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四章 幼馴染みは鉄板だろ? 後編 ~桐原岳視点~

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 深雪の話は俺の想像を遥かに超えていて、深雪と雪音は親の再婚がきっかけで出逢ったわけではなく、父親の再婚相手家族と出逢う前に、偶然街中で出逢っていたという。
 そして、出逢ったその日に雪音からキスをされてしまった深雪は、その事で頼斗に盛大な愚痴を零し、更にその翌日、父親の再婚相手とその息子との初顔合わせで再び雪音に会った時も、深雪は雪音から唇を奪われていた。
 二度も繰り返された雪音からの合意ないキスに腹を立てた深雪だったけれど、深雪から立て続けにそんな話を聞かされた頼斗の方も、このまま雪音を野放しにしておくわけにはいかないと焦ったのか、深雪に告白。
 深雪は頼斗の気持ちに気付いていなかったから、頼斗に告白された時はびっくりしたと言ったけれど、頼斗から告白された日に頼斗と合意の上でキスをしたという。
 もちろん、その時の深雪に頼斗のことを好きだという自覚は無かったらしいんだけど、幼馴染みの頼斗に「キスしたい」とせがまれると、深雪も断り切れないものがあったそうだ。
 そこには、雪音から無理矢理奪われたキスを忘れてしまいたいという気持ちもあったのかもしれない。
 とにかく、頼斗に告白された後の深雪は、頼斗のことが好きなわけでもないのに頼斗とキスをして、その後も頼斗とは今まで通りの付き合いを続けたらしいんだけど……。
(何か俺、相談する相手を激しく間違えちゃった感じ? 次元が違い過ぎて意味不明なんだけど?)
 ってなる。
 っていうか、深雪がのちの弟になる雪音とそんな出逢い方をしていることにもびっくりだよ。出逢った直後にキスされるって何? 何なの? それでよく深雪は父親の再婚に賛成できたものだよね。
 俺だったら絶対に無理。いきなり自分の唇を許可なく奪ってきた相手と家族になるなんてゾッとするじゃん。たとえ、それがどんなイケメンだったとしても、何をされるかわからない恐怖に怯えるよ。
 百歩譲って、雪音とそんな事があったから、深雪が頼斗とするキスに抵抗がなかったとしても、自分を好きだと言っている相手に「キスしたい」って言われたからしちゃう深雪もどうなの? それは俺の知っている深雪とは随分違う深雪の姿なんだけど。
《正直、当時の俺は雪音に振り回されてばっかりって感じだったから、頼斗の気持ちに戸惑いながらも、頼斗を頼らないわけにもいかないところがあったんだよね。頼斗に好きって言われた時はびっくりしたけど、頼斗の気持ちを嬉しく思う気持ちもあったし……》
「え。嬉しかったの?」
《うん。だって俺、自分がそういう意味で誰かに好かれているとは思っていなかったんだもん。頼斗のことは幼馴染みとして特別だったし大好きだったから、その頼斗が友達以上に俺のことを好きだと思ってくれていることが嬉しかった……よ?》
「何それ。それってもう深雪は頼斗のことがその時から好きだったってことにならない? 普通、ただの幼馴染みだと思っている相手に告白されたら、驚くばっかりで嬉しいとは思わなくない?」
《そ……そうなのかなぁ……》
「はぁ……」
 やっぱり俺、相談する相手を間違えちゃったな。
 よくよく考えてみれば、控えめで人付き合いにも消極的な深雪が、頼斗を突き放すはずがなかった。
 中学の頃から深雪は頼斗にべったりだったし、頼斗が傍にいないとすぐにオロオロしたり、困った顔になっていた。
 深雪が頼斗に頼りきっていて、頼斗がいないと何もできないのは誰の目から見ても明らかだった。深雪が他の誰よりも頼斗を好いていることは一目瞭然だったんだよね。
 だから、自覚はなくても深雪は頼斗のことが最初から好きだったんだと思う。今、二人が恋人同士になっていることも、雪音との出逢いがなくてもいつかは訪れる必然だったんじゃないかと思う。
(あれ? でも待って? そうなると、俺と慧ちゃんの場合もそうなる可能性が……)
 深雪の話を聞いてなかば呆れていた俺は、自分と慧ちゃんも深雪や頼斗の関係性に似ているところがあることに気が付いた。
 だって、俺にとっての慧ちゃんって特別だもん。
 俺、慧ちゃん、涼介、旭の四人は同じ幼馴染み同士になるんだけど、その中でも慧ちゃんの存在は俺の中で特別だった。
 同じ幼馴染みに優劣をつけたくはないんだけど、俺は三人の中だと慧ちゃんのことが一番好きだった。
 そこには、慧ちゃんは他の二人に比べて付き合いが少しだけ長いから――という理由もあると思うけど、慧ちゃんといる時の自分が一番自然体でいられるし、慧ちゃんと過ごす時間が一番落ち着いて心地良かったからだ。
 慧ちゃんと二人だけでいると、俺はいつもその時間を「幸せだな」と思っていた。
(あれ? あれ? ちょっと待ってよ。俺の言う〈慧ちゃんは特別〉って、もしかして……)
 いやいや。これって一体何の気付き? 何か気付いたらいけないことに気付きかけてない? もしかして俺、深雪の言葉に惑わされちゃってる?
《じゃあさ、桐原は佐々木に好きって言われてどう思ったの?》
「え⁉」
《嬉しいって思う気持ちは全然無かったの?》
「えっと……それは……」
 うぅ……。俺が今、慧ちゃんに対する自分の気持ちに新しい気付きを見出みいだしてしまいそうなこのタイミングで、そういう質問をしてきちゃう?
(落ち着け……落ち着こうよ。俺はありのままを答えればいいんだから……)
 わずか数秒の間に二、三度小さな深呼吸をして気持ちを静めた俺は、深雪からの問い掛けに
「俺はとにかくもうびっくりしちゃって……。驚く以外に何の感情もなかった……と思う」
 本当にありのままの気持ちを素直に答えてみた。
 だけど、ここで慧ちゃんからの告白を「嬉しくなかった」と拒絶するような発言をしない俺は、心のどこかで慧ちゃんの気持ちが嬉しかったりするのかな?
 わからない。でも、自分のことを好きだと言ってくれる相手の気持ちって、それがどんな相手だろうと少しは嬉しく思うものなんじゃないだろうか。
 なんて言ったら、さっき深雪に突っ込んだ俺の意見とは矛盾することになっちゃうけれど。
《そうなんだ……》
 気のせいかな? 心なしかスマホから聞こえてくる深雪の声が残念そうに聞こえる。
《ちなみに、佐々木から告白された後はどうしたの?》
「え⁉」
《桐原は佐々木に何て返したの?》
「いや……それは……」
 正直言って、そんな心的余裕は全く無かった。
 というか、慧ちゃんからの告白に心底驚きの声を上げた後の俺は、その後すっかり放心状態になってしまい、慧ちゃんとはロクに話もしないままに帰って来てしまった。
 俺があまりにも呆然としているものだから、慧ちゃんが俺を家の前まで連れて帰って来てくれたけど
『じゃあな、岳。また明日』
 と言う慧ちゃんに
『うん。バイバイ』
 と返すのがやっとだったんだよね。
「何も……何も言ってない。俺、驚き過ぎて放心状態だったから、俺を家の前まで連れて帰ってくれた慧ちゃんにバイバイしか言ってない」
 今思うと、それってかなりヤバくない? ヤバいって言うより、慧ちゃんに対して失礼だったよね?
「どうしよう、深雪。俺、慧ちゃんからの告白に驚くだけ驚いて、何の返事も返してないよ。それって慧ちゃん的にはかなりがっかりだし、面白くない感じだよね?」
 いきなり慧ちゃんに告白されてしまった俺は、驚きのあまり自分のことしか考えられなくなっていたけれど、慧ちゃんからしてみれば、せっかく勇気を出して俺に告白したのに、その俺が慧ちゃんからの告白を無視したように思えて不満に思ったんじゃ……。
「俺、明日慧ちゃんにどんな顔をして会えばいいんだろうって思ってたけど、慧ちゃんの方こそ俺と顔を合わせるのが気まずいよね? もしかしたら俺の態度に腹を立てて、俺と口を利いてくれないかも……」
 いくら慧ちゃんの告白に驚いたからって、あまりにも自分のことしか考えていなかった自分に青褪めていると
《うーん……それはないと思うよ? 多分、佐々木にとっても今日の告白は予想外だったんじゃないかな? だから、桐原がびっくりして何も言い返せなくても、佐々木は仕方がないって思ってくれていると思う》
 深雪からは冷静な励ましの言葉が返ってきた。
「深雪~……」
 相談相手を間違えただなんて思ってごめん。深雪は人が多いとおどおどして頼りなさそうに見えることもあるけれど、こうして二人だけで話してみると、結構頼りになるところもあるんだな。
《きっと佐々木も今すぐ桐原からの返事が欲しいと思っているわけじゃないと思うから、今日返事が返せなかったって言うなら、じっくり考えてから桐原なりの返事を返せばいいと思うよ? 桐原が佐々木のことをどう思っていて、佐々木とどうなりたいのかってことを》
「俺が慧ちゃんと……」
《うん。今まで通り友達のままでいたいって思うならそう言えばいいし。そうじゃないなら、その気持ちを素直に佐々木に伝えたらいいと思う》
 俺が慧ちゃんのことをどう思っていて、慧ちゃんとどうなりたいのか……か。
 それってちょっと考えたらすぐに答えが出るものなのかな。元々考えることが苦手な俺は、自分の慧ちゃんに対する気持ちに答えを出せる自信が無い。
《とにかく、明日は今まで通り普通にしてて大丈夫だと思うよ? ちょっとはギクシャクしちゃうかもだけど、そこは佐々木の方でフォローしてくれると思うから》
「うん……」
 家に帰って来た直後は、もうどうしていいのかわからなくて発狂してしまいそうだったけど、こうして深雪に今日の出来事を相談したことで、俺の気持ちもかなり落ち着いた。
 そして、俺が今何をするべきなのかもよくわかった。
 考えるのが苦手とか言っている場合じゃない。俺は自分の気持ちとしっかり向き合って、自分が慧ちゃんのことを本当はどう思っているのかを考えなくちゃ。
「ありがと、深雪。ちょっとだけ落ち着いた」
《どういたしまして。少しでも桐原の力になれたのなら良かったよ》
 相変わらず控えめな性格というか、おっとりした人柄が窺える深雪からの返事だった。
 だけど、そんな深雪の言葉からも、深雪が成長した様子が窺えた。
 高校生になった深雪が急に大人っぽく感じるように思えたのも、やっぱり深雪が頼斗や雪音と付き合い始めたことが原因なのかなぁ……。
 男同士の恋愛なんて俺は今まで考えたこともなかったけど、ぶっちゃけ男同士ってどうなんだろう。
「ねぇ、深雪」
《うん?》
「深雪は頼斗と恋人同士になってどうなの?」
 気になるから聞いてみた。
 すると、深雪からは
《えっと……凄く幸せだよ》
 スマホ越しでも表情がわかるくらい、深雪の照れてはにかんだ声がそう答えた。


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