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二章 笠原兄弟の恋愛事情 後編 ~笠原伊織視点~
僕とお兄ちゃんの結末(6)
しおりを挟む僕に初めて彼氏ができたのは、中学一年生になってすぐ。
相手はさっき会った彼で、彼との付き合いはネット上のやり取りから数えると約二年半。
これは歴代彼氏の中でも断トツに長い交際期間だったと言える。
もっとも、恋人同士としての付き合いは半年しかなかったけれど、僕にとって恋人と半年も続くこと自体、実は結構稀なケース――というか、半年も付き合ったのは彼だけだった。
初めての彼氏と別れた後は高校生と付き合った。そっちは二ヶ月ほどですぐに別れた。
顔は好みだったんだけど、一緒にいると結構疲れるタイプだったのと、セックスが良くなかったことが別れる原因だったかな。
三人目はナンパされて知り合った大学生。
その人は恋愛対象が男に限定されているわけじゃなくて、男同士のセックスに興味があるだけって感じだったよね。
二、三回会ってセックスしたらすぐに別れた。理由は向こうに「彼女ができたから」で、これはもう付き合っていたというよりは、お互いに恋人がいない間のセフレみたいなものだったんじゃないかと思う。
四人目は再びネットで知り合った社会人で、最初は優しくていい人だったんだけど、会うたびに段々と変質的な本性を現してくるようになってきたから、怖くなって別れた。
五人目もネットで知り合った大学生。一ヶ月も続かなかった気がする。
六人目はナンパ。こっちは三ヶ月くらい続いたかな?
そんな感じで七人目、八人目と元カレの数が増えていき、お兄ちゃんと恋人同士になる前に付き合っていた元カレは、僕にとって十人目の彼氏だった。
大体二、三ヶ月くらいですぐに別れちゃうから、気が付けばそんな数になっていた。
僕自身も本気じゃなかったけれど、向こうもそうだったんじゃないかと思う。
まあ、最初に付き合った彼は多少本気で僕のことを想ってくれていたような気もするし、会うたびに変質的な本性を見せてきた彼も、僕には結構ご執心って感じだったかな。
別れた後もしつこく連絡してくるから、鬱陶しくなってスマホの番号を変えたくらいだから。
後はまあ、男同士のセックスに興味がある人だったり、僕の見た目が好みだっていう人ばかりだったかな。ナンパされて知り合った相手は特に。
でも、そういう人は結局「やっぱ女がいい」ってなっちゃうから、長続きしなくて当然だと思う。
僕のこういう行き当たりばったりで刹那的な恋愛について、一度雪ちゃんから
『それでいいの?』
って聞かれたこともあるけれど、元々僕の好きな人はお兄ちゃんただ一人だったから、僕の答えは
『別にいいよ。みんな本気じゃないんだもん。僕の行き場のない悲しみや寂しさを紛らわせてくれる相手なら誰でもいいんだもん』
だった。
もちろん、そこには最低限の条件というものもあったけれど、結局はみんなお兄ちゃんの代わりでしかなかったから、お兄ちゃん本人ではない代用品に執着なんてものもしなかった。
――という話をお兄ちゃんに話して聞かせると
「十人……俺の倍じゃねーか……」
僕の元カレの人数を知って、お兄ちゃんはショックを受けている様子だった。
「だから言いたくなかったのに……」
かくいう僕も、歴代彼氏の数をお兄ちゃんに知られてしまい、軽く凹んでいる。
自分では元カレの数なんていちいち気にしていなかったし、気にも留めていなかったけど、中学三年生の時点で元カレが十人ってやっぱり多いよね。お兄ちゃんに幻滅されちゃったかもしれない。
しかも
「で、お前はその十人全員とセックスしたのか?」
「う……うん……。まあ……」
その十人全員とセックス経験がある僕は、益々決まりが悪い気分であった。
「マジかぁ……」
僕の歴代彼氏の話を聞き終わった後のお兄ちゃんはがっくりと肩を落とし、完全に項垂れてしまっていた。
お兄ちゃんに「知りたい」って言われたから、僕もついつい馬鹿正直に全部話しちゃったけれど、あっという間に別れた相手は数に入れなくても良かったかも。
僕の元カレの数の多さに幻滅したお兄ちゃんに
『やっぱお前と付き合うの無理だわ』
って言われちゃったらどうしよう。
「でもまあ、それもこれも全部俺のせい……なんだよな? 俺がお前の気持ちも知らず、無神経にも彼女を作っちまったから」
しかし、お兄ちゃんはそうはならなかった。
僕の元カレの数にショックを受けているものの、原因は自分にあると思ってしまうみたいだった。
だけど
「お兄ちゃんのせいじゃないよ。確かに、僕はお兄ちゃんが中学に入ってすぐに彼女を作ったことはショックだったし、そのことで〈お兄ちゃんは僕のことなんか好きになってくれないんだ〉って決めつけちゃったけどさ。お兄ちゃんに好きになってもらえないことに自棄を起こして、その遣る瀬無さを他の誰かで解消しようと思ったのは僕だから……」
別にお兄ちゃんのせいってわけでもないから、僕の取った行動でお兄ちゃんが責任を感じる必要はない。
本当はお兄ちゃんのことが誰よりも好きなのに、その気持ちから目を逸らし、楽な方向に逃げてしまったのは僕自身だもん。悪いのは僕。全部僕のせいなんだよね。
「いや。俺にも責任はある。だって俺、お前が俺のことを好きなんじゃないかって、疑っていた時期があるんだから」
「え⁉ そうなの⁉」
何ですと? お兄ちゃんって僕の気持ちに気付いていた時期があったの? それっていつの話?
「ああ。俺が小学校高学年くらいになった頃から薄々と……」
「嘘でしょ⁉ そんなに早い段階に⁉ 何でその時、僕に確認してくれなかったの⁉」
驚愕の事実。
今まで僕は、お兄ちゃんが僕の気持ちを知ったのは、お兄ちゃんに深雪や頼斗のことを紹介した日、勢い余って僕がお兄ちゃんに好きだと言ってしまったからだと思っていた。
ところが、お兄ちゃんはそれよりもずっと前に、僕の気持ちには薄々気が付いていたという。
(そんな事ってアリなの⁉)
だったらもっと早く僕に聞いて欲しかった。
『お前、俺のことが好きなの?』
って。
そしたら僕も自分の気持ちを素直に認めていて、お兄ちゃんの代わりを探すようなこともしなかったかもしれない。たとえ、お兄ちゃんに振られていたとしても。
「自信が持てなかったんだよ。それに、もしお前に〈俺のこと好きなの?〉って聞いて、お前から〈好き〉って返事が返ってきたら、どうしていいのかがわかんなかったし」
「うぅ……」
確かに、高校生になったお兄ちゃんでも、僕に「好き」って言われた時は酷く混乱していた。
それが小学生の頃だったら尚更混乱していただろうから、当時のお兄ちゃんが僕にそんな確認をしてくるはずがないよね。
「だから、中学になってすぐに彼女を作ったんだ。俺に彼女ができたら、お前も俺のことを諦めるだろうと思って」
「そ……そうだったんだ……」
マジか。中学生になったお兄ちゃんがいきなり彼女を作った理由って、僕にお兄ちゃんのことを諦めさせるためだったのか。
「俺に初めて彼女ができたことを知ったお前は、三日間はめちゃくちゃ落ち込んで俺と口も利いてくれなかったけど、四日目にはケロッとした顔になったからさ。あれでお前も俺のことはすっかり諦めてくれたんだと思ったんだよ。実際、お前も中学になってからすぐに恋人ができたって言ってたから」
「でも、今の僕の話を聞いて、そうじゃなかったってことがわかったでしょ?」
「ああ。だから責任を感じるんだよ。中学に入ってからどころか、俺に彼女ができた直後から、お前がネットで恋人探しを始めていたとは思わなかった」
お兄ちゃんが僕の気持ちに薄々気が付いていたことには本当に気付かなかったし、初めて作った彼女は僕に自分のことを諦めさせるためだったことも今知った。
だけど、それを知ったところで、やっぱりお兄ちゃんを責める気持ちにはなれなかった。僕の取った行動は僕自身のせいだと思う。
まあ「言ってよ!」とは思うけど。実の弟にそんな話を振れなかったお兄ちゃんの気持ちもわからないではないもんね。
「俺はお前が傷つくだろうとわかっていながら彼女を作って、実際にお前を傷つけたじゃん。だから、お前のこれまでの恋愛がそうなっちまったのは俺のせいだ」
「だから、それはお兄ちゃんのせいじゃないってば。僕がお兄ちゃんに自分の気持ちを伝える勇気がなくて、勝手に楽な道に逃げちゃっただけだから」
お兄ちゃんはあくまでも自分が悪いと思ってしまうみたいだけど、これは本当に僕の弱さの問題で、僕自身の問題だ。
それをどう言ったらお兄ちゃんにわかってもらえるんだろう。
「これは僕のせいなの。お兄ちゃんのせいじゃないの。だから、今日みたいに罰が当たっちゃったんだよ」
「罰?」
どうにかして、お兄ちゃんのせいじゃないってことを伝えようとした僕は、自分の口から出た言葉にハッとなった。
そうだよ。きっとこれは罰が当たっちゃったんだ。お兄ちゃんのことが好きな癖に、その気持ちを誤魔化して、お兄ちゃん以外の人間に逃げてしまった僕への罰が、お兄ちゃんとの初デートで元カレに遭遇するという不運に繋がっちゃったんだ。
「だってそうじゃない? せっかくのお兄ちゃんとの初デートだったのに、そんな日に限って元カレに会っちゃうなんて……。それって僕がこれまで付き合ってきた彼氏をお兄ちゃんの代わりにしてきたことに対する罰以外の何物でもないよ」
言っているうちに何だか泣けてきた。
過去は変えられないし、自分のしてきたことを後悔するつもりもなかったけれど、お兄ちゃんとの初デートで元カレに会うだなんて仕打ちは、僕が今までしてきたことが間違っていたと言われているようなものだよね。
「だから……お兄ちゃんは……」
悪くない、って言おうとしたのに、言葉に詰まってしまった僕は何だか物凄く悲しい気持ちになってしまい、視界が涙でぼやけてきてしまった。
お兄ちゃんとの初デートで元カレと再会した挙げ句、僕が泣くようなことになったら目も当てられない。
だから、絶対に泣いちゃダメだって必死に涙を堪えていると、お兄ちゃんの腕が僕をギュッと抱き締めてきてくれた。
そして
「お前が受ける罰なんてねーだろ。お前は何も悪くない」
僕を強く抱き締めながら、力強くそう言ってくれた。
「お兄ちゃん……」
何でこんなに優しくしてくれるんだろう。僕の過去にショックを受けているはずなのに。
こんな時にそんな風に優しくされちゃったら、僕はもうお兄ちゃんから一生離れられなくなっちゃうじゃん。
「ほんとにそう思ってくれる?」
「もちろんだ」
「ありがとう、お兄ちゃん……」
もちろん、最初から離れるつもりなんてないけれど、僕をしっかり抱き締めてくれるお兄ちゃんの身体を抱き返す僕は、今度は嬉しくて泣きそうだった。
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