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番外編

最終話 元義兄の独白

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 ―― ジャックの不貞証拠の確保から、怒涛の展開だったとミランは振り返る。

 証拠を確保したミランがカフェテリアでジャックたちと遭遇したとき、呆れた表情で集団を眺めていたミランに気づいたアルスが「睨んできている」とジャックに縋りついた。
 ミランは無表情なことが多いが、傍から見ても睨んでいるとは誰も思えなかったはずなのに、ジャックは鵜呑みにした。それはアルスの取り巻きたちも同じだ。
 集団の代表としてミランにあんまりな言いがかりをつけたジャックに対し、思わずミランが「授業中も学年を超えて随分と仲が宜しいことで」と鼻で笑って言った瞬間、ミランは殴られた。

 このとき、ミランは思った。
 これで証拠が揃った、と。

 ただ惜しむらくは記録映像として残して置かなかったことだな、とぼんやり思っていたが、後々ジェーンが確保していたことが判明した。
 もともと、ジェーンとはアルスに婚約者が惹かれている者同士、として交流はあったため協力を得られたようなものだろう。後日、対価としてミランはウォレス神父にあの証拠内容をジェーンを経由してカリスタ公爵家に伝えるよう依頼している。
 そのお陰か、再構築となった今ではテオドール第一王子はジェーンに頭が上がらないらしい。

 その後は魔法技術発表会での騒動を経て、無事ジャックとの婚約が破棄され、ミランは自由の身となっていた。


 ぶすぅ、とメディフェルアはぶすくれている。
 迷路庭園奥にひっそりとある、日当たりが良いとは言えない東屋。そこのテーブルに突っ伏すメディフェルアに、ミランは呆れたような表情を浮かべた。

「せっかくの愛嬌ある顔が崩れているぞ、メディア様」
「だって、リオルの恋路応援したかったのにいつの間にか結ばれてるんだもん。いや、嬉しいのは嬉しいよ本当に!」
「フランソワ嬢やジェーン嬢には真っ先にバレたようだがな」

 ミランだって気づいたのだ。
 リオルから向けられる日々の眼差しが、徐々に尊敬から熱の籠もったものに変わっていくのを。
 それでも当時はまだジャックと婚約関係は続いていたし、リオル自身が平民ということもあってミランから手を差し伸べることはできなかった。

 ―― そう、ミランもリオルと同じ想いを抱いていた。

 婚約者のジャックとは異なり、リオルはミランを気遣った。
 それでいてくるくると表情は変わり、ミランの代わりに憤ってくれる。ちゃんと身分差を考慮した付き合いをするし、学園で学んだ礼儀作法は下位貴族の令息と遜色ない程であった。
 リオルは頭が良い。そして、学ぶ意欲がありなんでも吸収していく。
 伴侶としての教育も「まだ学生だから」と渋っていたジャックに比べ、目的を黙って教えたとはいえリオルは学業と並行して学んでいった。おかげで両親と面談した時点ですでにそんじょそこらの貴族子息と遜色ない知識を有した。

 いま、ミランの顔と体には火傷痕が残っている。
 魔法技術発表会での騒動のせいだ。あそこでミランは、フランソワたちが精霊にされるのを目撃してしまい、糾弾したせいで自身も変えられた。
 そのときのいざこざで、フィリップ第三王子から火傷を負わされた。
 生きていることすら奇跡なほどの重度の火傷であったが、リオルの懇願を受けたメディフェルアがジェーンに協力してくれたお陰で、生活に支障はないレベルまで回復している。

 …一度、裸になってリオルにすべての火傷痕を見せたことがある。
 けれどリオルは怯えることなく受け入れた。親ですら目を背けた痕なのに、しっかりと見つめて、動揺もせずに。
 むしろ「僕、もっと魔法を上手になってみせる!」と意気込んでいた。闇魔法は幻影の効果も作り出せるらしく、それでミランが他人の目を気にせずに過ごせるようにするのだとメディフェルアを頼らずに研究を始めたほどだ。

 傷を厭わず、愛しげに触れてくれるその手と瞳にどれだけミランの心を救ったか。

 まだまだ闇属性に忌避感を持つこの国で、リオルを伴侶とすることは茨の道に等しい。
 それでもミランは、矢面に立つと決めた。盾となって常にリオルの味方であることを望んだ。
 リオルがメディフェルア精霊王の愛し子だからじゃない。
 ともに手を携えて生きていけるリオルだからこそ、ミランは選んだのだ。

「そういえば、なんでジェーンはリオルのこと最初から受け入れてたんだろう?公爵家って闇属性なんぞけしからん!って言ってた筆頭じゃん」
「幼少期に闇属性の少年に助けられたことがあるそうだ。そこから、カリスタ公爵家では高位貴族の中で闇属性を認めている筆頭貴族になっている。あそこだけ例外なんだ」
「へ~」
「……知らないのか?その少年はリオルだぞ」
「……え。聞いてない」

 リオルを迎え入れるにあたり、グランパス伯爵家もカリスタ公爵家の派閥に入ることになっている。
 闇属性の子息令嬢を持て余していた一部の貴族も、グランパス家の動きやリオルの活躍を耳にしてちらほらとカリスタ公爵家の派閥に集まっているようだ。

「リオルも教えてくれたっていいのに……あ、そうだミラン。ちょっと相談なんだけど」
「ん?」
「ユリウスに贈り物したいんだけど、リオルからダメ出しくらってさ~。人間的にはどんなのがいいの?」

 人間的とは。
 思わず首を傾げかけたが、元々メディフェルアが考えていた贈り物の内容を聞けば表情が引きつった。
 どうりで、この前リオルが頭を抱えていたわけだとため息を吐く。

「…一般的には、装飾品や衣服だろうか。ユリウス殿下のご趣味がわかるなら、それを扱う道具を一緒に選ぶとか。ただ、王族への贈り物は細心の注意を払う必要がある…ジェーン嬢に聞くのが間違いないだろう。だが、政敵の生首だけは絶対にあり得ない」
「リオルと同じこと言う~~」
「生首についてはジェーン嬢に相談しても同じ回答になる…というか、ご令嬢には刺激が強い話題になるから絶対に口にするな」
「む~~」

 口を尖らせて悩むメディフェルアに、ミランは内心首を傾げた。

(……たしか、精霊は愛を返さないのではなかったか?)

 愛し子でもなんでもないただの人間と友愛はあれど、恋などの愛を返すことはないと聞いたことがある。
 ユリウスからの告白のときですらメディフェルアは「精霊に愛を囁くのは不毛だ」と返していたはずだ。
 事実、今の話を聞くまでミランはユリウスがメディフェルアに愛を囁いているのを聞いたことはあれど、逆はない。
 
 メディフェルアの気まぐれなのかもしれない。
 彼女はどこか人間じみたところが混じっている精霊だから。

 それでも、いつかユリウスの想いが少しでも報われれば良いと、ミランは悩むメディフェルアを眺めた。
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