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第一章 死んでないが死にかけた

第4話 目覚めても悪夢

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 何だかいい匂いがする。
 この野菜と肉のクリーミィな匂い……今日の晩御飯はシチューか。
 自慢ではないが、母さんの作るクリームシチューは店で出せるくらいにはうまいと思う。

「母さん……今日、オレの好きなシチュー……」

 半分夢の中にありながらも、キッチンで夕飯の自宅をしていると思われる母親に声を掛ける。
 するとすぐ近くで吹き出すような笑い声が聞こえた。
 母さんが笑っているのかと思っていたが、段々眠りから冷めていくにつれ、何かが違う事に気付いた。

(ん? そういえばオレ、就職してから一人暮らし……料理なんて……)

 作ってくれる人がいるはずはないのだ。
 寝惚けた頭で色々思い返している内に、徐々に記憶が蘇ってきた。
 こんな呑気に寝ている場合じゃなかったはすだ。

「うわあああ!!」

 恐怖の2つの光景がフラッシュバックし、バネのように飛び起きる。
 蜘蛛、蛇、寝起きだからかその2つの単語だけが頭をぐるぐる回っていた。
 けど、目の前に広がるのはそんなエグい光景じゃなくて、暖かみの感じられるノスタルジック調の部屋だった。

「あ、あれ……?」

 キョロキョロと辺りを見回す。
 部屋の中にいるのは白衣を着た眼鏡の中年男性と、蛇から助けてくれた女の子だった。

「あの……ここどこ……てか何でオレ……ッ」

 状況が掴めなくて半ばパニック状態に陥ったオレを宥めるように、男性が背を撫でてくれる。

「落ち着きなさい。君は森の中で倒れて彼女にここに運ばれてきたんです。君が倒れたのは魔力に当てられたからでしょう」

「……何だって?」

「君には魔力喪失病の疑いがあります。原因は不明ですが、知っての通り、早急に」

 大真面目な顔して何言ってるんだ、この人は。
 そもそも魔力なんてもの自体が空想の産物で、この世に存在しないだろう。

 まさか本当に一般人に盛大なドッキリを仕掛けるという企画なのか。
 こっちは散々な目に合ってきたというのに、さすがにこれは悪ふざけが過ぎてはいないだろうか。

「あの、そういうのもういいです。特に身体に問題が無いなら帰ってもていいですか。色々盗まれてるし警察に届け出しなきゃいけないんで」

 いい加減うんざりしてきて、ぶっきらぼうにそう答える。
 すると二人は顔を見合わせ、何か問いたげな女の子に男性が首を振ってみせる。
 仕掛けが失敗してガッカリということだろうか、そんなのこっちの知ったことじゃない。

「……うーん、魔力喪失病に精神錯乱の症状はないのですが……突然変異種では無かったのですよね、レティ」
「はい。私が倒したのはただのジャイアントスネークでした」

 どうやら彼女の名前はレティ、襲ってきたのはジャイアントスネークという名前の蛇という設定らしい。
 この茶番劇は一体いつまで続くのだろうか。

「さっぱり見当が付かきませんね……。何なんでしょう、この症状は」
「サイラス先生でも分からないなんて……一体このエル・ドラド=サンクチュアリて何が起きているのでしょうか?」

 今、何と言ったのだろう。
 いや、聞こえなかったわけではなく『黄金の聖域エル・ドラド=サンクチュアリ』と言わなかっただろうか。
    それは何度も耳にした名前で、オレにとっては珍しいものでも何でもなかった。

「……あの、外見てもいいですか?」
「ええ。構いませんよ。君が私達の制止を振り切って診療所から脱走しなければ」

 脱走するかしないかは状況次第だ。
 もし先程聞いた言葉が真実なら、とんでもなく恐ろしい事態に陥っている。
 心臓がバクバクして口から飛び出してきそうだった。

 ゆっくりと、レトロな造りの扉を開ける。
 少しずつ広がっていく景色を前にして、オレの嫌な予感は現実のものとなっていった。


 まず、町並みが日本じゃない。
 敷き詰められた石畳にカラフルな三角の屋根の洋風の家、街道に並ぶように置かれた横長のプランター、そして最も驚いたのは行き交う人達の服装だった。

 鎧を着たていたり、魔法使いのようなローブだったり、行商人のような服装で背からはみ出るような大きなリュックを背負っていたり、様々だ。
 本日、3回目の気絶をしそうになり、後ろに仰け反るとサイラスという男性が慌てて駆け寄ってくる。

「これはいけません! レティ、急いで火蜥蜴サラマンダーの気付け薬を持ってきてください」
(サラマンダーの……気付け薬だと……!?)

 それがオレの知っているものと同一であれば、毒蛇や毒蜘蛛に襲われて意識レベルが低下した時に服用すると効果抜群の薬だ。
 しかし、自分の分身たるプレイヤーキャラクターが度々吐き気を催してプレイの進行を妨げるというはた迷惑な薬でもある。
 それも想像を絶するほどゲロまずな味、という設定らしい。

「のっ、飲まん!! そんなもの飲まんぞ!!」
「コラ!! 暴れてはいけません!! そんなことでは良くなるものも良くなりませんよ!」
「それを飲むと百害あって一理しかないんだよッ!!」

 抑えに掛かる男性の手を振払おうとするも、体格差(?)のせいなのか、到底振り解くことが敵いそうにない。
 そこへ心配そうな顔をしてレティという女の子が薬の小瓶を持ってやってくる。
 その中で揺れるのはヘドロを詰めたかのような不気味な色の薬液。

(死んでも飲んで溜まるか……ッ)
「ほら、キミ! とても美味しくないのは分かるけど、元気になるためだから! ねぇ、私のために飲んで?」
「子供扱いすんな!!」
「子供でしょ!?」

 天使のような可愛い顔で懇願されるが、騙されてはいけない。
 この中に宿っている薬液はプレイヤーを散々悩ませた曰く付きの代物だ。
 飲まねば良くならないが、飲んでも一定時間吐き続けることになるあの悪魔の薬だ‼

「その瓶を近付けるんじゃねェーッ!! やめろォー!! オレは至って健康だァァア!!」
「何を言ってるんですか! 3回目の失神をしそうになったでしょう! さあ、早く飲ませてください!」
「イヤァァーーー!! ヤメテェオカァーサーーンッ!!」

 最早、室内はカオス状態である。
 必死に患者を羽交い締めにする医師と、気が狂ったように暴れる患者、小瓶を片手にオロオロとする女の子。
 しかし、彼女はこの事態を早く沈静化しようと思ったのか決意を固めたような顔でこっちにやってくる。

(くっ……こうなったら最終手段だ!! その小瓶を奪い取って捨ててやる!!)

 オレは精一杯両手を伸ばして小瓶を掴み取ろうとした。


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