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二章 笠原兄弟の恋愛事情 後編 ~笠原伊織視点~

二話 僕とお兄ちゃんの難問課題(1)

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 新学期が始まった。
 姫ノ塚中学校はこの辺りでは一応進学校として有名だったりもするから、学校の長期休暇が終わった直後には、必ずと言っていいほど学力テストというものが行われる。
 僕達三年生は今年受験生だから夏休みの宿題を出されなかったものの、休み明けにいきなり学力テストだなんてさ。うちの学校の先生達はよっぽど生徒に勉強をさせたくて仕方がないらしい。
 でもまあ、勉強なんてハッキリ言ってしまうと日々の積み重ね。得意、不得意はあっても、毎日真面目に勉強していれば、誰だってある程度の勉強はできるようになるものだ。
 その点、僕は環境に恵まれていたと思う。
 だって、一番の友達である雪ちゃんは常に学年トップを誇る学力の持ち主だし、お兄ちゃんも学校ではいつも成績優秀と褒められるくらいに勉強ができるんだもん。
 そんな二人がすぐ傍にいるのに、僕だけ全く勉強ができないっていうのもちょっと考えられない話だよね。
 元々僕は勉強が好きってわけでもないんだけれど、お兄ちゃんや雪ちゃんと一緒に勉強をしているうちに、自然と勉強ができるようになってしまった。勉強は好きでもないけど嫌いじゃないって感じかな?
 それなりにちゃんと勉強してきたおかげで基礎はできているし、得意と言えるものの一つになってしまっている。
 なので
「雪ちゃぁ~ん♡ テストどうだったぁ?」
 丸一日を実力テストに使った学校が終わるなり、僕は雪ちゃんに意気揚々と声を掛けた。
 正直、今日のテストは楽勝だった。
 それもそのはず。今年の夏休みの大半をお兄ちゃんとイチャイチャして過ごしてばかりいた僕も、勉強だけはちゃんとやっていたもん。
 しかも、その勉強を大好きなお兄ちゃんに見てもらっていたんだから、僕の学力がアップするのも当然だよね。
 僕が勉強できるようになったのも、昔からわからないところを大好きなお兄ちゃんが教えてくれていたからだと思う。
 好きな人に勉強を教えてもらったら、その成果ってやつを見せてあげたくなるものだもんね。
「この時期に学校のテスト如きに苦戦してたらダメでしょ。今回はそんなに難しい問題もなかったし」
「あはは♡ その言い方だと楽勝だったっぽいね。さすが雪ちゃん♡」
「そういう伊織も楽勝だったっぽいじゃん」
「そりゃもちろん♡ だって僕、夏休みはいっぱい勉強したも~ん♡」
 テストが終わったばかりの教室というものは、全体的にどんよりとした疲労感のようなものが漂っているように感じる。
 もちろん、テストから解放された解放感っていうものもあるんだけれど、うちの学校のテストってわりとレベルが高いし。今年は受験生になる三年生にとって、テストという存在はその響きだけで受験を意識してしまい、憂鬱になってしまうものなのかもしれない。
 ついでに言うと、昨日始業式が終わったばかりでまだ夏休み気分が抜けていないのに、その翌日にはもうテストが行われ、一気に現実に引き戻される感じが苦痛――っていうのもあるのかもね。
 でもまあ、元々学校って勉強するための場所だし。仮に夏休みをロクに勉強せずにダラダラと過ごしていた人間も、学校が始まれば嫌でも勉強しなくちゃいけない場所だったりもするよね。
 姫中に通う生徒の中で、夏休みをのんびりダラダラ過ごす生徒なんていないとは思うけれど。
「へー。ちゃんと勉強してたんだ。八月に入ってからは伊澄さんとエッチな事ばかりしていたんだろうと思ってた」
「失礼だね。そりゃお兄ちゃんとエッチな事はいっぱいしてたけど、ちゃんと勉強だってしてたんだよ? お兄ちゃんは僕と違って夏休みの宿題を大量に出されていたし。毎日机に向かって勉強する時間っていうものがあったんだよ。だから、僕もお兄ちゃんと一緒に勉強してたんだから」
「ああ、そっか。伊澄さんには夏休みの宿題っていうものがあったよね。二人もいる彼女とイチャイチャしてばっかりもいられないか」
「そういう事♡」
 何やらちょっと棘のある言い方だったけれど、深雪とは週に一回しかセックスできない雪ちゃんからしてみれば、特に制限があるわけでもなく、好きな時に好きなだけお兄ちゃんとセックスできちゃう僕が羨ましいのかも。
 でも、雪ちゃんだって深雪と一緒に住んでいるわけだから、深雪と好きな時に好きなだけセックスはできなくても、家の中で好きな時に好きなだけ深雪とイチャイチャすることはできるよね。
 頼斗が来ている間は無理かもしれないけれど、頼斗だって毎日七緒家に泊まるわけじゃないし。七緒家で夕飯を食べた後は頼斗も自分の家に帰るから、そこからの深雪は雪ちゃんだけの深雪にできるよね。
「でもさ、好きな人と一緒に住んでるって最高だよね♡ 一緒に勉強できちゃうし、親の目さえ気を付ければ、いつでも好きな時にイチャイチャできるもん♡」
 境遇としては僕と全く同じと言える雪ちゃんだから、何も雪ちゃんが僕の環境を羨ましく思う必要はないんだよ、ってことを遠回しに伝えると、雪ちゃんは
「確かにね。僕の場合は伊織や伊澄さんほど好きな時に好きなだけイチャイチャできるって感じでもないけど、学校が休みだと深雪とは朝から晩まで一緒にいられるし。頼斗が帰った後は深雪を独占することもできるからね。恵まれてるっちゃ恵まれてるよね」
「でしょ♡」
 良かった。雪ちゃんの機嫌がすぐに直ってくれて。
 今日の雪ちゃんがちょっとご機嫌斜めなのも、多分夏休みが終わってしまったからなんだと思う。
 夏休みの間は学校が違う深雪と好きなだけ一緒にいられたけれど、学校が始まっちゃったらそういうわけにもいかないもんね。
 今頃深雪は何をしているんだろう……とか、学校では常に頼斗と一緒にいる深雪を思うと、どうしても面白くない気分になっちゃうんだろうな。
 その気持ちは物凄くよくわかる。だって、僕も今まさに雪ちゃんと同じ気持ちだもん。
 今頃美沙ちゃんと一緒にいるであろうお兄ちゃんを思うと、僕だって雪ちゃんみたいにふて腐れたい気分になる。
 でも、だからこそ、あえて明るく元気に振る舞っちゃうんだよね。
 僕は自分のお兄ちゃんに対する想いが報われることはないだろうと思っていたし、中学生になってからのお兄ちゃんにはずっと彼女がいた。お兄ちゃんのことを考えると胸が痛くなるし落ち込んじゃうから、僕と一緒にいない時のお兄ちゃんのことはなるべく考えないようにする癖がついてしまっているところがあった。
 もちろん、考えないようにしても考えちゃうものだし、お兄ちゃんの代わりにしていた歴代彼氏と一緒にいる時なんかは、むしろお兄ちゃんのことばかり考えていたりもしたけれど、報われない自分の片想いのせいで、自分の人生全てがつまらなくなってしまうのは嫌だった。
 だから、苦しかったり辛かったりする自分の気持ちには蓋をして、毎日が楽しい振りをしているうちに、そうする事が普通になってしまったところがある。
 でも、雪ちゃんはまだそういう気持ちの切り替えができないっていうか、自分の心の中のもやもやを晴らすための方法が身に付いていないと思うから、学校ではいつも雪ちゃんと一緒にいる僕が雪ちゃんのぶんまで明るく振る舞ってあげて、雪ちゃんを元気づけてあげようと思う。
 深雪は雪ちゃんに初めてできた彼女――というより、雪ちゃんが初めて好きになった相手だもん。
 雪ちゃんは深雪と付き合う前に六人の女の子とのセックス経験があるけれど、その全員がただの遊びで気紛れみたいなものだった。男として、どうしても溜まってしまう性欲処理の相手にしか過ぎなかった。
 だから、雪ちゃんは恋愛経験が豊富というわけではないし、好きな相手に対して自分が抱く感情をどう処理していいのかわからないところがあると思うんだよね。
 初めてできた恋人と過ごす楽しい夏休みが終わり、深雪と離れ離れになってしまう学校生活に戻ってしまったことに、ただただ不満が募っていく一方なんだろう。
 そういうところはまだまだ雪ちゃんも子供なんだと思うし、そんな雪ちゃんを可愛いとも思うけれど、深雪と一緒にいない時の雪ちゃんがずっと面白くなさそうな顔をしているのも僕は悲しい。
 学校では好きな人と一緒にいられないところは僕も一緒だから、お互いに励まし合ったりしながら、学校生活は学校生活で雪ちゃんと楽しく過ごしたいと思っちゃうんだよね。
 そんな僕の気持ちが雪ちゃんにも伝わったのか、雪ちゃんは
「ごめん、伊織。ちょっと伊織に当たっちゃった。好きな人と一緒にいられないところは伊織も一緒なのに。自分だけが不幸みたいな顔しちゃったよね」
 雪ちゃんをさり気なく元気づけようとする僕に謝ってきてくれた。
「全然気にしてないよ♡ 雪ちゃんの気持ちは物凄くわかるから」
 でも、僕は全く雪ちゃんに腹を立てていないから、申し訳なさそうな顔で謝ってくる雪ちゃんを快く許してあげた。
 雪ちゃんってあんまり人に気を遣わなかったりもするけれど、身内にはめちゃくちゃ優しかったりもするんだよね。悪いことをしたと思ったらすぐ謝ってくるし。僕は雪ちゃんのそういう優しくて素直なところが凄く好き。
 もちろん、友達としてって意味で。
 少し前までは雪ちゃんのそういうところに胸キュンしちゃうこともあったけれど、お兄ちゃんの彼女になってからの僕は、これまで雪ちゃんや頼斗に感じていた恋愛的な意味でのときめきを感じなくなった。
 それっていうのも、自分の大本命が彼氏になったからなんだろうな。長年お兄ちゃんを想い続けてきた僕は、彼氏になったお兄ちゃんに一途ってことなんだ。
 これまでずっと捨てきれなかった雪ちゃんに対する恋愛的な感情というか下心が、お兄ちゃんと恋人同士になったことで完全に消え去った僕は、これからの雪ちゃんとは真っ当な友情が築けていけるだろうと確信した。


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