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After Story

三話 Winter Vacation(1)

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 時が経つのは早いもので、つい最近高校生になったばかりだと思っていた俺の高校生活も、あっという間に二学期が終わってしまった。
 十二月二十五日のクリスマスに二学期の終業式を迎えた俺は
(どうせなら、クリスマス前に冬休みが始まってくれればいいのに……)
 と、意地悪な学校の年間スケジュールに文句を言いたくなった。
 まあ、別にクリスマスだからって何があるわけでもないんだけどさ。
 でも、今年のクリスマスは恋人がいる初めてのクリスマスでもあったから、もっと恋人と過ごすクリスマスってものを味わいたかったような気もする。
 とはいえ、今年は雪音が受験生だから、あんまりクリスマス気分に浸って浮かれている場合でもないんだけどね。
 だがしかし、今年は雪音が受験生だからこそ、クリスマスくらいはちゃんとクリスマスらしいことをして、雪音に楽しいクリスマスを過ごして欲しいとも思う。
 もちろん、頼斗も一緒に。
 そんなわけだから、クリスマス当日である今日の夕飯は、久し振りに俺が腕を振るって、愛する恋人達にクリスマスっぽい手料理を振る舞ってあげようと思っている。
 宏美さんに
『クリスマスの夕飯は俺が作ってもいい?』
 って言ったら
『まあ、楽しみ。私も仕事から帰って来たら手伝うわ』
 って言ってくれた。
 なので
「頼斗。俺、スーパーに寄って帰るから、頼斗は先に帰ってて」
 学校帰りにスーパーに寄る俺は、隣りにいる頼斗を先に帰らせることにした。
「え? スーパーなら俺も一緒に行くけど?」
「今日はダメ。今日は俺一人で買い物がしたいの。だから、頼斗には先に帰ってて欲しいの」
 俺が一人でスーパーに行くと言い張ると、頼斗は怪訝そうな顔になったけれど、俺としては、今日の夕飯そのものを恋人へのサプライズにしたいんだよね。
 去年の今頃なら、俺もまだ頼斗と付き合っていなかったし、毎日のように夕飯を作っていた俺だから、学校帰りに頼斗と一緒にスーパーに寄って帰ることもしょっちゅうだった。
 クリスマスという特別な日でも
『今日は何が食べたい?』
 なんて頼斗に聞いていたりしたんだけどさ。
 そうやって当たり前のようにクリスマスを普通に過ごしていた頼斗だからこそ、恋人同士になった今年のクリスマスは、ちょっとだけ特別なクリスマスを演出したいのである。
「……………………」
 頼斗の顔は怪訝そうな顔から不満そうな顔に変わったけれど、街に流れるクリスマスソングにハッとなると
「わかった。んじゃ俺、一回家に帰って着替えてくる。で、着替えたらお前の家に行っとく」
 そう言ってくれた。
 ひょっとして頼斗、今日がクリスマスだってことを忘れていたのでは?
 いやいや。さすがにそんなはずはないよね? だって、二日前から教室ではクリスマスの話題しか出ていないって感じだったもん。
『クリスマスイブもクリスマスも学校とかマジ地獄~』
 とか
『せめてもの救いは、クリスマス当日が終業式ってことだな。午後からはクリスマスを楽しめるから』
 なんて会話を何度耳にしたことか。
 今日だって、教室の中で何回〈クリスマス〉って単語が出てきたと思っているんだよ。それでクリスマスを忘れるとかないよね。
(じゃあ何で今、頼斗はハッとしたんだろう……)
 今日が正真正銘のクリスマス当日であることは頼斗もわかっていたはず。それなのに、急に何か思いついたような顔になり、俺の言うことを素直に聞いてくれる頼斗のことが不思議だった。
 もしかして、俺が今年のクリスマスを全く意識していない感じだったから、クリスマスに俺が何かするつもりでいるとは思っていなかったのかな?
 そんなわけないじゃん。恋人ができて初めてのクリスマスだよ? 俺だってそこはちゃんと意識するよ。
 まあ、昨日のクリスマスイブには全くクリスマスらしいことをしなかったから、頼斗に
『深雪はクリスマスとかどうでもいいんだな……』
 と思われてしまっていても仕方がない気がするけれど。
 でも俺、恋人との関係にそこまで淡白でいるつもりはない。やたらめったら「記念日、記念日」って騒ぎ立てるようなことはしないけど、年に何回かある大きなイベントには便乗して、恋人との思い出ってやつを作りたいと思っている。
 だから、クリスマスのことだってずっと考えていたんだよね。
 学校があるからクリスマスイブはスルーしちゃうことにしたけど、クリスマス当日には雪音や頼斗とクリスマスっぽいことをしようって、俺なりに色々計画を立てていたんだから。
 その計画の中に一つに、彼氏へのクリスマスディナーサプライズが入っているわけだ。
 何日も前から献立を考えて、レシピを調べて、俺なりのクリスマスに相応しい夕飯を考えていたんだ。
 そして今日、俺の考えたクリスマスメニューの買い出しリストを財布に忍ばせている俺は、頼斗にその内容を知られたくなくて、頼斗を先に帰らせることまで計画に入れていた。
「あんま遅くなるなよ。あと、変な奴には気をつけろ」
 スーパーの前で一度俺と別れることになった頼斗は、俺のことが心配って顔だったけれど
「大丈夫だって。買う物はもう決まってるんだから。買い出しには三十分も掛からないよ。何かあったら電話するから」
 俺は愛想のいい笑顔で頼斗を安心させてあげると、頼斗に背を向けてスーパーの中へと入って行った。
 今日はクリスマスだからなのか、スーパーの中はいつもに増して人が多くて賑やかだったけれど、買い物カゴを手にした俺は、財布から取り出したメモを見ながら、必要なものをどんどんとカゴに入れていった。



 夕飯の買い出しを済ませた俺が家に帰って来ると
「お帰り、深雪。意外と早かったな」
 一度自宅に帰った頼斗は既に俺の家に来ていたし
「あんまり一人でうろうろしないでよね。何かあったらって思うと、こっちは気が気じゃないんだから」
 雪音も学校から帰って来ていて、一人で夕飯の買い出しに行った俺のことを責めてきたりもした。
 たかがスーパーで二、三十分買い物をしただけなのに……。雪音って本当に俺のことになると過保護なんだから。
 頼斗も頼斗で俺には過保護っちゃ過保護だけど、俺が一人で近所のスーパーで買い物をするくらいなら、そこまで口煩く言わない。
 心配はしてくれるけど、ある程度は俺の自由にさせてくれるって感じかな?
 頼斗は生まれた時からこの辺に住んでいるから土地勘ってやつがある。俺が近所で何かの事件に巻き込まれても、すぐに駆け付けられる自信があるのかもね。
 そもそも、俺や頼斗が住んでいるこの地域は比較的治安が良く、そうそう事件なんてものも起こらないしね。
 でも、この春うちに引っ越してきたばかりの雪音は、この辺のことをよくわかっていないところがある。
 うちに引っ越してくる前から、通学中にこの付近を歩くことがあったみたいだけど、この辺の治安の良さなんかはわかっていないのかもしれないし、土地勘もまだまだって感じなんだろうな。
 そんな雪音の中では、うちの近所に怪しい人間がうろついているかもしれない……という心配があるのかもしれない。
 どちらにせよ、初めてのおつかいに行く未就学児というわけでもないんだから、ちょっと一人で買い物に行くくらいのことで、あまり心配をしなくてもいいと思う。
 俺は非力で喧嘩にも滅法弱いだろうけど、いざとなったら走って逃げることはできるもん。万が一、危険な目に遭いそうになったら、全ての荷物を放り出して、家に逃げ帰ることくらいはするよ。
 だから
『心配し過ぎ。そんなに心配しなくても大丈夫だから』
 って言いたくなっちゃうんだけど
「大体、厚着してもこもこになってる深雪が、スーパーで買い物している姿とか可愛過ぎるじゃん。僕だったら、絶対に保護して家に連れて帰っちゃうよ」
「確かに、冬の深雪って可愛いよな。常時萌え袖だし、登下校中は鼻の下までしっかりマフラー巻いてんのも可愛い」
「狙ってるとしたらあざといけど、深雪の場合、素でそれをやってるから堪らないんだよね」
「マフラーの結び目が後ろになってんのも可愛い」
 何か二人が俺の話で盛り上がっているから、二人の会話に口を挟める雰囲気ではなかった。
 っていうか、この時期に俺がスーパーで買い物をしている姿を雪音に見られたら、俺は保護されて、家に連れて帰られちゃうの?
 何だかよくわからない発想だけど、それって俺と雪音が家族だからだよね? 俺と雪音が赤の他人だったとしたら、そんな事にはならないんだよね?
(まあ、二人に可愛いって思われていること自体は嬉しいんだけど……)
 二人の目から隠すように、買って来たばかりの食材を冷蔵庫の中に入れていく俺は、全ての食材を冷蔵庫の中に仕舞い終わると
「ところで、二人ともお昼は何がいい?」
 夕飯作りを始める前に、まずは二人のお昼ご飯を作ってあげることにした。
 今日は夕飯を豪華にするつもりだから、お昼は簡単なもので済ませるつもりだ。
 できればあまりボリュームのあるものも避けたいと思っていた俺は、雪音と頼斗の二人から
「あったかいものなら何でもいい」
「俺も。深雪に任せる」
 と言われ、お昼ご飯の候補の中に入れていた肉うどんを作ることにした。
「わかった。着替えたらすぐに作るね」
 一度家に帰って着替えて来た頼斗はもちろん、俺より先に帰宅していた雪音も、既に制服から私服に着替え終わっていた。
 たった今家に帰って来たばかりの俺は、一度自分の部屋に入って制服を着替えてしまうと、意気揚々とキッチンに立った。
 さっさとお昼を作って二人に食べさせたら、二人には二階に行ってもらい、夕飯になるまでは一階に下りて来ないようお願いしなくちゃ。
 そんな事をしたら、俺の恋人へのクリスマスディナーサプライズがバレバレになっちゃうけど、どのみち今日の夕飯を俺が作るところは隠しようがないもん。だから、二人には夕飯の献立さえ知られなければいいと思っている。
 クリスマスに彼氏に手料理を振る舞う彼女なんて珍しくも何ともないし、彼女にとって重要なのは、手料理を振る舞うことよりも、〈クリスマスっぽいメニューを作って彼氏を喜ばせたい〉とか、〈いつもとは違うメニューで、クリスマスの特別感を演出したい〉ってところだと思うんだよね。
 きっと今この瞬間にも、クリスマスという特別な夜を演出するために、今夜の夕飯のことで頭がいっぱいになっている彼女は沢山いるんじゃないかと思う。


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