、せっかく智加に告白しようと決めた決意が、一瞬にして揺らいでしまうほどのダメージだった。
 智加が俺のことを友達だとしか見ていなかった場合、俺は智加からそう思われてしまうということか?
 それは辛い。辛過ぎる。
 百歩譲って、智加に振られてしまうのは仕方がないとして、振られるだけでなく、智加に
『やだなぁ……俺、そういうつもりで天馬が好きだったわけじゃないのに。俺の好意を天馬が勘違いしちゃったのかな?』
 なんて思われてみろ。辛いし恥ずかしいしで、生きて行く自信を無くしてしまいそうだ。
 むしろ、振られるよりも智加にそう思われてしまう方が辛いくらいだ。
(どうしたものか……)
 今年中に智加に告白をするつもりでいた俺は、その決意を揺るがされ、やや途方に暮れるしかない状態であった。
 まあいい。今年はまだ始まったばかりだ。智加に告白をする前に、まずは智加の気持ちを探ることにしてみるか。
 そもそも、初詣の参拝は願い事をするためではなく、神様に新年の挨拶をしに行くものだもんな。
 元々信仰心のない俺が、たかだか五円ぽっちの賽銭で、事が上手く運んでくれるはずがないのである。


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